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「ホームレスを排除する新宿区の意地悪ベンチ」の正体

「ホームレスを排除するために新宿区が設置した山型に盛り上がった排除ベンチ」を報じた記事が、ちょっとした話題となっています。ベンチの形状から、ベンチに寝っ転がることができないことから、これはホームレスなどに対する嫌がらせだ、といった指摘も、SNSでは殺到しているというのです。ただ、元記事に対するツッコミどころの多さもさることながら、興味深いのは「疑惑の渦中」にある吉住健一・新宿区長自身が問題のベンチについてコメントしていることではないでしょうか。

「意地悪な排除ベンチに批判殺到」=週刊誌報道

ウェブサイト『スマートフラッシュ』が25日、こんな記事を配信しました。

「結局誰にも快適じゃない」新宿区が公園に設置した“意地悪ベンチ”露骨な「行政の悪意」に批判殺到

―――2024/03/25 17:42付 Yahoo!ニュースより【SmartFLASH配信】

『スマートフラッシュ』は「ここ数年、座りにくい公園のベンチが増えた」として、その実例として、とあるXのアカウントにポストされた「新宿区の新手のベンチ」を紹介します(元ポストは記事をご参照ください)。

『スマートフラッシュ』によると該当するベンチが設置されている場所は「新宿区立さつき公園」だそうで、グーグルマップのストリートビューで確認すると、このXのポストと同じベンチが設置されているのが確認できます。

なるほど、たしかに通常であればフラットになっているはずの座面が山型に盛り上がっており、これだとベンチに寝っ転がるのは難しそうです(なお、『これじゃ弁当も、飲み物も置けない! 新宿区の信じられない“意地悪ベンチ”』というリンクを踏めば、問題のベンチの写真が確認できます)。

この形状だとたしかに寝そべることはできない

『スマートフラッシュ』はこのベンチについて、一般ユーザーによるベンチに対する批判コメントをいくつか紹介したうえで、「『行政の悪意』といわれても仕方のないベンチの形状に、批判の声が殺到した」と指摘。実際に同誌の記者が現地に取材に出掛け、横たわってみて、こう述べています。

横たわることはできたものの、寝返りでも打とうものなら、一瞬で転げ落ちることは間違いないであろうことを確信した」。

こうした「排除ベンチ」、この新宿区の事例以外にも、座面に仕切りが設けられているものなどもあるそうですが、こうしたベンチのなにが問題なのでしょうか。

『スマートフラッシュ』は「週刊誌記者」の説明を引用するかたちで、「2020年11月16日に渋谷区のバス停で、仕切りのあるベンチに寝そべることができず、座っていたホームレスの64歳の女性が殺害された」などの事件が発生しているなどと指摘。

SNSに寄せられた批判的な声を取り上げたうえで、「そんな声を、行政はどう聞くのだろうか?」と問題提起しているのです。

ホームレス襲撃事件と「排除ベンチ」、関係ある?

正直、この記事にはツッコミどころがたくさんあって戸惑いますが、その最たるものは、「ホームレス女性殺害事件」と「排除ベンチ(※原文ママ)」の間に、論理的な因果関係が認められないことです。

この点、記事に出て来る「ホームレス女性殺害事件」は、たしかに非常に悲しい事件ではあります。

また、事件の5日後に母親に連れられて近くの交番に出頭し、逮捕された被疑者の男性(当時46歳)が、その約1年半後に自ら命を絶ったことで、被告人の死亡により起訴が取り下げられるなどしたため、その犯行動機などについてはよくわかっていません。

私たちは誰もが社会的弱者に転落し得るわけですし、ホームレス生活に追い込まれ、理不尽な死に追いやられた女性に対しては本当に気の毒だと思いますし、行政や社会がもっと手を差し伸べてあげられなかったのかという気持ちもあります。

