AIIBの「定点観測」です。中国が主導する国際開発銀行「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)を巡っては、本業融資の金額が300億ドル弱に達するなど、順調に伸び続けています。ただ、この金額、正直に申し上げて対外与信総額が5兆ドル前後に達する邦銀勢にとって、存在感は無に等しいでしょう。あれ?AIIBの出現によって日本企業がアジアのインフラビジネスから排除されるはずだったのに、どうなっているのでしょうか?
目次
バスに乗り遅れた日本
AIIBはもうすぐ8年
当ウェブサイトで「定点観測」しているデータはいくつかあるのですが、そのひとつが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)と呼ばれる国際開発銀行の現状です。
AIIBは2015年12月に正式発足し、もうすぐ8年を迎えようとしている組織ですが、本部を中国・北京市に置き、中国が4分の1超を出資しており、単独で拒否権を持つ格好です。
このAIIBに日本が参加すべきかどうかを巡り、金融の専門家らの間では、設立当初からガバナンスや公正な融資ルールなどの欠如などが指摘されていて、「日本としてこれに積極的に参加すべきではない」、「様子見で良いのではないか」、といった意見が主流を占めていました。
そもそも日本はフィリピンに本部を置くアジア開発銀行(ADB)という組織の、米国と並ぶ筆頭出資国でもありますし、また、各種ODA提供の長い歴史を持つなど、インフラ金融の世界では一日の長がある国でもあります。
正直、そんな日本がAIIBに参加するメリットは大きくなく、せいぜい財務省あたりが体の良い天下り先をを1つ確保するくらいでしょうか?
「バスに乗り遅れるな!日本は孤立する!!」
しかし、こうした日本の様子見姿勢に対し、一部の中国専門家、あるいは(現在、倒産寸前の某新聞社も含めた)一部のメディアが当時、盛んに唱えていたのが、「バスに乗り遅れるな」論です。
「AIIBに英国などが加わったことで、日本は孤立した立場に追い込まれかねない」、「経済界ではインフラビジネスが不利になることへの懸念もある」として、AIIBに参加しないとした日本政府の姿勢を、舌鋒鋭く批判したのです。
その一例が、ウェブ評論サイト『ダイヤモンドオンライン』に2015年4月2日付で掲載された、作家でジャーナリストの方が執筆した、こんな記事でしょう。
日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた
―――2015.4.2 0:00付 ダイヤモンドオンラインより
あまり厳しいことは言いたくないのですが、正直、金融の専門家という視点からは、読んでいていろいろとツッコミどころもあります。金融機関について論じているはずなのに、肝心のODA実績などの「データ」がほとんど示されていないのは、その典型例でしょう。
AIIBはどうなった
AIIBの現状サマリー
ただ、AIIBの発足からそろそろ8年が経過しようとするなかで、当時の報道や論評を、まじめに検証し続けるサイトが、世の中に1つくらいはあっても良いと思います。
もちろん、AIIBの現実のデータを使って、です。
結論的にいえば、このAIIB、2020年頃まで融資は「鳴かず飛ばず」の状況が続いていたのですが、世界的なコロナ禍(武漢肺炎禍)の影響などもあり、融資が急伸。「本業融資」についても着実に伸びており、国際開発銀行としての体裁を少しずつ整えつつあります。
ただ、このAIIBには日本と米国はいまだに出資していないのですが、そのことによって日本がアジアのインフラ金融から「除け者」にされている、という事実は、今のところは発生していません。
むしろAIIBの投融資(プロジェクト)の内訳を見ると、肝心のインフラ金融に関してはADBや世界銀行との協調融資案件も多くみられるのが実情、というわけです。
AIIBの出資国は直近1年間変わらず
というわけで、まずはAIIBの出資国一覧です。
現時点においてAIIBの出資国は91ヵ国あり、出資約束額のトータルは1000億ドル弱に達していて、主な出資国は中国を筆頭にインド、ロシア、ドイツ、韓国、豪州――、などとなっています(図表1)。
図表1 AIIBの出資国と出資約束額、議決権
出資国(出資年月) | 出資約束額 | 議決権 |
1位:中国(15/12) | 297.80億ドル | 26.58% |
2位:インド(16/1) | 83.67億ドル | 7.60% |
3位:ロシア(15/12) | 65.36億ドル | 5.98% |
4位:ドイツ(15/12) | 44.84億ドル | 4.16% |
5位:韓国(15/12) | 37.39億ドル | 3.50% |
6位:豪州(15/12) | 36.91億ドル | 3.46% |
7位:フランス(16/6) | 33.76億ドル | 3.18% |
