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「価格上げるな!」ベラルーシの斬新なインフレ抑制策

「物価上昇禁止!あすからではなく今日からだ!」。そんな命令だけで物価上昇が止まるなら、世の中の当局者は、さほど苦労しません。物価とは純然たる経済事象であり、命令で動くものではありませんし、岸田文雄首相あたりが「自然災害禁止!あすからではなく今日からだ!」と「命令」すれば自然災害がなくなるものでもありません。それを真顔でやろうとしている国が、ベラルーシだそうです。トルコのエルドアン氏、日本の水野氏と並び、なかなかに強烈で斬新なやり方です。

インフレとデフレ

インフレは体力が弱い国に容赦なく襲い掛かるものですが、それと同時に経済理論的には、金利を引き上げるか、マネー供給量を減らすなどすれば、ある程度は抑制することが可能です。

インフレとは「物価上昇」、つまり「同じカネで買えるモノが減る現象」と整理することができます。たとえば昨日は1本100円だったダイコンが、今日には1本200円になる、といった現象のことです。

逆に、デフレは「物価下落」=「同じカネで買えるモノが増える現象」のことです。昨日は1本100円だったニンジンが、今日には1本50円になっていれば、これはデフレという言い方ができるでしょう。

(※ただし、厳密には、「インフレ」「デフレ」はダイコン、ニンジンといった個別の商品が値上がり、値下がりすることではなく、世の中の物価全体のことを意味しているのですが、ここではあくまでも貨幣現象のイメージを説明するものです。)

ここで「物価」とは、「おカネで測定したモノの価値」のことですが、逆に言えば、「モノで測定したおカネの価値」、ということでもあります。

インフレとは「カネの価値が落ちること」

「ダイコン1本100円」ということは、「ダイコン1本で測定したカネの価値が100円だった」という意味ですが、数学的には「100円は1ダイコン」、という意味でもあります。これが「ダイコン1本200円」に上昇すれば、おカネの価値は「100円は0.5ダイコン」に落ちる、ということです。

  • 物価上昇=おカネで測定したモノの価値が上昇すること=モノで測定したお金の価値が落ちること
  • 物価下落=おカネで測定したモノの価値が下落すること=モノで測定したお金の価値が上がること

わかりやすくいえば、物価とはモノとカネの交換レートのことであり、両者の価値の均衡は需給で決まります。

世の中にモノが有り余っていれば、モノの値段はどんどんと下がります。その典型例が、農家が作物を処分するという「豊作貧乏」でしょう。農業の現場では流通改革などを通じ、この「豊作貧乏」をどうなくしていくかは長年の課題でもあります。

「豊作貧乏」をなくしたい 産直売り場で農業流通を改革

―――2022.7.1付 日経ビジネスオンラインより

また、モノに対する需要が供給に対して多すぎるような場合には、逆に物価が上昇してしまいます。

ポストコロナで旅行需要などが爆発しているなかにも関わらず、中国の各都市におけるロックダウン、ロシアが始めたウクライナ戦争などの影響もあり、物流に混乱を来している、といった側面があるからでしょう。

したがって、物価をコントロールするにはモノ自体の需要を安定させることだけでなく、世の中のマネーの供給量自体を抑制する、政策金利を引き上げる、といった対策が必要です。

利「下げ」でインフレに対処しようとするエルドアン氏

ただ、『トルコが韓国から通貨スワップで資金を引出し=現地紙』などでも述べたとおり、国によってはこうした適切な対処ができないという事例もあります。

たとえば、トルコはレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が「金利は悪」という奇妙な価値観を持っていることでも知られており、世界でもおそらくトルコくらいでしか見られない「利下げでインフレに対処する」という奇妙な政策が行われている国でもあります。

レジェップ・タイイップ・エルドアン氏

インフレ下で利下げをすれば、インフレを加速させるだけですし、その国が国内資金市場を外国に開放している場合には、その国から資本流出が加速します(だからこそ中国や韓国からスワップで資金を引き出したのだと思いますが…)。

