昨日は「終戦記念日」でした。例年、マス・メディア各社は終戦記念日にあわせ、競うように「不戦の誓い新たに」だの、「未来に向け記憶を紡ぐ」だのといった「反戦社説」を掲載しますが、こうしたゴミ社説に読む価値はまったくありません。それよりも私たち日本国民がやらねばならないのは、開戦経緯や敗戦原因の研究と並び、「国民の敵」の特定と駆除なのだと思います。
目次
終戦記念日に抱く違和感
昨日、8月15日は「終戦記念日」でした。
これについては毎年、私としてもさまざまな思考を巡らせるのですが、当ウェブサイトを開設して最初に迎えた2016年8月15日には『終戦の日を迎える日本』、翌2017年8月15日には『安倍晋三は現代のチャーチル』といった記事を掲載しました。
ただ、実は私自身、8月15日を「終戦の日」と考えるのには強い抵抗を感じているのも事実です。
なぜなら、8月15日は「玉音放送」が流れた日に過ぎず、日本に無条件降伏を要求した「ポツダム宣言」の受諾はすでに決定されていたからです。また、法的な終戦の日は、日本の降伏文書への署名が行われた9月2日であり、「終戦記念日」というのなら、9月2日こそそれに相応しいでしょう。
さらに、日本国民のなかには、「1945年8月15日をもって一切の戦闘行為が終わった」と勘違いしている人も多いと思いますが、これは間違いです。実際には千島列島、樺太では戦闘が継続しており、ソ連が北方領土全体の占領を終えたのは、日本の降伏文書調印後の9月5日のことでした。
さらに、わが国における8月15日の位置付けには、強い違和感があります。
まず、8月15日といえば、右翼の街宣車が大音量で悪趣味な軍歌を流しながら各所を走り回るのは問題ですし、靖国神社の前が騒がしくなるのも問題です。靖国神社とは、本来であれば、心静かに英霊に感謝の祈りをささげるべき場所だからです。
また、例年、マス・メディア各社が掲載する社説を読んでも、「不戦の誓い新たに」だの、「未来に向け記憶を紡ぐ」だの、そういった本質から大きく外れた駄文が並びます。ことの本質は「勝てない戦いをなぜ始めてしまったのか」という点を究明することだからです。
非常に申し訳ないのですが、右翼、左翼を問わず、8月15日に「大騒ぎしている連中」に対しては、私は強い違和感を払拭することができないのです。
日本はソ連に負けたのか?
ソ連による戦争犯罪
さて、例年の繰り返しで恐縮ですが、重要な点なので、今年も繰り返しておきたいと思います。
そのトップ・バッターは、ソ連です。なぜなら、ソ連は日本に対し、さまざまな戦争犯罪を行ったからです。これについては、私たち日本人は絶対に忘れてはなりません。
まず、日ソ中立条約を破り、長崎に原爆が投下された8月9日に、突如、「対日参戦」してきたこと。
日本が無条件降伏を受けいれたあとも、しつこく日本の領土を武力で奪い取りに来たこと。
さらには、日本人をシベリアに拉致し、捕虜であるにも関わらず過酷な強制労働に従事させたことです。
とくに、私たちは北朝鮮による日本人拉致事件を厳しく糾弾していますが、ソ連によるシベリア抑留も、本質的には北朝鮮による日本人拉致事件とまったく同じであり、極めて酷い人権侵害です。それなのに、毎年この時期に、シベリア抑留について取り上げた記事が、全国紙に掲載されることは稀です。
ソ連は「ヘタレの国」
そして、メディアが完全に無視する論点といえば、ソ連による樺太・千島への侵攻です。具体的に、外務省が刊行する『われらの北方領土 平成22年版』などを参考に、時系列をまとめておきましょう。
8月15日以降も続いた、ソ連軍による侵攻と戦闘
- 8月9日:ソ連が「日ソ中立条約」を破って対日参戦
- 8月11日:ソ連軍による南樺太占領作戦開始(作戦はポツダム宣言受諾公布後の8月25日まで続く)
