北朝鮮経済は、実際のところ、危機に陥っているのか、そうではないのか。このあたりは当ウェブサイトでもずいぶんと論じてきたつもりですが、その実情は、やはりいまひとつわかりません。ただ、断片的に伝わる情報を読み解いていくと、じつは北朝鮮で外貨準備が枯渇していて、住民が「タンス預金」している外貨を政府が吸収しようとしているのではないか、といった仮説も成り立つようです。
北朝鮮の物価の謎
以前の『「物資不足」なのに「物価安定」?北朝鮮経済の謎解き』を含め、当ウェブサイトでは「知的好奇心を刺激する話題」のひとつとして取り上げて来たのが、「北朝鮮の物価」という話題です。
物価とは、「モノとカネの交換比率」である当ウェブサイトでは「金融評論」に力を入れているつもりです。こうしたなか、以前からときどき、北朝鮮における物価水準が異様に安定している(ように見える)、という話題を取り上げてきました。もちろん、『北朝鮮の物価がさらに上昇:短期的混乱か、それとも…』などで述べたような「短期的な乱高下」はありますが、やはり長期的なトレンドとしては、北朝鮮の物価は、一見すると「経済が崩壊に向かう国」にありがちな、「物価が急上昇する(=貨幣価値が急落する)」という状況にはないので... 「物資不足」なのに「物価安定」?北朝鮮経済の謎解き - 新宿会計士の政治経済評論 |
『アジアプレス・ネットワーク』というウェブサイトには、以前から『<北朝鮮>市場最新物価情報』というページで、北朝鮮ウォンで測定された北朝鮮の主要4品目(ガソリン、軽油、コメ、トウモロコシ)の物価と、1米ドル、1人民元あたりの北朝鮮ウォンの為替相場の推移が掲載されています。
独自ルートで調査した北朝鮮国内の市場最新物価情報を、定期的にお届けします。 <北朝鮮>市場最新物価情報 - アジアプレス・ネットワーク |
これについては、今年6月頃に、とくにコメ、トウモロコシの価格が暴騰する一方で、為替相場については下落(=北朝鮮ウォンの価値が上昇)するという、非常に不思議な現象が見られました。
当ウェブサイトではこれについて、北朝鮮の物価水準には短期的な乱高下はあるにせよ、漏れ伝わる窮状にも関わらず、北朝鮮の物価が驚くほど安定しているという点についてはさまざまな仮説を出してきたところです。
たとえば、国家が破綻したソマリアの通貨・ソマリアシリングのように、発行体が破綻したにも関わらず、紙幣自体がいまだに流通しているというケースもありますので、北朝鮮ウォン自体も、北朝鮮国内の住民からは通貨として信頼され、流通している、というのが、現状では最も説得力のありそうなシナリオです。
つまり、物価というのは「モノの値段をカネという尺度で示した指標」ですが、それと同時に、意外と多くの人が忘れているのは、「カネの値段をモノという尺度で示した指標」でもある、という点でしょう。
北朝鮮の物価と為替レートの推移はどうなっているのか
モノ自体が不足していれば物価には上昇圧力が加わりますが、カネ自体が不足していれば、物価には下落圧力が加わるのです(※余談ですが、白川方明・前日銀総裁を筆頭に、歴代日銀総裁がやってきたこととは、まさに「市場にカネ不足」が生じているのに、カネを供給するのを渋ったという行為でもあります)。
ここで、『アジアプレス・ネットワーク』が公表している物価データをもとに、コメ・トウモロコシ(図表1)、ガソリン・軽油(図表2)の物価と、人民元・米ドル(図表3)の為替レートを確認しておきましょう。
図表1 北朝鮮の物価(コメ・トウモロコシ)
図表2 北朝鮮の物価(ガソリン・軽油)
図表3 北朝鮮の為替相場(米ドル・人民元)
(【出所】『アジアプレス・ネットワーク』の『<北朝鮮>市場最新物価情報』を参考に著者作成)
いかがでしょうか。
食料品であるコメ、トウモロコシの価格が今年6月頃、いきなりジャンプし、そのあと元どおりになっていることが確認できる一方、為替レートについては米ドル、人民元ともにガクン、ガクンと切り下がっている(=北朝鮮ウォンの価値が上昇している)ことが確認できるでしょう。
こうした動き、大変に不自然なものです。
物資困窮により経済が崩壊するならば、ガソリン、軽油も含めてすべての物価が急騰してていなければおかしいはずですし、為替レートについても切り上がっていかなければおかしいはずです。
中央日報「北朝鮮の外貨吸収作戦」