ただ、「排除ベンチ」とやらのせいでその事件が発生したとする説明は、意味不明です。もしもそのバス停に「排除ベンチ」ではなく、寝そべることが可能なベンチが設置されていたならば、この事件は発生しなかった、というものでもないからです。

もっといえば、もしそこに寝そべることが可能なベンチが設置されていたとしても、加害者の男が被害者女性に殴りかかっていたかもしれません。

また、新宿区の事例でいえば、たしかにこのベンチはあまり見かけないものでもありますし、SNSで批判的な声が寄せられていることも間違いないのだと思いますが、これに対して「そんな声を、行政はどう聞くのだろうか?」と締めているのも、ちょっと一方的な気がします。

吉住健一・新宿区長自身が反論

ところでこの話題、記事が報じられたのが月曜日であり、SNSなどの一部界隈では話題になっていたようなのですが、ある理由があって、当ウェブサイトではしばらく様子を見ていました(ただし、申し訳ないのですが、その「理由」については当ウェブサイトで明らかにすることはできません)。

これについて、「待っていれば新宿区から反論が出て来るのではないか」と思っていたところ、意外な人物からこんなポストが出てきました。

ポストした人物は、なんと、新宿区長の吉住健一氏です。

吉住氏は「#拡散希望」のハッシュタグとともに、こんな趣旨の内容を指摘しています。

  • このベンチの形状は約30年前から近隣住民の要望を受けたもの
  • 目的はホームレス対策ではなく住宅地における夜間の騒音防止である
  • 地元からの苦情はない

ベンチの役割は「寝るため」ではなく「座るため」

この3点の指摘で、記事の「問題のベンチはホームレスなどを排除するためのベンチ」、などとする記述が正しくないことだけでなく、報じた元記事が区役所に取材すらしていないことが判明した、というわけです。

せっかく記者本人が現地の公園に出掛けて寝そべろうとしたわけですから、記事の末尾で「そんな声を、行政はどう聞くのだろうか?」と問いかける前に、その公園からさほど離れていない新宿区役所に行って、みどり土木部のみどり公園課に話を聞きに行けばよいのに、などと思わないではありません。

ただ、山型に盛り上がった形状のベンチ、座り心地はどうなのでしょうか。

これに関しては吉住氏がもうひとつ、自身で飲み物と書籍を持って腰かける写真をXにポストしています。

なるほど。

元記事で「寝っ転がることができない排除ベンチ」などと批判されていたこのベンチ、「座るためのもの」という観点からは、何も問題なく利用できることがわかります。

というよりも、そもそも公園やバス停などのベンチの本来の用途は「座る」ためであり、「寝っ転がる」ために設置されているものではありません。「座るため」の機能が十分なのであれば(そして現実に住民から苦情も出ていないのであれば)、その時点で、問題の記事は言いがかりではないかとの疑念が払拭できません。

ちなみに吉住区長に対しては、「貧血気味の時にベンチで横になって休めないのが困ります」、「地面に寝そべるか、クラクラしながら注意散漫で帰宅するのが良いのでしょうか?」、といった批判コメントも寄せられているのですが、これも正直、よくわかりません。

吉住区長はこれに対し、ベンチは「あくまでも椅子であってベッドではありません」としたうえで、問題のベンチについては「腰を掛けることは可能」なので「一時的な休息としてご利用いただく」か、公園内にある「その他の腰を掛けられる設置物」を利用してほしいと返答しています。

これについては吉住氏の意見もさることながら、やはり重要なのは、問題をきちんと切り分けることです。もしも頻繁に公園のベンチで休まなければならないほど深刻な貧血なのだとしたら、それはもはやベンチの問題ではなく、貧血の問題――その人が適切な治療を受けているかどうか、という問題ではないか、などと思う次第です。

ネットで直接反論が可能な時代に!

