一昨日の『数字で読む、韓国が「日本産の」フッ化水素に拘る理由』では、財務省の普通貿易統計などを手掛かりに、なぜ日本政府が昨年7月に韓国に対する輸出管理の適正化措置を講じたのかについて考察したのですが、本稿はその「補足編」です。実際、韓国以外の国に対する「HS番号2811.11-000」(フッ化水素とフッ化水素酸)の輸出量が、輸出管理適正化措置の前後で大きく増減したという事実は確認できません。これをどう解釈すべきでしょうか。
目次
続・数字で見たフッ化水素
昨日の『韓国国民の7割超が日本に敵対心を持つ=中央日報調査』の末尾で少しだけ予告したのですが、当ウェブサイトではかなり以前から、財務省が公表している『普通貿易統計』から「HS番号2811.11-000」(つまりフッ化水素とフッ化水素酸)の輸出高を調べてきました。
ちなみに日本からのフッ化水素等の輸出については、普通貿易統計上、「2811.11-000」以外にも、「HS番号0000.00-190」(つまり再輸出品)に紛れて掲載されている可能性があります(経産省・2019年9月27日付『8月の大韓民国向けフッ化水素輸出量について』等参照)。
ただし、日本が輸出管理適正化措置を講じた3品目のうち、フッ化水素が普通貿易統計上、唯一の独立項目であることから、対韓輸出高がトレースしやすいという事情もあり、当ウェブサイトでは以前からこの「2811.11-000」に注目してきた次第です。
適正化措置前後の動き
対韓輸出が全体の8~9割に!
さて、日本からの「2811.11-000」の輸出先について、興味深い現象があります。昨年6月頃まで、韓国に対するものが輸出高全体の8~9割に達していたのです。
これについて調べてみたものが、図表1です。
図表1 日本からの「2811.11-000」の輸出高全体に占める韓国のシェア(数量、金額)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
この図表1は、1990年代以降の「2811.11-000」の全世界に対する輸出高に占める韓国向け輸出輸出高のシェアを取ったものですが、韓国がまだ今よりもかなり貧しかった1990年代、フッ化水素の対韓輸出のシェアは20%から、せいぜい50%前後に過ぎませんでした。
しかし、2000年代以降、韓国に対する輸出のシェアが急激に伸びて来ます。とくに、2008年以降、「2811.11-000」の対韓輸出シェアが70~90%に達しているのですが、これはちょうど韓国が「半導体王国」としての地位を固めていく時期と重なっています。
韓国に対する「2811.11-000」の輸出高
次に、先日の『数字で読む、韓国が「日本産の」フッ化水素に拘る理由』でも掲載した図表について、少し期間を拡大したうえで再掲しておきましょう。図表2が金額、図表3が数量で、それぞれ各月の数字を折れ線グラフで、前年同月比を棒グラフで示しています。
図表2 2811.11-000の日本から韓国への輸出高(金額)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
図表3 2811.11-000の日本から韓国への輸出高(数量)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
図表2、図表3については、まず2000年代を通じ、金額、数量ともに少しずつ伸びて行ったのが、2010年代以降、大きく伸びていった、という状況が確認できます。まさに韓国の半導体産業が隆盛となる反面、2012年にエルピーダメモリが経営破綻し、日本の半導体産業が壊滅した時期と一致します。
ところが、「2811.11-000」の対韓輸出は、2017年ごろ、すなわち韓国が輸出管理に関する日本との政策対話を拒絶するようになった時期から、さらに急激に伸び始めているのです。
時期的には文在寅(ぶん・ざいいん)氏が韓国大統領に選ばれた時期とも微妙に重なっていますが、厳密に言えば、韓国が政策対話を拒絶し始めたのは、前任の朴槿恵(ぼく・きんけい)政権の末期からでもあります。
このため、「文在寅氏が大統領に就任し、それによって韓国が日本からのフッ化水素類の輸入を増やした」というストーリーは成り立ち辛いです。客観的な統計数値とは整合しないからです。
そして、日本が韓国に対するフッ化水素等の個別品目について、輸出を個別許可に切り替えた2019年7月以降、「2811.11-000」の対韓輸出は急減し、とくに2019年8月は金額、数量ともに、完全にゼロになりました。
その後、「2811.11-000」の対韓輸出については完全にゼロになったわけではなく、とくに2019年12月以降は金額、数量ともにある程度は復活しているのですが、ピーク時に比べ7~10分の1くらいに留まっているのです。
韓国に対する輸出が減って、その他の国は?
