朝日新聞社といえば今年1月に『週刊朝日』の休刊を発表したばかりですが、今度はウェブ評論サイト『論座』についても更新を終了するそうです。ただ、その理由についてはよくわかりません。週刊朝日の場合は固定費に加え、紙代などの変動費が必要であるため、部数が下がってくると損益分岐点を割り込むとの想定が働くのですが、そもそもウェブサイトの場合は固定費も低く、変動費もほとんどかからないはずです。
ウェブ評論サイト『論座』終了へ
朝日新聞社が開設するウェブ評論サイト『論座』が4月末に更新を終了し、7月でサイト自体も終了するそうです。
「論座」の終了と新たなオピニオンサイトの開始について
―――2023年02月15日付 論座より
同サイトによると『論座』は2010年6月に単独の有料サイト『WEBRONZA(ウェブロンザ)』として開設し、これまで2万本を超える論考を発信してきたそうです。また、サイト終了に先立ち、2月末で論座の購読受付が終了し、3月末で課金を停止する、などとしています。
そのうえで朝日新聞社は、今春をめどに、『朝日新聞デジタル』のなかで「新たなオピニオンサイト」を立ち上げるのだそうです。ちなみに新サイトのコンセプトは「立ち止まるためのメディア」、なのだとか(※ただし、同記事のなかで新サイト名称については明らかにされていません)。
その背景についてはよくわからない
正直、これだけの情報だと、現在、朝日新聞社のなかで何が起こっているのか、よくわかりません。
紙媒体の雑誌の場合だと「一般社団法人日本雑誌協会」の『印刷証明付部数』のサイトから部数の推移を追いかけることができることもできなくはありません(※ただし、同サイトのデータ自体、網羅性に疑問があるので、全幅の信頼を置くわけにもいきませんが…)。
しかし、ウェブサイトの場合、そのサイトの運営が黒字なのか、赤字なのか、どの程度の収益が発生しているのか、などについて、外部から推測することは困難です(※ただし、これは『論座』に限った話ではなく、どこかの怪しい自称会計士が運営しているサイトにも同じことが言えます)。
したがって、「『論座』自体が完全に不採算事業であるために閉鎖に追い込まれた」ということなのか、それとも「株式会社朝日新聞社として、『論座』をより優れたウェブ評論サイトに発展的に解消させる狙いがある」ということなのかについては、現時点で断定的に論じることは困難です。
紙媒体の雑誌の場合は右肩下がり
ただし、あくまでも一般論でいえば、雑誌の休・廃刊の際には、部数の急減が伴います。
たとえば同じ朝日新聞社の事例でいえば、同社が刊行してきた『週刊朝日』の休刊に関する話題がわかりやすいでしょう。『週刊朝日が5月末で「休刊」へ:新聞業界の今後を示唆』などでも取り上げたとおり、株式会社朝日新聞社の有報の開示データ上、同誌の部数はまさに「右肩下がり」だったからです(図表)。
図表 週刊朝日の部数
(【出所】株式会社朝日新聞社・過年度有価証券報告書データをもとに著者作成)
著者自身がデータを保有している2006年3月期から22年3月期までの期間に関していえば、33.1万部から8.6万部へと、じつに74.02%も減少した計算です。とくに週刊朝日はこのところ毎年のように、1~2万部ずつ減少しており、理屈の上ではあと5年もすれば部数はゼロになる計算でした。
雑誌『週刊朝日』が6月9日号をもって「休刊」になるのだそうです。同誌の発行部数は2006年3月期には33.1万部でしたが、2022年3月期には8.6万部と、17年間で約4分の1に減少してしまったのです。ただ、同誌の休刊は、新聞業界全体の動向を予言しているように思えてなりません。早ければ数年後にも、紙媒体の新聞の休刊ラッシュが生じる可能性は十分にあるからです。2023/01/19 14:15追記図表1が誤っていましたので差し替えています。朝日新聞の部数推移(朝刊、夕刊)『過去17年分の朝日新聞部数推移とその落ち込みの分析』では、... 週刊朝日が5月末で「休刊」へ:新聞業界の今後を示唆 - 新宿会計士の政治経済評論 |
週刊朝日の場合は、この「部数増減」で、休刊利用をだいたい推察することができます。
損益分岐点分析
ここで考えておきたいのが、「損益分岐点分析」です。
一般に、ある事業を行う際には、「変動費」と「固定費」が発生します。
たとえば新聞社の場合、輪転機を含めた新聞印刷工場を建設するのに巨額の資金投資が必要ですが、これは発行している新聞の部数と無関係に発生するコストであり、こうしたコストを「固定費」と呼びます。新聞記者の人件費や取材費用なども、こうした固定費といえるでしょう。
