「日本の素晴らしい新幹線システムがウクライナの復興を支える」――。考えただけでも素晴らしい話です。ただ、それと同時に新幹線をウクライナに輸出することの現実性についても考察する必要があります。ウクライナでは「ロシア圏からの脱却」「欧州圏入り」の意味を兼ねた「鉄道改軌論」が出ていることは事実ですが、新幹線は欧州規格とは異なるものだからです。敢えて実現可能性があるとしたら、キーウを中心に、西部のリヴィウ、東部のハルキウ、南部のオデーサなどを結ぶ、「T字新幹線」構想かもしれません。
目次
日本の新幹線、「死亡事故ゼロ」の意味
日本の新幹線は、素晴らしいと断じざるを得ません。高速でありながら乗り心地も良く、定時性に優れており、しかも開業以来、死亡事故はゼロである、などといわれるからです。
もちろん、厳密にいえば、死亡事故が本当にまったくのゼロだったわけではありません。西日本新聞の2018年6月16日付『1964年の開業以来、死亡事故はゼロ』記事によれば、次のような事件・事故は発生しているからです。
- 1995年…乗降口の扉に指を挟まれた高校生が発車した列車に引きずられ、ホームから転落し死亡
- 2011年…新水俣-出水間で中学2年生の女子生徒がはねられて死亡
- 2015年…東海道新幹線車内で男が焼身自殺を図り、男と巻き込まれた女性が死亡
- 2018年…男が刃物で乗客に切りかかり、3人が死傷する事件が発生
西日本新聞の記事では、「相次ぐ『まさか』が新幹線の安全神話を揺るがす」としたうえで、「運行や技術の面だけでなく、あらゆる可能性を想定した安全対策の見直しが必要だ」と述べているのですが、それこそ無責任な主張です。
新幹線は日本人の英知を結集した特別なシステム
もちろん、新幹線が営業中に事件・事故を発生させることは可能な限り回避すべきでしょうが、そもそも新幹線の場合、線路内にはみだりに人が立ち入れないよう、厳重に封鎖・管理されており、立ち入りに際しては「新幹線特例法」などに基づき厳罰が科されます。
しかも、JR各線など、日本の鉄道は「狭軌」、つまり線路幅が1067㎜と狭いのですが、新幹線は軌間が1435㎜と世界の多くの国で「標準」とされる軌間を採用し、また、秋田・山形新幹線などの例外を除けば、新幹線は営業区間において踏切がない専用の軌道を走ります。
また、新幹線は区間によっては最高時速320㎞、東海道新幹線でも平均して230㎞以上という速度で運行されています。通常、この速度だと、先行列車に追いついたときに安全に停止することが困難ですが、そもそも新幹線のの運行は中央の総合指令所において集中管理されており、基本的に衝突はあり得ません。
むかし、どこかの国のように、運行中の高速鉄道が先行列車に衝突して脱線し、多くの方が亡くなるという悲惨な事故が発生していますが、正直、これに類する事故が日本で発生することは考え辛くいものです。
さらにいえば、国土交通省資料によればコロナ直前の2021年における年間の輸送人員は、東海道・山陽新幹線で24億0136万人、東北新幹線で8883万人、上越新幹線で4185万人など、大量の人々を輸送している新幹線システムで、死亡事故がほとんど生じていないという事実こそ重要でしょう。
いずれにせよ、一部の新聞が難癖的に新幹線の安全神話に疑問を呈していることは事実ですが、日本の新幹線がJR各社のたゆまぬ努力のかいもあり、日々、安全で正確・快適な運航がなされていることは間違いありません。
その意味で、新幹線は日本人の英知を結集した、特別なシステムだといえるでしょう。
ソフト面を含めて輸出することは難しい
ただし、この新幹線システムは、日本だからこそここまでうまく運行できている、という側面があるのではないでしょうか。それは、新幹線というハード面だけでなく、運行システムというソフト面も含めたものだからです。
高度な予約システム、乗務員の指差し点呼、秒単位で管理されるダイヤ――。
外国にはなかなかマネできるものではありません。
実際、「台湾に輸出された新幹線」として知られる「台湾高鉄」の場合、車両や線路は日本方式であり、JR東海などが技術支援を行ったものの、分岐器や通信システムなどで欧州方式を使用するなどしており、完全な日本方式ではありません。
