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日本の左翼の限界と非科学的議論の危険性

最近、時事的な話題が続いてきたのですが、これらの話題について強く感じたことがあります。そこで、本日はあらためて、当ウェブサイトの執筆・運営方針について確認するとともに、「根拠のある議論の大切さ」について考えてみたいと思います。

あらためて説明します

本日は、普段の記事とは少し趣向を変えて、「ウェブサイトを運営する際の雑感」について申し上げてみたいと思います。

読者コメントについて

最近、当ウェブサイトでは、過去の記事に対し、コメント欄で活発な議論が行われているようです。コメント主の皆様には当ウェブサイトにおける意見交換を活発にしてくださっていることに対し、心より御礼申し上げたいと思います。

さて、当ウェブサイトにおけるコメントの方針を、あらためて説明しておきます。

当ウェブサイトは、「読んで下さった方の知的好奇心を刺激する」ことを目的に、「新宿会計士」を名乗る管理人が、1日1~2記事を目標に、おもに政治・経済に関する話題を提供する「独立系ビジネス評論サイト」です。

「知的好奇心を刺激する」というウェブサイトの性質は、記事を読んで何かを感じたら、コメント欄に気軽にコメントを打ち込むことができる、という機能で担保しています。ただし、次のようなコメントについては、基本的に予告なく削除します。

  • 記事の内容とまったく関係のないコメント(広告コメント、ウィルスサイト等への誘導コメントなど)
  • 違法なコメント(著作権法違反、わいせつ、暴力、犯罪予告等)

(なお、犯罪予告を含めた違法なコメントについては、悪質な場合には、IPアドレスなどの情報を添えて、警察などに通報することもあります。)

言い換えたら、上記のようなコメントでない限り、コメントを削除することはありません。極端な話、当ウェブサイトに対する誹謗中傷であっても、削除せず、1つの意見として、掲載するつもりです。

もっといえば、当ウェブサイトに対する批判的なコメントこそ、歓迎したいと思います。私は、自分の発信している意見が100%完全に正しいとは考えていません。そして、議論の穴を指摘するコメントは、当ウェブサイトの今後の記事作成に当たって、非常に参考になるからです。

なお、大昔に大手ブログサイトでブログを執筆していたときは、いただいたコメント1つ1つに対して返答していましたが、現在は原則として、コメントへの返答をしていません。その理由は、大きく2つあります。

  • コメント欄は読者の皆様が自由に意見交換をしていただく場所と考えていること
  • 特定のコメントに対して返答をすると、当ウェブサイトが特定の意見を偏重しているとの誤解を生むこと

まれに、頂いたコメントに疑念を持つ場合などには、私自身がコメント欄を使って反論することもありますが(たとえば『【夕刊】アメリカは文在寅を「泳がせている」のか?』でのコメントや『【速報】カナダ・韓国間の為替スワップは通貨スワップではない!』へのコメントなど)、それ以外の場合は基本的に、本文に織り込んでいきたいと考えています。

今後ともぜひ、読者コメント欄にお気軽なコメントを寄せてくださると幸いです。

ウェブサイトの「有料化」はしないつもり

一方、当ウェブサイトを立ち上げて以来、ときどきご質問を頂く論点が、「ウェブサイトの有料化」です。

実は、私は実名で、新聞・雑誌に記事を寄稿していて、これらの記事にはきちんとした対価を頂いています。どんな文章であっても、執筆して対価を得ることは可能だと考えており、実際、当ウェブサイトの記事も、「タダで読めるコンテンツだからいい加減に書こう」などとは思っていません。

しかし、結論的にいえば、当ウェブサイトを有料化することは考えていません。これには、大きく2つの理由があります。1つ目は、技術的な理由です。当ウェブサイトは私が個人で運営している以上、有料化はなかなか困難です。この有料化は、技術的には、だいたい次の3つのパターンがあるようです。

  • ①米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)や英フィナンシャル・タイムス(FT)、あるいはわが国の日本経済新聞電子版に倣い、暗号方式にする
  • ②おカネを払ってくれた人にだけ、メールにてPDFファイルを送付する
  • ③コンテンツにパスワードを掛けて、おカネを払ってくれた人にだけパスワードを開示する

このうち、①の方式は、非常に困難です。私にはそのようなウェブ技術などありませんし、クレジットカード会社と契約するなどの手続も発生します。一方、②の方式だと、技術的にはとても簡単ですが、どこかにPDFファイルが違法アップロードされるのを防ぐことはできません。

なお、③の方式だと、当ウェブサイトの場合、技術的には十分に対応可能です。たとえば、「月額540円」とかにしておいて、入金が確認できた相手にだけ、「今月のパスワードはASAHI-NETSUZOです」というメールを送る、という方式です。

したがって、「有料化」するならば、必然的に③の方法を取らざるを得ないのですが、当ウェブサイトは記事単位でパスワードを設定する必要があります。このため、「有料読者」の皆様も、「先月のパスワードは何だったっけ?」と思い出しながら検索するしかありません。

つまり、ウェブサイトの有料化を考えたときには、「どうやって課金するのか」という技術的な問題点が生じます。何より、ウェブサイトのコンテンツを考える時間よりも、料金管理作業をする方に時間を取られてしまい、ウェブサイトのクオリティが低下してしまいかねません。