- 8月15日:日本によるポツダム宣言受諾(無条件降伏)の公布(これをもって、「日本軍は戦闘を中止し、武装解除した」と勘違いする人が非常に多い)
- 8月18日:ソ連軍が千島列島北端の占守(しゅむしゅ)島に侵攻。ただし、日本軍が占守島を要塞化していたこともあり、占領完了は8月24日にずれ込む
- 8月26日:ソ連軍が松輪(まつわ)島に侵攻、同日に占領完了
- 8月28日:ソ連軍が得撫(うるっぷ)島に侵攻開始、占領完了は8月31日
- 8月29日:ソ連軍が北方四島への侵攻開始、占領完了は9月5日
ちなみに、ソ連が軍事侵攻し、占領した千島列島は、国後島、択捉島などを含めれば、直線距離にして1150キロメートルという、途方もない長さです。しかし、ソ連が8月18日に占守島への侵攻を開始してから、国後島、歯舞群島までを完全に占領し終えるのに、2週間以上掛けているのは不自然です。
考えてみれば、敗戦後の日本は米軍により主要都市をことごとく焼き払われており、物資も枯渇し、精神力だけで戦っていたようなものです。そんな状態になった日本に、8月9日の時点で宣戦布告しておきながら、日本本土のうち占領したのは樺太と千島だったというのは、やや不自然な気もします。
その気になれば、北海道全島、さらには本州に攻め込んで東北地方まで版図に入れるくらいのことはできたのではないかとも思えます。端的に言えば、ソ連軍は南樺太や占守島の攻防で手間取り、また、日本軍の勇敢さに怖気づき、時間的にも北海道に上陸できなかったのではないでしょうか?
ロシアは現在も「ヘタレ」の国
考えてみれば、2014年2月にウクライナからクリミア半島とセヴァストポリ市を奪ったときの例に見るまでもなく、旧ソ連、現ロシアの共通点は、国際法を平気で破って他国に軍事侵攻するものの、それは「相手国が絶対に反撃して来ない」とわかっているときに限られる、という特徴があります。
1945年の日本敗戦の際も、朝鮮半島にも軍事侵攻し、一旦は京城(現・ソウル)市に進駐したものの、米軍などが上陸してきたら、38度線の北部に自主的に撤退したほどです。「武装解除状態にある日本」は怖くないが、「日本を占領した米軍」のことが怖かった証拠でしょう。
ちなみにソ連が1991年12月に崩壊し、事実上の後継国となったのがロシア連邦ですが、共産主義体制が崩壊してから30年近くが経過した現在、ロシアはかつて米国と世界の覇権を争った国とは思えないほど凋落しています。
もちろん、シベリアなどに広大な国土を有しており、天然資源も豊かで、それらの輸出で潤っていることは事実です。しかし、ヨーロッパ旅行をするときなどに、飛行機でシベリアの上空を飛ぶとわかりますが、眼下に広がっているのは荒涼たる大地です。
実際、ロシアの人口は1.4億人少々で、GDPは1.3兆ドル程度(いずれも2016年)ですので、1人当たりGDPは1万ドルも行かないくらいです。広大な国土の大部分は開発されず、手つかずであり、「軍事技術を持っている」と自称する割には、自動車などの民生品では見るものがありません。
いわば、現在のロシア経済は、湧き出す石油と天然ガスをヨーロッパにパイプラインで売却することで、食いつないでいるだけなのです。これは「本物の国力」とはいいません。
核武装国であるロシアと「平和憲法」採択国である日本が、いまから戦争をするとは考え辛いです。しかし、日本が憲法改正に成功し、本腰を入れて武装すれば、それだけで北方領土返還交渉も大きく変わってくるのではないかとも思います。
「戦勝国」を疑え!
日本は事実上、中国には負けていない
もう1つ、日本の歴史上「常識」となっている論点があります。それは、「日本は連合国に負けた」、という記述です。
ただ、これは本当に事実なのでしょうか?
