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「ドル建てのGDP」で豊かさを論じて意味はあるのか

なんだか、いろいろとツッコミどころが多すぎて困ります。円安に加えて長期的な成長力の低迷から日本のドル建てGDPがG7で最下位となった、などとする記事を、「あの」自称経済新聞が配信。この記事をもとに「アベノミクスで株価は上がったが国民は貧しくなった」、「日本人はドルで生活しているのと同じ」、などと述べている人がいました。なんとも面黒いところです。

なぜ円安は日本経済に好ましいのか

もうすぐ今年も終わります。

個人的に、政治的に対してはいろいろと言いたいことが多々ある1年だったという印象が強いのですが、少なくとも経済に関しては、間違いなく、極めて堅調だったと考えて良いでしょう。

意外と知られていませんが、日本経済は最近、すこぶる堅調です。現在は1ドル=142円前後の為替相場も、11月ごろには一時、1ドル=150円を超える円安となるなど、日本経済は円安の活況にわいているからです。

普段から当ウェブサイトにて指摘している通り、円安は「現在の」日本経済にとって、非常に良い効果をもたらします。改めて指摘しておくと、日本は①製造立国であり、②対外純債権国であるためです。

たとえば、円安によって輸入品物価は上昇してしまうというマイナス効果も生じますが、輸出競争力の伸び、輸入代替効果の発生といったプラス効果が、これらのマイナス効果を大き上回ります。日本は依然として世界に冠たる製造立国だからです。

それに、インバウンド(訪日外国人観光客)はコロナ後で最高水準を維持しており、外国人観光客が日本で落とす莫大なカネも、日本の景気に影響を与えていることは間違いありません。

(※ただし『年間訪日者数は2千万人台回復も…素直に喜べない理由』でも述べたとおり、当ウェブサイトとしては日本が製造立国を捨ててまで観光立国を目指すべきではないと考えている次第ですが、この論点については割愛します。)

また、円安が進めば、外貨建てでおカネを借りている人にとっては借金を返す負担が増えてしまうことになってしまいますが、そもそも日本は対外純債権国であり(『日本の家計金融資産や対外資産は過去最大に=資金循環』等参照)、円安でむしろドル建ての資産の円換算額が増えます。

数字で見た日本経済:GDPは過去最高水準

こうした状況を一覧にしたものが、次の図表1です。

図表1 円高・円安のメリット・デメリット

©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでの引用・転載は自由

では、実際に日本経済は数値で見て、どうなっているのでしょうか。

日本経済が堅調であるという最大の証拠のひとつが、GDPです。内閣府が12月8日付で公開した、2023年7-9月期四半期GDP(第2次速報値)は「名目季節調整」ベースで595兆円、「実質季節調整」ベースで558兆円です。

2023年7-9月期は前四半期比で少しマイナス成長になってしまいましたが、ただ、リーマンショック直後の2009年1-3月期(名目492兆円、実質482兆円)と比べれば、名目ベースでは100兆円以上、実質ベースでも67兆円ほどGDPが増えている計算です(図表2)。

図表2 日本のGDP

(【出所】内閣府『国民経済計算(GDP統計)』データをもとに作成)

2020年9月期に経済が落ち込んでいるのは、コロナ禍が原因でしょうが、その後の経済の急回復は印象的です。このペースで推移すれば、日本のGDPが名目値で600兆円を超えるのも時間の問題でしょう。

民主党政権時代の罪深さ

ちなみにこうやって改めてGDP統計を眺めてみると、やはり「いかに日本が経済成長して来なかったか」については残念でなりません。

とりわけ、2008年9月のリーマン・ショックの影響が経済成長を押し下げたことは間違いないにせよ、その後の長期低迷は、民主党政権時代の失策にかなりの原因があります。

たとえばエルピーダメモリに対する公的支援の打ち切りなどによる半導体産業の低迷、原発を停止して再生可能エネルギー賦課金制度を創設したことによる電力供給の不安定化など、産業政策の致命的な誤りは、現在でも回復できないほどの禍根を日本経済に与えました。

先日の『韓国「韓日一緒に経済圏作ろう」…日本のメリットは?』では、「サムスンに対する半導体補助金200億円、という話題を取り上げましたが、現在の日本にとっては、半導体産業は「韓国から教えてもらう」という状況にまで落ちぶれていることを忘れてはなりません。