広告収入で十分やっていけます

ただ、当ウェブサイトが有料化に踏み切らない理由は、もう1つあります。

それは、現状、広告収入だけでも、最低限であれば、当ウェブサイトを運営するためのコスト(レンタルサーバー代とドメイン取得手数料)が賄えるからです。もちろん、それらを大きく上回る収入を得ることは難しいのですが、もともと私は当ウェブサイトを、「コストを賄うくらいの広告収入が得られれば十分」と考えていたので、現状では特段の問題を感じていません。

ただし、現在私がメインで利用しているのは2社ですが、将来的にはもう少し広告が増えるかもしれません。もちろん、現状でもページを開くのに少し時間が掛かり過ぎているので、これ以上のサーバ負荷がかかるようだと、またレンタルサーバの変更を検討しなければならなくなるかもしれませんが…。

いずれにせよ、現状で考える限り、当ウェブサイトは「読んで下さった方の知的好奇心を刺激する」ことを目的に、無料運営を続けようと考えています。

なお、私の文章を有料で購入して下さる出版社様、ウェブサイト様、私をコメンテーターにしてあげようというインターネット番組など物好きな方がいらっしゃれば、それはそれで大歓迎ですが…(笑)

ウェブ評論の流儀

客観的事実と主観的分析を分けることが大事!

せっかくウェブ評論の話に言及したので、ついでに、私が当ウェブサイトを運営するうえで、気を付けている点を申し上げておきたいと思います。

当ウェブサイトの記事を執筆するに当たって、私が一番重視している項目は、「客観的事実」と「主観的意見」の区別です。何を議論するにしても、まずは客観的に確認できる事実がなければ始まりません。そして、この「客観的事実」は、できるだけ「誰にでも確認できるもの」を用いる必要があります。

当ウェブサイトではこの「客観的事実」を探すうえで、統計などの数値、事件の渦中の人物自身が発表しているSNSの記事などがあればそれを使い、それらの数値がなければ、政府・官庁や大手マス・メディアなどの報道を引用する形にしています。

そして、私自身の分析や意見に及ぶ記述については、「~と思う」「~と考える」「~と予測する」「~の可能性がある」、という具合に、「客観的事実ではなく主観的意見である」ということがわかるように記載するように努めているつもりです。

ただ、それでもどうしても悩みがあります。それは、「客観的事実」だと思っている部分でウソが混入している可能性がある場合です。そこで、私はできるだけ、大手マス・メディアの報道を引用する場合には、複数のメディア(たとえば読売と産経と時事通信、など)が報じているものを利用しようと考えているのです。

あるいは、政府・官庁が発表する内容についても、できるだけマス・メディアの報道で裏を取るか、逆に、マス・メディアの報道について政府・官庁が発表する内容で裏を取る、という工夫も大事でしょう。私の場合は外国関連の報道について、外国メディアの報道があるときには、そちらを優先することもあります。

朝日新聞が火をつけた「財務省改竄事件」

しかし、この「複数の情報源を参照することで客観的事実を担保する」という手法が使えない場合があります。その典型例を2つ挙げましょう。

1つ目は、3月2日に朝日新聞が報じた、「財務省が決裁文書を書き換えた疑いがある」とする記事です。

森友文書、財務省が書き換えか 「特例」など文言消える(2018年3月2日05時20分付 朝日新聞デジタル日本語版より)

この記事については、結局、3月10日(土)になって、「財務省が決裁文書を書き換えていた(つまり改竄していた)」ということが事実だったと判明しましたが、1週間あまりの間、「朝日新聞の報道しか根拠がない」という状況が続いたのです(顛末については『【夕刊】野党さん、なぜ支持率が上がると思ったのですか?』にて触れています)。

しかし、朝日新聞が不気味な沈黙を守っていたことについては、冷静に考える必要があります。この朝日新聞の記事が出て来てから、実際に財務省が改竄を認めるまでの1週間あまりの間、この問題について議論する時には、「仮定に仮定を重ねる」必要がありました。

仮定が1つや2つならともかく、3つ、4つと増えていくに従い、論者、読者ともに、議論が混乱して来るのは避けられません。そして、朝日新聞がこの情報に、さりげなく「ウソ」を仕組んでいたら、議論がさらに混乱したことは間違いありません(※事実にウソを仕込むのは、朝日新聞の常套手段です)。

実際、左翼的な人士だけでなく、「ネトウヨ」と呼ばれる人たちの一部でも、「森友学園事件は安倍夫妻が国政を歪めていた証拠だ」、「安倍(氏)や麻生(氏)が責任を取って辞任しなければならない」などといった、非常に短絡的な主張が見られました。

もっとも、公表された資料を丹念に読み込めば、少なくとも「安倍総理自身が森友学園への国有地売却に何らかの指示を出していた証拠」は一切ないことは明らかなのですが…。

(※余談ですが、「朝日新聞がこの3月2日付の記事を執筆する根拠となった情報は、大阪地検が漏らしていた可能性がある」との指摘が散見されます。もちろん、財務省による公文書改竄は大きな問題であり、看過できません。ただ、それと同時に、「仮に」大阪地検が情報を漏らしていたのであれば、検察、あるいは法務省にも抜本的にメスを入れる必要がありそうです。)

