尖閣有事のリスクにどう対処するか
尖閣周辺海域で公船を含めた中国船が多数出現するなど、東シナ海・尖閣諸島で緊張が高まっています。ただ、この問題は「日本が譲歩すれば解決する」「憲法第9条第2項を守っていれば良い」という単純なものではないことは事実ですが、だからといって直ちに日本が中国と「交戦状態に入る」ということも避けなければなりません。そこで、本日は「現在の日本が」、「何を」やるべきかについて、議論したいと思います。
原爆忌について
本論に入る前に、本日は長崎の原爆忌です。犠牲となられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げたいと思います。これまでも何度も繰り返してきたとおり(そして今後も繰り返していくつもりですが)、私自身、人類と核兵器は共存できないと考えていますし、核兵器はいずれ廃絶しなければなりません。ただ、その一方、国連の常任理事国が全て核保有国であるという現実についても見つめなければなりません。
日本は世界で唯一の被爆国であり、多くの方々が国際法違反の2発の原子爆弾により命を落とされたことを忘れてはなりません。しかし、それと同時に、現実の国際社会は、「戦争ハンターイ」「憲法第9条第2項を守れ!」などのスローガンを叫んでいれば戦争が起こらない、などという単純なものではないことも事実なのです。
繰り返しになりますが、我々は人類の共通目標である「核兵器廃絶」を見据えなければなりませんが、それと同時にスローガンを叫んで思考停止に陥るということは避けなければなりません。このことを、私は何度も訴え続けて行こうと思います。
戦争は「向こうからやってくる」
日本が広島原爆忌を迎えた8月6日(土)早朝、200隻を超える中国船が沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域に出現。また、今回、接続水域に侵入した中国船には公船(中国海警局)のものが6隻含まれていましたが、侵入する公船はその後増大しており、日中間の緊張が一気に高まっています。
事実関係を確認しておきましょう。関連する外務省のウェブページは現時点で四つあります。
- 尖閣諸島周辺の中国海警船舶等に関する中国側への申入れ(午前)
- 尖閣諸島周辺の中国海警船舶等に関する中国側への申入れ(午後)
- 中国公船による我が国尖閣諸島周辺の領海への侵入(午前)
- 中国公船による我が国尖閣諸島周辺の領海への侵入(午後)
これを図表に取りまとめておきましょう(図表1)。
図表1 中国公船の侵入状況
時間 | 出来事 | 公船数 |
8月6日午前8時5分頃 | 次の中国船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に出現 ● 海警船舶6隻(うち外観上武器を搭載している船舶が3隻) ● 中国漁船約230隻 | 6 |
同日・午後2時17分 | 中国海警船舶1隻が新たに接続水域に入域 | 7 |
8月7日午前9時頃 | 中国公船2隻が新たに接続水域に入域 | 9 |
同日・午前10時頃 | 中国公船2隻が領海に侵入 | ― |
同日・午後 | 中国公船2隻が領海に侵入、中国公船2隻が新たに接続水域に入域 | 11 |
ここまで来ると、中国側による日本への挑発(や様子見)というよりも、むしろ中国が積極的に、日本との武力衝突のリスクを高めに来ているようにも見えます。ただ、日本側には日本国憲法(特に第9条第2項)に「国際紛争を解決する手段」としての「国の交戦権は、これを認めない」とする規定が設けられています。もしかすると中国側は、「日本側から軍事衝突が発生するリスクは非常に低い」と高をくくっているのかもしれません。
しかし、これを日本側から見れば、国際的な不法行為を行っているのが中国側であるというのが事実であるのに、憲法の制約上、中国の船舶を領海から強制排除することが難しいのが実情である、ということです。いつもの私の持論ですが、「戦争ハンターイ」と唱えたところで、戦争が発生しないというほど、国際社会は甘いものではありません。日本が好むと好まざるをかかわらず、戦争は「向こうからやってくる」こともあるのです。
危なっかしさを増す中国
ところで、今回の事件について、少し日本の立場を離れ、中国から見てみましょう。私の仮説は、「中国が内政・経済・外交のすべてで行き詰まりつつある」、とするものです。中国は経済・政治両面で行き詰りつつある中、「領土獲得」に「活路」を見出そうとしているのだとすれば、それは極めて危なっかしいことです。
中国は2008年9月に発生したリーマン・ショックの際にも、経済成長率に目立った減速は見られませんでした(少なくとも「統計上は」、ですが)。しかし、世界的な景気後退対策として、中国全土で「4兆元規模の経済対策」(当時の為替相場で約50~60兆円!)が施されるなどしたことを受け、各地の環境破壊も進んだほか、中国各所に「鬼城」(ゴースト・タウン。誰も人が住まない都市)が出現するなど、中国全土で相当の不良資産が積み上がっていることが想定されます。
もともと、中国には政治的自由がなく、官僚・政治家の腐敗に対し人民が不満を申し立てる術はありません。さらに、急速な経済発展に伴い、社会格差が増大しています。こうした状況の中、今までであれば「経済発展」が中国の人民の不満を逸らす材料だったのですが、「頼みの綱」である経済発展にも行き詰まりが出ています。
中国が抱える問題点を集約すると、図表2の通りです。
図表2 中国が抱える4つの問題点
分野 | 概要 | 備考 |
政治腐敗 | 特権を持つ共産党幹部の政治腐敗が進行するも、政治的自由がないため、人民は不満を表明する手段を持たない | 政治的な特権階級が企業の経営者らと癒着するなどの不正競争も存在 |
社会格差 | 特権的な階級と一般人民との経済格差が深刻に | 富が社会的な権力者に集中する傾向も |
