ロシア軍がウクライナ戦争開始以降、投入した地上戦力の損失が3分の1に達したとの指摘が出てきました。英国防衛省の『インテリジェンス・アップデート』によると、ロシアは渡河装置の不足などに加え、戦力、士気の低下に直面しており、今後30日以内にその前進速度を劇的に加速させる可能性は低いのだそうです。
ひたすら長引くウクライナ戦争
2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略の開始から、もう80日以上が経過しました。もうすぐ3ヵ月に突入します。ロシアがウクライナから撤退する気配を見せていないため、戦争が長期化しているのです(※戦争自体、ロシアがウクライナから撤退すれば終わるのですが…)。
いずれにせよ、ロシアによる侵略の被害に遭っているウクライナの人々の無事を祈らざるを得ません。
こうしたなか、ロシアの言い分による「特殊軍事作戦」とやらは、(おそらくロシア側の当初の目論見に基づけば)ウクライナの主要都市を制圧したうえでウォロディミル・ゼレンスキー政権を排除するという、非常に局地的かつ短期的な作戦に終わるはずでした。
ただ、現実にはこの戦争自体、ひたすら長引いています。
そもそもロシア軍は、首都・キーウ近郊からは3月末から4月初めにかけて、撤退を余儀なくされましたし、その過程で「ブチャ事件」なども判明し、国際的に強い批判を受けました(『「ブチャ事件」で明らかに変わった「国際社会の潮目」』等参照)。
ロシアは「ブチャの惨劇」について、しらを切りとおすつもりなのかもしれません。『タス通信「ブチャの事件はウクライナ側の虚偽の宣伝」』ではメドベージェフ前大統領のSNS投稿を紹介しましたが、これに加えてクレムリンの報道官も、「ブチャ事件」については「西側がロシアの説明を聞かない点に問題がある」などと述べているのだそうです。ただ、「カチンの森事件」当時と異なり、現代はインターネットが存在します。真相をいつまでも隠蔽できるというものでもないでしょう。ウクライナ戦争はすでに40日が経過2月24日に始まった... 「ブチャ事件」で明らかに変わった「国際社会の潮目」 - 新宿会計士の政治経済評論 |
また、ここ数週間、南部・マリウポリでの激戦が報じられていて、ウクライナ軍が立てこもっているとされるアゾフ製鉄所が包囲されている、といった報道もありますが、ウクライナ側の抵抗が頑強なのか、現時点で「アゾフ製鉄所が陥落した」との報道はありません。
その意味では、今回のウクライナ戦争、ロシア軍の無法性、残虐さだけでなく、「ポンコツぶり」を示した戦争でもあったといえそうです。
「ロシア軍はすでに投入戦力の3分の1を喪失」=英防衛省
こうしたなか、個人的に興味深くチェックしている話題のひとつが、英国防衛省が連日発している『インテリジェンス・アップデート』です。
箇条書きで示された項目の2番目に、こんな記述があります。
- Russia has now likely suffered losses of one third of the ground combat force it committed in February.
ロシアが2月以来投入した地上戦力のうち、3分の1が失われた可能性が高い、という指摘です。
5月2日時点の『インテリジェンス・アップデート』では「投入戦力の4分の1が失われた」と指摘されていましたが(『5月9日に向けてマイナスの戦果がロシアに続々発生中』等参照)、この損害がさらにかさんだ、ということでしょうか。
ロシア軍には人的・物的損害だけでなく「情報」損害も気が付いたら5月9日が目前に迫ってきました。相変わらず、ロシアは「戦果」らしい戦果に飢えている状況ですが、それだけではありません。昨日はいくつかのメディアが、ロシアの黒海艦隊のフリゲート艦に対艦ミサイル「ネプチューン」が命中したとするウクライナ当局の発表を報じました。しかも、ロシア軍には現在、人的・物的損害が生じているだけでなく、情報面でも大きな損害が生じている可能性が濃厚です。ロシアの「マイナス戦果」ロシアのフリゲート艦にネプチューンがまた... 5月9日に向けてマイナスの戦果がロシアに続々発生中 - 新宿会計士の政治経済評論 |
もちろん、情報を発しているのが英国防衛省であるという点については若干の留保が必要ですが、それでも(あくまでも著者の私見に基づけば)英国の情報は伝統的に正確性が高いと考えられます。ロシアの地上戦力がかなりの打撃を受けているという可能性は濃厚でしょう。
