公認会計士受験学校にいた、変わった人
本日は「時事ネタ」から離れて、やや軽い話題を紹介します。私自身、大学を卒業してから既に20年近くの年月が経過しましたが、その間に様々な人との出会いと別れを繰り返してきました。こうした中で、やや「変わった経験」もしてきているのですが、公認会計士試験の受験勉強時代に出会ったFさんという方の経歴が、現在の私自身にとっても「反面教師」として生きているのが実情です。
「人事抗争で会社を去る」?
ビジネスマンもある一定の年齢以上になると、中には「人事抗争で会社を去る」という人もいます。しかし、非常に若い人が「人事抗争」に巻き込まれるということは、果たしてあり得るのでしょうか?
本日紹介する話題は、私が公認会計士試験を受験していた頃のエピソードです。私が公認会計士として開業登録をしたのは2000年代前半で、その前提となる「会計士補」の資格を取得し、開業したのは前世紀末頃です。つまり、試験勉強をしていた時代からは、既に20年近い年月が経過してしまっているのですが、どうしても忘れられない個性的な人々がいます。本日はその中から一人、「Fさん」という人のエピソードを紹介したいと思います。
前提:昔の公認会計士試験制度
前提条件として説明しておかなければならない点があります。それは、昔の公認会計士試験制度です。
昔の公認会計士試験は、「超難関試験」だと言われていました。公認会計士になるためには、まず高卒レベルの学力を確認する「公認会計士第一次試験」を受験し(※ただし大卒者や大学で単位を取得した場合は免除)、そのうえで「公認会計士第二次試験」を受験し、合格すれば「会計士補」の開業登録が可能でした。そして、そこから実務経験と実務補習を積み、順調にいけば3年後に「公認会計士第三次試験」に合格し、晴れて「公認会計士」の開業登録が可能になる、という「遠大な」道のりです(※試験制度等の変更に伴い、現時点で「会計士補」の資格は廃止されています)。
もっとも、公認会計士試験を「第一次試験」から受験する人はほとんどおらず、多くの人は大学在学中に単位を取得し(または大学を卒業し)てから「第二次試験」を受験します。そして、当時は人材不足だったという事情もあり、「第二次試験」に合格して会計士補の資格を取れば、たいていの人は問題なく大手監査法人に就職可能でした。「第三次試験」を受験するための実務要件についても、普通に監査法人で仕事をしていれば、たいていの場合、問題なくクリアできます。きちんと仕事をすれば、きちんと給料も出るため、生活していくことに問題はありませんし、「第三次試験」も初年度受験者の場合、合格率は実質8割程度でした(もっとも、何度も落ちる人もいましたが…)。
したがって、やはり「公認会計士第二次試験」が最大のヤマ場だったことは間違いありません。しかし、この「第二次試験」が「とてつもなく難関」とされており、大学を卒業してから何年も受験勉強を続けている人が多かったのが実情です。当時の「三大難関資格試験」といえば、「司法試験」、「公認会計士第二次試験」、「不動産鑑定士第二次試験」だったと思います(※不動産鑑定士第二次試験ではなく国家Ⅰ種を挙げる人もいましたが)。
※なお、私はいわゆる「旧試験」の合格者であり、最近の試験制度や出題傾向等については全く詳しくありません。したがって、現在の試験制度や出題傾向などについては疎く、公認会計士を目指す方がいらっしゃるなら、資格試験専門のウェブサイトを見るなり、専門学校に相談するなりしてください。
長くやれば良いというものではない
ここからが本論です。
実際に自分自身が旧公認会計士試験を受験してみて思ったのは、「合格するためには勢いが必要だ」、ということです。公認会計士試験を受験するための市販の独習用教材は整っていないため、圧倒的多数の受験生が「資格受験専門学校」を利用するのですが、受験専門学校に行くと、自習室で「ヌシ」のように座っている人もいました。よくよく話を聞いてみると、「2年本科」(つまり2年で合格する目標のコース)で受験に失敗し、さらに2年、3年と勉強を続けている人も多いようでした。何回も受験しているために、たいていの試験問題にも慣れている、というパターンもある一方で、何年も勉強しているはずなのに全く合格レベルに達しないというケースもあります。ひどい場合には、大学生だった20代のころから受験勉強を始め、数年(場合によっては10年前後)受験勉強を続けているのに、まったく合格できない、という人もいました。
逆に、受験専門学校に入学し、1~2年という短期間で合格してしまう人もいたので、この手の資格試験は「勢いをつけて勉強し、さっさと合格してしまう」のが成功だと思うようになった次第です。
超高学歴のFさん
私が某受験専門学校で勉強をしているときに知り合った「受験生仲間」の中で、特に印象に残っている人がいます。仮にその人を「Fさん」としておきます。
Fさんは私よりもちょうど10歳年上で、聞くところによると大阪大学(!)を卒業し、近畿圏の某一流家電メーカーに就職されたという経歴をお持ちです。さらにFさんは、20代の頃に社費でアメリカに留学し、MBAの資格まで取って帰ってきたとか。経歴だけを聞くと、非常に優秀な方です。しかし、Fさんは30歳を過ぎたあたりから「会社で浮き始めた」のだそうです。Fさん曰く、
「僕は在籍していた会社の中で権力闘争に巻き込まれたから会社を去った」
ということで、当時まだ社会人経験のなかった私としては、「会社に就職すると、権力争いとか、随分と大変なんだな」と漠然と感じたものです。
ただ、私自身もその後の人生で、それなりに組織での仕事を経験しましたが、一般的な日本の会社では「30代そこそこのビジネスマン」はまだまだ「若手」です。そんな若手が権力闘争に巻き込まれるなど、非常に考え辛いところです。Fさんが所属していたのは典型的な日本企業であり、私の感覚だと、「部長に昇格できるかどうか」「役員に昇格できるかどうか」が見えてくるのは、どんなに早くても30代後半で、標準的には40代半ばごろからではないかと思います。
私を含め、当時の若い受験生たちはそんな事情を知る由もありませんでしたので、「Fさんは優秀だから権力闘争に巻き込まれた」と素直に信じた人もいたようです。ただ、私自身はFさんの
「僕は転職業者に公認会計士試験を受験しようと相談したところ、『あなたの転職価値は現在が最大です』と言われて激高し、意地でも公認会計士試験に合格してやろうと思った」
という発言を聞いたときに、「Fさんの発言は何か怪しいな…」と感じたのも事実です。その後、私は20代半ばで会計士補として開業登録したのですが、どんな会社でも最初に入社すれば「下積み作業」が待っています。若いからこそ耐えられるのですが、仮にFさんがその後、30代後半で公認会計士第二次試験に合格したとしても、そこから会計士補として「下積み作業」には耐えられなかった可能性もあります。
資格試験に逃げるな!