8位:インドネシア(16/1) | 33.61億ドル | 3.16% |
9位:英国(15/12) | 30.55億ドル | 2.89% |
10位:トルコ(16/1) | 26.10億ドル | 2.50% |
その他(81ヵ国) | 279.66億ドル | 37.00% |
合計(91ヵ国) | 969.65億ドル | 100.00% |
(【出所】AIIBウェブサイトをもとに著者作成)
ただし、この出資国数は約1年前の2022年8月4日にイラクが加わって以来、増えていません。
いちおう、参加意思を表明している国は14ヵ国あり、そのうちの南アフリカやクウェートなどはAIIBが発足した2015年12月の時点で名乗りを上げていた「予定創業メンバー(?)」なのだそうですが、そのわりに、AIIBが発足して8年を迎えようとするなかで、加盟手続が進んでいるのかはよくわかりません。
ただし、リージョナル・ノンリージョナルあわせて91ヵ国が参加しているというのは、たしかにすごい話ですし、G20諸国のなかで参加していないのは日本、米国、メキシコの3ヵ国しかありません(※ただし、上述の通り、現時点では南アフリカも加盟手続がストップしたままのようですが…)。
こうした状況を踏まえると、メンバー国だけでいえば、AIIBは立派な国際組織、というわけです(※ただし、依然として中国が4分の1を超える議決権を留保しており、中国が単独で拒否権を持っているという状況には変わりません)。
本業融資の考え方
続いて、肝心の本業融資がどうなっているかについて確認していきましょう。
AIIBの財務諸表はIFRSベースで作られており、AIIBウェブサイト上に設けられた財務諸表の公開ページ “AIIB FINANCIAL STATEMENTS” で過年度分を含めて確認することが可能です(ちなみに会計監査人は PwC Hong Kong だそうです)。
ここで、貸借対照表・資産の部には、だいたい次のようなものが掲載されています。
- 現金及び現金同等物(Cash and cash equivalents)
- 定期預金(Term deposits)
- 時価評価・損益処理される投資(Investments at fair value through profit or loss)
- 償却原価評価される金銭債権投資(Loan investments, at amortized cost)
- 償却原価評価される債券投資(Bond investments, at amortized cost)
これらのうちの「現金及び現金同等物」や「定期預金」、「時価評価・損益処理される投資」は一般に余資、つまり本業の投融資にまだ使われておらず、余っている資金を意味しますので、これらを便宜上、「余資」と定義します。
そのうえで、(時価評価ではなく)償却原価で評価される金銭債権や債券(※私募債でしょうか?)を、ここでは便宜上、「本業融資」と定義します。
本業融資はコロナ特需で2020年頃から伸び始めた
そのように定義したうえで、総資産や主な資産のこれまでの推移をグラフ化してみると、図表2のとおり、本業融資が2020年9月頃から急に伸び始めていることが確認できます。
図表2 AIIBの主な資産構成
(【出所】AIIBの過年度財務諸表をもとに著者作成)
一見すると、大変順調です。
2020年3月頃まで、本業融資が本当に「鳴かず飛ばず」だったことを思い起こしておくと、これは大変な変化でもあります。
そのうえで、実際にAIIBが発足以来、現時点までに承認されたプロジェクトの件数も、現時点で224件に達しています。
図表3は、AIIBのこれまでのプロジェクト申請件数や金額をグラフ化したものです、2020年と21年は「コロナ特需」(?)もあってか、件数、金額ともに多くのプロジェクトが承認されていることがわかります。
図表3 AIIBのプロジェクト承認件数・金額
(【出所】AIIBウェブサイト “Our Projects” のページより、2023年9月8日時点において、ステータスが “approved” となっているものを年ごとにカウント。なお、「コロナ関連」についてはプロジェクト名称に “Covid” の文字が入っているもののみを集計しているため、実際より過少計上となっている可能性がある)
このプロジェクト承認件数、金額については、2022年には前年比で若干落ち込んでいます。
また、2023年については現時点のデータであり、今年もまだ3ヵ月少々残っているため、件数、金額ともにもう少し増える可能性はありますが、それでもさすがに20年や21年の「コロナ特需」期と比べれば、承認件数、金額は減っていく可能性があります。
ただし、プロジェクトは承認されてから融資実行までタイムラグがありますので、AIIBの本業融資はもうしばらく伸び続けるでしょう。
融資が伸び始めたのはコロナのお陰?