ロシアに「今後30日の戦果は期待できない」
ちなみに、箇条書きのほかの部分についても興味深いです。
たとえば、箇条書きの最初は、こんな具合です。
- ロシアのドンバス攻勢は勢いを失い、予定より大幅に遅れている。初期には小規模な進展も見られたが、ロシアは多くの犠牲を払っているにも関わらず、過去1ヵ月間で実質的な領土の獲得を達成することができなかった
また、箇条書きの4番目と5番目には、ロシア軍が渡河作戦などに失敗しているとして、こんな趣旨の指摘も含まれています。
- 今回の紛争を通じ、ロシア軍には橋渡し装置の不足が続いており、その結果、ロシアにとっての攻勢を遅延させ、制限させている。また、ロシアのUAV(無人航空機)はウクライナの対空能力に対して脆弱である
- ロシア軍は、戦闘力の低下、士気の低下、戦闘効率の低下により、ますます制約を受けている。これらの機能の多くは、すぐに置き換えたり再構成したりすることはできない。したがって、ウクライナでのロシアの作戦を引き続き妨げる可能性がある
このあたり、ロシア軍の補給能力が脆弱であるという点はかねてより指摘されてきましたが、地形に応じて適切に戦争を遂行するための能力自体が制限されてきている可能性がある、ということでしょう。これを受けて、英国防衛省はこう指摘します。
現在の状況では、ロシアが今後30日間でその前進速度を劇的に改善させる可能性は低い
このあたりは、まさにロシアにとって戦争が「泥沼化」しているという指摘でしょう。
そういえば、つい最近もウクライナ側が東部のハルキウ近郊の集落を奪還したとする話題がありましたが(『ウクライナがハルキウ回復もロシアは「蛇島」作戦継続』等参照)、ロシアにとっては戦争を続ければ続けるほど、損害が増えて行くのかもしれません。
英国防衛省が発表する戦況図が更新されました。たしかにウクライナ側がハルキウ周辺を回復していることが確認できます。ただ、その一方で、ロシアは残された黒海艦隊を使い、「蛇島」と呼ばれる黒海西部の小島への補給作戦を続けているのだそうであり、油断は禁物、といったところでしょう。しかし、現在の黒海がウクライナや西側諸国の対艦ミサイル、ドローンといった武器の試験場になっているフシがあることもまた見逃せません。ハルキウ周辺をウクライナが回復国際法に反した戦争を続けるロシアの敗色は見えて来るのでしょうか。ウ... ウクライナがハルキウ回復もロシアは「蛇島」作戦継続 - 新宿会計士の政治経済評論 |
もしかすると、ロシアは2014年のクリミア半島・セバストポリ市の併合という「成功体験」が忘れられないのでしょうか、それともウラジミル・プーチン大統領にとっては、いまさら「撤退する」とも言いだし辛いのでしょうか。
もちろん、状況について予断は許しませんが、違法な侵略の試みが無様な失敗し、ウクライナの勝利に終わることを期待したいと思う次第です。
View Comments (10)
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
(というより、自分でも独断や偏見で、あって欲しいので)
ウクライナ軍を見た場合、これまでの人的損害と、残りの人的資源の量次第では、逆にウクライナ側が崩れる危険性もあるのではないでしょうか。(兵器や戦費なら、西側からの支援がありますから)
ということは、ロシア側はウクライナ人の命そのものを狙い、第三国からウクライナに傭兵、志願兵、義勇軍が行くのを、阻止しようとすることもあり得るのではないでしょうか。(とすると、プーチン大統領は捕虜交換で、ウクライナ側に人的資源を戻すことは考えなくなります)
駄文にて失礼しました。
ウクライナ兵士、一般人に多大な損害が出ているのは間違いありません。
ただ戦闘当初から言われてきたことがあって
「戦おうとする人は溢れているけど武器が足りない」でした。
大統領も「武器があれば勝てる」と言っていました。
そのあとに大量に武器が供給されるめどが立ち、ウクライナ高官も
「6月の中頃から反転攻勢する」
「8月が山場となり年内に戦闘は終結する」
と発言しています。
よって多くの人的損害はあれど戦闘に勝てると認識していると思われます。
米英インテリジェンスが戦闘推移を正確に認識しているのは間違いない。
だが米英インテリジェンスも決定的に「誤る」ことがある。