韓国がリスクを負い過ぎている「米朝首脳会談」

もう1つ、「客観的な事実が確認できない事例」があります。それが、「米朝首脳会談」であり、それこそ世界中が振り回されている、ある意味では迷惑な事例です。

ことの発端は、3月4日(日)になり、韓国大統領府が唐突に、「明日から特使団を北朝鮮に派遣する」と発表したことにあります。実際、特使団は3月5日(月)に北朝鮮の首都・平壌(へいじょう)に派遣され、金正恩(きん・しょうおん)に「謁見」し、翌3月6日(火)に韓国に帰国しました。

そして、この特使団の帰国を受けて、韓国大統領府は、「北朝鮮が『非核化を前提とした米朝首脳会談』と南北首脳会談を提案してきた」などと発表。さらに特使団は米国を訪問し、金正恩のメッセージを「口頭で」伝えたのです。

これを一覧でまとめておきましょう(図表)。

図表 米朝首脳会談に至る経緯
日付 出来事 当サイト関連記事
3月4日(日) 韓国大統領府、韓国大統領府の鄭義溶(てい・ぎよう、Chung Eui-yongチュング・エウイ・ヨング)国家安保室長や徐薫(じょ・くん、Suh Hoonスー・ホオン)国家情報院長らを、北朝鮮の首都・平壌(へいじょう)に特使として派遣すると唐突に発表 【夕刊】アメリカは文在寅を「泳がせている」のか?
3月5日(月) 韓国の「特使」、北朝鮮の独裁者・金正恩(きん・しょうおん)との間で、夕食を含めて4時間12分に及び面会 【夕刊】どうして南北特使報道が出てこないのか
3月6日(火) 韓国大統領府、北朝鮮が「非核化を前提とした米朝首脳会談」と「南北首脳会談」を提案してきたなどと発表 【速報】非核化と南北首脳会談と謎の運転席理論

【夕刊】対韓不信:ワシントンに流れる微妙な空気

3月8日(木)※米国時間 鄭義溶国家安保室長がホワイトハウスで「米国が米朝首脳会談を受け入れた」と表明、ホワイトハウスのサンダース報道官もこれを確認 【速報】トランプ氏「金正恩と会談」
3月13日(火)※米国時間 ドナルド・トランプ米大統領が、唐突にレックス・ティラーソン国務長官の更迭を発表 【速報】ティラーソン国務長官更迭の影響を読む

(【出所】各種報道を参考に著者作成)

ただ、不気味なことに、一連の発表は、韓国の特使団が「金正恩の言葉」として口頭で伝えたものをベースとしており、肝心の北朝鮮自身は、これについて、本当にただのヒトコトも、「わが国は米国との会談を行う」と述べていないのです。

韓国では最近、「運転席」理論なるものが流行しているようです。これは、「朝鮮半島非核化問題などの諸懸案をめぐり、韓国が『運転席』に座る」とするものですが、これは非常に傲慢かつ危険な思想です。なぜなら、韓国にこの問題をハンドリングする能力はないからです。

といっても、私は別に、韓国をバカにしているわけではありません。実際、この問題を1ヵ国でハンドリングするのは困難であり、米国、日本、中国、ロシアも事情は同じです。それを、韓国がしゃしゃり出てきて「スタンドプレイ」をすることで、問題が引っ掻き回されることが、最大のリスクなのです。

それはさておき、この問題も先ほどの「財務省文書改竄事件」と同様、情報源が1つしかないことの恐ろしさを痛感します。といのも、韓国大統領府が北朝鮮の提案の中にさりげなくウソを混ぜていたとしても、この情報については検証のしようがないからです。

科学に勝るものはない

さて、当ウェブサイトでは、残念ながら「ここでしか明かされない秘密情報」が掲載されるということは、ほぼあり得ません。「誰にでも確認できる客観的な事実」をもとに、できるだけ思考過程を明らかにしながら議論を組み立てるという形式で、これまで運営して来ました。これからもそうするつもりです。

こうした中、昨日、日経ビジネスオンライン(NBO)に、非常に優れた論考が掲載されているので紹介しておきたいと思います。

考え続けている。原子力発電は本当に危険か?/非常事態を日常の視点で考えてはいけない(2018年3月14日付 日経ビジネスオンラインより)

記事を執筆したのは、科学技術ジャーナリストの松浦晋也氏です。リンク先の記事を読むには、日経IDの取得が必要です(日経IDの取得方法については日経のウェブサイトをご参照ください)。ただ、この松浦氏の記事は、わざわざ手間をかけてまで日経IDを取得する価値が十分にあります。

詳しい内容はリンク先で直接ご確認いただきたいのですが、ヒトコトで要約すると、「科学的思考はとても大切である」、ということです。そして、松浦氏の記事は、私が理想とする記事の在り方に近いものです。

議論の前提として、とくに「反原発派」の皆さんは、とにかく感情的に、銅鑼や太鼓を鳴らしながら、官邸前で「原発ハンターイ」と叫んでいるだけです。もっとも彼らの多くは、沖縄で反基地運動に従事している、外国人や極左活動家などから構成される勢力と、おそらくは同じ人たちなのだと思いますが…。

それはともかく、松浦氏の議論では、科学的な専門用語について、敢えて解説なしに用いられています。そのうえで松浦氏は、次のように喝破します。

なお、本稿では、Bq(ベクレル)やGBq(ギガベクレル)、指数に対数、放射性同位体や半減期といった用語をあえて解説しなかった。この7年間、本気で原子力について考えてきた方なら、当然理解していて然るべきだからである。/なに、そんな専門的なことは理解していないほうが当然?/もしもあなたが、これらの用語を理解せず、他方で原子力について賛成・反対の意見を持っているならば――あなたは途方もない間違いを犯している可能性がある。