環境破壊 | 強引な開発により各地の環境が破壊されている | ダム開発に伴う大規模な立ち退きが問題となったことも |
経済構造 | 「総固定資本形成」と「輸出」だけで国内総生産(GDP)の8割近くに達する | 日米など先進国の多くでは、消費支出がGDPに占める割合は半分を超える |
そして、私自身が「特に深刻だ」と考えているのは、投資(専門用語で「総固定資本形成」)が国内総生産(GDP)に占める比率が40%程度に達している点です。つまり、「誰も住まない大都市」「用途のわからない建物」などは、いずれもこの国の経済が過度に投資に依存していることの証拠であるとともに、この国の経済成長が「持続不可能なもの」である、という証拠でもあります。
中国は特に2008年以降、軍事面(海洋進出の積極化)、経済・金融面(AIIB・アジアシルクロード基金の設立、人民元のIMFのSDR入り推進など)で「世界の覇権を取る」ことを積極化しています。しかし、今年7月12日に、オランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所(Permanent Court of Arbitration, PCA)はフィリピンが中国を相手取った国際訴訟で中国の全面敗訴判決を下しました。中国政府当局は「PCA判決に従わない」と宣言しているのですが、これを受けて、いわば世界的に「中国は無法国家だ」といったイメージが広がる兆候があります。
実際、7月にモンゴル・ウランバートルで行われた「アジア欧州首脳会議」(ASEMサミット)の場でも、各国から中国に対し国際法の順守を促すよう要請がなされました。私のうがった見方かもしれませんが、「国内政治もダメ、社会格差の解消もダメ、環境問題の解決もダメ、そして頼みの綱だった経済がダメ」になる中、中国の習近平(しゅう・きんぺい)政権は、領土的野心を実現することで国威発揚を目指しているのかもしれません。しかし、こうした姿勢が7月12日のPCA判決を通じ、国際社会から受け入れられないという事実を突きつけられている、というのが現状でしょう。
中国公船の侵入は「日本のせい」?
余談ですが、この一連の事件に関する報道の中で、最も違和感があるのは、私が見たところ、次の記事です。
沖縄・尖閣諸島海域に中国船240隻 仲裁裁支持の日本に反発(2016年8月7日付 毎日新聞東京朝刊より)
毎日新聞は今回の中国側による侵入事件について、
「南シナ海をめぐる仲裁裁判所の判決が示され、日本はアジア欧州会議(ASEM)首脳会議などの場で、中国に受け入れを迫り、「中国は外交舞台でコーナーに追い詰められ、強硬姿勢を取る必要に迫られた」(北京の外交関係者)。中国海軍は1日、東シナ海での戦闘を想定した実弾演習を実施し、今回、海警と漁船の同時行動に至った。」
と論評しています。この毎日新聞の報道だと、「安倍晋三総理大臣が中国に国際法遵守を強く迫りすぎたため、中国としてもやむなく強硬姿勢を取らざるを得なくなった」、つまり「今回の中国船侵入事件の原因は日本にある」、とでも言いたいのでしょうか?「8月6日から中国籍船舶が尖閣諸島接続海域に侵入し始めた」という客観的な事実に、「その理由は日本が中国にPCA判決を受け入れるように強く迫ったからだ」という毎日新聞記者の分析(というか「北京の外交関係者」の主張)が混ざっており、こんな記事を垂れ流す毎日新聞社を、もはや「報道機関」とは呼べません。
日本はどうすれば良いのか?
私ごときが「外交について提言する」のもおこがましい話ですが、もし安倍総理に本件で進言申し上げることができるならば、
- 日本は中国に国際法遵守を求めるという点では、全く譲るつもりはないこと
- 尖閣諸島に中国人が上陸した場合、ただちに強制排除すると明確にすること
- ただしあまり中国政府を刺激しすぎないこと
の3点を求めたいと思います。
ただ、中国が内政でも経済でも外交でも行き詰まりを見せる中、中国軍の「暴発リスク」は日に日に高まっています。もちろん、「軍事的衝突」など、発生しないことが一番良いに決まっているのですが、こればかりは中国の国内事情であり、我々日本人にはどうしようもできません。そして、この問題を巡っては、「日本政府だけが」何かをしなければならないという代物ではなく、我々日本人が「日本全体の問題として」とらえなければなりません。
そうであれば、日本政府、日本企業、日本国民まで含めた「日本全体でのリスク管理」こそが重要です(図表3)。
図表3 日本に求められるリスク管理
項目 | 具体的内容 |
「尖閣有事」を回避する努力 | 尖閣諸島は日本領であり、中国の当局者(海警、人民解放軍を含む)が上陸したら直ちに強制排除するという意思を明確にすることで、「尖閣有事回避」に向けて努力する(日本政府) |
中国リスク低減 | 中国に進出している企業は、中国全土における反日衝動の高まりに備え、不要・不急な対中投資を手控える(日本企業) |
周辺国援助 | フィリピン、ベトナムなど、「中国リスク」に直面しているアジア諸国への直接・間接的援助を行う |
もちろん、私自身も、図表3に示したような項目だけで、「尖閣有事」をはじめとする中国軍の暴発リスクを完全になくすことができるとは考えていません。これらには、せいぜい、軍事的暴発事態の発生を「先延ばし」する効果しかありません。ただ、それでも中国の「暴発リスク」にしっかりと備えることが、現在の日本には求められているのです。
ただし、日本政府・日本企業・日本国民がどれだけ努力したところで、実際に中国人民解放軍が尖閣諸島に武力侵攻してきた場合には「お手上げ」です。特に、憲法第9条第2項が存在するため、日本側から明示的に中国に対して「宣戦布告」を行うことはできません。
そう考えるならば、「小手先のリスク管理」だけではなく、やはり究極的には、国防をしっかりと考えるという姿勢こそが求められているのではないでしょうか?
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