X

自分がやったら表現の自由、他人がやれば差別とヘイト

昨日の『沖縄タイムス「天皇の写真焼いても侮辱行為ではない」』では、「天皇の写真を燃やすなどの映像展示物は、偏った政治的プロパガンダでもなければ、侮辱行為でもない」などと主張する沖縄タイムスの記事を紹介しました。正直、この記事自体理解不能ですが、オールドメディアのなかでは「特定民族(この場合は日本人)やその象徴(この場合は皇室)に対するヘイトを煽る展示を行っても問題ない」というのが結論なのでしょう。これに対し、痛烈なカウンターパンチが出て来ました。

結局、何が言いたい記事なのか?

朝日新聞デジタルに昨日、何やらよくわからない記事が掲載されました。

「日本人のための芸術祭」催しを続行 反差別団体は抗議(2019年10月27日22時56分付 朝日新聞デジタル日本語版より)

リンク先は有料会員限定記事であり、無料で閲覧可能な部分しか紹介できませんが、だいたい次のような内容の記事です。

  • 「反移民」などを掲げる政治団体が27日、愛知県の施設で「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』」を開催した
  • この政治団体は、各地で差別街宣を繰り返してきた「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の元会長が「党首」を務めている
  • 愛知県は施設の使用を許可していたが、催しを見た人によると、展示作品には「犯罪はいつも朝鮮人」と書かれたカルタの読み札など在日コリアンへの憎悪を煽る内容のものがあった

ここで、「在特会の元会長」とは桜井誠氏、桜井氏が党首を務める「政治団体」とは日本第一党のことでしょう。

たしかに桜井氏の団体は(ときとして)過激なデモ活動などを行っていると報じられることもあるのですが、朝日新聞は在特会の活動を「差別街宣」と決めつているわりに、桜井氏や日本第一党の名前を伏せているのは不自然です。

「差別団体」などと主張するのならば、なぜ堂々と桜井氏と日本第一党の実名を出さないのでしょうか?

また、「犯罪はいつも朝鮮人」などのカルタが、韓国や北朝鮮、あるいは在日韓国・朝鮮人に対する「ヘイトを煽る」とする点を糾弾するのも不自然です。というのも、朝日新聞は10月16日付の『あいち芸術祭 閉幕後も山積する課題』と題する社説のなかで、

慰安婦に着想を得た少女像や昭和天皇を含む肖像などが燃える映像作品に対して、『日本へのヘイト』との批判も飛び出した。これもあきれる話だ。

など、「昭和天皇の御真影を焼く映像は日本に対するヘイトではない」と断言したばかりだからです(『朝日新聞が例の芸術祭を「圧力に屈しない姿勢」と絶賛』参照)。

自分たちのお仲間がやれば「表現の自由」、自分たちの意に沿わない者たちがやれば「差別」で「ヘイト」。

清々しいまでのダブルスタンダードですね。

展示内容に異論はあるかもしれないが…

ちなみに今回の「あいちトリカエナハーレ 『表現の自由展』」と称するイベントでは、桜井誠氏自身が自称元慰安婦のコスプレをしていたり、特定人(この場合は大村秀章愛知県知事)を揶揄するような展示がなされていたり、と、普段であれば、多くの人から眉をひそめられても仕方がないものもあったようです。

しかし、新聞社や自称知識人らを中心に、「天皇の写真を焼いても政治プロパガンダでもなければ侮辱行為でもない」などと堂々と主張してしまったわけですから(『沖縄タイムス「天皇の写真焼いても侮辱行為ではない」』参照)、朝日新聞などがこのイベントを記事にするのに苦慮しているのも当然でしょう。

アンチテーゼは重要

普段から当ウェブサイトで申し上げているとおり、「表現の自由」は最大限保障されなければなりませんが、「表現者に表現の自由を保障する」ということは、裏を返せば、「鑑賞者に批判の自由を保障すること」でもあります。

それなのに、「あいちトリエンナーレ『表現の不自由展』」では、主催者側が撮影機材の持ち込みを制限するなどしましたし、オールドメディア(とくに新聞やテレビ)も「天皇の写真を燃やしても政治的プロパガンダでもなければ侮辱行為でもない」などと主張して擁護しました。

要するに、「日本国民の多くが不快感を抱く展示内容」に対して税金が投じられることの是非が問われたのですが、主催者やオールドメディアはこれに対し、徹底的に批判を封殺するとともに、「表現の自由」の問題にすり替えたのです。

その意味では、今回の桜井誠氏や日本第一党の行動は、カウンターパンチとしては非常に鮮烈であり、また、お見事というほかありません。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

もちろん、「相手がやっているからといって、自分も同じことをやる」というのだと、結局は同じレベルに堕ちてしまっている、という指摘があることは事実でしょう。

しかし(調べた限りだと)「あいちトリカエナハーレ『表現の自由展』」の主催者側は、少なくとも「あいちトリエンナーレ『表現の不自由展』」がやった、自分たちへの批判を封殺するような行動(写真撮影の禁止やSNS等への投稿の禁止など)は行っていません。

この点においては、「あいちトリエンナーレ『表現の不自由展』」の主催者側と比べて、桜井氏や日本第一党の行動は、極めて公正です(※もっとも、当ウェブサイトとしては、桜井氏らの普段の言動を100%支持するつもりもありませんが…)。

いずれにせよ、ツイッターなどの場で、朝日新聞を筆頭とするオールドメディアの記事が一般国民から厳しく批判されることが増え始めたのは、間違いなく良い兆候ではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (53)

  • やはりパヨクやマスゴミは一回粛清されるべきですな
    こんなの自由でもなんでもない
    天皇陛下への侮辱行為は国への侮辱行為そのものです

    本来なら死刑ものですよ!!