これに対し、新聞を発行する部数に比例して発生するコスト(たとえば紙代、工場作業員の賃金など)が「変動費」です。
ここで、ある事業におけるセグメント利益(E)は、その事業の売上高(S)から変動費(V)と固定費(F)を控除して求められます(①式)。
- E=S-(VC+FC)…①
ある製品の販売個数(新聞・雑誌だと部数)をXと置き、その販売単価をP、製品1つあたりの変動費Cと置くと、①式は次の②式のように書き換えることができます。
- E=(P-C)X-F…②
②式における「P-C」をが「製品1個あたりの利益」です(※企業会計的に厳密な定義ではありません)。この「P-C」を、「製品1個あたりの利益」を意味するRに置き換えたものが、次の③式です。
- E=RX-F…③
そのうえで、もしこの事業の利益水準がゼロだったとすれば、③式を④式のように、④式を⑤式のように、それぞれ書き換えることができます。
- RX=F…④
- X=F/R…⑤
この⑤式は非常に重要です。製品の販売個数が「固定費÷利益率」で求められる値を下回った場合、この事業では固定費すら回収することができなくなる、ということを意味しているからです。
この「固定費すら回収できなくなるかどうか」の分岐点のことを、便宜上、「損益分岐点」と呼びましょう(あるいは “Break Even Point” を略して「BEP」と呼ばれることもあります)。
仮定の数字ですが、ある雑誌社にとって、固定費(F)が1000万円、雑誌1冊の販売価格が1000円、その雑誌を作るための変動費が500円だったと仮定すれば、この雑誌の「1冊当たり利益」は500円であるため、⑤式から「損益分岐点売上」は2万冊(=1000万円÷500円)と求まります。
一般に毎日のように巨大な輪転機を廻す必要がある日刊新聞と比べて、週刊誌の固定費はさほど大きくないはずです。ただ、それでも毎週のように印刷して装丁し、全国津々浦々に送り届けるためのコストを考えると、やはり数千冊から数万冊の売上は必要でしょう。
(※ただし、著者自身が定期的に寄稿している某専門誌の場合だと、読者層が限られており、かつ、法人契約も多くて部数が安定しているためか、BEPも非常に低く、発行部数は少なくても採算に乗っているようです。)
また、販売部数がBEPギリギリというのも心もとない話ですので、現実には販売部数がBEPを割り込むというのは、正直、会社経営としては危機的な状況です。
このため、部数が右肩下がりで直線的に下がっていく未来が見えているのであれば、BEPに到達する以前の段階で雑誌発行自体を打ち切るというのは賢明な判断なのでしょう。
ウェブサイトにBEP分析は成り立つのか
ただし、このBEPの議論は、固定費が高い業種について成り立つものです。
ウェブ版の場合だと、正直、固定費はほとんどかからないような気がします。
著者自身もウェブサイトをいくつか運営した経験があるのですが、ウェブサイトの運営にかかる固定費といえば、せいぜいレンタルサーバ代と通信費、それからいくつかの有料プラグインの契約料くらいなもので、法人が運営する場合でも毎月数万円~数十万円、個人が運営するサイトの場合だと月間数百円から数千円です。
WEBRONZAの場合、『論座 全ジャンルパック』が月額770円、『政治・国際』や『経済・雇用』など、ジャンル別に読む場合は月額275円だそうです(※いずれも税込み)。これに対し変動費はほぼゼロに近いのではないでしょうか。
仮に固定費が編集部の人件費や寄稿者の原稿料などを含め、月間700万円だとしたら有料会員はざっと1万人必要ですが、固定費がその半額の350万円で済むなら、有料会員は5000人でも十分であるはずです(もしかして有料会員数はそれに満たなかったのでしょうか?)。
さらには、ウェブ広告を合わせて配信すれば、(あまり多額の収益は期待できないにせよ)ページビュー(PV)がある程度稼げるのであれば、それなりの広告収入も期待できます。この場合、有料会員数はもう少し少なくても運営可能でしょう。
いずれにせよ、今回のウェブサイト閉鎖がいかなる理由に基づくものなのか、現時点においてはよくわかりません。
ただ、大手新聞社ですら有料ウェブサイトの閉鎖を決断したという事実は、興味深いところです。
個人的には、「多くの人が知りたいと思っているであろう情報」を謙虚に探り、それに対して調査を行い、論評を執筆し続けていれば、おのずからそのサイトにはそれなりのPVが発生するのではないかとは思っているのですが、いかがでしょうか?
View Comments (15)
確かに朝日のこの動き方は謎ですね。なんで閉鎖したんだろう?