すなわち、アジアプレス・ネットワークの調査が正しければ、6月前後において、北朝鮮で何らかの異常事態が発生していた可能性があるのですが、これに関し、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に本日、こんな記事が掲載されていました。
【中央時評】北朝鮮の外貨吸収作戦と金与正の「実践」(1)
―――2021.10.13 10:55付 中央日報日本語版より
中央日報によると、北朝鮮当局が最近、外貨不足に陥っていて、住民が保有する外貨を政府が「吸収」するために、「あたかも市場の需給によりドルが切り下げられているかを装う」という、いわゆる「闇の下落作戦」が展開されたというのです。
残念ながら、記事を数回読み返してみても、その「闇の下落作戦」の具体的な内容については、記事から読み取ることは難しいのですが、あえて当ウェブサイト側にて忖度(そんたく)し、この記事の執筆者がいわんとすることを展開すると、おそらくは次のようなシナリオです。
「軍など国家が保有する備蓄のコメ、トウモロコシを放出するに当たり、自国通貨による売渡価格を釣り上げる一方、外貨による売渡価格をわざと引き下げることで、北朝鮮の住民が外貨を放出しやすい環境を作った」。
こうした理解が正しいかどうかは、よくわかりません。
なにせ、中央日報の記事自体が、肝心のメカニズムについて詳しく説明していないからです。
ただ、現実の価格の推移をみると、やはり北朝鮮政府が自国通貨・北朝鮮ウォンの発行量を厳しく制限していて、また、外貨の使用にも制限をかけているため、北朝鮮ウォンの相対的な価値が上昇し、外貨の価値が相対的に下落している、という仮説は十分に成り立つものです。
つまり、今年6月から7月にかけての物価の乱高下は、北朝鮮が自国民から外貨の紙幣を巻き上げるための何らかのオペレーションの結果、生じた変動のようなものであり、それだけ北朝鮮の外貨不足が深刻化している、という、間接的な証拠といえるのかもしれません。
北朝鮮はむしろ苦境に?
以上の理解のもとで、リンク先のコラムをもう少し読んでみましょう。
「筆者の推定によると、2017~19年に北朝鮮住民の家計所得はそれまでの3年と比べ25%減り、制裁の衝撃を最も少なく受けるセメント産業の昨年の生産量も2015年より25%減少した。北朝鮮政権は初期には制裁の影響を過小評価したがいまはその重さを実感している」。
つまり、国連安保理の経済制裁の効果がここにきて北朝鮮経済を揺さぶっている、というわけです。これにコロナ禍が重なり、経済難が遥かに深刻化した、というのが中央日報の見立てであり、「最も緊急な問題」は、「政権が使用できる外貨準備高が速いスピードで減少している」、ということなのだとか。
だからこそ、北朝鮮はなりふり構わず外貨を手に入れようとしているのであり、とくに今年の春先の『国連パネル「北朝鮮が暗号通貨3億ドル窃盗」等を報告』などでも出て来た暗号資産窃盗などの話題も、これと軌を一にしていると言えるのかもしれません。
国連安保理制裁の履行状況を巡る国連パネルの報告書が出て来ました。これによると、北朝鮮は2020年を通じ、制裁決議に定められた上限である50万バレルの「数倍」の石油精製品を違法に輸入しているほか、約3億ドル相当の暗号通貨を盗むなどの犯罪を続けているのだそうです。やはり、北朝鮮に対する瀬取り監視を徹底的に強化するのが正解なのでしょう。2021/04/02 16:40追記記事タイトルが「3億円」になっていたのを「3億ドル」に修正しました。北朝鮮から外国大使館関係者らが続々と撤収中北朝鮮といえば、当ウェブサイトでもかなり... 国連パネル「北朝鮮が暗号通貨3億ドル窃盗」等を報告 - 新宿会計士の政治経済評論 |
いずれにせよ、北朝鮮に拉致された日本人全員の無事の帰国は、私たち日本国民にとっては悲願でもあります。北朝鮮経済が困窮し、北朝鮮の政権が崩壊するような事態が生じる前に、北朝鮮が何らかのアクションを起こして来るのかについては、注意が必要といえるでしょう。
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北朝鮮は特殊なので、物価や為替レートで経済状況を理解しようとするのに無理が有るのでは。
どこがどう無理があるのかな?