さて、ここで韓国に対する輸出が急減したことはわかったのですが、その分、韓国以外の国に対する輸出が増えたのかどうかが気になるところです。そこで、これについて確認するうえで、まずは先ほどの図表2、図表3をそれぞれ、全世界向けに拡大しておきましょう(図表4、図表5)。
図表4 2811.11-000の日本から全世界への輸出高(金額)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
図表5 2811.11-000の日本から全世界への輸出高(数量)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
いかがでしょうか。
図表4、図表5ともに、図表2、図表3とそっくりな動きをしていることがわかります。
その理由は当然で、そもそも日本の「2811.11-000」の外国に対する輸出高は、日本が輸出管理適正化措置を発動する直前期においては、8~9割が韓国向けで占められていたからです。
当然、韓国に対する輸出管理適正化措置の一環として、一時的に「2811.11-000」の対韓輸出が急減したら、日本の全世界に対する「2811.11-000」の輸出高も同様に急減するはずです。
そこで、図表4、図表5で使ったデータから図表2、図表3で使ったデータを引いた差額(つまり韓国以外に対する「2811.11-000」の輸出)を計算してみました(図表6、図表7)。
図表6 2811.11-000の日本から韓国以外の国への輸出高(金額)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
図表7 2811.11-000の日本から韓国以外の国への輸出高(数量)
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
この2枚の図表は、韓国以外の国(といっても事実上、米国、台湾、中国の3ヵ国・地域)に対する輸出高の推移を金額、数量両面から計算したものです。
このグラフだけを見ると、韓国に対する輸出管理適正化措置発動直後から、「韓国以外への輸出高」が大きく伸びているように見えなくもないのですが、縦軸に注目していただければわかるとおり、そもそも図表6、図表7の縦軸は、図表4、図表5と比べて小さすぎます。
ほとんど誤差の範囲、といったところではないでしょうか。つまり、韓国に対する「2811.11-000」の輸出量はガクンと減ったのですが、その分、どこかほかの国に対する輸出が同程度増えたという事実はない、ということです。
ちなみに、現在、日本が「2811.11-000」を輸出している主な先は、韓国、中国、台湾、米国などですが、依然として韓国は重要な輸出相手国です(図表8)。
図表8 2811.11-000の輸出相手国と重量(kg)
輸出相手国 | 2019年1-3月 | 2020年1-3月 |
---|---|---|
韓国 | 10,082,436 | 1,290,366 |
中国 | 144,618 | 177,608 |
台湾 | 698,786 | 491,918 |
米国 | 267,842 | 506,266 |
(【出所】財務省『普通貿易統計』より著者作成)
不正使用の疑い?
半導体生産にほとんど支障がない
ついでに申し上げておくと、日本の輸出管理適正化措置発動にも関わらず、韓国では現時点に至るまで、「半導体生産が止まった」、という話は聞きません。
それどころか、半導体大手のサムスン電子は、この武漢コロナ禍の最中にも関わらず、半導体部門の業績が堅調だったことなどを主因として2020年4-6月期には営業利益が8兆ウォンと、前四半期比22.7%も伸びたのだそうです。
韓経:新型コロナにも営業利益8兆ウォン…「怪力」のサムスン電子
サムスン電子が新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)の衝撃にもかかわらず4-6月期に8兆ウォン(約7000憶円)以上の営業利益をおさめた。<<…続きを読む>>
―――2020.07.08 08:21付 中央日報日本語版より
もしも日本産のフッ化水素等の韓国に対する輸出が滞っているのであれば、半導体の増産もままならないはずです。
この点、輸出管理適正化措置を巡る日本政府の言い分は一貫していて、「今回の運用見直しはWTO協定に整合的であり、サプライチェーンに影響を及ぼすようなものではない」というものですが、サムスンの営業利益が堅調だったという報道は、まさに日本政府の言い分と合致します。
いずれにせよ、今回の韓国に対する輸出管理適正化措置により、韓国に対する「2811.11-000」の輸出量は、2010年以前の水準に戻った格好となっているのですが、それでも韓国の半導体産業に打撃を与えている兆候はいっさい見られません。
韓国の政府、メディアはことあるごとに、日本から輸入するフッ化水素を「半導体産業の核心素材」と述べているわりには、日本が2010年以降、韓国に対して輸出していた大量のフッ化水素類は、じつは半導体産業に使われていなかったのではないか、という仮説がここに成立するゆえんなのです。
大幅な水増し?
