日露首脳会談と国益
本日2本目のエントリーは日ロ首脳会談に関する報道発表と、その狙いに関する考察です。
友好的な日露首脳会談
ロシアを訪問した安倍晋三総理大臣は、ロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談。両国首脳は次の内容で合意しました(図表)。
図表 日露首脳会談の合意事項
項目 | 内容 |
---|---|
プーチン大統領の年内訪日 | プーチン氏が訪日し、安倍総理の地元・山口県で12月15日に首脳会談を開く。同訪問に向け平和条約締結交渉を含む政治分野や経済分野などで準備を進める |
APECでの首脳会談 | 11月にペルーのリマで行われるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会合の際に,再び首脳会談を行う |
平和条約締結問題 | ソチでの会談を踏まえ「新しいアプローチ」に基づく交渉を進めることで合意 |
経済協力 | 両首脳を始め日露の会談出席者の間で議論が行われ、中小企業交流の拡大、エネルギー協力、極東の産業振興・輸出基地化等、今後協力の具体化に向けた議論を深めていくことで合意 |
【(出所)外務省ウェブサイト「第2回東方経済フォーラムの際の日露首脳会談」】
一言でいえば、非常にざっくばらんとした「和解モード」です。ロシアは極東地域の経済開発が長年の国家的課題であり、この分野で莫大な技術・資本を有する日本への期待は昔から根強いものがあります。しかし、両国の平和条約締結と経済協力を阻んできたのは、北方領土問題です。
ソ連は昭和天皇の終戦の「玉音放送」が流された1945年8月15日以降に、日本が抵抗できない状態にあるにもかかわらず千島列島に侵攻。南樺太と合わせて不法に占拠し、今日に至ります。その間、日本は「千島・樺太を返せ」と言わず、きわめて控えめに、「北方四島」だけの返還を求めてきました。しかし、戦後71年が経過しているにも関わらず、対話を通じた返還交渉には進展がみられません。
私は日本の外務省の無為・無策には強い憤りを感じていますが、それと同時に、「日本が北方領土に武力侵攻してこれらの領土を取り返す」というのも極めて非現実的です。今回、安倍総理がプーチン大統領との間で「経済協力先行型」の両国関係改善を持ちかけたのは、後述する理由とあわせると、とても正しい対応です。
FT読者の視点
ところで、珍しく外国メディアが安倍・プーチン会談に注目しています。英FTは東京発で、次の記事を掲載しています。
Putin and Abe make conciliatory noises over disputed islands(英国時間2016/09/02(金) 11:22付=日本時間2016/09/02(金) 19:22付=FTオンラインより)
FTといえば昨年、日本経済新聞社に買収されたメディアでもありますが、記事を執筆したのはRobin Hardingという東京在勤の記者で、日本に対して強い偏見を有しているのではないかと思しき記事も数多く配信しています。しかし、今回の記事では、「国内で強い政治基盤を有するアベ(=安倍総理のこと)が北方領土問題に腰を据えて取り組むことを示したものだ」と記載されており、「当たらずしも遠からず」、という状況です。
ただ、FTの報道記事自体は日本のメディアと大して変わらないのですが、興味深いのが読者コメントです。実は、Robin Harding記者の記事には大して読む価値がありませんが、記事のリンクを紹介した理由は、読者コメントにあります。
「日本はウクライナ問題でロシアに制裁を課している国の一つだ。制裁を解除することから始めなければ領土問題は進展しないだろう。さらにロシアは過去にアラスカを米国に譲渡するという『過ち』を犯した。この国が同じような過ちを犯すことは考えられない」
なるほど。外国の読者だと、ロシアの歴史から領土問題を眺めているのでしょうね。なかなか興味深い視点です。
ウクライナ問題でのロシア制裁を解除すると…
もちろん、日本も「西側諸国」の一員ですから、ウクライナ問題でのロシア制裁を簡単に解除することは難しいでしょう。欧米諸国が日ロ関係の改善に警戒を示す可能性があるからです。しかし、安倍総理がロシアとの国交改善を急ぐのには、理由があります。それは、「中国封じ込め戦略」です。
考えてみれば、昨今の国際情勢は「中国にとって失敗ばかり」といえる状況です。というのも、対ASEAN外交は南シナ海での領有権主張で大失敗に終わっており、特にフィリピンでは、せっかく今年6月に「親中派」の大統領が就任したというのに、早速「反中」に転向しています。一方、習近平(しゅう・きんぺい)国家主席が就任するのとほぼ同時に就任した朴槿恵(ぼく・きんけい)韓国大統領は、最初こそ「反日」姿勢を強硬に打ち出していましたが、昨年の「慰安婦合意」以降、反日は鳴りを潜めてしまい、それどころか朝鮮半島へのTHAAD配備が決定されてしまいました。「子飼い」の北朝鮮は核武装を宣言しており、相次ぐミサイル発射で国際的な緊張も高まっています。
なにより、肝心の米国が、いまや中国を「敵」とみなしています。アジアインフラ開発銀行(AIIB)構想で米国を激怒させたことがその根源にあると見られますが、尖閣諸島周辺海域で日本を挑発したものの、米国は南シナ海に続き東シナ海でも中国を牽制。この海域からの撤退を余儀なくされています。そんな中国が「藁にもすがる」思いで関係を強化している相手が欧州(特に英国とドイツ)です。これらの国々との関係を強化することで、中国は起死回生を図る狙いがあると考えて良いでしょう。
確かに、日本としてもロシア制裁を解除すれば、西側諸国から批判を受けることは間違いありません。しかし、日本としても「対中封じ込め戦略」という合理的な国益に従って行動しているのであり、ロシアとの関係改善は現在の日本の国益に合致しています。欧米諸国が日ロ関係の改善を牽制するなら、日本も欧中関係の改善を牽制すべきでしょう。それが外交です。
いずれにせよ、今年のG7首脳会合を成功裏に終わらせた安倍外交の今年後半の焦点は、北方領土問題を含めた日ロ関係にあるとみて良さそうです。
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