AIIB不参加の日本は「置いてけぼり」ではなかった
AIIBはコロナ関連特需で少しだけ融資を伸ばしたものの、ここに来て融資の伸びは再び鈍化しつつあるようです。AIIBとは中国が主導する国際開発銀行「アジアインフラ投資銀行」のことですが、今から7年前には、日本がこのAIIBに参加しなかったことを巡り、「日本は判断を誤った」、「日本は乗り遅れた」などとする主張が提起されたことを思い出します。
目次
AIIB参加見送る日本への舌鋒鋭い批判
AIIBといえば、中国が主導するかたちで2015年12月に発足された国際開発銀行で、その正式名称は「アジアインフラ投資銀行」です(※けっして「アジアインチキイカサマ銀行」ではありませんのでご注意ください)。
このAIIBをめぐっては、一部のメディア、一部の論客を中心に、当初は「なぜ日本は参加しないのか」、などとする主張が繰り広げられていて、酷いケースになると「これからアジアのインフラ金融の中心はAIIBに移る」、「日本はインフラ金融の世界で爪はじきにされる」、といった主張すら見られました。
たとえば、とある作家の方は、日本がAIIBに設立メンバーとして参加しない方針を取っていたことを巡り、ウェブ評論サイト『ダイヤモンドオンライン』に2015年4月2日付で寄稿した記事のなかで、「世界の流れを読み違えた」と舌鋒鋭い批判を展開。
約2年後の2017年2月2日付に寄稿した記事では、「中国嫌いが災いし、(日本は)AIIBをめぐる潮流に乗り遅れた」、「逆に孤立した立場に追い込まれた」、などとも述べ、日本の対応を強く批判したのです。
日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた
―――2015.4.2 0:00付 ダイヤモンドオンラインより
中国嫌いが災い、AIIBを巡る世界の流れに日本は乗り遅れた
―――2017.2.2 5:00付 ダイヤモンドオンラインより
AIIBを定点観測してみると…
大変失礼ながら、この2本の記事を寄稿された方のご経歴、そして記事の具体的な中身から判断して、この方は金融・通貨の世界に関する知識がほとんどないと見受けられます。
途上国向けインフラ金融の世界は、じつは、ノウハウの塊です。
プロジェクトの採算性、環境適合性の評価などから始まって、実際に融資を実行し、汚職を監視しつつ資金使途をモニターし、必要に応じて債務者に適切な債務弁済を促すなど、本当に手間がかかる仕事であり、「カネを貸して終わり」、ではないのです。
実際、日本と米国が主導するアジア開発銀行(ADB)のケースでいえば、1966年の設立以来、一貫して途上国金融にかかわっており、融資ノウハウに加えて融資実績も豊富で、正直、「新参者」であるAIIBがノコノコとこの分野に参入したところで、世銀やADBに太刀打ちできるわけがありません。
ただ、このダイヤモンドオンラインの2本の記事は、それなりに多くの人に読まれたらしく、「日本がAIIBに参加しなかったのは大間違いだ」、などと思い込んだ人も多かったのではないかと思います。
そして、この2本の記事があったからこそ、当ウェブサイトではその後、AIIBの状況を「定点観測」するようにしました。
具体的には、AIIBがウェブサイト上で公表している情報(メンバー国一覧、プロジェクト一覧、四半期財務諸表など)をもとに、AIIBの出資国数、「本業」としての融資実績、さらにはプロジェクトの承認件数・金額などについても調べているのです。
出資国はたしかに凄い!だが…
さっそくですが、昨日時点まででAIIBのウェブサイトに公表されていた情報をもとに、AIIBの概要をまとめておておきましょう。
まずは、出資国の状況です(図表1)。
図表1 AIIBへの出資国(上位10ヵ国)
出資国(出資年月) | 出資額 | 議決権 |
---|---|---|
1位:中国(15/12) | 298億ドル | 26.59% |
2位:インド(16/1) | 84億ドル | 7.60% |
3位:ロシア(15/12) | 65億ドル | 5.98% |
4位:ドイツ(15/12) | 45億ドル | 4.16% |
5位:韓国(15/12) | 37億ドル | 3.50% |
6位:豪州(15/12) | 37億ドル | 3.46% |
7位:フランス(16/6) | 34億ドル | 3.18% |
8位:インドネシア(16/1) | 34億ドル | 3.16% |
9位:英国(15/12) | 31億ドル | 2.89% |
10位:トルコ(16/1) | 26億ドル | 2.50% |
その他(81ヵ国) | 279億ドル | 36.98% |
合計(91ヵ国) | 969億ドル | 100.00% |
(【出所】AIIBウェブサイト “Members and Prospective Members of the Bank” より著者作成)
出資国は、たしかに凄いです。AIIBにはG7諸国からも日米を除くすべての国が参加していますし、現時点において出資国として参加する国は全部で91ヵ国、出資約束総額は969.40億ドルにも達しており、これ以外に14ヵ国が参加意思を表明しているため、将来的には105ヵ国という「大所帯」になりそうです。
外務省によると世界には200近い国が存在しているそうですので、世界の約半分がAIIBに参加しており、その意味でも、G7・G20の構成国でもある日米両国が参加していないのは、一見すると大変に異例です。
ちなみにG20諸国(日米英仏独伊加、アルゼンチン、豪州、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、南アフリカ、サウジアラビア、トルコ)のうち、AIIBに参加していない国は、日本、米国、メキシコ、南アフリカの4ヵ国のみです(南アフリカは加盟手続中)。
このため、「日米などを除くG20諸国の大部分がこぞってAIIBに参加している」という点については事実であり、これだけを見ると「日米が国際的なインフラ金融の世界で置いてけぼりにされている」かに見えてしまうことも間違いありません。
AIIBの融資額は、たったの160億ドル!