    • 確かにこの展示を見ると、極左に寄りすぎですね。
      どう考えても芸術の名を借りた政治活動であり工作活動。
      今度は広島でやるみたいですよ。

  • 特亜脳
    「自分がやればロマンス他人がやれば不倫」
    不都合な真実=ヘイトスピーチ

    • 韓国でダブルスタンダードなことが頻繁にあるので言われるようになった、ネロナムブルのことですね。

  • 昭和天皇の写真を焼いて、踏み潰した映像作品を制作した作者は、昭和天皇を侮辱しているわけでないと言い訳していますが、「犯罪はいつも朝鮮人」カルタも、そのような言い訳をいくらでもできるわけです。

    A新聞記者「「犯罪はいつも朝鮮人」と書かれたカルタの読み札など在日コリアンへの憎悪を煽る内容あり、止めるべきだ」

    製作者「在日コリアンへの憎悪を煽るのでなく、在日コリアンへの憎悪を止めるべきというメッセージを込めて、アートにしました。「犯罪はいつも朝鮮人」と聞いてどう思いますか?特定の民族を貶めたり、憎悪を煽るような表現は不快ですよね?だから、このような行動を戒めるべきというメッセージを込めて、芸術として表現しました。」

    愛知県の自業自得でしょう。

  • 中国にかきらず韓国や北朝鮮のスパイ工作員が影響力工作しとるみたいやから早くスパイ防止法(根拠法)つくって防諜と諜報組織作った方がいい。

    • 匿名さま
      私も、スパイ防止法が、必要だと思います。
      嫌がる人や政党は、後ろ暗い人達でしょう。

  • 「自分がやればロマンス、他人がやれば不倫」のダブルスタンダード構造とそっくり。
    やっぱりね!

  • あのぉ、すっきりさせません?

    幸運にも日本国民として生を受けたにもかかわらず、それがご不満なお花畑諸氏にはご希望なら「この世の楽園」などに移っていただき、朝鮮戦争のドサクサで日本に不法滞在している半島の方々には、これから起こるであろう動乱に備えて、半島や大陸の祖国に帰っていただく。おたがいに、気に入らない相手と暮らしていると、陥らなくてもよいところに自分を堕としてしまうものです。

    愛する国に帰って、そこで汗を流して下さい。お幸せをお祈りいたします。さようなら。

    あっ、大村さん。あなたも、お辛いと思います。日本国籍を捨てよとまでは申し上げません。ただ、ほとぼりが冷めるまで、知事職を退き、反省の時間を持たれてはいかがでしょう。

    • 心配性のおばさん様
      今辞めて反省した振りされるより、次の選挙で落選して、天下り先も無い様になった方が良くないですかね。🐧

      最後は、落下傘無しで
      我、皇軍は天下る〜
      我、皇軍は天下る〜
      我、皇軍は天下る〜〜🐧

      が宜しいかと思います。🐧

  • ネットでは、朝日新聞以外に報道を見かけませんでした。
    他のマスコミも、正体を現すはずだと思ってました。
    私は、トリカエナハーレを支持しますが、トリエンナーレもトリカエナハーレも、本来の芸術を棄損した事は変わらないと思います。
    二度と起こらない方が良いと考えますが、すでに広島で行われるようです。
    トリカエナハーレが、途中で中止されるような事が有れば、日本社会の構造的な問題が大きいと思います。大村知事の問題かも知れませんが、

  • 更新ありがとうございます。

    「あいちトリカエナハーレ」は、「あいちトリエンナーレ」がやった、自分たちへの批判を封殺するような行動(写真撮影の禁止やSNSへの投稿の禁止など)は行っていないそうで。

    なら、どちらがまともに近いかと言うと、「トリカエナハーレ」でしょう。桜井誠氏の普段の行動・在特会は支持します(やり方に疑問はある)。

    朝日新聞始めオールドマスコミは、自分らがやると正義で、同じことを反対派にやられると激しく非難する。理論は破綻しているし、狂信的な支持者以外、愛想尽かすでしょう。

    これでまだATMを購読してるようじゃ、情報弱者、目が覚めてないと言われても仕方ないですね。

  •  独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。

     (自分でも、まさかとは思いますが)朝日新聞は、共同会見や、相手を
    批判するための取材でなければ、「(できれば)自分が聞きたくないこと
    は、取材相手から聞きたくない」し、「(両論併記などに、追い込まれな
    い限り)自分が聞きたいことを言ってくれる人だけ、取材相手に選んでい
    て」、「そういう人にしか、取材交渉する伝手を持っていない」のでは、
    ないでしょうか。(もちろん、そのつもりで取材したのに、聞きたくない
    ことも聞かされた場合も、あるでしょう)

