昨日はロシアに対する中古自動車輸出が制限されるとする話題を取り上げましたが、これについて本稿では補足的に、重要なデータをひとつ紹介しておきます。ロシアに対する中古乗用車の輸出高が、昨年のとくに夏以降、急激に増えているのです。昨年夏以降といえば、ロシアによる、いわゆる「共食い整備」に関する報道をあまり目にしなくなった時期とも重なっています。
目次
なかなかきれいなグラフが出来上がった!
昨日の『ロシア向け中古車輸出制限で日露貿易はさらに縮小する』では、貿易統計をベースに日本からのロシアに対する中古乗用車の輸出に制限がかかった、とする話題を紹介しました。
本稿はその補足として「データ編」を掲載しておきます。正直、自分でもここまで露骨なグラフが描けるとは思っていなかったからです。
というのも、昨日の記事を掲載したあと、改めて財務省の貿易統計データをちゃんとダウンロードしてみたのですが、日露貿易額のうち「日本からロシアへの輸出額」については2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、つるべ落としに減少していることが確認できることに気付いたからです。
ちょっとこのグラフ、面白いので皆様に共有しておきたいとおもいます(図表1)。
図表1 日露貿易額の推移(輸出)
(【出所】財務省税関『普通貿易統計(概況品別国別表)』より著者作成)
昨年、日本の対露輸出を牽引した「中古乗用車」
まず、日本のロシアに対する輸出額に関していえば、多少の波はあれど、だいたい毎月500~700億円前後で推移していました(2020年に毎月400億円前後に落ち込んでいるのは、武漢肺炎の蔓延による影響でしょうか?)。
ところが、ウクライナ戦争勃発直後に日露貿易額は縮小し、22年4月には237億円と、いきなり200億円台にまで激減したのですが、その後急回復。昨年12月には単月で635億円と、ウクライナ戦争開始前と遜色(そんしょく)ない水準にまで戻りました。
これを牽引したのが、「中古乗用車」の輸出です。
中古乗用車自体、ウクライナ戦争の開戦以前であれば毎月せいぜい数億円から数十億円というレベルであり、正直、大した金額ではありませんでした。2021年10月以降、100億円の大台に乗ることも増えてきましたが、それでも日露貿易に占める重要性は低かったのです。
ところが、2022年6月には190億円(前年同月比2.19倍)、7月には231億円(同2.79倍)、そして8月には303億円(同3.34倍)と急増し、最盛期の11月には前年同月比3.69倍の384億円に達したのです。
軍事転用に加え「部品転用」も!
この点、日本製の中古自動車は性能が高いためでしょうか、それ自体が戦闘地域でゲリラ戦などに投入されることも多く、たとえば「トヨタ戦争」ないし “The Great Toyota War” などで調べると、いくつかの戦争ないし紛争において、トヨタ車などの日本車が「大活躍」している、といった記述を発見できます。
また、自動車そのものもさることながら、その部品(たとえばタイヤなど)についても一部品目には軍事転用などが可能であるとされており、さらには民生品分野においても、西側諸国から物資が入らなくなっているロシアにとってはなにかと役立つ「宝物」が埋蔵されている可能性はあります。
金融規制や経済制裁というものは、得てして抜け道が存在するものです。
今回の貿易統計データでもわかるとおり、日本からロシアへの中古自動車の輸出急増は、いわば規制の穴を突かれた格好ですが、同様の穴はほかにも存在するほか、ロシアが本当に必要とする品は、厳しい規制をかいくぐって搬入されているのが実情かもしれません。
ただ、それ以上に重要な可能性があるとすれば、やはり「部品転用」でしょう。
昨年の『対ロシア制裁:見えてきた航空機「共食い整備」の影響』などでも指摘しましたが、経済制裁の影響から、一部の品目では昨年夏の段階で、すでに「共食い」が報告されています。
ロイターは10日、ロシアの航空機産業で「共食い整備」が行われている可能性を示唆する動画を公開しました。これによると、ロシア政府が少なくとも2025年まで飛行機を飛ばし続けるため、他の機体の部品の再利用を勧めた結果、最新鋭のA350を含めた複数の航空機が解体されているようだ、というのです。そして、航空機の共食い整備は、西側諸国による制裁の効果のひとつといえるかもしれません。ロシアによる西側への制裁と武器供与は続く早いもので、ロシアによるウクライナ侵略戦争の開始から、今月24日で半年が経過します。この戦... 対ロシア制裁:見えてきた航空機「共食い整備」の影響 - 新宿会計士の政治経済評論 |
ただ、この「共食い整備」に関する報道は、その後、あまり見かけなくなりました。不思議な話ですが、これはいったいどういう事情があるのでしょうか。
ロシアは第三国を迂回して部品を入手している?