こういう国は、闇経済が存在しているため公表データでの分析は容易ではないということ。
かなり昔の話だが私がタイからミャンマーに入国したとき空港で200ドルの強制両替が義務づけられていた。$200=200チャットの公定レートでだ。ところが「地球の歩き方」のアドバイスに従いバンコクの免税店で$10のウイスキーを買って入国すると、空港の外に現地人が待ち構えていて200チャットで買ってくれるのだ。多分300チャットくらいで転売するのだろう。闇のレートは公式レートの30倍ということ。閉鎖経済の国ではこういうことは日常茶飯事。北朝鮮で公表されるコメの値段、その値段で買えるのか?多分買えるのは一人月2キロまでとか制限があるのではないか。日本でも戦後「米穀通帳」というのがありましたよね。これがあれば一定量までは公定価格で買える。それ以上買いたければ闇の値段。
首都でも食糧難が激しいので
いろんな大使館が撤退したらしいね
もしかしたら、北朝鮮の輪転機が壊れて、なおせる技術者も居らず、外貨の使用を禁止したので物価が安定したのかも。
今までは輪転機を刷って物資を政府が購入していたので、物価上昇(北の生産力が一定のため)。
お札の量と生産物の量が一定のための物価安定だったりして。
今までは偽造する価値もなかった北朝鮮ウォンの偽札が出回っているというニュースがありました。かつて北朝鮮は国家ぐるみで超精巧な米100ドル札の偽造が疑われていましたが、現在は困窮した庶民が生存のため自国貨幣の偽造に手を染めている?
https://news.goo.ne.jp/article/dailynk/world/dailynk-141491.html
ちなみに紙幣印刷は偽造防止のため、様々な工夫(高精細、ナンバリング、箔など)を施すため、輪転機(ロール状の紙に高スピードで印刷・後加工)は適さず、枚葉機での印刷が主流のようです(実際の紙幣製造現場は偽造防止のため、高いセキュリティが掛けられており、公開情報が少ない)。
さらに脱線すると、紙幣印刷機のシェアは日本と独のメーカーの寡占状態にあります。
(何か前にも同じようなことを書いたかも)
ドルが刷れなくなって外貨不足になり
今度は人民元も刷れなくなって中国からの輸入もストップ
最後には自国通貨すら刷れなくなっているとか
そんな可能性もあるかも
制裁やコロナによる国境閉鎖で原材料(紙、インキ等)が入ってこなくなり、生産できないのかもしれませんね。
悪寅狗様
お札の原材料切れの可能性が高そうですね。
でも、これでも人間生きていけるの?という状態になってからが永そうです。
崩壊への道はまだまだ先ですかね。
そのうち一切の通貨が使えなくなり、米かとうもろこしの量や重さで取引する物々交換になりそうですね。李氏朝鮮時代に逆戻り。
国内向けはそれでもいいでしょうが、さすがに国外との交易には使えません。赤い貴族向けの物資を調達するには、どうしても外貨、またはそれに相当するものが必要になります。
一昔前ならば、日本向けにマツタケという結構強力なブツがあったんですけどねえ。
マツタケ1トン=レクサス1台とか。
>「闇の下落作戦」
か、どうかはわかりませんが、北朝鮮では最近「軍票」のようなものが発行されたとか。
一説には、経済制裁による物資の不足で、紙幣に使えるちゃんとした紙が輸入(主に中国から)出来なくなっているため、やむ無く紙幣の替わりとして発行した。とか。
また一説には、住民の保有する外貨を吐き出させるために新たに作った、とか、とか。
しかし「軍票」の紙質は悪く、すぐ破れたりするので丁寧に扱うようにとの厳しいお達しも出ているらしいですし。住民からは、本当に従来の紙幣と同等の値打ちがあるものとして使えるのかどうかという不安もある、とか。
よくわかりませんが、謎の「軍票」ですね。
韓国のサムスン系中央日報がよく記事に出来るものです。
現韓国の文大統領が財閥系といわれる民間企業から外貨ふんだくっているのと同じ構図なんですけど?
なんでしたら北朝鮮も「基金」とか「〜連合」みたいな市民団体を間に挟めば韓国とまったく変わらなくなります。
これから寒い冬が来るので、両国に関わらず特別なアジアの国々から目が離せません。
やっぱり カリオストロ公国が最強なのかもしれません。
でも 紙屑ウォンは 意味ないでしょう。
貨幣でドルとウォンが表示されているけれど、ルーブル・円がどうなっているか知りたい。
回収している外貨はどこの外貨なのだろうか? 何でも良いのかな?
北国は「世界が一番羨む国」になると公言しておりましたが、
実際、本当に「世界が羨むSDGs国」になりましたね。
皆様、SDGsを続けるとどうなるかの見本が隣にあって良かったですね。
又、南国でも来年5月~ベーシックインカムを始めたいと公言している候補者が
おりますので皆様でよく観察しましょう。
立憲・共産党等が叫ぶ最低時給問題については、南国で失敗しているのに
何故か日本で実施したいと言う人達が多いのにはビックリです。
(最低時給を20~30円だったかな?上げた時、立憲・共産党等がこの時勢で
最低時給を上げるのは可笑しいと怒っていたのは、さらに笑えます。
立憲・共産党等は最低時給¥2千円を主張していたのに。)