あらかじめ申し上げておきますが、「デジタル人民元脅威論」はウソです。北京オリパラを前に、デジタル人民元のスマホ試行版アプリの実証実験が始まるそうですが、いくら人民元の使い勝手が良くても、人民元が米ドルに代わる基軸通貨となることはなさそうです。これについては現在、某誌にて詳細な説明資料を準備中であり、準備が整い次第、ウェブサイトにてお知らせしたいと思います。
目次
人民元脅威論
人民元は基軸通貨にならない!
当ウェブサイトでは昨年11月に、「人民元が世界の基軸通貨になることはあり得ない」という視点で、次の7本の記事を相次いで掲載しました。
後講釈ですが、年末年始の読み物として紹介していればよかったな、などと少し後悔しています。自分のなかではわりと「自信作」のつもりなのですが、大変残念なことに、現時点において出版社様からのお声は掛かっていません(笑)。
デジタル人民元
ただ、このなかで、自分自身でも大変に興味深いと思っている論点のひとつが「デジタル人民元」です。
世の中ではこの「デジタル人民元」を巡って、「このデジタル人民元の出現により、人民元が世界の基軸通貨として、米ドルに取って代わる」、「デジタル人民元は大変に大きな脅威だ」、などとする議論が広く見られています。
しかし、こうした「デジタル人民元脅威説」を唱えている人たちを眺めてみると、必ずしも国際金融統計などに詳しくない人も多々いるようであり、なかには、(言葉は悪いのですが)「トンデモ説」のようなものを唱えている人すらいます。
こうしたトンデモ説を唱える人が好みそうな話題がひとつありました。「デジタル人民元」に関連し、ロイターが先日、こんな記事を配信したのです。
China c.bank launches digital yuan wallet apps for Android, iOS
―――2022/01/04 16:42 JST付 ロイターより
これによると、上海で4日、デジタル人民元ウォレットアプリの試行版の配信が中国のアンドロイド、アップルのアプリストアで、一部のユーザーに限定してですが、ダウンロード可能になったそうです。
具体的には、アプリ自体がまだパイロット版であり、「e-CNY」と呼ばれるサービスを提供している機関(主要国内銀行など)を通じてダウンロードする必要がある、ということですので、「一般に広くダウンロード可能になった」というわけではなさそうです。
時事通信「北京オリパラ開幕直前でのリリース」
また、これに関連し、時事通信のウェブサイトにも、こんな記事が掲載されていました。
デジタル元、アプリ配信開始 中銀が試用版―中国
―――2022年01月04日20時54分付 時事通信より
時事通信はロイターの上記記事を引用したうえで、こう述べています。
「中国人民銀行は来月4日開幕の北京冬季五輪を見据えてデジタル元の本格導入に向けた準備を進めており、開幕を1カ月後に控えてアプリ配信に着手したとみられる」。
この部分についてはロイターの記事原文には含まれておらず、おそらくは完全に時事通信の分析の部分でしょう。
ちなみに時事通信の記事によれば、ダウンロードできるのは「上海市など10地域と冬季五輪の会場付近の住民」だそうです(※この部分もロイターの記事にはありません)。
余談ですが、はたして本当に中国で北京オリパラを開くことはできるのでしょうか。
日本でも昨日、新規陽性者数が3ヵ月ぶりに1000人台に達し、米国では新規陽性者数が100万人を超えた、などと報じられているなかで、世界的なオミクロン株の流行状況なども踏まえると、武漢肺炎発祥の地でもある中国がコロナ禍と無縁でいられるとも思えません。
もうひとつ余談を述べておくならば、コロナを理由に東京五輪中止を求めていた人たち(たとえば『「五輪はダメだが高校野球はOK」の首尾一貫性のなさ』でも取り上げた、社説で五輪中止を求めた朝日新聞など)は、なぜ北京五輪の中止を要求しないのか、大変不思議でなりません。
「ワクチン接種の重要性を前提にワクチン頼みではないコロナ対策が必要だ」。(普段発言を切り取り批判している人が)「タイトルだけで発言を判断しないで」。「五輪中止を社説で呼びかけたがオフィシャルパートナーの地位は降りない」。「五輪はダメだが夏の高校野球はOK」…。世の中、首尾一貫性のない言動を取る人は多いのですが、ここまで来ると、深刻です。首尾一貫性のなさ首尾一貫性とは?当ウェブサイトでは最近、野党やマスメディアの行動を話題として取り上げることが多いような気がします。少し批判を覚悟で、あえて厳しい... 「五輪はダメだが高校野球はOK」の首尾一貫性のなさ - 新宿会計士の政治経済評論 |