これに関し、ウェブ評論サイト『ビジネス・インサイダー』は、ロシアが2022年を通じ、制裁対象品目であるボーイング社やエアバス社製の航空部品を、中国やインドなどの第三国を迂回して密輸入した疑いがある、などと報じています。
Russian airlines have received millions of US-made aircraft parts since the invasion of Ukraine
―――2023/05/18 06:10 JST付 Business Insiderより
ビジネス・インサイダーの記事では、当初の経済制裁では、じきにロシアがボーイング機やエアバス機の運航に行き詰まるとの期待を西側諸国の当局者が抱いていたものの、現実には「共食い整備」だけでなく、中国やインドなどから入手した航空部品でなんとか凌いでいるのだとか。
そういえば、先ほどの図表1でも、日本からロシアへの中古自動車の輸出が本格的に急増し始めたのは2022年夏場以降の話でした。だからこそ、ロシア発の「共食い整備」に関する報道が減ったのかもしれません。
ただし、ロシア制裁には参加している国が多いため、やはりこの手の「規制の穴」は常に生じますし、正直、「イタチゴッコ」の様相を呈しているきらいがあります。
なにより、『ロシア制裁参加国は48ヵ国だが金融面の影響力は絶大』でも指摘したとおり、対ロシア制裁には米国、日本、欧州諸国、英国などの「金融大国」が軒並み参加している反面、参加国の数自体は世界約200ヵ国中の4分の1程度に過ぎません。
ロシア政府から「非友好国」と指定されている48ヵ国・地域のリスト
米国、カナダ、欧州連合(EU)加盟国(27ヵ国)、英国、ウクライナ、モンテネグロ、スイス、アルバニア、アンドラ、アイスランド、リヒテンシュタイン、モナコ、ノルウェー、サンマリノ、北マケドニア、日本、韓国、豪州、ミクロネシア、ニュージーランド、台湾、シンガポール
(【出所】タス通信英語版・2022年3月7日付 “Russian government approves list of unfriendly countries and territories” など)
これら以外の国――たとえば中国やインドなどの「経済大国」、あるいはブラジル、アルゼンチン、インドネシアといった「グローバル・サウス」など――は、このロシア制裁に参加していませんし、NATO加盟国のなかでもトルコのように西側とロシアの間でどっちつかずの態度を取る国も存在しているのです。
このように考えていくと、たとえば日本からトルコや韓国などに輸出された品目が、中国、インドなどの第三国を経由してロシアに渡るという可能性は、今後も十分に警戒しなければなりません。
(余談ですが、韓国を「キャッチオール規制」が適用されない「グループA」に付け加えた岸田文雄首相の判断が正しかったのかどうかについては、厳格に判断されるべきでしょう。というよりも、岸田文雄首相自身が輸出管理の仕組み自体を理解していない可能性も濃厚ですが…。)
物理的に遠くなれば迂回輸出は困難に?
もっとも、今回の自動車輸出制限に関連し、日本製中古車が第三国を迂回してロシアに輸出される可能性については、そこまで懸念しなくても良いかもしれません。想像するに、日本からロシアへの中古自動車輸出が盛んだった理由は、その近さにあるからです。
富山県ウェブサイト『定期コンテナ航路就航状況』の説明に基づけば、伏木富山港から対岸諸国(ロシア、韓国、中国)に対して5つの定期航路が就航しており、このうちロシア極東航路は月2便、寄港地はウラジオストクとナホトカで、輸出まで最短12日、などと記載されています(図表2)。
図表2 伏木富山港からの定期コンテナ航路の就航状況
(【出所】富山県ウェブサイト『定期コンテナ航路就航状況』)
もし日本からロシアへの直接の中古自動車輸出が封じられたとして、インドなどを経由してロシアにわたるという可能性が高いかどうかは微妙でしょう。わざわざインドまで高い運賃を払って自動車を運搬し、そこからさらに陸路で延々とロシア領まで自動車を運搬するのは、コスト面では非現実的です。
いずれにせよ、今回の措置で、とりあえずロシアに対する中古自動車の輸出に制限がかかることは間違いありません。
なにより、先日の『ロシアに対する国際与信は10年間で4分の1に減った』でも議論したとおり、西側社会は少しずつ、ロシアに対する「ヒト、モノ、カネの往来」を止めようと努力しており、日本が遅まきながら「中古自動車輸出」という「規制の穴」を塞ぐのは、非常に重要です。
もしも今回の措置が功を奏するならば、ロシアで再び自動車部品の「共食い整備」に関する報道が増えて来るのではないかと想像されるのですが、いかがでしょうか。
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このグラフは、見事に分かりやすいです。規制が遅いようにも感じます。
尚、日本で部品に分解して輸出という事は、ちゃんと規制されているのかが気になります。
部品に分解して迂回輸出と言う事も規制されるのか?も気になります。
先日、ボスポラス海峡を通りロシアに向かっていた商船から北朝鮮製122mmロケット弾が押収されたという記事(元記事はFT)を目にしました。ウクライナ軍だけでなくロシア軍も弾薬不足は問題になっており、北朝鮮から直接陸路で補給されているという話は以前からありましたが、この件では北朝鮮籍船からの押収というわけではなく、もっと以前に拡散された北朝鮮製ロケット弾を他国がロシアに売ろうとしていた、という話と言われているようです。こんな話からも、迂回輸出や密輸への警戒が見て取れます。「コストがかかる上に難しくなったルート」には頼らないでしょうから、(なるべく陸路の)民生品の軍事転用に活路を見出すというのはありそうな話です。
ちなみにそのロケット弾、ウクライナ友好国が押収後ウクライナ軍にわたりロシア攻撃に使われた、という始末だそうで。30~40年前の製品で、不発暴発なんでもありなシロモノらしく、使用時には通常よりさらに接近禁止にしたりと、「らしい」ブツなようです。
Igor Sushko 氏のツイッター投稿によれば、国内線機材を整備不良のまま飛ばさざるを得なくなったらしく、着陸時事故が起きるやも知れませんぜ、搭乗はご注意あれとのことでした。
知識が少なくて申し訳ありません。
書類はインドへ輸出。
船は富山からウラジオへ。
こんなことは出来そうですが