また、2026年の開業を目指し、米テキサス州のヒューストン・ダラス間380㎞を90分で結ぶ予定とされるテキサス高速鉄道も、台湾高鉄に続き日本方式での建設とされ、同じくJR東海などの技術支援が予定されていますが、実際の運行はスペイン国鉄がパートナーとしてかかわるのだそうです。
それに、そもそも新幹線を含めた鉄道システムというものは、メンテナンスにも大変なコストがかかります。
したがって、人口が少ない地域においては採算が成り立ちません。
JR北海道が全区間で赤字運営となっているというのは有名な話ですが(たとえば日経電子版・3月8日付『JR北海道の全21区間営業赤字、22年4〜12月 13区間改善』等参照)、人口稠密な区間を走行する東海道新幹線は、鉄道の黒字運行の条件を満たす世界でも稀有な区間なのかもしれません。
ウクライナで新幹線導入構想=産経
こうしたなかで、産経ニュースが27日、「独自」と銘打ったうえで、ちょっと気になる記事を報じました。
<独自>ウクライナに新幹線導入構想 脱ロシアと復興に副首相意欲
―――2023/6/27 16:02付 産経ニュースより
産経は日本政府関係者が27日、ウクライナのオレクサンドル・クブラコフ副首相兼インフラ発展相が「新幹線」整備による復興の意向を示していたことを明らかにしたと報じました。
これについて産経は、新幹線の海外輸出には「地元ニーズの調整などの困難」を伴うとしつつも、こう述べます。
「だが、ウクライナは、日本の最先端高速鉄道システム導入を契機に、戦後復興とロシアの影響力排除を加速させたい考えとみられる。協力の模索は、日本主導の復興支援にもつながる」。
なんとも夢のある話です。
ではウクライナが新幹線を採用することの意味は、いったい何でしょうか。
先ほども指摘したとおり、新幹線の軌間は1435㎜の「世界標準軌」です。しかし、これに対してロシアやウクライナなど旧ソ連諸国では、もう少し広い、1520㎜の広軌が採用されており、「鉄道で欧州からウクライナに行く場合、国境の駅で標準軌の台車から広軌の台車に交換する必要」がある、というのです。
一見すると、素晴らしい話ではあります。
ただ、これについては以前の『ウクライナ復興支援としての鉄道「改軌論」を考察する』でも指摘したとおり、鉄道の規格変更は、なかなかに困難です。鉄道は軌間を合わせるだけでなく、「車両限界」などの条件を合わせなければ相互乗り入れ自体が難しいからです。
ウクライナの改軌は実現するのでしょうか。ロイターによるとウクライナ国営鉄道のCEOは、「鉄道インフラの損傷は数万ヵ所に上る」、「だが何が起きても、修復して運行を続ける方法を探す」と述べたのだそうです。もし数万ヵ所も損傷しているのなら、いっそのこと、没収したロシアの資産を使い、欧州と直通できるよう、欧州規格で新たに鉄道を敷設するという考え方はいかがでしょうか。鉄道の特徴多くの日本人にとって、鉄道は身近な存在です。鉄道はその名の通り、軌道や車輪に鉄を使用した運送システムのことであり(※)、走行抵抗... ウクライナ復興支援としての鉄道「改軌論」を考察する - 新宿会計士の政治経済評論 |
産経の記事に記載はありませんが、新幹線の車両限界は幅3400㎜、高さ4500㎜とされていて、欧州規格(複数存在)よりも少し大きく設定されています。新幹線車両をそのまま欧州に輸出してもスムーズに走れるとは限りません。トンネル、橋梁、信号などの制約があるからです。
それに、新幹線はかなりの高規格でもあるため、その分、お値段も高くなります。また、産経はウクライナで現在、「破壊されていない区間も含め、全土の鉄道を欧州規格で整備しなおす」などの構想があると指摘しますが、そもそも新幹線は「欧州規格」ではありません。
現在、旧ソ連規格で敷設されている鉄道を全面的に改軌するのは良いのですが、改軌すればこれまで使用していた車両が使えなくなります(台車だけ変えればよいではないか、との話もありますが、それにしてもコストがかさみます)。
千島・樺太と引き換えにウクライナ新幹線建設はいかが?