さて、ここで冷静になって考えてみると、もしも「コロナ特需」がなければ、AIIBの投融資はずっと伸びないままだったのかもしれません。
また、現時点で本業融資の額は300億ドル近くにまで達しましたが、それでも1000億ドル弱の出資約束額に対し、3分の1にも満たない額です(AIIBが現実にはカネを借りていることを考慮に入れると、融資残高はファンディング額に対し4分の1にも満たない額です)。
このように考えていくと、AIIBの融資の現状が日本の金融機関などをアジアのインフラ金融から締め出しているという状況にないことは明らかですし、むしろAIIB自身がコロナ特需終了後にどうやってアジアのインフラ金融の世界で特色を出していくのかは大きな課題といえるでしょう。ましてや、本業融資の額は、たかだか300億ドル前後(1ドル=150円としてもせいぜい4.5兆円程度)に過ぎません。
これから本業融資の額はさらに伸びていくものと考えられますが、それにしたってせいぜい500億ドルかそこらが関の山であり、正直、対外与信総額が5兆ドル近くに達する日本の民間金融機関の敵ではありません。
小ネタ:中国主導なのに米ドル建てばかり!
ちなみに、AIIBを巡るもうひとつの「小ネタ」を申し上げるならば、これまでに承認されたプロジェクト224件のうち、金額・通貨が不明な3件を除く221件について眺めてみると、そのうちのじつに約98%に相当する216件が米ドル建てです(残り5件はユーロ建て)。
AIIBが中国による「一帯一路金融」と人民元国際化プロジェクトを担う組織だ、といった見方をする人も多かったのですが、現実にはそうなっていないのです。不思議ですね。
そういえば、このAIIBを巡っては今年も、来日した副総裁が「日本の協力が必要だ」と述べた(『来日のAIIB筆頭副総裁「日本の協力は極めて重要」』等参照)、という「事件がありました。
しかし、『カナダがAIIB活動停止で「脱退ドミノ」は生じるか』でも触れたとおり、カナダがAIIBから距離を置く、といった動きも出ているなど、その前途は多難です。
いずれにせよ、少なくともAIIBがアジアのインフラ金融を支配し、それにより日本の経済界がアジアのインフラビジネスから爪はじきにされている、といった状況が生じていない事だけは、間違いないでしょう。
なお、どうでも良いのですが、AIIBは中国の一帯一路金融を支える資金源だったはずなのに現実には協調融資などを通じ、ADBや世銀の下請け機関のようになってしまっているのは、習近平(しゅう・きんぺい)氏にとっては「本望」なのでしょうか?
他人事ながら、少々心配になる次第です。
View Comments (11)
乗り遅れてよかった
乘ったんですか?
