本日の記事では、資産・負債の概念を巡る雑感を執筆しているうちに、朝日新聞の財務諸表分析をやってみたくなり、少し前半と後半で論調が異なっていますが、まぁ、あまり気にしないでください。
目次
フロー・ストック、資産・負債
金持ちの類型とは?
日本語に「金持ち」という言葉があります。これは、「他人と比べてたくさんのおカネを持っている人」のことだと思いますが、必ずしも良い意味で使われるとは限りません。なかには、日本共産党あたりが「金持ち優遇税制」と批判する時のように、明らかに悪い意味で使われることもあります。
ただ、ここでいう「金持ち」について、きちんと定義できる人に会ったことがありません。「金持ち」とは「現金を1億円持っている人」のことなのか、「現金は1億円も持っていないけれども都心の一等地に豪華な屋敷を持っている人」のことなのか、よくわかりません。
あるいは、「超一流企業に勤めていて、毎月、100万円以上の給料をもらっている」ような人を「金持ち」と呼んでいるのかもしれませんし、アパートやワンルームマンションをたくさん持っていて、賃料収入だけで暮らしていけるような人を「金持ち」と呼んでいるのかもしれません。
「金持ち」ってどんな人?
- ①現金を1億円持っている人
- ②都心の一等地に豪華な屋敷を持っている人
- ③超一流企業に勤めていて、毎月100万円以上の給料をもらっている人
- ④アパート・マンションの賃料収入だけで暮らしていけるような人
資産家はストック、高額所得者はフロー
ここで、「金持ち」にもいろんな類型があることが分かります。①や②のような人を「資産家」、③のような人を「高額所得者」と呼ぶことがありますが、「資産家」と「高額所得者」は同じ意味ではありません。
たとえば、①の人が1億円の現金を持っている理由は宝くじを1回当てたからかもしれませんし、②の人が豪華な屋敷を持っている理由は親から相続したからかもしれません。①や②のような人は、「資産家」ではありますが、働いているとは限りませんし、所得があるとも限りません。
一方、これと逆に③のような人は、現在、高額の所得を得ているのかもしれませんが、貰った給料の全額を使ってしまっていて、貯金をしていないかもしれません。このような場合、③のような人は、「高額所得者」ですが、「資産家」ではないかもしれません。
「資産家」でかつ「高額所得者」と呼べるのは④のような人のことでしょう。このように考えていくと、同じ「世間のイメージでは金持ちに相当する人」であっても、まったく行動は異なります。
一般に「資産」のことをストック、「所得」のことをフローと呼びます。たとえば①や②の場合は、ストックは豊かですがフローがあるかどうかはわかりません。また、③の場合もフローは豊かですがストックがあるかどうかはわからない、ということです。
そして、その人の財政状態を判断するためには、このストック面とフロー面の両方から判断することが必要になってくるのです。
ストックは資産と負債で判断する必要がある
さらに、世間一般で誤解を招きやすい表現が「借金」です。これは、「誰かからおカネを借りている状態」のことですが、「借金」イコール「悪」、という誤解をする人がたくさんいます。
たとえば、路線価1億円の土地を持っている人がいたとしましょう。しかし、この土地は更地であり、このままでは収益を1円も生みません。しかし、この土地に1億円で建物を建ててやれば、毎年、2000万円に家賃収入が見込めるとします。この場合、この人はどうするのが良いのでしょうか?