ただ、これも考え方ですが、ウクライナ復興の象徴として、ウクライナ全体を網の目のように張り巡らす「在来線」は欧州規格としつつ、キーウと主要都市を結ぶ主要幹線のみ、新幹線方式で新線を建設する、というのは「アリ」かもしれません。
例えば西部のリヴィウから東部のハルキウまでの直線距離はおよそ900㎞であり、ちょうどその真ん中に首都・キーウがあります。そのキーウから南部のオデーサまでは、直線距離でだいたい450㎞ですので、キーウを中心に「Tの字」で新幹線を敷設すれば、ウクライナの国土の発展に大きく貢献するはずです。
そして、その新幹線建設のコストは、ウクライナに対する円借款方式ではなく、ロシアからの賠償金で充てる、という考え方も成り立つかもしれません。
その「賠償金」は、必ずしもキャッシュである必要はありません。極端な話、千島列島全島と樺太全島を日本がロシアから譲り受ける、といった方式でも良いでしょう(ただし、同地に居住するロシア人には本国に帰還する自由が保障されなければなりませんが…)。
こうした臨機応変で柔軟な思考ゲームは、これからの日本にとって必要でしょう(※もっとも、現在の日本の首相に、それができるかどうかは微妙ですが…)。
View Comments (21)
復興に必要なのは貨物路線網でしょ…
しかも発電・送電設備とそのエネルギー源考えたら動力車の。
元世界一の貨物機の復刻とか、なんか違う方向の夢物語が多いんだよな…ゼレンスキーさん。
起動規格変えるって一点にしか同意出来ない。
引き換える千島と樺太には、移行時にはしっかりした警備が必要ですね。
どこぞの警護民間企業の方に難民が出るが引き受け手がいないと聞く。
上陸作戦と事後の警備をと思ったけど。
・・・はちょっと過激過ぎなのか?
今の岸田なら無条件でおkしそうだ。代金は増税で、なんて言いそうだ。
サハリン1の油田、サハリン2のガス田を接収して得られる対価ってどのくらいなんでしょう。
戦災復興は良いですが、あそこもロシア並みの腐敗経済と聞くのでその辺のさじ加減どうでしょうねえ・・・。今の政権では
同感です
大統領以外信用がない
と言うのはいかがなものかと…
千島と南樺太は日ソ中立条約違反の治癒として対価など払う必要なく日本へ返還して欲しいですね。
(欧米の理解が得やすい形としての)樺太全島の日本復帰としては、心情的には江戸幕府が奪われる前の樺太全域を問答無用で返還してもらいたいですが、国際社会の理解を得やすいスキームとして、まずは1945年8月時点の国境線まで戻し、そこからウクライナ支援のための対価捻出として北樺太の回収を考えてみるのも面白いかもしれません。
旧ソ連規格は、いろいろな線路幅がありそうですが、メジャーなのは1520mmだと思います。コレを全面的に1435mmに改軌するのは、「鉄道辞めるか?」というぐらい難事だと思います。実際問題無理でしょう。
ウクライナは在来線をそのまま残して、新幹線は会計士さんが仰る通り高規格の1435mmで新造、路線網はT字形は良いアイデアですね(^^)。西部のリヴィウから東部のハルキウまでの直線距離は900㎞。この距離なんですネ、微妙なところ(笑)。日本なら確実に航空機に取られます。その分かれ目が500〜700kmで、900kmになると航空機が圧倒的に優勢です。架線式高速電気鉄道なら(JRオレンジのリニアとかは別にして)どんなに頑張っても3時間強かかります。大抵なら4〜5時間。
900kmというその区間の長さは、ロシアや旧ソ連なら、フツー24時間かかっても全然オカシク無いです。「ロシアを舐めすぎ」と言われる方もいるでしょうが、5秒10秒をカウントするのは日本ぐらいで、例え「最高速度240km!」とうたっても、それが全区間ではありません。むしろ制限速度100kmとか、80km制限や、無人踏切や単線区間もあり、進入不可区間も出て来る訳です(タブレット?笑)。
900kmの真ん中に首都・キーウがあり、キーウから南部のオデーサまでは、直線距離で450㎞。キーウを中心に「Tの字」で新幹線を敷設すれば、ウクライナは発展しますね。日本はJRオレンジや車輌会社、信号システム等のチームでかかれば、良いインフラが出来るでしょう。でも所詮、日本人の感性で作ったモノだけに、開業10年ぐらいは面倒を見ないと安心出来ません。
ウクライナ新幹線建設のコストは、ロシアからの賠償金で充てる、というのも目から鱗でした。「千島列島全島と樺太全島を日本がロシアから譲り受ける」なら、ウクライナ新幹線など安いもんです。なんならキーウの市内路面電車、LRTも作っちゃいましょうか?