CBDCの本質
CBDCと電子マネー
余談はこのくらいにして、本論に戻りましょう。
そもそも論ですが、デジタル人民元がなぜ、ここまで注目されているのでしょうか。
おそらくその大きな理由のひとつは、中国人民銀行が「中央銀行デジタル通貨」(英語の “Central Bank Digital Currency” を略して俗に「CBDC」)の実証実験で、世界に先駆けているからでしょう。
日本の場合だと、日銀は『中央銀行デジタル通貨とは何ですか?』というウェブページで、次の3つをCBDCの要件に挙げています。
日銀ウェブサイト上のCBDCの3要件
- デジタル化されていること
- 円などの法定通貨建てであること
- 中央銀行の債務として発行されること
(【出所】『中央銀行デジタル通貨とは何ですか?』)
ただ、この3要件だと、CBDCの説明としては不十分です。
なぜなら、このうち「デジタル化されていること」、「円などの法定通貨建てであること」という要件を満たすものが、すでに日本には存在しているからです。
それが、「電子マネー」(たとえばJR東日本が発行している「SUICA」など)です。
SUICAの事例でいえば、私たち消費者は発行体であるJR東日本におカネを払って「チャージ」し、チャージした範囲内の金額で、電車の運賃精算、駅構内や街中の商店・コンビニなどでの買い物、レストランでの食事などに使うことができる、という特徴があります。
また、最近だと、とくに大都市圏では駅だけでなく、コンビニエンスストアやスーパーマーケットを含め、電子マネーが使用可能な店舗がどんどん広がっており、電子マネーの利便性は飛躍的に向上しています。
電子マネーの限界
ただし、こうした民間企業が発行している電子マネーには、いくつかの限界があります。それは、「①現金に払い戻すことができない、②送金することができない、③取引可能な金額が小さい、④決済に専用の端末が必要である」、といったものです。
たとえば、電子マネーの多くは、いったんチャージしたらそれを現金に戻すことができない、という特徴があります。
「絶対に戻せない」わけではないようですが、SUICAの場合だと現金に払い戻すときには、そのSUICA自体をJR東日本に返却するという場合などに限られるようです。つまり、「現金から電子マネー」というチャージはできても、電子マネーから現金に自由に戻すことはできず、基本的には一方通行です。
次に、電子マネーの用途は、あくまでも「チャージをした残高の範囲内で支払いに私用する」などに限られており、電子マネーの残高を他人の電子マネーに移す、といったことはできません。「子供にお小遣いをあげる」、「飲み代の割り勘をする」、といったニーズには対応できないのです。
さらに、一般に電子マネーの多くは、チャージできる上限が2万円から5万円程度に過ぎず、おもに一般消費者を対象に、日常の数百円から数千円というレベルの少額の買い物をするのに適した設計です。基本的に、大口決済や送金などには対応していません。
さらには、また、基本的に電子マネー決済には専用の決済端末が必要であり、街中で個人が経営する店舗などの場合だと、電子マネーに対応しておらず、基本的には現金しか使えない、というケースも多いようです。
したがって、電子マネーを完全に「お財布代わり」にすることは難しいのが実情でしょう。
この点、CBDCとは、基本的にはこうした電子マネーの欠点をクリアするものでなければなりません。
つまり、紙のおカネ(=紙幣)や金属のおカネ(=コイン)といった物理的な現金と、いつでも自由に交換可能であること(たとえば銀行などで簡単にチャージできること、チャージしたCBDCはいつでも紙幣やコインと両替できること)、送金や大口決済などに対応していること、といった特徴を満たさねばなりません。
その意味では、ロイターなどが報じた「デジタル人民元アプリ試行版」なるものが、いかなる特徴を満たしているのかについては、調査研究する価値はあるでしょう。
国際的な大口投資家は人民元に投資できない
もっとも、デジタル人民元が便利な代物であったとしても、これが普及したからといって、直ちに人民元が米ドルを押しのけて世界の基軸通貨に代わる、ということはあり得ません。