     つまり、「表現の自由展」関係者には取材しないで、その反対の「表現
    の不自由展」関係者とだけ話して、「表現の自由展」関係者批判で、盛り
    上がってしまったのが、この批判記事という訳です。

     駄文にて失礼しました。

  • あいトリ開催側がいつまでも責任を取らず
    メディアや自称知識人・業界人を利用してまで
    無理やり正当化した結果ですよね。
    こんなものを同じ理屈で芸術と言わざるを得なくなる罪を
    芸術業界自ら生み出してしまったんです。

    それも、界隈出身でもなければ趣向に深い人間というわけでも無い
    津田氏と大村氏という2人によって。

    こんな連中に好き好んで寄り添うんですから、芸術は汚され、シんで行くのなんて明らかですよ。
    この2人のおぞましい政治思想や行動を、本来守るべき創作思想や歴史の首を絞めてまで
    守らなければならない価値あるモノのように見えるばかりか、自ら育ててしまいつつある事を
    界隈の人たちはそろそろ気づくべき時が来たと思います。

    • > こんな連中に好き好んで寄り添うんですから、芸術は汚され、シんで行くのなんて明らかですよ。

      なるほど。言われてみればその通りですね。

      でも、芸術と政治思想の完全分離は困難でして、例えばピカソのゲルニカは、ドイツ軍によるゲルニカ爆撃を描いた反戦のシンボルとなっていますが、ドイツ軍の非道だから批判が可能なわけでして、米軍による東京大空襲がテーマだったら、果たして世界から支持されうるでしょうか。

      美術ではなく音楽の話ですが、坂本龍一という優れた才能を持った音楽家がいます。音楽に専念していればいいものを、反原発にかぶれ「たかが電気」と発言してしまったため物議を醸しました。私は彼の音楽が大好きですが、彼の思想にはあきれ果てます。それでも彼の作品までは嫌悪できないのです。でも中には彼の作品までも嫌いになる人がいても不思議ではありません。

      ジョン・レノンもお気楽な反戦主義者でして、「イマジン」の脳天気な「世界は一つ」的な反戦お花畑パヨク思想の歌詞を読むとうんざりするのですが、楽曲としては見事な出来です。あの名曲を全否定する気にはなれません。

      私は思想的には保守ですが、芸術方面に関してはかなり奔放な作品を愛する方でして、自分の内部で相反する志向に混乱することがあります。

      WLT様が仰るところの「こんな連中に好き好んで寄り添う」素地を持つ者として、それが芸術を汚し、芸術を滅ぼすものなのか、いささか後ろめたさを覚えつつも、ピカソや坂本龍一やジョン・レノンを想起するならば、芸術は汚れても滅びないと、敢えて主張したいと思います。

      津田某が問題なのは、思想信条の方向ではなく、切望的なまでに芸術的才能がないからではないでしょうか。作品がつまらなければ何を発言しても無駄です。

      • 阿野煮鱒さま
        ご返信ありがとうございます。
        私の認識としては、阿野煮鱒さまの挙げていただいたものと
        あいトリで展示された問題のものとは別と考えています。

        私自身も、芸術と政治思想というのは歴史的に見てもセットとしてあるものと考えており
        それ自体を問題とは思っていません。
        問題は比重とバランスです。

        ヒトラーは元々画家という芸術家としての側面もありました。
        では、ピカソや坂本龍一やジョン・レノンはヒトラーと同じなのでしょうか?
        彼らはヒトラーとは違い、指導者として振る舞う訳でもありませんでしたし
        野心の為にブラックプロパガンダを目的としたツール(あえて作品とは言いません)を作って広めたりしてもいないので
        ほとんどの人は「違う」と答えると思います。

        しかし、あいトリではそれに近い事をやってしまいました。
        展示されたものはあまりに「ブラックプロパガンダ」と「無意味かつ無差別的な憎悪表現」に寄りすぎているだけでなく
        それらの効果が今も生きている状態で「国」という宣伝効果の高い権威を重要視して展示してしまったのです。
        趣向が深い訳でも、界隈の重鎮というわけでもない、誰がどういう理由で
        責任者として選考したのか未だ分からない人間の指導によって。

        そして、それを最悪な事に界隈が芸術だと言い張って「お墨付き」を与えてしまったという事実に対して
        何よりも失望し、国内芸術の未来に破滅を見てしまいました。
        あの再開後の閲覧条件に界隈が誰も抗議をしなったという事も余計にそう思ってしまう次第です。
        その為、阿野煮鱒さまのおっしゃる作品がつまらないから無駄というのは、失礼ながら私は問題の矮小化に見えてしまうのです。

        ピカソや坂本龍一やジョン・レノンがやらなかったものである以上、私はこの出来事と界隈に
        挙げられた人たちや作品を想起する事はできかねます。
        これは超えてはならない一線だと思いましたので、賛同できず申し訳ございません。

1 2 3