最後に西日本新聞ってなんでこんなに偏向偏屈・正しいモノさえ歪んで見させる書き方しか出来ないのでしょうか?日本の新幹線は営業運転時に車輌による死亡事故はありません。但し、乗客が犯罪を起こす気マンマンで乗り、悪事を働いた件については死傷された方はお気の毒ですが、その犯罪者に罪があるわけです。
JRには無いのか?と聞かれれば、現代の世情なら「運行者に責任は無い」と言いきれませんが、私は極めて少ないと思います。今後、武器やガソリンを保持しているか確かめる乗車システムが導入されるかも知れませんが、犯罪を起こすヤカラは、その上を行きます。航空機搭乗の際のように、「危険物取締」をしなければいけない時期が来るかもしれません。
かつて鉄道公安官なんてありましたね、昨今は鉄警隊は警乗してないのでしょうか。
誤星紅旗 様
よく鉄道公安官なんてご存知ですネ。戦後スグから荒廃した路線網と乗客の多さに危機感を持ったGHQにより、混雑する車内での痴漢、置き引き、掏摸(スリ)、恐喝などを封じる組織として、警棒、小銃携帯で車輌に乗り込んでいました。国鉄初期に編成され、最大時3,000人いました。全国に東京、大阪、新潟、札幌、博多の5箇所(うろ覚えです)に本部があったと思います。国鉄の作った組織なので、JRになってからは解散しました。
あくまで国鉄内での事件事故の掌握なので、逮捕権、勾留権はありましたが、警察署に引き渡さねばなりませんでした。ある国鉄OBの人に聞くと、「国鉄職員より一格下に見られた」と言われてたそうです。
めがねのおやじ様
ご教示ありがとうございます。国鉄時代が懐かしいです。子どもの頃は警察官と鉄道公安官の見た目の区別がつきませんでした。高倉健主演の映画『新幹線大爆破』で高倉健の犯行グループに時速80km以下になると作動する爆弾を仕掛けられたひかり号に、別の犯人護送で警乗していた鉄道公安官(雷竜太)が奮闘するシーンを思い出しました。
竜雷太と峰竜太がまぜこぜになってませんか?
やまいぬ様
仰せの通り、間違えておりました。
鉄道公安官を演じていたねは竜雷太さんが正しいですね。ご指摘ありがとうございました。
鉄道公安官と聞いて石立鉄男が真っ先に思い浮かびました。
車内では警察官はあまり見かけませんが新幹線では民間の警備員は大抵乗っているように感じます。
わかめラーメンのイメージが強く、鉄道公安官での活躍存じ上げませんでした。検索かけて新鮮な気分です。
フランスのTGVは幾度か死亡事故を起こしていますが、その殆どが共通規格の在来線乗り入れ時の踏切事故なんですよね。
何年か前に、専用区画で大きな脱線事故を起こして多数の死傷者を出していましたけど、あの事故は新型車両のテストで起こった不幸な出来事なので、旅客運航との単純比較はできません。
このように考えると、相互乗り入れなしの「閉鎖空間」のみの運航って提案は、安全性って観点から考えると素晴らしい考えだと思います。
余談ですが、TGVのコピーから始まったどこぞの腐れ国家の高速鉄道の惨状は見るに堪えません。
本家は、「自称世界最優秀民族が運航する世界最高の鉄道システム」とは、比べるのも馬鹿らしくなるほど優秀です。
当該新聞社は「あらゆる可能性を想定した安全対策の見直しが必要だ」と記事に書いたことで、今後新幹線で大小些細どんなトラブルが発生しても、フリーハンドで難癖をつける権利を獲得しました。
援助の見返りとして「千島列島全島と樺太全島を日本がロシアから譲り受ける」という目からうろこボロボロの画期的ご提案、あやしいブログ愛読者であちら系からすれば右翼の私ですら思いつかなかったのですから、バ〇カ岸田やク〇ズ宗男やウラ〇ギリ松川やキチ○○稲田(これはさすがに自主規制)やポ〇チ大臣(財務、外務、経産も新規参入)には意味すら分からないでしょうね。
>標準軌の台車から広軌の台車に交換する
これは貨物輸送の話で旅客は普通に乗り換えてるんじゃないですかね。