いずれにせよ、インターネットが出現する以前であれば、区役所なども一方的な報道に反論する手段が限られていましたが、現代社会ではこうやって、メディアによって非難されている張本人が反論する機会が生じている、という点に関しては間違いないでしょう。

新宿会計士:

View Comments (13)

  • こういう時に理性的に対応する事の大事さを表したケーススタディですね。これは。

  • 「ホームレスを排除する新宿区の意地悪ベンチ」が政治問題になった場合、これは小池百合子(東京)都知事の責任になるのでしょうか。岸田総理の責任になるのでしょうか。

  • >そんな声を、行政はどう聞くのだろうか?

     行政でも企業でも、「なんでもかんでも言うことを聞かない」という気概を持つことの方を希望します。耳を閉ざすでは困りますが、正当性の判断をしっかりしてもらえれば。

  • フラットに読むと、元記事は「行政への悪感情を喚起拡散増幅すること」を目的に作成公開された、と受け取れまする。
    設置されたベンチへの疑議を表すにあたり、当該ベンチ設置した行政の見解に触れることなく記述を結んでいることからも明白かと。
    こうした「報道のフリをしたプロパガンダ」を撒き散らすことが、既に逆効果をもたらしつつある現状に目を瞑るまま退場してゆくことにも…ナンラカノ意味在るやな

  • 公園の紹介のHPがいくつかあったので見てみました。

    滑り台や鉄棒があり元々は砂場もあって、その砂場の2面にL字型の大きなベンチがありますね。

    ですが最近の砂場の衛生問題の為でしょうか、かなりの逆さの網で囲われて砂場とくっついたベンチは利用禁止になってます。

    地域の住民から何もないのは、幼児や高齢者の利用がないためとも言えます。

    大人が利用できる高さで幅ですと小学生以下は使わないでしょうね。
    80代以降のお年寄りも背もたれがなくお尻の下が木の板1枚ですと安定を気にする方は使いませんね。もしかすると75歳以上の後期高齢者世代がすべて当てはまるかもしれません。

    昼間利用が考えられる世代の利用しやすさが考えられていないので利用者がなく意見が出ない公共の施設と言ったところでしょうか?

    集団就職の団塊の世代が若かりし頃、公園デートをした時代なら現役世代の利用が見込まれますが今の世の中ですと対象者が違うように見えますね。
    利用対象を絞ってリサーチするべきと思います。

  • >>>目的はホームレス対策ではなく住宅地における夜間の騒音防止である

    なるほど!この形状のベンチにすると騒音が無くなるんですね!?

  • 公園の騒音と言えば、長野市の騒動があったし、都下のある市では、近隣住民のクレームで公園の子供達が遊ぶ噴水を移動させるか廃止させるかの裁判結果があった。
    夜間、不埒な輩が公園で騒ぐのは、近隣住民にとっては地獄のような迷惑だ。
    公共の利益と個人の利益(又は損害)との相剋(囚人のジレンマ)を、常に念頭において議論を深める必要があるだろう。
    それを、短絡にも、ホームレス対策とは?
    ホームレス対策は、既に別の手法で行われており、今や、公園にホームレスはいない。そんな情報も知らずに、頭の中で話を作り上げる。これに、提灯が着くのも、世に短絡人間が多いということか?

  • 区長さんみずからのご説明で
    正しく理解ができました。

    「”意地悪”ベンチ」?という
    三文週刊誌さんの
    レッテル貼り画策タイトルは、
    書いた記者さんと週刊誌が
    ”根性悪!”と返ってくる評価を
    受けるべきものだと感じます。

    まあ、
    人権ビジネスでおまんま派の方面は
    こうした記事ネタに頑張るおつもりだった
    のでしょうが。

  • ソースが音羽グループの光文社である時点でお察しを…。
    光文社は日刊ゲンダイ程でないにしろ、反権力思考が強いところですから。
    FLASHや嘗ての週刊宝石の政治的スタンスを見れば分かると思います。

  •  さて、週刊誌の与太記事に脊髄反射して「ホームレスを排除する行政許すまじ!」とイキってた慌て者たちは今どんな気分なんでしょうね。
     もう「無かった事」にしているのかも。

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