求人倍率も過去最高水準

ただ、民主党政権時代に低迷したGDPも、安倍政権以降は緩やかに回復していることが確認できますが、安倍政権の大きな功績はそれだけではありません。有効求人倍率が全国的に1倍を大きく超過し、雇用が大幅に改善したのです(図表3)。

図表3 有効求人倍率

(【出所】政府統計の総合窓口『一般職業紹介状況(職業安定業務統計)』データをもとに作成)

そして、直近四半期においてGDPがさらに強く伸びていることが確認できるなど、安倍・菅政権時代の経済政策が、岸田政権時代に入って実を結びつつある格好です。GDPが過去最大であるという事実については、しっかりと認識しておく必要があることは間違いありません。

GDPはドル建てでG7最下位

こうしたなかで、こんな記事を発見しました。

22年の1人あたりGDP、G7で最下位 円安で順位下げる

―――2023年12月25日 16:41付 日本経済新聞電子版より

日経電子版が12月25日夕方に配信した記事です。無料で閲覧できるリード部分を、敢えてそのまま引用します。

内閣府が25日発表した国民経済計算の年次推計によると、豊かさの目安となる日本の2022年の1人あたり名目国内総生産(GDP)は3万4064ドルとなった。イタリアに抜かれて主要7カ国(G7)で最下位だった。円安が大きく影響したが、長期的な成長力の低迷も映している」。

…。

なかなかに、酷い文章です。

ドル建てのGDPを「豊かさの目安」と表現するのも相当にミスリーディングですが、「長期的な成長力の低迷」とは、この記事を書いた人物はいったい経済の何を見ているのでしょうか?少なくとも直近四半期のGDPが跳ね上がっている事実を、どうして無視するのでしょうか?

「日本人はドル建てで生活している」

しかも、世の中は面黒いもので、この日経新聞の記事をもとに、X(旧ツイッター)に、こんな趣旨の内容をポストしている人物がいらっしゃいました。

アベノミクスで株は上がった(が)しかし国民は貧しくなりました

…。

この人物はまた、「日本の輸入依存度が高い」などとしたうえで、日本人が「ドルで生活しているのと同じ」、などと力説なさっていました。つまり、ドル建てで見たGDPが下がったということは、日本人が貧しくなったという証拠だ、ということでしょう。

この点、GDPをドル建てで表示するのは、GDPの国際比較という意味では意味がありますが、べつに日本人が貧しくなっているという意味ではありません。

また、「日本の輸入依存度が高い」などと力説なさるわりには、その具体的な数値を明らかにしないのも興味深い点です。

念のためツッコミを…

日本の輸入高は2022年実績で119兆円ですが、その内訳のエネルギー(鉱物燃料)が3割弱、PC・スマホといった最終製品が約25%、産業に使用される化学製品や原料別製品・原材料が約25%ほど、衣類・食品などの消費財が20%程度、といったところです(図表4)。

図表4 日本の輸入構造(2022年)
項目 金額 割合
1位:鉱物性燃料 33兆6990億円 28.44%
2位:機械類及び輸送用機器 29兆9617億円 25.28%
うち半導体等電子部品 4兆9032億円 4.14%
うち通信機 3兆7793億円 3.19%
うち事務用機器 3兆3263億円 2.81%
3位:化学製品 13兆3314億円 11.25%
4位:雑製品 11兆7608億円 9.92%
5位:原料別製品 10兆2768億円 8.67%
6位:食料品及び動物 8兆4609億円 7.14%
7位:原材料 7兆8159億円 6.60%
その他 3兆1966億円 2.70%
合計 118兆5032億円 100%
※GDP(2022年4Q) 567兆3903億円

(【出所】財務省『普通貿易統計』データをもとに作成)

しかも、輸入額の119兆円はGDP567兆円に対して20%少々に過ぎません。輸入のすべてがドル建てというわけではないのですが、仮にこれらのすべてがドル建てだったとして、円安の影響で輸入品物価が上昇したとしても、日本経済に与えるインパクトは限定的です。