強制送還と贅沢禁止令でインフレ抑制を目指した水野氏

また、歴史的に見ると、インフレという経済現象に対して「命令する」というアプローチでこれを抑え込もうとしたケースもあります。

たとえば水野忠邦氏が実施した「天保の改革」は、都市の人々を農村に強制送還し、株仲間を解散させ、身分を問わず贅沢を禁止するなどの直接的なアプローチで需要をダイレクトに抑え込もうとしたものの、流通システムの大混乱をもたらしたうえで庶民の恨みなどを買い、大失敗に終わったからです。

物価を抑制するためには、短期的には貨幣供給量をコントロールするとともに、中・長期的には規制改革などを通じ、社会が効率的・円滑的に運営される仕組みを整えるのが鉄則なのに、水野氏の改革はこれらの鉄則をことごとく無視したものでした。

そもそも水野氏に最低限のマクロ経済学の知識があったのかどうかは知りません。しかし、徳川政権が崩壊する直接の原因については、世間では1853年にマシュー・ペリーが浦賀の領海を侵犯したことに始まる一連の改革にあるとされていますが、個人的にはこの水野氏のインフレ抑制策の失敗による経済の疲弊という要因もかなり大きいのではないか、などと考えているのです。

水野忠邦氏

ベラルーシでは大統領が「値上げ禁止命令」

こうしたなか、エルドアン氏と水野氏の両名以外にももうひとつ、インフレに対して興味深いアプローチをとっている人物がいるようです。

ベラルーシ大統領、値上げを禁止 インフレ抑制で

―――2022年10月7日 15:01付 AFPBBニュースより

AFPによると、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は6日、急激なインフレを抑制するために、「値上げを即時に禁止する」と発表したのだそうです。

アレクサンドル・ルカシェンコ氏

ちなみにベラルーシは旧ソ連構成国ですが、AFPによるとルカシェンコ氏は1994年以降、ベラルーシを厳しく統治している人物でもあり、また、2000年には「1日1杯ウォッカを飲めば新型コロナを予防できる」と発言するなどの「風変わりで過激な言動」でも知られているのだそうです。

記事ではルカシェンコ氏は政府の会合で「10月6日からあらゆる値上げを禁止する」などと述べたのだそうですが、それで物価上昇が収まるのなら、おそらく全世界の政治家がその真似をするはずです。

あるいはルカシェンコ氏のアプローチが成功するならば、日本を悩ませている地震、台風、火山などのさまざまな自然災害からも、日本は救われるはずです。岸田文雄首相あたりが「10月8日からあらゆる自然災害を禁止する」、「あすではなく今日から禁止だ」、と述べたら済むはずだからです。

いずれにせよ、円滑に運営されている制度をいきなり廃止して物流混乱をもたらした水野氏、(利上げではなく)利下げによって物価を抑え込もうとするエルドアン氏などの事例と比べると、ルカシェンコ氏の事例もなかなかに強烈です。

AFPによるとルカシェンコ氏は前年比18%上昇している消費者物価について、「常軌を逸している」と述べたのだそうですが、「常軌を逸しているのはルカシェンコ氏自身ではないか」と突っ込みたくなる人もいるかもしれない、などと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (37)

  • 毎度、ばかばかしいお話しを。
    ベラルーシ:「もし日本が、鳩山由紀夫(民主党)政権なら、日本も値上げ禁止令を出していた」
    間違いではないな。

    • 引きこもり中年 様
      彼なら ”最低でも(大気)圏外” とか言いかねないですね。
      なす術もなく青天井の彼方へ・・。宇宙人なんですもの。

    • ルカシェンコ氏も銃刀法違反疑惑ですね。そういった法律がかの国にあるか知りませんが。

  • 金正恩氏の物価統制政策ーーー多分これも「命令」方式の一種だと思われるがーーーについても対比して紹介すれば面白いかも。

  •  >値上げ禁止令

     まさか賃上げまで禁止、なんて事は無いでしょうな。

  • 「値上げ禁止」とは…
    計画経済価格統制…共産主義国圏内育ちの御仁には親和性が高いのカモ?

  •  コメント失礼します。

     画像入れ替えは嫌味?