ロシアの侵略前にインテリジェンスは
・ロシア軍の強さを過大評価
・ウクライナ軍の強さ、意思を過小評価
よって、大統領の脱出口を確保し亡命政府の樹立を落としどころにしていた。
ゼレンスキーが亡命を拒否し徹底抗戦に出たからこそこの評価が逆転した。
一方、これとまったく逆の誤りをしたのがアフガニスタン
・現地政府の強さを過大評価
・タリバンの強さを過小評価
米軍が撤退すると現地政府はあっさりタリバンに倒された。
このように米英インテリジェンスといえど決定的に誤ることがある。
日本も決して他人事ではない。
米英インテリジェンスによる中国、台湾、日本の評価。
この評価と行動を誤れば台湾、日本は「明日のウクライナ」となる。
いずれにせよ日本の防衛能力の強化は早急の問題である。
ロシアの負けは確定でしょう。
例えるなら、ホイミ系統の呪文や薬草を持たずに、敵と戦う様なもの。
いずれHPが無くなり、緩慢な死が待っています。
ロシアとしては、出来るだけダメージの少ない負けを目指すしかありません。
今すぐ、全兵力を撤退させ国境の護りを固めて 大きな北朝鮮として国を維持する方法です。
この場合、独裁者の命は保証されませんが、国内を強権的支配で攻められないけどギリギリの生活でなんとか国を保てるでしょう。
もう一つは、負けを認め 権力者の首を差し出し、全ての侵略した領土を手放し、恭順の意を示して民主主義国家として生まれ変わるのです。
そうすれば、世界とのつながりを維持して資源国家として、普通の生活が出来ると思います。
ただ、これも国民の為に権力者が自らを犠牲にしないといけません。
が、独裁国家では国民が権力者の犠牲になる事はあっても、権力者が国民の為に犠牲になる事はありません。
最悪のシナリオは、このままズルズルと戦争して 気がついたら最貧国の発展途上国となって、世界8分となる事です。
おそらくは、この最悪のシナリオに沿ってるものと予想しますが、いかがでしょう。
ロシア軍のポンコツぶりに何かデジャヴを感じていましたが、1939年の冬戦争(第一次ソ・フィン戦争)を思い出しました。サンクトペテルブルクに国境が近すぎると難癖をつけてきたロシア。国境地帯の割譲を要求し続け、埒があかないとみるやフィンランド軍に攻撃されたと言い募る偽旗作戦を開始。ソビエト軍100万規模の兵力でフィンランドに全面侵攻。伝説のスナイパー、シモヘイヘを始めとするフィンランド軍による頑強な抵抗と、スターリンの大粛正により将官から末端の小隊長に至るまで士官学校も経ない素人指揮官ばかりに率いられたソビエト軍の欠陥が露呈し開戦3か月程で40万人近い損害をだした風景にウクライナ戦争におけるロシア軍の姿が重なりました。
冬戦争による大苦戦が後にソ連軍の体制を回復させ、独ソ戦を戦い抜けるワクチンになってしまった感がありますが、2022年のロシア軍の体制欠陥をプーチンは回復させることができるでしょうか。
今夜のBSプライム。すごい内容ですね。
衝撃の「ロシア敗北論」全文和訳…元駐ウクライナ中国大使は何を語ったのか
https://news.yahoo.co.jp/articles/10425873ecc139369bf5c1d1e6bbf9277c708b83
これは私のような門外漢にも分かり易い解説(?)でした。
中国への影響について言及が殆ど無いのは、立場上難しいと言うべきなのでしょう。
面白い記事でした。
>中国の老獪な外交官は、「ロシアが日本という『パンドラの箱』を開けてしまった」と見切っているのだ。
ユーラシア国家がロシアから距離を取る、という指摘は中国を含めてのことと思いました。中共を主語として語るのは禁忌なのでしょうね。
興梠一郎氏も、中国国内でこの戦争をとても冷静に、醒めて見ていることを指摘しています。(ブログやってほしいのですが動画しかありません)
【ウクライナ侵攻】中国の戦況分析〈1〉(2022年4月21日)
https://youtu.be/A-nXuoHGHIA
興梠氏は最近流行り言葉になりつつあるOSINT分析の大家だと思います。
OSINTで新聞記者を追い詰めろ
次のトレンドワードはきっとこれでしょう。
興梠氏のチャネルでもこの記事のことを扱っていました。(笑)
2日前の動画ですね。
【ウクライナ侵攻】「ロシア敗戦、時間の問題」〜元中国大使が衝撃証言、消された発言録とは?(2022年5月15日)
https://youtu.be/suhhP8Xmr3o
ご参考までに。