この下り、すべての反原発運動からは、100回繰り返して読むべきでしょう。何ら科学的な裏付けもなく、ただ感情的に「危険だから危険なんだ!」などと叫ぶのは、それこそ非常に危険な思想です。

しかも、松浦氏の記事には、反原発派と思われる人士からのコメントが多数寄せられているのですが、「本当に記事の本文を正しく読んだのか?」と思しきものばかりであり、反論になっていません。このあたりに、現在の日本の「左翼」あるいは「パヨク」と呼ばれる人たちの限界が露呈しているのだと思います。

いずれにせよ、松浦氏の議論は、本文だけでなく、コメントもあわせて読むことで、「知的格闘」を楽しむことができる、「1粒で2度おいしい」記事と言えるのかもしれません(もっとも、コメントのレベルがあまりにも低すぎて、「知的格闘」とは言えない代物かもしれませんが…)。

新宿会計士:

View Comments (14)

  • いつも知的好奇心を刺激する記事の配信有り難うございます。

    原発というのは廃炉後に放射性廃棄物を10万年管理の必要があるそうですが、受益者である私たちは、10万年後の子孫に対して私たちが残す放射性廃棄物の管理費用をいくら払えば良いのでしょうか?

    現代社会は不奐紙幣経済ですからインフレによる貨幣価値の減損が生じますからデフレータを考慮し将来の為に積み増ししないといけないと思います。

    10万年間の平均インフレ年率1%ならデフレータ値1.01といった具合に。

    最低の一円の価値を10万年後も一円で保つにはデフレータ値の10万乗させた値に一円かければ良いと思いますが、
    さていくら払えば良いのでしょう?

    100年間で物価が倍で収まった物は無いはずですがデフレータをエイやで決めて、どなたか計算してご提示願います。

    途中の期間も本当は払う必要があるので実際私たちが払うお金はもっと要るのでしょうが。

    原発については数字に弱い当方、既に匙を投げていますので計算出来ません。

    以上です。

    どなたか数字を出していただけば。

    結論をぶん投げた駄文を書きまして大変失礼しました。

    • 結論をぶん投げするのはあまりに無責任と思うので、補足します。

      私たち普通の国民が負担可能なデフレータにしたければインフレ率を年率0.01%で何とか費用負担の検討俎上に載せられます。

      1万年で物価が倍です。

      これを越えた大きさでデフレータの仮定をすると指数関数的に負担が増えて議論不能になります。

      現実的なデフレータは設定不可能では無いでしょうか?

      又、現状に近い人間社会が10万年核廃棄物の管理を行うというのは歴史を嘗めているとしか思えません。

      人間関与の経済活動が非関与の経済活動より非効率な事が恒常的になる2045年問題に直面すると数十億の人間生存に必要なカネを供給出来るかどうかも怪しいです。近い将来でもこんな状況なのに、10万年も人間社会が持つとはあまりにも楽観的過ぎと思います。

      管理期間の長さも体内被曝が深刻なアルファ線を放出する半減期2万4千年のプルトニウム239が90%減る期間で決めたのでしょうが、10万年後の日本全体にはプルトニウム239が数トン残ります。
      管理期間は短すぎると思います。

      こういった事を考慮すると、原発の「建設から廃棄物管理終了のライフサイクルを全う出来る」と考えるのは、

      「算数と歴史を冒涜する物」では無いでしょうか。

      原発に賛成の方はどなたでも結構ですので、当方の懸念が杞憂である事を説明いただけばありがたいです。

      納得いく論拠なら当方も原発に賛成します。

      長文失礼しました。

      • 私は原発容認派です、とますば自分の立場を述べておきます。

        さて。
        原発関連のやりとりについては、数値をもってしても賛成派反対派それぞれの持論の補強にしかなっていないケースが多いなというのが、今まで両派の議論を見て感じてきたことです。

        ということで、お書きになっていることを否定するつもりはないのですが、一度会計士さんがリンクされている日経BPサイトの記事をご覧になることをお勧めします。個人情報の記入が必要というのがちょっと面倒ですが、それさえすれば無料で読めます。

        ほんの一部だけ引用しておきます。

        >10万年保管が必要ということは、10万年ずっと同じように危険ということを意味しない。
        >本当の本当に危険なのは最初の10年程度なのだ。

        上記を単なるコトバではなくて放射性廃棄物の放射能の減衰に関する対数グラフをもとに説明しておられます。(原発で生じる放射性廃棄物は一種類ではなく、半減期の短い高レベルの放射性物質から、レヘルは大したことがないが半減の長い物質までが混ざっているのです。)

        もちろん、こういう意見が示されたからといって、手放しで安全だという話ではまったくありません。ただ、「10万年」という数値と安全マージンというものをどう考えるかは、議論の前提としては非常に重要だと思うわけです。