答えは簡単で、銀行から1億円、おカネを借りて建物を建てればよいのです。
こうすれば、毎年2000万円の家賃収入が得られますから、税金や経費などを無視すれば、5年間で借金を返すことができますし、金利負担が安ければ、わざわざ今すぐ借金を返さず、毎年1000万円ずつ、10年で借金を返しても良いかもしれません。
そして、この人は路線価1億円の土地に取得原価1億円の建物を建てたのですから、この瞬間、この人の資産は1億円から2億円に増えますが(減価償却などは無視します)、借金という名前の負債も1億円増えます。
無借金で路線価1億円の土地という資産がある状態から、1億円の借金で2億円の土地付建物を所有している状態に変わるのです。この人は、確かに1億円の借金を負っていますが、それと同時に、毎年2000万円の所得を得る立場になります。
このように考えていくと、世の中のありとあらゆる「カネ」の議論は、かならず
- ストックとフロー
- 資産と負債
で判断しなければならない、ということがわかると思います。
「金持ちは利益を吐き出せ」日本共産党・小池書記局長の迷言
以上を踏まえて、あらためて今週日曜日の『【夕刊】「内部留保」は「溜め込んだおカネ」ではありません』で紹介した、次の朝日新聞の記事を振り返っておきましょう。
共産・小池氏「トヨタの内部留保、使い切るのに5千年」(2018年6月30日06時40分付 朝日新聞デジタル日本語版より)
これは、日本共産党の小池晃書記局長がトヨタ自動車について、「子会社も含めて連結内部留保は約20兆円(もあり、)毎日1000万円ずつ使っていくとすると使い切るのに5480年かかる」などと述べた、とするものです。
小池氏は「史上空前の利益を上げている大企業への減税をやめよ」と主張しているのですが、私がこの小池氏の発言を聞いて、真っ先に感じたのは、「ストックとフロー」、「資産と負債」、「収益と費用」などの概念を、どうも小池氏がまったく理解していないのではないか、という懸念です。
だいいち、「内部留保」が何を意味しているのかはよくわかりませんが、仮に利益剰余金のことを指しているのだとしたら、その利益剰余金を毎日1000万円ずつ使っていく、という意味でしょうか?もしかして、この人物は利益剰余金が現金か何かであって、それを経営者が好きに使えるとでも思っているのでしょうか?
小池氏は
「このお金を生かしたら、何ができるか。内部留保を賃上げに回す。正社員の雇用を増やす。そうすれば、トヨタの車はもっと売れるようになる。」
と述べたのだそうですが、残念ながら、利益剰余金を直接取り崩して従業員に支給することはできません。なぜなら、利益剰余金部分は、最終的には株主の持ち物であり、これを取り崩すことができるのは、株主への配当金の支払い、資本繰入など、非常に限られています。
このように考えていけば、小池書記局長のたとえ話は意味不明ですし、まともなビジネスマンのなかに、こんな発言を「あぁ、なるほど!」と思って聞く人は皆無だと思います。また、こんな頭の悪い発言をそのまま報じる朝日新聞が「クオリティ・ペーパー」を自称するとは笑わせます。
朝日新聞の財務諸表分析
「金持ち企業」は理由が重要~朝日新聞社のケース
ところで、利益剰余金とは、過去の利益(フロー)の積み重ねの概念(ストック)です。このため、「ある会社の利益水準」を見るうえで重要な指標は、損益計算書の末尾の当期純利益(厳密には「非支配持分控除前当期純利益」)です。
小池書記局長は、ストックの数値を持ち出してフローの概念を説明しようとしているのですが、センスがない(あるいは頭が悪い)と感じるのは、まったく異なる概念を1つの尺度で表現しようとしている点にあるのかもしれません。
トヨタ自動車の場合、たしかに利益準備金は19兆円少々に達しているなど、財務内容は非常に良好ですが、収益力を伴っているという点については注意が必要です。具体的には、連結損益計算書上の「非支配持分控除前当期純利益」が約2.6兆円にも達しているのです。
つまり、トヨタ自動車はストック面でも優良企業ですが、フロー面でも優良企業である、といえるのです。
逆に言えば、世の中の会社を眺めていると、収益力は低い(あるいは低下し続けている)のに純資産(あるいは含み益)が潤沢な会社もたくさんあります。
たとえば、昔は本業ですごく儲かっていて、その当時の収益の蓄積が残っているケースや、明治、大正、昭和時代に購入した不動産や株式などが、その後のインフレの影響で莫大な含み益を持っているようなケースが考えられます。
実は、小池書記局長の発言を報じた朝日新聞こそ、その典型的な事例でしょう。
朝日新聞社は5月28日付で、2018年3月期の連結財務諸表が含まれた決算短信を公表しています。これによると、総資産(607,664百万円)のうち純資産比率は61.5%に達しており、純資産合計373,551百万円のうち、利益剰余金が実に319,896百万円を占めています。
しかも、資産側も現金預金が74,972百万円、投資有価証券が200,460百万円(その他有価証券評価差額金42,392百万円)と金融資産だけでも3000億円近くに達していますし、おそらく不動産(帳簿価額220,828百万円)も時価評価すれば相当の含み益となっているはずです。