    >2000年には「1日1杯ウォッカを飲めば新型コロナを予防できる」と発言するなど

     は2020年のコレですかね?

    https://www.asahi.com/articles/ASN7Y2S98N7YUHBI001.html

     御疲れなのでしたらお大事にです。

     日本国も値上げが酷いので、給料も上がる政策を実施して欲しいです。日本国民全員への減税とバラマキが一番単純で有効かな。

  • インフレの止め方ですか? うーん,難しいですね。2つのケースに分けて考えましょう。
    1. ウイークカレンシーのインフレ。
    アルゼンチンペソやトルコリラがそうでしょうが,正直,打つ手なし,というかIMFや諸外国に頭を下げて助けてもらうしかないでしょう。
    2. ハードカレンシーのインフレ。
    アメリカが典型ですね。原因は通貨の過剰供給ですから,金利を上げ,株価を暴落させて,市場の通貨量を減らすしかないです。副作用として通常は不況になります。教科書に書いてあるように程よく通貨供給量をコントロールするのは神業です。それから,官庁は規制強化が仕事なので,規制緩和は難しいです。
    P.S. 価格統制しようすると,市場から商品が消えていくんですよね。経済学の初歩知識かな。

  • 経済の詳しいことは、全く分かりません。
    が、昔、歴史教科書に書いてあった、織田信長のやった「楽市楽座」は、無税で、誰が何を売ってもいい、というので、沢山の売る人買う人が集まって来て、城下は大変に繁盛した、と。
    こういう政策は、何かヒントにならないのでしょうか?

    • インフレ対策には何の参考になりません。

      あと、城下が繁盛したのは結果であり、目的ではありません。楽市楽座の真の目的は城下に集まった商人を支配体制に組み込む事です。

      • ご返信ありがとうございます。ちょっと子供じみたことを書いたので、気にしていました。
        所で、ご返信を頂いて考えたのですが、「楽市楽座」は、、今でいうショッピングモールみたいなものではないのかな、と思いました。
        とすると、商いが増えて、供給も増えるので、物価は下がりませんか?
        ベラルーシの大統領は、大きなショッピングモールを、先ず造り、物の供給場所を提供すればいいのでは?
        昔、ダイエーの中内さんが、日本の価格を破壊すると言って、スーパーを全国に造ったら、物価は下がりましたね。
        ベラルーシ大統領も参考にしたら、いいですね。

        • > 「楽市楽座」は、、今でいうショッピングモールみたいなものではないのかな、と思いました。

          楽市楽座は福岡県発祥のゲームセンターですよ(笑) イオンモールにも併設してるところがあります。

          ……冗談はさておき、ショッピングモールみたいな生やさしいものじゃありません。
           各地の商人を城下に集めて競争させ、大店に成長した商人を御用商人として武器弾薬の調達を担わせ、零細商人を御用商人の下請けとさせて城下の商人を統制していくために行ったエサ、もとい目玉政策です。例えるならゴキブリホイホイで集めたゴキブリなどの虫から蠱毒を作るようなものです。

          > 商いが増えて、供給も増えるので、物価は下がりませんか?

           その供給が滞っていて増やせないので物価が上がってます。

          >ベラルーシの大統領は、大きなショッピングモールを、先ず造り、物の供給場所を提供すればいいのでは?

           ソ連末期みたいに売り物がない商店が増えるだけです。

          >昔、ダイエーの中内さんが、日本の価格を破壊すると言って、スーパーを全国に造ったら、物価は下がりましたね。

           価格と物価を混同しているようですね。中内功が下げたのは価格であって物価ではありません。
           そもそもスーパーを全国につくったから物価が下がったのではありません。
           商品価格を下げて薄利多売としたからスーパーを全国展開できたのです。

           ダイエーが価格を下げられたのは問屋を介さずに産地直送する流通網の構築と「セービング」などプライベートブランドの商品開発を行ったからです。また、表には出てこない強引な値引きを行っていた可能性があります。

           どちらにせよ、今の時代にはベラルーシにも日本にも全く参考にならない話です。

          • ご返信ありがとうございます。

            「楽市楽座」そのものとは言っていませんので、楽市楽座から「連想」して頂ければいいのですが。

            これ程、歴史と経済構造にお詳しければ、何か、ご提案はございませんか?