私は、そうは思いません。たしかに国際法上、連合国にはソ連や中華民国(「中華人民共和国」、ではない!)が含まれていますが、これらのうち、ソ連と戦闘したのは敗色濃厚になった1945年8月9日以降の話であり、中華民国とは戦闘で事実上、負けていなかったからです。
もちろん、ソ連による対日参戦により、日本軍は壊滅し、敗走したのですが、中華民国軍(あるいは国民党、共産党)などとの間では、日本はほぼ勝利していたことを忘れてはなりません。
どうしてこれを強調するのかといえば、わが国には「敗戦恐怖症」のようなものがあって、「アメリカと、中国と、ソ連」に負けた、という意識が刷り込まれているからです。しかし、実質的に日本が敗北したのは「アメリカ合衆国との戦争」であって、中国、ソ連との正面からぶつかって敗れたわけではありません。
むしろ、日清戦争、日露戦争の例に見るまでもなく、日本は中国、ロシア両国との戦争に勝利したことがある、というのが歴史的事実です。「中国と戦うのは怖い」、「ロシアと戦うのは怖い」、などと思い込んでいる人がいるかもしれませんが、これらは歴史的事実を無視した刷り込みです。
むろん、私は日本が今から中国、ロシアを相手に戦争すべきだ、と主張したいわけではありません。私が言いたいことは、「相手を過大視するのはやめた方が良い」、ということです。当然、油断すべきでもありませんが、日本が中国とロシアに「戦わずして負ける」というものではない、とだけ申し上げておきたいと思います。
朝鮮とは戦争すらしていない!
ついでに申し上げるならば、日本は第二次世界大戦中、「朝鮮」と戦争をしたことはありません。なぜなら、朝鮮は大日本帝国の一領域だったからであり、また、当時の朝鮮人は大日本帝国臣民としての地位を有していたからです。
もちろん、私はどこかのネトウヨと違って、「日本による朝鮮統治は朝鮮人にとって素晴らしいものだった」、などと申し上げるつもりはありません。朝鮮半島出身者が日本で差別されていたことは事実ですし、限定的とはいえ、朝鮮人に対する戦時徴用なども行われていたからです。
さらに、日本軍の兵士、幹部には、朝鮮半島出身者も多く含まれていました。必然的に、戦後、戦犯として裁かれた者の中にも、朝鮮半島出身者は多数含まれていましたし、このこと自体、朝鮮が日本の一部として、むしろ敗戦国の側に立っていた重要な証拠でしょう。
しかし、どうやら現在の韓国政府の公式的な立場は、「現在の大韓民国政府は1919年に上海で成立した臨時政府の正統な後継者」というものらしく、この認識に基づけば、「大韓民国臨時政府は日本に宣戦を布告しており、第二次世界大戦の戦勝国だ」、ということになるのだそうです。
さらに、「抗日パルチザンの英雄」を自称する金日成(きん・にっせい)が首班となった北朝鮮は、「戦時中、日本相手に抗日戦を繰り広げた」という虚構が教え込まれているようです。当然、北朝鮮も第二次世界大戦の戦勝国、というつもりなのでしょう。
それなのに、日本国内では「日本は戦争に負けた」という認識が強烈に刷り込まれており、人によっては韓国や北朝鮮に対しても「戦時賠償が済んでいない」と勘違いしているケースもあるでしょう。これも、日本国内の歴史教育が歪んでいる証拠ではないでしょうか。
物事は落ち着くところに落ち着く
ただ、やはり物事は「落ち着くところ」に落ち着くのだと思います。
1945年8月15日の時点で、確かに日本は主要都市の多くを焼き払われ、国民はその日食べるものもないほど生活に困窮していました。また、沖縄などは米軍により占領され、千島・樺太では戦闘が継続していて、南方戦線、満州などでは日本の敗戦の知らせを受けて大混乱に陥っていました。
しかし、あれから73年経った現在、日本国民の多くは、豊かな生活物資に囲まれ、便利で快適な暮らしを営んでいますし、日本経済は一時期より停滞しているとはいえ、依然としてGDPでは世界3番目の規模を維持しています。
資源もなく、戦争に負けた日本が、なぜ短期間に復興を成し遂げたのか――。