すなわち、GDP自体をドル建てにして、そのドル建てGDPで「日本人が豊かになった/貧しくなった」、などと論じてもまったく意味がないのです。

ただ、この手の「円安で日本は貧しくなった」とする、「悪い円安論」に基づく主張が、これでもかと出て来るであろうことは、十分な注意が必要ではないか、などと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (27)

  • 超円高のときは海外旅行楽しかった
    とリベラルな人は無邪気に言っているの見て
    仕事が無くて困ってる人から目を背けてるには何なんだろうなと思います。

    あと野党支持者は自分達の失敗を省みないことに疑念を抱きます
    口を開けば有権者は愚かだみたいな恨み言を言い続けてます
    反省しないから有権者に見捨てられるという事が理解できないのでしょう。

  • >ドル建てのGDPを「豊かさの目安」と表現するのも相当にミスリーディングですが、

    思いついたのです♪
    「豊かさ」の定義がないから、新宿会計士様のような突っ込みを受けるんだと思うのです♪

    そこで、こんなふうに書き換えたら良いんじゃないでしょうか?

    日経豊かさ指数(日本経済新聞社が選定した経済指標を元に計算される指数。1人あたり名目国内総生産(GDP)に1を乗じて算出される。)は、3万4064ドルとなった。

    とバカなことを書いてて、ちょっと思い出したことがあるのです♪

    先日、リーダーシップについてのセミナーを受けたとき、講師の先生がいきなり「今はリーダーシップの定義が変わっています」って話出したのです。
    言葉の定義を変えるって、社会学とかは良くあるのかな?って思ったのです♪

    質問者の質問に「質問の内容は、以前の定義だと課題であるが、今の定義では課題になり得ない」って返してたのです♪

    話自体は面白かったんだけど、そういうとこが、ちょっと奇異に感じたのです♪

    • このコメントを読んで、おやっと思いました。
      リーダーシップの定義は、変わるだろうけれど、リーダーシップの機能(役割)は、変わらない、変わるはずがないと思いました。
      wikiによると、リーダーシップの役割とは、
      「リーダーシップが果たす役割は、方向づけ(ディレクション)・焦点合わせ(alignment)・動機づけ(motivation)である」
      https://ja.m.wikipedia.org/wiki/リーダーシップ

      となっています。何と言っても、成果・結果を出す為に、集団をどう機能させるかが、リーダーシップの役割なのですから、その役割を果たす方法論(定義)が、時代や状況によって変わるということでしょう。
      しかし、リーダーシップの役割の事を定義というべきだと思いますが、その講師の話の内容からすると、方法論の事を定義と言ったように取れますね。

      • さより様

        返信ありがとうなのです♪

        >何と言っても、成果・結果を出す為に、集団をどう機能させるかが、リーダーシップの役割なのですから、

        あたしもそう思ってたのです♪
        でも、講師の先生によると、今の定義は「組織内のメンバーが他のメンバーに与える影響力」なんだそうなのです♪

        それで、「組織としての成果を上げるためには、個々のメンバーが他のメンバーに与える影響の方向性が一致させる必要があると思うけど、そのためにリーダーが発揮すべきリーダーシップはどんなものなのでしょう?」って質問に対する答えが
        「個々のメンバーが発揮するリーダーシップに方向付けするのは大切だけど、今の定義ではリーダーシップは組織の責任者だけが発揮するものじゃないから、リーダーシップの話とはちょっと違うものになりますね。」
        みたいな感じだったのです♪

        今の定義といえばそうなんだけど、なんだか煙に巻かれた感じがしたのです♪

        • 七味さま

          この講師さん、リーダーシップ(指導・統率力)とインフルエンス(影響力)を、ごっちゃにしていますね。
          人間が社会的な動物と言われるように集団で社会を構成しないと存在し得ない以上、リーダーシップは必要な機能ですから、リーダーシップが必要無くなることは、あり得ません。
          この講師さん、大した仕事やったこと無さそうですね。
          仕事とは如何にして成果がだされるものなのか?組織とは、どういうもので、どうすれば機能するものなのか?など、基本が分かっていないですね。