では、韓国が日本から輸入したフッ化水素類を、いったい何に使っていたのでしょうか。
正直、私たち一般人には、よくわかりません。なぜなら、フッ化水素などの対韓輸出を巡って経産省は、「輸出管理上の不適切な事例があった」としか述べていないからです。
ただし、先ほどの図表8でも確認できるとおり、たとえば2020年第1四半期(1-3月期)の「2811.11-000」の対韓輸出量は1,290トンで、前年同期の10,082トンと比べれば10分の1に落ち込んでいますが、それでも韓国の半導体産業は止まっていません。
のこり9000トンはいったい何に使われていたというのでしょうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いちおう、憶測も交えた当ウェブサイトなりの「フッ化水素の行方」に関するストーリーは、次のとおりです。
【仮説】韓国は日本産フッ化水素をどうしていたのか?
- 日本が韓国に輸出したフッ化水素が、韓国からイランに密輸出されていた。日本産のフッ化水素はイランからさらに北朝鮮に還流した可能性もある(このフッ化水素はウラン濃縮に使えれば良いのであり、必ずしも半導体製造などに使われる高品質なものでなくても構わない)
- 韓国があえて日本産のフッ化水素をイランに密輸出した理由は、あたかも日本が直接、イランにフッ化水素を密輸出したかに装うため。自国産のフッ化水素だと米国にバレると、韓国自身が米国などから経済制裁を喰らうおそれがある
- 日本は米国から衛星写真などでイランの核施設に日本産のフッ化水素の容器が写っているのを見せられ、韓国から物資の横流しが発生した可能性を疑い、「書類不備」を理由に2018年10月に韓国向けフッ化水素輸出を一時中断した
- 安倍総理がイランを訪問したのは、日本産のフッ化水素など一部の戦略物資が韓国からイランに再輸出されていた事実を確認するという目的もあった
つまり、逆にいえば、たとえば韓国が日本との政策対話に応じなくなった2016年なかば以降、フッ化水素の対韓輸出高が「実需」(韓国が半導体産業などに使う分)以上に膨らんでいたのだとしたら、こうした仮説の正しさを裏付ける間接的な証拠、というわけです。
そして、対韓輸出管理適正化措置が発動され、日本の韓国に対する「2811.11-000」の輸出が量、金額ともに急減したのは事実ですが、その分、日本がほかの国に対する輸出量を増やしたという事実も確認できません。
このことは、韓国が「日本産の」フッ化水素を、半導体産業以外のなにか「不適切な目的」で使用していたことを示す重要な状況証拠であるように思えてならないのです(※あくまでも「数字の上からは」、ですが…)。
いずれにせよ、日本から全世界に輸出される「2811.11-000」が数量、金額ともに激減したのは事実です。
もし韓国が「包括許可」を悪用し、日本産のフッ化水素等を全世界にばら撒いていたのだとすれば、韓国に対するフッ化水素等の輸出を包括許可の対象から外すのは、当然のことなのかもしれません。
(※ちなみに中国、台湾は日本の輸出管理上、「グループC」と韓国よりも低いランクに区分されているという点についても付記しておきたいと思います。)
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7月8日付の産経新聞のサイトに日本政府の輸出管理強化について以下の記事がありました:
----韓国の輸出管理体制に懸念 日本、WTO会合で反論----
https://www.sankei.com/economy/news/200708/ecn2007080036-n1.html
《世界貿易機関(WTO)で8日、日本の貿易政策に関する審査会合が開かれ、日本が韓国に対する半導体材料の輸出管理厳格化について「韓国の輸出管理体制と運用の脆弱(ぜいじゃく)性への懸念」に基づき実施したと韓国に反論した。日本は8日の会合で、軍事転用の恐れがある物資や技術に関し、適切な輸出管理措置が実施されることが必要と強調した。》
日本政府の反撃が始まったのかも知れません。
ワクワクします。
記事更新ありがとうございます。大変興味深い考察と思います。
見識の低いかつ主観論なので違うと言われそうなので何ですが…
日米貿易摩擦以後くらいからなのか、半導体市場に限らず韓国が日本のいわば裏庭、裏工場的ポジションであり、迂回貿易というか西欧から貿易で目をつけられた時に抜け道の一つであった経緯が先ずあるかなと思います。そこをかの国が拡大解釈、拡大運用して準軍事品まで流し始め、手がつけられなくなった末が件の貿易適正化だったのかなと…
後邪推ですが、かの国が所謂ロビー的な国際交渉や一部の国から不相応な信頼を得ているところも、その一端として日本の威を借りた公式不正貿易のドンだったから…と言うと納得できるのでは……
インド警察、韓国LG化学工場のトップらガス漏れ事故で12人逮捕
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/lg12.php
こんな管理しかできない
日本のレジストメーカーがK国で当面サムスン用に現地生産を始めました。
あと一般向けにレジスト、フッ化ポリイミドとフッ化水素メーカーが現地生産を始めたら、K国は「規制」がなくなるのでWTOで争う意味がなくなりますね。
日本メーカーにとってみれば面倒な輸出許可申請で3ヶ月も費やさなくても済みます。
しかし、K国で消費する分がもともとそんなに多くなければ現地法人作ることもないでしょうが。
K国で生産しだしたら、それら生産財のパッケージには「K国産」と印字され、K国は自国産なので密輸出はできません。
田舎爺 様
初めまして。
>日本のレジストメーカーがK国で当面サムスン用に現地生産を始めました。
TOK(東京応化科学)のことでしょうか?