これには「国防を全面的に米国に委ねたことで生じた余力を経済に振り向けたからだ」といった説に加え、「アメリカによる陰謀だ」といった荒唐無稽な説など、諸説あるところですが、私はやはり、日本人が国としての一体性を保ち、豊かになるという目標にまじめに取り組んだ結果だと考えています。
国力とは経済力と軍事力ですが、日本は「非武装国」と言いながらも、自衛隊という、非常に練度の高い、世界に誇るべき組織を保有しています。経済力に加え、日本人としてのまじめさがあれば、本来、中国、ロシアなどどうってことはないと思います。
本当に必要なのは敗戦原因
ただし、私は「日本は強国だ」と慢心すべきだ、と申し上げたいわけではありません。むしろ、経済的にも軍事的にも世界最強クラスの国だからこそ、情報戦がおろそかになっている、という点については、強く警戒すべきでしょう。
中国を見てください。
韓国を見てください。
北朝鮮を見てください。
ロシアを見てください。
どの国も、非常に賢い(あるいは「悪賢い」)国です。
さまざまな非合法な手段を使って、国土を広げようとしたり、外国人を拉致したり、外国から技術やカネを盗もうとしたりしている国ばかりです。日本のすぐ近所に、このような不法国家が存在しているということ自体、私たち日本国民が、もっと賢くならねばならないことを意味しています。
何より、第二次世界大戦を通じて、日本は明確な戦略、戦争目標などを設定しておらず、その場しのぎでナチス・ドイツとの同盟を成立させたり、日ソ不可侵条約を締結したり、挙句の果てには「真珠湾のだまし討ち」を行ったりして来たのです。
開戦までの経過や戦時中など、要所要所における日本軍の組織的な意思決定については、『失敗の本質-日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
ただ、それでも、日本全体として見れば、先の大戦に対する研究は、まだまだ足りません。とくに、戦争前夜において、ソ連やナチス・ドイツなどのスパイが多数、日本国内で工作をしていたという説もありますが、このあたりの解明も必要でしょう。
さらに、歴史に「IF」はありませんが、かりに日本が真珠湾ではなく、ソ連・ウラジオストクを攻撃していたとしたら、ソ連は日独両国に挟み撃ちにされ、国家存亡の危機に瀕していたのではないか、という説を唱える人もいます。
こうした理論実験を含め、「日本がなぜ、あの戦争を戦ったのか」(開戦経緯)、「日本がなぜ、あの戦争に敗れたのか」(敗戦理由)などを究明し、「次に活かす」ことが重要です。もちろん、「次に活かす」とは、「次は負けない」、という意味です。
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ただし、こうした研究を阻む勢力が日本にいることも事実です。
その代表格は、反日的な捏造報道で日本を貶めて来た朝日新聞社であり、戦前から一貫してコミンテルン日本支部として「天皇制打倒」「プロレタリアート革命」を掲げてきた日本共産党であり、また、選挙で選ばれたわけでもないのに霞ヶ関を支配してきた大蔵省・財務省という組織です。
もちろん、「国民の敵」はこの3つだけではありません。利権官庁の代表格である文部科学省、受信料という名目で国民から「NHK税」を巻き上げ、低レベルかつ反日的な番組を垂れ流すNHK、審議拒否などで国政を停滞させようとする立憲民主党なども、大きな癌だと思います。
ただ、私自身は、まずは「朝日新聞社」「日本共産党」「財務省」の3つを「最優先で駆除すべき国民の敵」と位置付けるなどして、日本国内の「大掃除」をすべきだと考えています。そして、当ウェブサイトが「国民の敵」の特定と駆除に少しでも役立つのならば、それは私にとっては幸甚というほかないのです。
View Comments (7)
< 更新ありがとうございます。
< 今更、敗戦濃厚のドサクサに紛れて対日戦布告した『卑怯者』ソ連の略奪・非道行為をあげつらう事は他に任せますが、終戦前後の【国民の敵】は誰かと言われれば、一に日本国が統治していた朝鮮人、二に面従腹背の中国人、三に大日本帝国陸軍〈陸軍省)でしょう。