別のサイトを立ち上げるなんて言っても、本当にやるんだろうか……
あえて推測するなら、ネット世論はどうやっても操れないと判断し、
完全にネットを切り捨てて紙の中に引きこもる準備……とかかな?
ここ20年程朝日を敵視する風潮が強いネット世論をどうやっても潰せなかったと言う事実は、
朝日関係者にそれなりのメンタルダメージを与えているでしょうしねえ。
まったく話はちがうけど、ロッテリアがゼンショーに買収されるという記事が日経に出ていた。
ハンバーガー評論家としての意見はありますか。
>ちなみに新サイトのコンセプトは「立ち止まるためのメディア」
…「足止めするためのメディア」では?
fatbob様
「足枷するメディア」でもいいと思います。
朝日新聞社は実際に日本の足枷ばかりしていましたし。
論座、結構金かけて作り込んでるように見える。
執筆者には金を払うのだろうから有料会員が少なければ赤字。
朝日はもっと左派色の強いものにして固定客を狙うのではないかな?
想像ですけど、「論座」 が雑誌だった頃の 「原稿料の相場」 が、ウェブになってからもそのまま続いていて、寄稿している左翼論客たちに、会員数や閲覧数に見合わない高い原稿料を支払っていたんじゃないですか? テレビでも、一度人気が上がって、ギャラも上がったタレントは、人気が下がってもギャラを下げるわけにはいかなくて、降板か番組終了するのが普通だし。
「新たなオピニオンサイト」 での原稿料が 「ネットでの一般的な相場」 になったら、「論座」 より大幅に下がるでしょう。もしお金が絡んでいなければ、特にアナウンスもせずに放置していたと思います。Twitterのアカウントとか、大手メディアが昔に作って、放置されているものがいっぱいあるし。
CVP分析、勉強になります。
7shi さんのコメントが納得いきますね。
朝日新聞社の事業すべて棚卸しして利益がなければ撤収。
コンサルの言う通りに利益ある商売に転換でしょうか。
ジャーナリズム宣言はどこに行ったのでしょう・・・
ジャーナリズム?宣言
ジャーナリスト宣言でしたね。
紙媒体やネットもアシがつく時代になったからじゃないですかね?
いっぺんアップしたらアーカイブ録られて永遠に残り元記事削除してもダメな時代になったし、どこの言語で書いても自動翻訳される。
論座がweb化した時点では書きっぱなしで即削除したら逃げきりだと思ってたら逃げられないし訴訟の対象にもなる。
このサイトのコメント欄で一番の誤変換・誤字脱字・いい加減のスペシャリストの私が言うと説得力あるでしょ?
あー恥ずかしい…
市民団体の匿名掲示板でも朝日新聞社は運営始めるんじゃないですかね?
うちの近所のASA(朝日新聞販売店)がやたら東京新聞の勧誘をしてくる。
もはや朝日新聞の勧誘をしていない!
うち神奈川県なんだけど…だからと言って神奈川新聞も絶対に購読しないんですがね。
「論座」が雑誌の頃は、有名どころの知識人やジャーナリストに論考を書かせて、そこそこペイ出来てたのでしょう。ところが雑誌自体「古すぎるネタを30日後に店頭に並ばせるのが精一杯」なわけですから、読者も離れます。
webにしたところで、読者コメントは削除ばかりで、発行側の意図する論評が極端に少なかったのではないかと思います。当然会員は少なく、広告も付かないでしょう。広告単価をギリギリ迄下げてもダメだったのではないですか。
もともとリベラルのオピニオン月刊誌でスタートしたけど、赤字続きで有料WEBサイトに衣替えしたわけですよね。難しい話ではなく、短時間に読者減少に経費削減が追いつかなかったってことでしょう。リベラルって年寄りが多いから、WEBと相性悪いしね。
リニューアルするなら、読者層を若年層に広げないと意味ないけど、ネトウヨみたいな人も取り込んだりするんでしょうかね?
紙の論座は2007年時点で20,433部だったそうなので、5000部ないってのもありそうですね。
”本店”の閉店を実施する前に、どんな準備が必要か、何が起るかとかのPDCAを囘すための予行演習、とみました。
不勉強ですがweb論座の存在を終了の報で知りました。
今までそこそこgoogle等検索サイトを利用していたのですが、範囲をニュースに指定しても論座などというニュースサイトは一度も出てきたことがありませんでした。
ちらと見ただけで私の興味、思考とまったく逆ベクトルな結論の記事がもりもりでこれは・・・。
アレな著者名を検索しないとニュースとして一覧上位に出てこないかなり偏った、ナンダコレハ。
本文の説明からすると、①式は以下の誤りではないでしょうか。
E=S-(V+F)
これにS=PC、V=XCを代入すると②式となります。