          • さより様

            先生の擁護すると、お話し自体は面白かったのです♪

            ただ、それはそういう考えもあるのかって面白さで、組織をどう動かすのかってヒントにはならなかっただけなのです♪

            ただ、お題にリーダーシップってつけるんじゃなくて、メンバー間の相互作用みたいなお題にすればと思ったのです♪

            なんていうか、言葉の定義を変えるんじゃなくて、別の概念は別の名前をつければ良いのになって思うのです♪

          • 七味さま

            >「今はリーダーシップの定義が変わっています」って話出したのです。

            この講師さんが、言っているのは、「サーバントリーダーシップ」のことかもしれません。
            が、定義が変わったのではなく、やり方、方法論が変わったのだと思っています。
            リーダーの役割を実現するためのやり方が、変わって来ているということです。
            従来のやり方を、支配型リーダーシップというようです。

            と言って、サーバントリーダーシップなどという言葉が出てくる前から、リーダーは、支配型とサーバント型を混合させながら、リーダーシップをとって来ていたと思います。

            有名な言葉に、山本五十六の、
            「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」
            「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

            参照先:山本五十六の名言に学ぶ部下育成術
            https://www.jrla.jp/blog/28

            これなどは、サーバントリーダシップに近いやり方でしょう。

            七味さんが言われるように、「定義」という言葉を使うから混乱してしまうのですね。

  • ドル建てGDPで比較、という観点からはずいぶんズレちゃいますが、クルーグマンは貧しくなったどころか「日本は著しい成長を遂げています」なんて書いています。

    ポール・クルーグマンの未来予測!「中国経済は日本のバブル崩壊よりもひどい状態になる」 _ 総予測2024 _ ダイヤモンド・オンライン
    https://diamond.jp/articles/-/335563
    >日本の人口動態と比べて、日本の経済の落ち込みはそこまでひどくありません。人口動態に合わせて調整すると、日本は著しい成長を遂げています。1人当たりの実質所得は45%も上昇しているのです。

    >私が言いたいのは、日本は、繁栄と社会的安定性を維持しつつ、困難な人口動態の問題にいかに対処するかについてのロールモデルになるのではないか、ということです。

  • 本稿にはあまり関係ありませんが、シンNISAの毎月積立額が2000億円という記事を見ました。どれだけが海外に向かうかわかりませんが10%程度しか国内投資に振り向けられないのではと考えています。なんだか19世紀の大英帝国が対外投資が盛んだったのと似ているような気がしますね。NISAも英国のISAをお手本とした制度なのも偶然の一致です。

  • 親中新聞屋も「アベノミクスで上がった株」をも並列に"ドル建て"で論じとんならまだし…、、、まーアレだ、結論ありきで構論するにもチト酷い出来だ『トレタマ』に取り上げられたら終わり、のとおりか…

  • ドイツにGDPが抜かれたと同じロジックですね。

    ユーロはインフレの昂進で金融引き締めでユーロ高、日本は金融緩和を継続しているので円安。
    この結果、ドル建てに換算した場合、ドイツに逆転されただけ。

    ドイツは金利上昇で不動産業は青息吐息で、エネルギーはロシアに強依存で電力料高騰で物価高。
    どちらの国民が幸せなんでしょうかねぇ。

  • GDPがG7で最下位になった責任は財務省だ!って書いてくれればいいのにね。
    「責任を取って財務省は解体した方が良い」まで踏み込んでくれれば尚良し。
    日本下げだけしたい新聞社には無理だろうけど。

    • 日経新聞は、国の借金が過去最高だとか、財政再建待ったなしだとか、財務省の広報誌の役割も引き受けていますので、財務省批判はなかなか難しいですね。
      日経の記者は、財務省の広報をやっているうちに、財務省の主張が頭の中に刷り込まれてしまっているようです。
      たまにはこのサイトをじっくり読んで勉強する記者などはいないのでしょうかね。

  • 言論の自由を守ることは必須ですが、フェイクニュースまで守る必要があるのかは疑問。そしてフェイクであるかどうかは事実をもって検証されるどうか、でしょう。日経新聞も堕ちたものです。編集者・編集長の知的レベルが問われるのに。残念です。一方で、その意図は奈辺にありや?です。

  • 左翼メディアが言いたいのは
    「国民は苦しんでいる、明日にでも暴動が起きて革命に発展する」

  • ドル建てGDPどころかニューヨークのしまホッケ定食の値段まで持ち出して左翼メディアも必死。

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