< 日本は「日ソ不可侵条約」を結んでいたこともあり、ソ連は重要注意国なのに軽く見ていた。満州の主力、関東軍も「まだ攻めて来ないだろう」と総司令官も楽観視(戦後談)。千島・樺太の師団など南方が苦戦しているので、人数削減まで言われていたほどです。
< ミッドウェー海戦以後、質量とも米軍と大差がついた日本は、なんとソ連に講和条約の橋渡し国に選んだ。それも『無条件降伏ではない、国体護持等、有条件降伏』でだ。そんな国に恃むなど、お人よしが過ぎる日本軍。
< またソ連軍は独戦で疲弊していたが、米英ソは1943年10月のモスクワ外相会談で『ソ連の樺太、千島諸島は可とする』とソ連に伝えた。但し『今は駄目だ。ドイツが片付いてから』とソ連側は返事している。米国も南方では日本を追い詰めていたが、どうしても北からの攻撃が欲しかったのだろう。
< で、1945年8月9日にソ連の侵攻が始まった。終戦後もソ連の樺太・千島諸島侵略は続いた。それで民間人被害、大陸に残った兵隊のシベリア抑留も多数にのぼった。
< 今やロシアは宇宙計画や航空技術、ICBM等で米国と争った面影はありません。元社会主義国への圧力も大幅に低下した。日本がマトモな軍力と攻撃権を持てば、今のような傲慢な態度は取れない。シベリア開発で日本の援助、技術、助成が喉から手が出るほど欲しいはず。『経済的な交流を深耕』だけでなく、本格的に北方領土を奪還しなければなりません。プーチンが辞める頃が狙い目かな。 以上。
いつも知的好奇心を刺激する記事の配信有難うございます。
いろいろ賛同させられる部分がありますが、今回当方にとって最も賛同する部分は管理人様の書かれた以下文章でしょうか。
管理人様>こうした理論実験を含め、「日本がなぜ、あの戦争を戦ったのか」(開戦経緯)、「日本がなぜ、あの戦争に敗れたのか」(敗戦理由)などを究明し、「次に活かす」ことが重要です。もちろん、「次に活かす」とは、「次は負けない」、という意味です。
本来左翼(パヨク)というものは、自己改善を行える構成員が多数を占める社会機能集団において
異種・同種を問わす相互に影響しながら変質・発展する中で現状を分析する中で、どのような改善を行えばより良質な社会ができるかを考え、提示する集団であるはずです(笑)
社会機能集団には当然近代主権国家も含まれます。
国家間の相互作用としては、貿易・金融取引・文化交流だけでなく軍事力による相互作用があります。
(仮想敵国を通じた訓練・軍事圧力・実際の戦力の行使、総力戦等)
それらが実際に相互作用された結果が我々が見ている歴史です。
よりよい未来を作るにはそういった過去を含めた分析・思考実験を含めて「学問」を行い、最終的には現在の課題および改善点まで昇華させるべきなのです。
さて、俗に言われる日本のパヨクは何故防衛や軍事というものを軽視するのでしょうか?
先に述べたように国際社会において防衛力・軍事力というものが日本においても影響を免れないのですからそれらを学問する場を設けるべきなのです。
学問には自由な発想と試行錯誤が許されないといけません。
俗に言われる防衛大にはそれらはありません。(実際に戦前では八木式アンテナを用いた電探の開発・採用が遅れました)
日共は何故国立大学に軍事学部設置を要求しないのでしょうね。あ。彼らが宗教法人だからか(笑)
日共の誰よりも極左であるであろう(自嘲)当方は、日本の社会をよりよくするためにこの場を借りて皆様に提言します。
【国立大(旧帝大)に軍事学部を設置することを検討しませんか?そこで管理人様の文章に書かれた様なことを学問し、将来の日本に役立てませんか?】
最初から誤っているか、今は正しく見えるが将来間違うことになる虚言もしくは狂言は以上です。
駄文失礼しました。
パヨの定義が意味不明なので訂正。
誤:本来左翼(パヨク)というものは、自己改善を行える構成員が多数を占める社会機能集団において
異種・同種を問わす相互に影響しながら変質・発展する中で現状を分析する中で、どのような改善を行えばより良質な社会ができるかを考え、提示する集団であるはずです(笑)