            下手な鉄砲数打ちゃ当たる、瓢箪から駒、と言うこともあります。「衆知」と言う言葉もあります。
            わたしは、そんなつもりで書かせて頂いておりますので、よろしくお願いいたします。
            それにしても、詰まらぬ考えに真剣にご返信いただき有難うございます。

          • 繰り返しますが、楽市楽座やその関連はインフレ対策に全く役に立ちません。楽市楽座を持ち出す事自体が不適切です。

            今のインフレは世界的なものであり、一国で抑えるのは困難です。FRBなど世界の中央銀行が行うやり方をできる範囲でまねるくらいしかできません。

            ただ、ベラルーシ固有の問題に限れば、国民を弾圧するルカシェンコのやり方に対して欧米が経済制裁を課している事がインフレの一因になっています。よってルカシェンコやその取り巻きを失脚させ、民主的な政権に取って代われれば経済制裁の解除とEUからの援助を期待でき、インフレ対策のためのお金を引き出す事もできます。

            ルカシェンコが自ら引退するとは思えませんけれど。

  •  農作物は工業製品などに比べて、
    ・生産を決定してから出荷までの時間がとても長くタイムリーな需求対応がほぼ不可能。
    ・合わせようとすると不足(輸入)と過多(廃棄)が頻繁に起こる。
    ・気象などの不可抗力の要素が多く経費も売上もともに乱高下。
    ・小売仲買からは高品質を求められるが品質のばらつきが大きい。
    ・生産者自身にはその価値が実感しにくく適正価格がある程度でしか決定されない。
    ・でも生命維持に必須。
     等々、不安定に不安定を重ねた構造で、チョット何かを工夫した程度ではどうにも資本主義経済になじまないシロモノなので、解決策を探すのも長い目で大事ですが、場当たり的な対策を講じたほうが実際にはマシという感覚です。
     リンクは豊作貧乏を問題視した記事のようですが、裏返しで不作で儲かってしまったり補助が手厚かったりするという面も確かにあるのでなんとも。直売は生産者の手間(場合によっては金より捻出できない)が増える事になりますし、直売が一般的なほど広まったら結局は大規模物流の方の需要が減るだろうし、効果としてはHDDのデフラグ程度のイメージだなぁ……

     さて値上げ禁止令がもし適用されたとして、それで経費も販売価格も同時に抑制されるのならまだ良いですが。国内法(?)に過ぎないので、輸入業者などが一人負けになるのでしょうか?ウチのような農家(取引先は出るのも入るのも農協のみ)であれば影響は少なくて済むかもしれませんが、肥料農薬資材の輸入をしている所は価格転嫁ができずに壊滅か。結局その余波で壊滅かな。消費者のことしか考えていない。スリランカと同様、先が気になります(他人事)。

    • 農民様のコメント。
      農業に関する基本的なポイントが書かれており、農業を国の重要な基礎産業として、守って行くことは、どういう事かが分かりました。
      昔、マスコミが散々叩いていた、補助金と農協は、農業を国の基礎産業として守り維持して行く為には、どうしても必要な事だと分かりました。
      吶々とした文章の中にこれだけの説明説得力を、そして読後の納得感を持たせる筆力に敬服します。

    • どこの国でも、マトモな国なら、農業に補助金を出しています。昨年の天候不順による、玉葱の不作。玉葱大好き人間としては、価格は上がるし物も良くないので、ひたすら我慢しておりました。これで、国内に玉葱農家が無くなったら困ると心配しておりましたが、今年はまた、立派な玉葱が例年通りの価格で食べられるので、安心しています。
      やはり、物価の安定には、供給が基本ですね。
      昨年の玉葱農家には、補助金が出たのでしょうか?一年くらいの不作で、農業をやめなきゃならないとしたら、農業という産業は安定しないし、国家の食糧供給も安定しないですね。
      インフレ退治は、ものの供給を第一に増やすことではないですか?
      ベラルーシ大統領は、先ずそれを考えたのかな?

  • 表通りに面したお店のショーウィンドウの中は空っぽ。

    欲しいものがあれば、裏口に回って、店主と値段の交渉、

    というのが、常態になるだけの予感(笑)。

    ルカシェンコ政権、いつまで保つんでしょうね。

    水野忠邦の失脚時みたいに、
    屋敷外に集まった群衆から投石されるくらいのことで済めば良いんですが。

    • 伊江太 様

       失脚したらフルシチョフや華国鋒のように死ぬまで軟禁状態になるでしょう。チャウシェスクやカダフィのような末路もあり得そうです。

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