つまり、ストック面だけで見れば、朝日新聞社はピッカピカの、超優良企業なのです。
朝日新聞社の売上高は毎年、数パーセントずつ減少
ただ、それと同時に、朝日新聞社をフロー面から見ると、じわじわと減益が続いています。
たしかに、最終的な当期純利益だけで見れば、朝日新聞社は毎年、コンスタントに利益を計上しています。検索して入手できる過去4年分の決算を眺めていくと、各年度で若干の増減はあるものの、毎年ほぼ50~100億円程度(あるいはそれ以上)の利益を捻出しています(図表1)。
図表1 朝日新聞社の連結ベース当期純利益(金額単位:百万円)
年度 | 当期純利益 | 前年比 |
---|---|---|
2015年3月期 | 5,736 | |
2016年3月期 | 4,211 | -1,525(-26.59%) |
2017年3月期 | 9,126 | 4,915(116.72%) |
2018年3月期 | 12,330 | 3,204(35.11%) |
(【出所】朝日新聞社短信より著者作成)
ただ、その朝日新聞社も、売上高が毎年少しずつ減って来ています。売上高は少なくとも2016年以降、毎年100億円少々ずつ減少して来ています。減少率は毎年数パーセントですが(図表2)、こうした傾向が続けば、ボディブローのように朝日新聞社の経営体力に響いてくるかもしれません。
図表2 朝日新聞社・連結ベース売上高の推移(金額単位:百万円)
年度 | 売上高 | 前年比 |
---|---|---|
2015年3月期 | 436,136 | |
2016年3月期 | 420,069 | -16,067(-3.68%) |
2017年3月期 | 400,994 | -19,075(-4.54%) |
2018年3月期 | 389,489 | -11,505(-2.87%) |
(【出所】朝日新聞社短信より著者作成)
売上原価と販管費の減少
実は、朝日新聞社の営業利益(売上高から売上原価、販管費を控除した額)は、非常に薄いという状況にあります。そして、売上高が減っているのに、朝日新聞社が営業利益を計上し続けているのは謎ですが、それを解く「ヒント」は、売上原価、販管費にあります。
要するに、毎年、売上原価と販管費が減り続けているのです(図表3、図表4)。
図表3 朝日新聞社・連結ベース売上原価の推移(金額単位:百万円)
年度 | 売上原価 | 前年比 |
---|---|---|
2015年3月期 | 308,927 | |
2016年3月期 | 300,177 | -8,750(-2.83%) |
2017年3月期 | 288,591 | -11,586(-3.86%) |
2018年3月期 | 281,413 | -7,178(-2.49%) |
(【出所】朝日新聞社短信より著者作成)
図表4 朝日新聞社・連結ベース販管費の推移(金額単位:百万円)
年度 | 販管費 | 前年比 |
---|---|---|
2015年3月期 | 119,636 | |
2016年3月期 | 107,803 | -11,833(-9.89%) |
2017年3月期 | 105,386 | -2,417(-2.24%) |
2018年3月期 | 100,202 | -5,184(-4.92%) |
(【出所】朝日新聞社短信より著者作成)
売上原価が減少しているのは、単純に部数が減っているからでしょう。部数が減れば、印刷に使う紙などの原料費も減少するからです。実際、粗利益率(売上総利益÷売上高)は28~29%程度で安定しているため、売上原価の減少は売上高の減少で説明が付きます。
しかし、むしろ気になるのは、販管費の減少です。言い換えれば、朝日新聞社は人件費の圧縮によって、かなり無理に利益を積み増している、という仮説が浮かぶのです。
人件費を圧縮している証拠はいくつかあるのですが、そのうち分かりやすいのは、朝日新聞社はここ数年、特別損失に計上されている「早期割増退職金」です。今期(2018年3月期)を除くと、2015年3月期からの3年度で計上された「早期割増退職金」は5,323百万円に達しています。
あと50万部落とせば営業赤字化?
一方、販管費を巡っては、違う分析もできます。仮に販管費が2018年3月期の水準のままだったとすれば、売上高は357,864百万円(=100,202÷28%)にまで低下すれば、朝日新聞社は営業赤字に転落します。2018年3月期と比べて31,625百万円の減少です。
朝日新聞の現在の部数が600万部だったとすれば、新聞1部あたりの年間売上高は64,915円、月間売上高は5,409円です(※余談ですが、新聞の購読料が4,000円程度ですので、逆算すれば、1部あたりの毎月の広告売上は1,400円程度でしょう)。
それはさておき、この計算が正しければ、朝日新聞の部数は現在の600万部から487,176部減少すれば、何と、売上高から売上原価、販管費を引いた営業利益がゼロになってしまうのです。
もちろん、朝日新聞社は営業赤字化を避けるために、猛烈に販管費の圧縮を図ると見て良いと思います。この点、朝日新聞社の人件費水準は異常に高いので、まだまだ販管費の圧縮余地があります。ただ、こうしたドッグレースも、いつまでも続くものではありません。
莫大な賃料収入はどこに計上されているのか?