正:本来左翼(パヨク)というものは、自己改善を行える構成員が多数を占める社会機能集団において異種・同種を問わす相互に影響しながら変質・発展する現状を分析した上で、
どのような改善を行えばより良質な社会ができるかを考え、提示する集団であるはずです(笑)
ロシアをヘタレというのはやすいですがそれは言い換えるとロシアが戦略的に行動するということです。戦わずして勝つとか漁夫の利とかですね。
善悪で国民の敵を判断していると敵同士が合従連衡して、耐え難き事態に陥ります。
ロシアは前身がモンゴルに全土占領されていますからね(俗に言われるタタールのくびき)
したがって安全保障にかかわる実利にはシビアです。
某隣国のように名分で暴走しませんし、もうひとつの隣国のように名を取って実利はこちらなんて甘い汁は吸わせてくれません。十分な実利があれば悪事と見えることも平気で行えます。
だから当方は北方領土返還に関しては「言うだけ無駄」と思っていますし、
朝鮮半島をロシアにくれてやり、そこの住民を中央アジアの住民と「国ごとシャッフル」(住民の移住費用の負担とそのあとの半島の新住民への日本の軽工業中心の教育および再投資を確約、実行が必要です。その際に北が行った拉致者をすべて取り戻す)させるような「ロシアを利用した日本の国益に役立てるイベント」が交渉しだいで実施可能と考えています。
後者は昔スターリンがやっていましたからね。
北方を言うだけ無駄は賛成しますし、害悪ですらありそうです。
戦略上のさまざまなオプションは想定されて無駄ではありません。
ロシア(ソ連)がをヘタレというのは、いかにも「ネトウヨ」的な偏見です。
占守島の戦いで、あれほど赤軍が苦戦したのは、陸軍国故の揚陸能力の悲惨なまでの低さが主因です。
艦砲砲撃できる艦船もまともに用意できていませんでした。
赤軍の揚陸できた少数の重砲のみで、占守島に配備されていた戦車部隊は壊滅しています(池田戦車隊を善戦と神格化する歴史家もいますが、相手に対戦車砲しかいない戦闘で半分やられるのは事実上の壊滅で戦術上の敗北で戦略上は遅滞戦闘に成功したので勝利)。
日本軍は少数の駐留戦力で死力を尽くし、4日間の遅滞戦闘に成功し、一方で赤軍は揚陸できた少数の戦力で陸上では善戦しています。
(赤軍が派遣戦力を全部揚陸できたのは日本軍部隊の降伏後だった)
この遅滞戦闘で稼がれた数日間は非常に政治的には貴重であり、北海道占領の大部隊を準備していたスターリンはなぜか南千島列島の占領に方針を転換します。
トルーマンから恫喝にも等しい警告を受けたとか推測されていますが未だに原因は明らかになっていません。
もし、千島列島など最初から無視して北海道本土に上陸作戦を実行されていたら、どうなっていたかわかりません。
千島列島までのの占領にそれだけの時間が掛かったのは、占守島守備隊の善戦はあったにせよ、大きな要因は、そもそもそんな小島の占領にそんなに大戦力が必要なわけが無いだろうという陸軍大国赤軍の、島嶼戦の経験不足からくる戦略の誤りと、戦略目標の急な変更のためです。
また島嶼戦が甘いものでないというのは、精強な米国海兵隊ですら、太平洋戦争で初めて学習した戦訓だったのです。
逆にもし北海道平野などに展開されていたら、むしろ戦車戦・砲撃戦のなんたるかを熟知する赤軍に無双されていたのではないかと。
長くなったのでまとめますが、占守島守備隊の死闘は語り継がれ讃えられなければいけませんが、赤軍が弱かったからと言うのはかえって彼らの功績を貶める物言いだと言うことです。
で、
>旧ソ連、現ロシアの共通点は、国際法を平気で破って他国に軍事侵攻するものの、それは「相手国が絶対に反撃して来ない」とわかっているときに限られる、という特徴があります。
これも第二次世界大戦後の趨勢をご理解できていないものです。
国家と国家が宣戦布告して城下の誓いを結ぶまで・・・という戦争は例外はイラク戦争くらいなもので、あとは米国が行った戦争を含めて、みんなグダグダな始まりでグダグダな終わりをしています。
またロシア・グルジア戦争でも「相手が反撃して来ない」というのは現ジョージアの軍人に対する侮辱と言っていいでしょう。彼らは敵わないまでもロシア相手に真面目に戦争をしています。