では、本当にそのような見方が正しいのでしょうか。
じつは、AIIBの2022年3月末時点の財務諸表を確認すると、本業による融資と思しき金額が160億ドル程度で、伸びが鈍化していることがわかります。
AIIBの2022年3月末時点における総資産規模は419.59億ドルですが、このうち本業の融資によると考えられる項目は、「償却原価法適用貸出」と「償却原価法適用債券」の2項目であり、その合計額は159.63億ドルに過ぎません(図表2)。
図表2 AIIBの2022年3月末時点の資産の部
資産項目 | 2022/03/31 | 前四半期比増減 |
---|---|---|
現金・現金同等物 | 10.88億ドル | ▲10.22億ドル |
定期預金 | 112.52億ドル | ▲4.97億ドル |
売買目的投資 | 117.43億ドル | +11.77億ドル |
償却原価法適用貸出 | 134.80億ドル | +12.34億ドル |
償却原価法適用債券 | 24.84億ドル | ▲0.12億ドル |
デリバティブ資産 | 4.42億ドル | +1.94億ドル |
その他 | 14.70億ドル | +6.46億ドル |
資産合計 | 419.59億ドル | +17.21億ドル |
(【出所】AIIBウェブサイト “Financial Statements” より著者作成)
AIIBの資産のなかでは、定期預金と売買目的投資が合計して約230億ドルと、総資産の半額以上を占めているという状況であり、いわば、本業が伸びないなかで、仕方なしに有価証券投資などを行っているという実態が見えてきます。
コロナ特需
こうしたなか、「償却原価法適用貸出」と「償却原価法適用債券」を「本業」、「現金・現金同等物」、「定期預金」、「売買目的投資」を「投資」、それ以外を「その他」に分類し、AIIBの総資産の推移をグラフ化したものが、図表3です。
図表3 AIIBの総資産の内訳
(【出所】AIIBウェブサイト “Financial Statements” より著者作成)
これで確認すると明らかですが、AIIBの本業によるものと思われる融資の規模は、2020年6月期まで100億ドル未満で推移しており、これが2020年9月以降、急に増えて現在は160億ドル程度ですが、それでも出資約束額969億ドルに対して15%程度に過ぎません。
つまり、設立から6年半も経過しているにも関わらず、いまだに融資は出資約束額の15%にとどまっている、ということであり、このことは、AIIBのような「新参者」にとって、国際インフラ金融がいかに難しいか、という証拠でもあります。
では、なぜAIIBの融資が2020年9月以降、急伸したのでしょうか。
AIIBの「プロジェクト一覧」のページには、AIIBが現時点において承認した175件の融資案件が出ているのですが、プロジェクト名に “COVID” と書かれているものを「コロナ関連」と位置付け、「コロナ関連」
「コロナ以外」に分けて、年ごとに承認件数・承認金額を集計したものが、図表4です。
図表4 AIIBのプロジェクト承認件数・金額
(【出所】AIIBウェブサイト “Our Projects” より、 “Approved” の一覧を著者が集計)
いかがでしょうか。何のことはありません。2020年にAIIBの融資が急伸した最大の理由は、コロナ関連特需によるものです(※なお、2022年の承認件数、金額がともに急減している理由は、2022年に関しては7月19日までのものしか集計していないからです)。
日本の上位信金以下のAIIB
いずれにせよ、現在のこうした状況で見る限りは、残念ながらAIIBが出現したことで日本の金融機関が国際的なインフラ金融の世界から「のけ者にされている」という事実は確認できません。それどころか、AIIBはコロナ特需で融資を伸ばすまでは、鳴かず飛ばずの状況が続いていたのです。
ちなみに、AIIBの本業の融資総額は200億ドルに満たないものですが、これは日本でいえば上位クラスの信用金庫と比べても非常に少なく、AIIB自体が国際的なレンダーとしての存在感を放っているとは言えません。
実際、プロジェクトの中身を見ても、コロナ関連支援以外には水道建設、道路建設、鉄道建設といった具合に、インフラ投資のものも多く含まれるものの、中国が目的としているらしい「一帯一路」金融とは地域的に無関係のものが多く、しかも世銀やADBとの協調融資も数多くみられます。