ところで、もう1つ気になるのは、朝日新聞社は莫大な優良資産を抱えていて、不動産の賃料収入などが発生しているはずなのに、それが連結損益計算書のどこの項目にも計上されていない、という点です。
可能性があるとしたら「売上高」に紛れている、ということでしょうか?もしそうだとしたら、恐ろしいことが発生します。それは、先ほど「1部当たり売上高は年間64,915円、月間5,409円」と弾きましたが、この計算が狂ってくるのです。
仮に売上高389,489百万円のうち、10%程度が不動産の賃料収入だったとすれば、朝日新聞を600万部販売することによる売上高は1部当たり月間4,868円、年間58,423円に過ぎません。ということは、広告収入は毎月数百円に過ぎない、ということです。
あるいは、1部当たりの購読料(約4,000円)に広告料収入が1部あたり1,500円程度だと仮定すれば、新聞が1部売れるごとの売上高は月間5,500円、年間66,000円です。
ということは、朝日新聞の売上高に占める新聞の割合が9割だったと想定すれば、朝日新聞の実売部数は389,489百万円×90%÷66,000円=約590万部です。
同様に、不動産の賃料収入が売上高の20%だったとすれば、朝日新聞の実売部数は472万部、不動産の賃料収入が売上高の30%だったとすれば、朝日新聞の実売部数は413万部に過ぎない、と算定されるのです。
朝日新聞は公称600万部と言いながらも、私自身は、実際には「押し紙」が200万部程度含まれているのではないかとの疑っています。押し紙の場合は、おそらく、広告料部分については全額詐取しているにしても、販売店からの購読料売上については、さすがに全額は受け取れない、ということかもしれません。
だからこそ、実際にこうした細かい売上高の計算をしてみると、さまざまな矛盾が出て来てしまうのでしょう。
財務分析の楽しさ
ところで、最近私自身が設定を忘れそうになるのですが(笑)、こう見えても、いちおうは私は公認会計士です。とくに、当ウェブサイトには政治的な話題ばかり掲載していますが、それでもたまには、こうした財務分析をしてみるのも面白いと思います。
朝日新聞社の場合は、ストック面(貸借対照表)にかんして言えば、朝日新聞社は依然としてピカピカの超優良企業であり、倒産する気配は一切ありません。ただ、私も含め、多くの専門家の間で、広告費を詐取する目的で部数をかなり水増ししているのではないかとの疑いを抱く人が増えています。
これに加えて、近年の朝日新聞社は、営業黒字を維持するために、強引に販管費の抑制を行っているものの、部数減少が販管費の抑制に間に合っていない可能性もあります。そして、別に朝日新聞の発行部数をいますぐゼロにする必要はありません。
果たして朝日新聞社が決算をどう取り繕うつもりなのでしょうか?こう、ご期待、といったところでしょう。
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小池晃書記長って、まともな社会人経験が無いんじゃないのかしらとググってみたら、なんと医師で、民医連生え抜きの超「エリート」様。
しかも私の同門の先輩だったというオチまで付いてびっくりしましたw。
そりゃ、経済のことなんかわかるわけはありませんね。
医師でもせめて開業医や院長の経験でもあれば、また違ってくるのですが田舎の民医連の病院勤務医を経て「代々木病院」勤務、以後政治活動に専念では、「一般人」の感覚を身につける機会などなかったでしょうから。
私の持論ですが、医者が政治家になるのは、後進国の特徴だと思うのですがね。
魯迅やチェ・ゲバラのごとく、インテリゲンチャが医者や医学生くらいしかいない時代の現象。
それを21世紀になっても続けているのが共産党というところでしょうか。
しかし、同門と言えば、桜井充も悪名でしか、噂を聞かず、恥ずかしい限りです。
燃え尽きた医者 様
いつもコメントありがとうございます。
先日拝領したコメントを、記事本文中で勝手に利用させていただきました。
御礼かたがた報告まで。