        もう一つ。命のリスクということをどう捉えるかというのも重要です。どうしても放射能リスクにばかり目がいきますが、原発がない場合に生じる命のリスクについては、我々はどう考えるべきなのでしょうか。これについても、一つリンクを貼っておきます。

        http://ieei.or.jp/2018/03/takeuchi180315/

        最後に改めて・・・・・・、私は原発推進派ではありません。
        あくまでも容認派です。

        • spaceman様

          当方の駄文に丁寧なコメント賜り誠に有り難うございました。

          NBOの松浦氏の記事見て来ました。

          思った事は以下3つでした。

          ・10万年の保管期間の根拠を書いてくれて有り難う。

          ・外部放射線量のグラフ等は既に知っている事なのでもう少し新しい情報欲しかったな。

          ・アルファ線の放射性同位体の取り込みに対する子孫の影響を確認する為に「プルトニウム入り水を毎日飲めば良いのに(←悪人)」

          でした。

          >10万年保管が必要ということは、10万年ずっと同じように危険ということを意味しない。
          >本当の本当に危険なのは最初の10年程度なのだ。
          上記を単なるコトバではなくて放射性廃棄物の放射能の減衰に関する対数グラフをもとに説明しておられます。(原発で生じる放射性廃棄物は一種類ではなく、半減期の短い高レベルの放射性物質から、レヘルは大したことがないが半減の長い物質までが混ざっているのです。)
          もちろん、こういう意見が示されたからといって、手放しで安全だという話ではまったくありません。ただ、「10万年」という数値と安全マージンというものをどう考えるかは、議論の前提としては非常に重要だと思うわけです。

          松浦氏が安心と書きたいのは外部放射線源の話、当方がコメントで警鐘したかったのは主にプルトニウム239等が関わるアルファ線放射性物質の内部被曝の問題です。

          話題のベクトルが違います。

          アルファ線はヘリウムの原子核です。
          紙1枚で止まります。

          しかし高エネルギーを持つため体内に取り込まれた場合深刻な影響を与えます。
          だからシーベルトを算出する際にアルファ線の場合は修正係数が大きいのです。

          プルトニウムの量を引き合いに管理期間が短すぎるのではないかと言うのは管理放棄以後は赤ちゃんが口にしようが、喉が渇いた人間が飲んで問題が出ようが「自己責任」という事です。

          それも高々当方達3世代がエゴで電気を作った負の遺産でです。

          影響を受けるのは万年単位の子孫の方々です。

          人間は「カネにならない事」を千年も管理維持できっこありません。

          当方を含めて皆様がその原因を分かりながら未来に不幸を作って良いのですかね?
          本当に恥ずかしくないのですかね?
          と言う事です。

          皆様の知的好奇心の刺激になれば。

          長文ご拝読ありがとうございました。

          • 一応当方も根本的解決法を発見出来ず、代案が出せない点で原発容認派なのですが、
            死後神様なり閻魔様が「汝、原発の罪悪を知りながら放置した罪により最下層の地獄行きを命じる」と言われたら仕方ないな受け入れざるを得ないと思っています(笑)。

            プルトニウムのような数センチ離れたら影響が無いが、接触すると危険極まり無い毒を当方達のエゴで世界中にばら蒔くとは被創造物に迷惑を掛けすぎでしょう(笑)。

            冗談は以上です。

          • すみません。レス遅くなりました。

            >アルファ線の放射性同位体の取り込みに対する子孫の影響

            これなんですが、どうしてプルトニウム入りの水が体内に取り込まれるのか、その辺りの理路が判然としません。
            放射性廃棄物のガラス固化体が劣化して地下水にプルトニウムの粒子が混入する事態はありえなくはありませんが、それも含めて本当に10万年ずっと同じ体制で管理する必要があるのかという話だと思います。(たしかプルニウムは水溶性ではなかったはずなので、固体微粒子が問題になるのだと思いますが。)

            政府なり国なりの持続力なんてよくわかりませんから、先行き不安なのはすごくよくわかります。また、リスクは「ありえない」を仮定すべきではありませんよね。「どんな可能性でも無視すべきでない」という点には首肯します。戦争や大災害で文明自体が疲弊して、短期のうちに管理能力を失う事態もないとはいえないわけで。

            けれども、そういったこともいったん念頭に置いた上で・・・・・・

            我々はプルトニウムと同等かそれ以上にれ経口毒性が強くて半減期もないような物質をずっと地上地下にばらまいているわけです(水銀系・砒素系化学物質など)。だからプルトニウムだって同じではないか──と言いたいのではありませんよ。理想的には、毒性があるのならすべて除去されるべきでしょう。しかし、現実的には科学的知見によって「カクカクシカジカの対策をとれば許容できる」と判断され、我々はその上で生活していたりするわけです。豊洲なんかはいい例ですよね。

            おそらく「放射能」を、他の毒性物質とは別格だと思い込ませている迷信的な何かがあると思うんです。言葉は悪いですけれども、それが放射脳といわれるものの正体だと私は思っています。

            もちろん、毒性物質の廃棄や保管、あるいは人間の耐性については科学者の判断が間違っていることもありえます。時を経てから、「あのときは大丈夫だと思ったけど結果はダメでした」というようなことは、実例的にも多々ありますしね。前提として「リスクはできるかぎりゼロを目指すべき」というのは当然でしょう。そういう点から私も原発推進派には今一歩踏み出せないでいるわけです。