コロナ特需関係って意味では、楽韓さんの済州島に関する最新エントリも一緒ですね。
日本国内でも、コロナ特需の恩恵に与った企業は多いでしょうし、その内容も単なる金銭的利益って場合もあれば、人材つまり新卒採用を他業種が絞るなかで絞らなかった事で、それまで採用実績が無かった名門大学からも採用出来たりなどの恩恵に与った企業も多いかと思います。
「泡銭 身に付かず」と言いますが、人手不足の問題が大きくなるなか、コロナ特需の恩恵に与った企業とコロナ禍を耐え忍んだ企業との人材獲得競争の中で、各企業の本来の実力に見合った採用結果が出て来るものだと考えます。
毎度、ばかばかしいお話しを。
中国:「コロナ特需が落ち着いたから、次の感染症を用意しよう」
まあ、実際に考えてはいそうだな。
何やら近い将来
中国のSNS空間では
「AIIB」「一帯一路」って
「くまのプーさん」「天安門」と
同じ扱いにされちまう予感。
欧州からはイタリアだかが離脱するらしい。スリランカは借金のカタに外洋に面した港を99年間3召し上げられ、日本に泣きついてきた。スリランカといえば、確か反日色の強い国である。また岸田のメガネ増税マンがいらぬ支援を、するんじゃないかとやきもきする。ホントに外国にカネ落とすのが好きだよなぁ。AIIBのバスに乗り遅れるな、‼️としたり顔で主張していた連中はどこにいったのか。中国が絡むと絶対に上手くは行かない。自国の経済状況悪いからこ今後もなんとか我が国を巻き込もう躍起になるだろう。現にアメリカ主体の半導体禁輸規制に福島の処理水を絡めてきた。外務省のチャイナスクールの連中が余計な事を吹込まなきゃいいがな。
この手の組織を「国際開発金融機関」と呼ぶらしい。
たいてい開発(融資)を行う地域の名称を冠している。
アジア開発銀行、欧州復興開発銀行、米州開発銀行、アフリカ開発銀行だ。
AIIBはアジアの開発を行うために設立されたと思っていたが現在アフリカの開発案件にも融資している。ルワンダにも融資しているようだが貸した金返って来るのかね?
たられば論ではありますが、AIIB発足当時の日本が安倍政権であったことで、ホントにありがたかったです。
これがもし現政権であったならば、と思うと恐ろしくてたまりません。
あらためて安倍晋三元総理の偉大さが身に沁みます。
まあ、あえて好意的(??)に解釈すれば、「バスに乗り遅れるな!!」と絶叫していた人たちは、中国経済の強大さ、成長速度、人口などを過大評価してたんでしょうね。中国の人口が12億だか14億だかというのは事実でしょうし、経済成長率も10年程前までは、年間10%近い成長を続けていましたから、遠からず、2035年頃までにはアメリカを抜いて世界一の経済大国になるだなんて話を真に受けていたんでしょう。もっとも、「年間10%近い経済成長率」もそうですが、中国政府の発表を真に受ける、あるいは信じるという時点で、不見識の謗りを免れませんが。
あくまでも個人的な印象ですが、「バスに乗り遅れるな!!」論を泣き叫んでいた人たちの論理構成の仕方は、朝鮮半島生命線論を唱える人たちによく似ていると感じます。局所的には、必ずしも100%間違いとは言い切れないかもしれないが、全体像を見ようとしていません。あるいは、あまりに近視眼的でおまけに視野も狭すぎると言っても良いかもしれません。そういった、一見いかにももっともらしそうな言説には、きっと今後とも注意すべきなのでしょう。
「バスに乗り遅れるな!」と叫んでいた人たちが今更
「私は間違っていた」とか「私は意図的に嘘をついた」とか言い出す訳がない
と言うのは大前提として……
結局の所、そういったスタンスでも”金が得られてしまう”のはそこに
”需要”があるからなんでしょうね。いわゆる衰退ポルノを好む人達の他にも、
どれだけ頑張って勉強しても生まれつきの頭脳の差で
「わかんないんだよ!難しい事はどうしてもわかんないんだよ!」と
言う人達も居ます。後者の場合は人間不信・無関心を貫かない限り
どうしても誰かに騙されてしまう危険性がつきまとうのでしょうね……
マスコミはそういう話が大好き。
日本のバブルの時「東京都の土地だけでアメリカ全土が買える」とか言ってなかったっけ?