その理由は、冒頭にも掲げた過去記事でも説明したとおりですが、簡単にいえば、通貨の実力は、債券(さいけん)市場で国際的な機関投資家が大口の取引(数億円から、場合によっては数百億円、数兆円レベル)をすることができるかどうかで決まるからです。
この点、中国本土における人民元建ての債券市場は外国人機関投資家には開放されておらず、また、外国人機関投資家が自由にアクセスできる「オフショア人民元債券市場」(香港など)は、市場規模が非常に小さく、正直、お話になりません。
ある通貨が国境を越えて取引されるためには、その通貨に対する信頼(あるいは「その通貨で資金を運用したい」という幅広いニーズ)が必要ですが、大変残念なことに、現在の中国が一般の機関投資家界隈からの信頼を勝ち得ているわけではないのです。
さらにいえば、デジタル人民元には、すべての取引履歴が中国共産党に把握されてしまうという危険性を孕んでいます。国が国だけに、「個人情報をすべて中国共産党に抜き取られる(かもしれない)」という点では、ある意味では安定感がある、というわけです。
いずれにせよ、デジタル人民元が中国本土で普及したとして、それだけの理由で、米ドル基軸体制を揺るがす可能性があるかといえば、その可能性はゼロでしょう。
お知らせ:デジタル人民元脅威論への反論について
さて、個人的には現在、この「デジタル人民元脅威説」について、「デジタル人民元が出現したからといって、人民元が世界の基軸通貨になるわけではない」とする点を説明するための準備をしております。
準備が整い次第、当ウェブサイトでも読者の皆さまにお知らせできると思いますので、今しばらくお待ちください。
View Comments (13)
>デジタル人民元には、すべての取引履歴が中国共産党に把握されてしまうという危険性を孕んでいます。・・(その通りだと思います。)
圏外の住人でデジタル人民元アプリをダウンロードする人なんで居るのだろうか?
「プライバシー ”ぼり” シー」がもれなく付いてくるというのに・・。
本題のデジタル人民元は,もう少し様子を観察するのが正解でしょう。私には作れないようです。投資も馬の耳に念仏。
個人レベルでのキャッシュレス化の進展具合は個人差が大きく,私の場合だと1ヶ月のうちで現金で支払いをした日は数日にすぎず,大半は電子マネーかクレジットカードで支払っています。ただ,電子マネーカードとクレジットカードを合わせると30枚以上になってしまい,全部持ち歩くわけにはいかないのが欠点です。その他,マイレージカードやポイントカード等のプラスチックカード類を含めると,もっと増えてしまいます。スマホに入れられるものはスマホだけで使っています。いろいろな会社が入れ替わり立ち替わり「ポイント○○キャンペーン」とか「○○カードで○○%引き(ポイント還元)」でみたいなものをしれくれるのが,枚数が増えてしまう大きな原因です。でも,ポイントだけで,月数回食事できるの小さくないです。
個人送金できる電子マネーや,使った分だけ後払いで銀行口座から落ちる電子マネーもあるので,そういう意味での不自由さは感じたことがありません。あえていうと,中国のAlipayとWeChatPayがまだ残高があるのに,中国に行かないと使えないところでしょうか。銀聯カードも。もっとも,もともと中国旅行のためにチャージしたので仕方がないです。思い返してみると,初回の海外旅行でクレジットカードの便利さを覚えたのが,話の始まりでしょうか。でも,昔作った年会費有料のカードはほぼ全部解約して,今はJ-Westカードくらいしか残ってないです。ここ2年はコロナで新幹線にほとんど乗らないので,年会費が無駄になっています。ViewはBICなので無料。
どこの端末からも読み取れる、他人に送金したり現金に還元可能な、大口の電子マネーは
怖くて使いにくいからね
おはようございます。
本論ではない部分ですが、オリンピックに関する件「東京に反対したのは日本のことだからで、北京に反対しないのは国外だから(関係無い)」と、自信満々に(?)主張している左翼と思しき方のツイートを見たことがあります。
たぶんですけど、そう主張してなんの呵責も感じてないんじゃないかと(溜息)
現状の電子マネーの本質が理解できれば、誰もデジタル人民元やデジタルドルを使う人は居ないでしょう。
会計士様も触れられていますが、発行体に勝手に没収されてしまうようなものを資産と呼べるか、がポイントだと思います。