            しかし残念ながら、現状では再生可能エネルギーでの原発代替は不可能であり、化石燃料にはコストの問題と炭素リスクの問題(これにもあやしさがありますが)があります。

            結局のところ、リスクの多寡と現状の技術力を天秤にかけて判断していくしか方法はないのだと思われます。

            現状の諸事象より帰納すれば、残念ながら日本の国力低下は避けようもありません。科学技術のレベル、もっと言えば文明のレベルを保っていくにはエネルギーの確保が欠かせません。その「文明のレベルの維持」こそが、後世の子孫たちをリスクから救う鍵なのだと私は思っています。なんだか「あとはよろしく」的な無責任で大雑把な話をしているように見えるかも知れませんね。でも、現状の日本で原発をすべて廃棄して文明のレベルを維持するのは困難だと私は思います。

            哲学的には長い凋落の道を歩んで、自足的かつ清貧な生活に戻ろうというのもありかもしれませんが、私はそういう美学には反対する立場です。

            長文たいへん失礼いたしました。

          • spaceman様

            コメント賜りまして有難うございます。
            一応プルトニウムの毒性については以下の通りです。
            皆様が検討できるように紹介しておきます。

            プルトニウムの毒性と取扱い (09-03-01-05)
            http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-01-05
            -引用ここから

            <プルトニウムの毒性について>
             プルトニウムは 表1 に示すように、普通の意味で(化学的毒性から見れば)青酸カリや食中毒などに比べて、一般の重金属並みの毒性で特別に高いものでない。しかしながら、放射性的には毒性があると言ってもよい。それはアルファ放射体で比放射能が高いことにある。プルトニウムは放射性毒性が化学的毒性よりも数万倍も上回るとされている。
             ところで、アルファ放射線は紙一枚で遮ることができ、皮膚を通すことができないので、その放射線により障害を起こさせるにはプルトニウムを体内に摂取することによる。皮膚に付いたプルトニウムは容易に吸収されるものでなく、水などで洗い流すことができる。言い換えると、プルトニウムは万一体内に摂取された場合に高い毒性を示すことになる。
             プルトニウムは通常固体(粉末、ペレット)や液体で取り扱われ、気体にはならない。しかし、極微量エアロゾルやミストとして、人体に摂取される可能性がある。経口摂取による場合はプルトニウムが通常不溶解性であり、消化管からの吸収は非常に悪く、ほとんどが排泄されてしまう。一方、吸入摂取の場合はかなりの時間肺や骨に留まり、その附近の組織細胞がアルファ線で照射され、すぐにどういうことはないものの晩発効果として、時としてガンの発生があり得ることになる。
            -ここまで

            粉末の摂取の影響は、反原発の資料ですのでご参考程度で

            http://www.jca.apc.org/mihama/reprocess/plutonium_hibaku060711.htm

            >プルニウムは水溶性ではなかった

            酸化プルトニウムに関してはそうですね。「ほぼ溶けません」
            当方の松浦氏への感想の3番目はそれを念頭においています。
            なので当方が主に懸念してるのは10万年間におけるプルトニウムの
            爆散や露出に伴う粉塵吸入リスクです。

            蛇足ながら硝酸プルトニウムやクエン酸プルトニウム、水酸化プルトニウムは水溶性だそうです。プルトニウムの化合物「総てが非水溶性という訳では無い」ことは指摘しておきます。

            >我々はプルトニウムと同等かそれ以上にれ経口毒性が強くて半減期もないような物質をずっと地上地下にばらまいているわけです(水銀系・砒素系化学物質など)。

            (中略)

            >おそらく「放射能」を、他の毒性物質とは別格だと思い込ませている迷信的な何かがあると思うんです。言葉は悪いですけれども、それが放射能といわれるものの正体だと私は思っています。

            アルファ線放射性物質による内部被爆の問題は水銀や砒素などに比べ見地がはるかに難しいことにあります。ガイガーカウンター等をプルトニウム本体から空中10cm程離したらもう検知できません。
            体内のプルトニウムの内部被爆の危険性の特定は被害発生時の(人間)社会が持つ技術のレベルによっては、ほぼ絶望的と思います。
            それ以外は多くの発ガンリスクの中の一つです。

            >リスクの多寡と現状の技術力を天秤にかけて判断していくしか方法はないのだと思われます。

            当方が哲学的かつ理性的な嫌悪感を持って本記事において一連のコメントを書いているのは正にこの部分にあります。

            ・受益者と非受益者の割合が期間的に1:999であること。
            ・管理必要期間総てにおいて、非受益者に現状以上の技術力をもって放射性物質の管理を強いること。
            ・非受益者に一方的に負担を強いること。
            ・「受益者は必要な金を用意せず」に非受益者が負担を強いられること。
            仮に福島の事故処理費用に100兆円被害者に払う場合でもそんな費用は本来払うべき金額の芥子粒のはした金にもなりません。

            本サイトの皆様が好きな韓国ネタで例えると、仮に韓国政府が
            「白村江の戦い(天智天皇の御世です)の賠償としてわが国に年額100兆円を要求する」といった場合、皆様はどのようにお考えでしょうか?

            「そんな昔のことで金を出すのはおかしいのではないか」

            このようにお考えの方が、もちろん当方を含めてほぼ全員と思います。

            しかし、これが数百年後の子孫の核のゴミに対する考えそのものではないでしょうか?