Fさんにアドバイスをしたという「転職業者」が言ったという「あなたの転職価値は現在が最大です」という真意を、私なりに汲み取って解釈すると、次の通りです。
- Fさんは30代半ばと、ビジネスマンとしては働き盛りの年齢に差し掛かっている
- 「公認会計士第二次試験」を受験していると、順調に行ったとしても、公認会計士になるのは40代前後だ
- 監査法人でキャリアを積むにしても、いささか年齢が高すぎるし、いくら公認会計士の資格を持っていたとしても、年齢が高すぎると転職は困難だ
- 幸い、Fさんは大手企業での勤務経験に加え、MBAの資格も所持している
- それならば、転職先があるうちに、さっさと転職すべきだ
30代半ばにもなって、その程度の判断もできないFさんにも呆れますが、「意地でも公認会計士試験に合格してやろうと思った」と、その場の感情で重要な人生の意思決定をしてしまったのも大きな失敗でしょう。
実は、Fさんは専門学校へのコース申し込み後、しばらく真面目に授業にも出ていたのですが、次第に休みがちになり、身だしなみも目に見えて不潔になり、やがて、専門学校の休憩室のベンチで、人目を憚らずに、だらしなく寝転がるようになりました。そんなFさんはある日、ボソッと「女房と離婚が決まった」とつぶやき、その後、次第にFさんの姿を見かけなくなり、やがてフェード・アウトしていったのです。Fさんがどうなったのかについては、私は存じ上げません。
働く意味、学ぶ意味を考えよ
非常に当たり前の話ですが、人間は働き、学ぶことで生きています。もちろん、仕事をしなくても生きていけるほどの資産があれば、働かなくても生きていけます。しかし、Fさんの事例のように、どこか「タガが外れてしまった人」は、次第に生きる気力を失っていくように見えるのです。
いまの私が仮にタイムスリップし、当時のFさんと会えるのならば、アドバイスしたいことが一つあります。それは、
「人間、本当に権力闘争で会社を去る時には、権力闘争に負けたとは自分からは言い出さないものだ」
ということです。Fさんの場合、学歴も高く、職歴も一流企業で、しかもMBA資格までお持ちなのですから、おそらく公認会計士試験など受験しなくても、それなりの会社にそれなりの待遇で転職することができたはずです。今になって考えると、Fさんは「権力闘争に敗れた」のではなく、単に「頭でっかち」過ぎて、会社で浮いてしまって、何となく会社に居辛くなって辞めてしまった、というのが実情ではないかと思います。そして、転職斡旋業者から紹介された会社は、Fさんが勤めていた会社とくらべて、「世間的なグレード」が遥かに下だったのかもしれません。もしそうだとしたら、プライドの高いFさんにとってはそれが耐えられなかっただけではないかと思います。
何の資格を取るのか、どこの会社で働くのかは、世間体だとか見栄えだとかを考えるのも仕方がないことです。しかし、人間は結局、その人のことを「必要としてくれる」仕事をするのが一番幸せです。Fさんは30代半ばにもなって、勤めていた会社を辞め、奥様とも離婚し、身だしなみも日に日に不潔になり、最後は予備校にも居辛くなってドロップアウトしたのかもしれません。Fさんがどこかで幸せに人生を再構築されていると非常に嬉しいのですが、こればかりは私には調べようもありません。
いずれにせよ、Fさんと会ったことで、皮肉なことにFさんを反面教師として、私自身「自分が本当にやりたいことは何なのか」「自分の本当の強みは何なのか」を常に考えるという癖がつきました。このこと自体はFさんに感謝したいところです。「自分はなぜこの仕事をやっているのか」、「自分はなぜこの資格を取ろうとしているのか」については、是非一度、じっくりと考える機会を持つとともに、定期的に自分のスキルを棚卸すると、よりよい人生を送ることができるのではないかと思うのです。
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