いずれにせよ、こうしたAIIBの状況を見るにつけ、「日本が国際的なインフラ金融の世界でのけ者にされるぞ~!」と大声で叫んでいた人たちは、いま、どこで何をなさっているのか、非常に気になるところだと思う次第です。
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AIIBのやりたいことは一帯一路だが、中国のカネだけでやると裏にある野心を疑われる。
世界はプロジェクトのおこぼれにあずかりたいから参加するだろうという予想は大当たり。
これで資本と世界が賛同したというアリバイが手に入った。
さて、金はあるがノウハウが不足、プロジェクトが進まない。他の開発銀行からヘッドハントしている最中。設立から7年、参加国から「開発プロジェクトちっとも増えないけど、どうなってるの?」という不満がでてくる。そこでコロナを言い訳に融資を始める。
だいたいこんなとこかな。
金融記事っていつもコメントが少ないですよね。(笑)
聞いた話です。
先日、興梠一郎氏がスリランカの国家破綻の話題の中で語っていましたが、一帯一路・AIIBを習近平がぶち上げた頃、国務院側は債務の質への懸念を示していたそうです。西側ですら貸さない相手に貸すことのリスクを認識していたと。
金が余りまくってそれを回す先に悩んでいた当時と今は状況が変わっているそうで、今は当時の債務の焦げ付き回避に頭を悩ませているそうです。追い貸ししたりと、やってることは相変わらずですが。
土地やインフラを担保に取った話とはまた別の話ではあります。
>追い貸ししたりと、
これはAIIBではなくて中国の他の金融機関の話としてされていました。
先日のプライムニュースですね。私は朱建榮さんのキンキン声とその時の表情が苦手で音を小さく小さく絞っていたため、コメントしたくとも、結局どんな内容だったのか何も頭に残ってません…。
>先日のプライムニュースですね。
ビンゴですw
朱さんは単身で中共・中国の立場すべてを代弁していて、ある意味すごいなぁと思います。(笑)
日本の視聴者を説得できているとは全く思いませんけど。
彼の目的も説得ではなく、ノルマ履行じゃないかと言う気がします。
巨大なサラリーマン国家、中国。
朱建榮さん, 中国当局に半年間拘束されてた人。
spyにしてはバレバレだけど。
職業選択の自由に制限のある巨大サラリーマン国家かもしれません。
AIIB設立当初、「中国は出資金としてUSDをかき集め、実際の融資はRMBで行うつもりだ」などという悪意ある噂が流れました。そうすれば、中国としてはUSDの現金を集められるし、(いくらでも刷れる)RMBで貸し付ければ、先々貸付先をRMB経済圏に組み込むことも期待できるというわけです。なんとも巧妙というか、随分とえげつない「金融覇権国への野望」ではあります。
もっとも、実際には、AIIBの融資のほとんどはUSDで実行されているようです。最初から中国にそんな「野望」なんかなかったのか、喉から手が出るほど資金が欲しい新興国ですらRMBでの融資に二の足を踏んだのかはわかりません。AIIB設立が一帯一路を睨んでのことだったには違いないでしょうが、要路国への融資の多くはAIIBからではなく、中国の銀行から、しかもUSD建てで実行されているようです。これでは、「野望」の有無にかかわらず、何のためにAIIBを設立したのか、よくわからなくなっているようにも見えます。
さて、昨今話題になっているスリランカですが、重要港湾を渡してしまったり、経済破綻に陥ったりした原因が、中国による「債務の罠」に嵌ったためだという観測が専らですけれども、以下の記事を見ると、必ずしもそうとばかりは言えない側面もあるようです。
中国より恐ろしい「ESGの罠」、大統領が逃亡した破産宣言スリランカの誤算
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71003
中国にスケベ心が全くなかったとは到底思えませんが、結果として、港湾租借権は得たものの、中国はスリランカを救うことはできませんでした。この一件は、中国の政治的威信にかなりの傷をつけたように思います。中国にべったり依存したとしても、いよいよ最後の局面で中国は救ってくれない/救えないことが晒されてしまったからです。いろいろと小うるさいことを言いがちな西側を離れ、中国に付くことも考えていた新興国は、戦略の見直しを迫られるかもしれませんね。