            一時的Co2排出量の削減(原発に関するCo2排出量には廃炉後の核廃棄物管理におけるCo2排出量を含んでいないので最終的には化石燃料使用ケースより大量のCo2が発生するでしょう)と原子力村の利権の為に、「無自覚に子孫にリスクだけをツケる」のを当方は「心から嫌悪」します。

            今当方たちが原発の根本解決に向けて出来るのは、せいぜい以下の点ぐらいです。

            ・Co2リサイクルの技術(産業ベースに乗る人口光合成技術)の確立を目指して頑張ること。
             (原発に変わりバイオマスベースの発電が可能になります。)
            ・人類が核のゴミに対して制御された元素転換技術で無害化できる技術を得られる迄、人間社会が維持発展できるように人間社会を安定させて後世の世代に引き継ぐこと。

            これ位しかないでしょう。
            やっちゃったものはどうしようもない。と当方は思うのですが・・・、

            せめて原罪意識は持って欲しい。

            そういうことです。

            長文ご拝読有難うございました。

  • 日本政府も電力会社も学者もさんざん「原子力発電所は安全」とか「メルトダウンなんて絶対おきない」とか言っていたのに事故は起きてしまった。さらに、東京電力には事故の賠償をする力もない。一般国民は原子力の全ての知見を得ることは無理だ。基本的には日本政府の言葉を信頼してまかせるしかない。その信頼を裏切ったのだから、日本政府の言葉も学者の言葉も信用できないわけだ。新潟の原発も動かない。そりゃそうだ。事故を起こしてもすぐに賠償はされない。しかも賠償されたとしても時価だから、古い家に住んでいる人は追加のお金を支払わないと家が建たない。そんな不利益になるものを受け入れるのは無理だろう。科学的説明より事故後の対応の方が大事だと思う。避難計画は国が主導権をもってやる。家に住むことができなくなったら、新しい建物を日本政府が建ててやる。放射能で病気になったのではと推定されたらちゃんと面倒を見る。そうすれば地元の理解も得られるだろう。

    • 少し気になったのだが

      >一般国民は原子力の全ての知見を得ることは無理だ。
      >科学的説明より事故後の対応の方が大事だと思う。

      言っちゃ悪いんだが、会計士さんの示したリンクを読んでから議論に参加した方がいいような気がする。そして少なくとも松浦信也さんはそんなことは書いてないと思う。てか「私にはわからない」って断りながらも科学的知見を無視することが如何に危険かってこと。ブログ主さんは書いてないが環直人政権のせいで原発事故自体が過大評価されているってこと。ちなみに放射能で病気になったのではって書いてるがおれっちが知る限り放射能が原因で死んだ人はいないと思うぜ。原発事故自体あってはならないものだしそれを起こしたことは言い逃れできないが、だからといって非科学的なことで論っても仕方がないと思う。

      • 健康被害はないけど、福島で自分の家に住めなくなった人はいる。それならば、同じような家を別の場所になるかもしれないが、あげてもいいのではと思う。原発がなかったら家に住めなくなることはなかったはずだし。高齢者は所得も限られるので新しい家を自分の力で作るのは無理だろう。原子力は国全体で利益を享受したのだから、不利益も享受すべきではないかな。
        新潟の原発で避難計画は地方自治体に丸投げで進展していない。国が率先して避難計画を立案してほしい。ある程度犠牲がでる計画であっても仕方がない。完全な計画は無理だから。でも国がやるというのが意味があるのでは。東京電力や地方自治体では資金も人材も乏しいからね。
        基地と同じく原発も地元の人からみたら迷惑施設。でも、日本全体からみたらたぶん必要。地元もある意味、仕方がないと思っている。原発事故をゼロにするのはおそらく不可能。しかし、原発事故の補償や対応は可能。電気は欲しいが、それに伴って発生した不利益は負担しないは理屈にならない。原発事故が発生したら、国が無制限に被災者に賠償する必要があるのではないかな。汚染されて住めなくなったら別の土地におなじ家、おなじ環境ですみやかに補償してくれたら地元の理解も得られやすいと思う。日本政府にはお金もあるし、後は法律を通せばよいだけだ。
        今の新潟県知事は原子力に反対だけで知事になったようなものだ。本来は長岡市長が県知事になる予定だった。当初、長岡市長は余裕しゃくしゃくで絶対勝てると思っていたのに、ただ一つ原発政策に対する態度があいまいなだけで落選した。これはみんな予想外。それだけ原発に対する不信は大きい。
        いや、原発に対する不信というより、政府に対する不信が大きい。国策として原子力に協力はしたが、事故が起これば政府は地元民を見捨てるのではという思いが大きい。

        • 非国民 様

          いつもコメントありがとうございます。
          普段ですと、コメント主の皆様に対し、個別にコメントへ返信することはできるだけ控えているのですが、頂いたコメントで深く共感する部分もあったので、私自身の体験も含めて、少しだけ補足しておきたいと思います。

          「高齢者は所得も限られるので新しい家を自分の力で作るのは無理だろう。原子力は国全体で利益を享受したのだから、不利益も享受すべきではないかな。」

          というご指摘を頂きましたが、これはまったくの正論だと思います。「通行人」様のコメントは、「議論をするならNBOの記事を読んでからにしたらどうか?」というものだと理解しましたが、これに対して「非国民」様は、「原発に対する不信というより、政府に対する不信が大きい」のではないかとする、地元で蔓延する空気をご指摘になられたのではないでしょうか?(もし違っていたら申し訳ありません。)