この会社であれば、2012年に関連会社「TOK尖端材料株式会社」を設立済みです。
すでに、レジストの生産を行っています。
記憶だけで申し訳ありませんが、1週間くらい前の記事で、日本からのレジスト輸入88%程度に減少し、12%程度の自給ができたとありました。
製造ラインの増設検討しても、現在の情勢から、製造するための機械を日本から輸入ための、輸出許可申請が許可されるかどうか不明ですね。
なにせ、韓国はグループB(個別申請)になりますから。
必要書類はグループBでも、審査内容はグループCだったりして?(笑い)
年金生活老人さま ご返信ありがとうございました。
相手政府は世界の鼻つまみ者なので、特許や技術の窃取など問題もあるし、今まで通りでいいかもしれません。
ちなみに当方も年金生活しています。
文大統領ならやりそう、と思ったのは私だけでしょうか?
しかしそう思わせるのは、作戦です。
文大統領の責任にして、国としての責任を逃れようとするとおもいます。
しかしそれは、韓国のルールです。
日本のルール、国際社会のルールとして国としての責任を問わなければいけないとおもいました。
Atshさま
>迂回貿易という(中略)抜け道
苛烈な米ソ対立時代および日中国交回復後の日本、返還後深圳成長時代の香港、中韓接近後の韓国、大陸通商拡大後の台湾。それぞれが貿易面人材面で「壮大な抜け穴」もしくは「うまみあるビジネス」の舞台になってきたのは歴史的な事実と思います。
色々お調べいただきありがとうございます。コロナの影響がもう出てるんですね。
この結果をみる限り、中国の自社工場に横流ししたという線を補強する材料にはならないようですね。確か輸出再開直後は高額品がほとんどだったということから、目的外使用には低級品が使われていたということでしょう。何千トンという量から考えて、試薬として使う量ではなく素材として使う量のように思えますが。低級品で良ければ韓国が国内向けに供給を開始したファイブナインで十分事足ります。韓国が自分で供給できなかったのは、2012年のフッ化水素の漏洩事故があったため規制が強くかかりすぎて採算が合わなくなっていたからでしょうかね。それでもその事故を機に日本からの輸入が大幅に伸びたというわけでも無いようですね。
更新ありがとうございます。
日本が韓国に輸出したフッ化水素が、イランに密輸出され、さらに北朝鮮に還流した可能性がある。で、昨年に日本がチョッキンしたら他の国が輸出を増やす訳でもない。
韓国だけですね?困っているのは。自国用途以上に輸入して、イラン等にスルーパス。2010年以後毎月2811.11-000の日本から韓国への輸出は金額で2億円から8億円。転売して利鞘稼いで、北朝鮮に支援する。
世界から名指しで非難されている、国連安保理事会の決議を裏切る行為です。WTOで洗いざらい話すのは、勿体ない気がします。でも発表すれば、一太刀で絶命させれる(と思いたい)。
アメリカ製のレーダー部品も韓国経由で中国に密輸されたみたいですね。🐧
https://anonymous-post.mobi/archives/1231
そろそろ首に掛かった「真綿のロープ」が締まり始めたニカ?🐧
ハゲ親父様
ついでに思い切って、足が乗ってる台、外したれッ(笑)。
韓国が日本のフッ化水素を闇ルートへ流していたというのは、数値の上から明らかになったかと存じます。
(韓国は、ボロい商売に手を出していたとも)
韓国経由でフッ化水素を購入できなくなった事に対し、韓国に対し石を投げられるのは、原油代金を踏み倒されているイランと隣国の北朝鮮くらいしかありませんでしょう。
他の国は泣く泣く大陸国から直接購入するルートに切り替えたか、計画の変更あるいは中止に追い込まれたのではないかと考えております。
(大陸国から購入する場合、政治的に面倒かつ不安定なので避けたいでしょうし)