また、中共、北朝鮮等の犯罪組織によるハッキング(窃盗)をどう防ぐかも課題で、個人持ちの正体不明の端末はSWIFT端末並みの管理と責任を期待できないと思います。
これもまた空想の域をでませんが、遠くない将来、観光や商用を問わず、中国を訪れる人が空港などで両替する際に、紙幣ではなくe-CNYに限定されるという可能性もあると思います。両替窓口で日本円なりUSドルなりとスマホを差し出すと、その分だけスマホにチャージされて(ついでに個人データを吸いだして)、スマホが戻ってくるというイメージです。
中国政府としては、外貨の現金が入手できる上に、個人客の個人情報や行動(購買)情報をトレースできるので、こんなにうまい話はないでしょう。しかも、いざとなったら、いくらでもe-CNYを無効にできるのです。「不逞の輩」を追い出すのも簡単になります。
そうかといって、e-CNYではなく、クレジットカードですべての支払いをするようにした場合、今度はスキミングし放題という罠が待ち受けています。街の小商店はともかく、外国人が宿泊可能なホテルなどでは、その気になれば容易にできるでしょう。
中国政府がそこまで想定しているかどうかはわかりませんが、本当に実行された場合、中国訪問はこれまで以上の「覚悟と準備」が必要になるでしょう。
コロナ直前の話ですが,人民元は偽札が多いので,AlipayやWeCahtPayやカードで支払うほうが歓迎されました。カードのスキミング被害は保険で補填されるので,個人の損害はありません。現金だと,盗まれても海外旅行保険では補填されません。そもそも,中国や韓国やイギリスは,現金を数百円分程度持っていれば,ほぼ完全キャッシュレスで旅行できる国でした。現金はトイレとか教会の寄付で使うくらい。ただし。中国だと銀聯カード以外のクレジットカードが使えない店があったり,イギリスだとVISAタッチのようなタッチ決済対応カードがないと,少額決済ができない店があります。米独仏伊は現金が結構必用でしたが,コロナで変わったかな?
最近,AlipayやWeChatPayは外国人旅行者用のシステムができて,これは使い残しは日本円に戻せます。私は昔の中国人向けシステムを使っているのでダメですが。でも,中国のネットショップの買い物には使えますし,中国人と少額なら遠隔送金できます。それから,両替は空港でなくても,日本の自宅でできます。使ってみると便利ですよ。
現在の中国旅行の最大の危険性は,理由もなく逮捕されることでしょうが,VIPでなければ大丈夫でしょう。
そりゃそうですよね。
いくら支付宝や微信支付が便利でも、他の国で普及しないのは人民元建てだから。そして人民元が中国人以外に大して信用されてないから。中共が好き勝手に価値を操作できる通貨なんて誰も信用しません。
デジタル化して使いやすくなったとしてもその通貨が信用されてないと使ってくれません。ましてUSドルの代わりなど豚の寝言、いや、プーの寝言。
せいぜい人民元ブロックの中で使い勝手が良くなる程度に留まるでしょう。
デジタル人民元が単なるキャッシュレス決済のことを言っているのであれば中国国内の話。
国際金融のドル決済システムに代わるものを中国独自に目指しているのであれば脅威かもしれないが無理でしょう。ドルが基軸通貨でいられるのはみんながドルを欲しがるため。ドルを欲しがる理由は簡単。ドルがあれば何でも買えるから。人民元があれば何でも買えて、みんなが人民元を欲しがるようにはならないと思う。
1980年代中国渡航に意欲を燃やしたワカモノたちは、いまだ外国人用兌換元紙幣とのその扱いを覚えているものですが、現代中国人には知識がないのだそうです。日本を発つ前に米ドル紙幣をゲットする顛末も結構笑えます。兌換元を使ったひとは当時を知っている。
中国や韓国の電子マネーでは個人間送金でき、
割り勘やオークションの個人間取引の決済も
できるみたいな話は聞いたことがあるし、
いつか搭載されるのでは?
ゲームのリアルマネートレードや
昔の外貨兌換券のヤミ交換みたいに、
デジタル人民元を
高額な手数料とってリアル人民元に
交換するヤミ業者も出てくるかもしれません。
デジタル人民元での毎月自動チャージの
ベーシックインカムをやれば、
マイナンバーカードのポイント付与より
効果的にデジタル人民元の普及は進むかもしれません。
デジタル人民元が市中に溢れたら、
100デジタル人民元で10元にヤミ交換とか、
リアル人民元での支払いなら
10分の1に値引きするとか
そういう二重価格の混乱経済になりそうな予感がします。