          実は、私自身、前職(会社名も業種も明かしません)で頻繁に地方出張をしていたのですが、まさに大震災と原子力災害に遭われた方々の生活をどう再建するのか、現地の方々も苦心されている様子でした。私は東京都民ですが、まさに原子力発電という便利な生活の恩恵を享受しておきながら、「原発はその地方の問題」と片付けるのはあまりにも無責任だと思います。

          いずれにせよ、この論点については今後も折に触れ、取り上げていきたいと思いますので、引き続きのご愛読とお気軽なコメントを賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

          • 非国民は新潟が地元。だから、柏崎刈羽の人の気持ちはよくわかる。国家という強大な権力にあえて立ち向かおうという人はほとんどいない。それよりも静かにそこで暮らせればよい。逆に放射能なんかあまり考えていない。だって、みんな高齢化で放射能が降ったとしても後、何年生きられるかなんて人が多い。福島程度の放射能ならはっきりいって避難命令はおおきなお世話。放射能が影響を及ぼす前に他の病気で死ぬわなんてかんじかな。それよりも国に協力しながら、最後は裏切るのかなというのが悲しいのではないかな。
            ところで余談だが、非国民は働きすぎて身体が壊れ、会社を辞めたときがあった。ラジウム温泉に行ったら、これがよく効いた。その時、柏崎刈羽原子力発電所が近くにある!そこでメールで「発電所には放射性物質が大量にあるだろう。ちょっと放出して放射能泉にしたらいいのでは。」と聞いたら、返事がきた。「発電以外に放射線の利用はできない。」だって。もう20年くらい前になるかな。地元民だと以外と対応してくれる。

  • < 毎日の更新ありがとうございます。
    < 科学技術ジャーナリストの松浦氏の原子力について、読みました。やはり理系と思われる方の論理的な文は、くどくなく、分かりやすいです。原子力発電については、事故後、私も一時廃止が良いのかと思いましたが、しかし結論としては、日本では或いは地球規模でもまだまだ必要です。
    < 火力は二酸化炭素を大量に出し、温暖化、空気を汚す。風力も地元では不安な声も聞かれる、太陽光やらその他のエネルギーは、まだコストも建設供給も間に合わない。更に供給力が小さすぎる。
    < 今、日本で運転中の原発は九州と関西かな。関東はゼロのままの状態が続いたら、必ずや逼迫する。個人や会社でエコ活動やっても、微々たるものです。それと酷暑の7月8月に28度ライン遵守なんて、地獄ですよ。私も経験しましたが、いくらポロシャツやノーネクタイ勤務にしても、ジッと動かなければいいが、動いたら汗が吹き出ます。仕事の効率の良さを考えたら26度ぐらいが適温です。私が新入社員の◯◯年前は、電車は24度設定(寒いぐらい、でもラッシュ時は適温)、会社も同じ24度。それでなおかつ扇風機併用でした(電気を使い過ぎなんて、誰も言わない。此の世の極楽(笑))。
    < 文系の方の『原子力本』は、まず是か非か、或いは東北の事故は想定外だった、という結論がヒステリックに書かれた書籍ばかりです。数値も都合の良いところだけ持って来る。それで『ハンターイ』とやっている。じゃ電気を使わない生活を甘受するんですか?生活水準も人としても、退行しますよ。福島は東電の立地に対する見込みの甘さと、地震津波発生直後の対応のまずさ、政府菅直人の無能ぶりで最悪の一歩手前まで行った。
    < 点検審査後で稼働中、または稼働再開目指す原発、更に新造も多々あると思います。ここで原子力を停めたら、日本の国力は間違いなく落ちます。やはり松浦氏の言う通り、今後100年ぐらいは主力のエネルギーでしょうね。最後にフクイチですが、建屋の内部状態がつかめたら、地下水と混じり合わないよう、冷却続けて出来ればデブリを密封、チェルノブイリのような鉛と鉄板、コンクリートで建屋ごと覆うしかないでしょう。それも耐用年数あるので50年単位で上乗せの覆いが必要です。
    < 失礼しました。

  • 自分は原子力に関しては余り知識が無いのでとやかく言えませんが基本的には原子力発電賛成です。
    311が起きた時に中学生だったのですがちょうどその前日に「日本のエネルギー事情」って言う本を読み終えたばかりでエネルギーのリスクを本の世界だけでなく現実で向き合う機会があったので中々不思議な感覚でした。

    本の作者様及び編集部は日本人は原子力って言う単語自体にアレルギーがあり本の名前さえも「原子力」と言う単語そのものは入れる事が出来ずエネルギーに已む無く変えたと本に記されていました。
    本の内容は世界の原子力発電所を見て回りどんな状態やリスク対策、リターンがあるかをただ淡々と書いて、日本での取材も似たような感じでした。ただ唯一中東に取材に行ったタイミングでテロリストにハイジャックされてその時の遣り取りだけはやったらと詳細に書かれた本でした。
    ……あんまり書く必要の無いコメントですね自分語りになってる。

    まぁ言いたい事は関東の人達が利用する電力を態々地方で発電して地方の人達にだけリスクを押し付けられるのは不公平だっていう事です。関東圏で発電すればいいじゃん面倒くさい、原子力が嫌なら火力でやれば。それも嫌なら不安定だけど太陽光なり風力でどうぞ。
    間違っても中部電力と合併するなよ東電。