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千羽鶴は「大災害の復興支援」にまったく役に立たない

くどいようですが、地震の被災地に物資――とりわけ「千羽鶴」――を送るのは控えましょう。現地にとって何にも役に立たないだけでなく、物流の混乱を招くなど、有害ですらあるからです。こうしたなか、現地時間6日未明にトルコ・シリア国境地域を襲った地震に関連し、駐日トルコ大使が8日の会見で、民間支援を巡り「物資を送らないでほしい」と要請したそうです。当然のことでしょう。

阪神・淡路大震災の思い出

被災者は何を必要としていますか?

単純な質問です。

あなたは現在、大規模な災害に巻き込まれてしまいました。家財を失い、冬の寒さに凍えています。そんなときにあなたのもとに「支援」が届けられましたとします。あなたにとって、次の①~④のうち、最もありがたいと思うものは、いったいどれでしょうか?

  • ①現金
  • ②古着
  • ③果物
  • ④千羽鶴

「神戸市御影区」上空で嬉しそうに騒ぐTBSの女

冒頭のアンケートは、「相手の気持ちになって考える」ことの重要性を再認識するためのものです。

当ウェブサイトでかつて何度か報告したことがあるとおり、著者自身は神戸出身者です。1995年の阪神・淡路大震災のときは東京で大学生活を送っていたのですが、震災が発生した当日、被災地の上空を飛び回るテレビ局のヘリの中継映像を見て、自身の実家が壊滅したものと思い込み、パニックになった記憶があります。

とくに、TBSのヘリが「神戸市御影区」の上空のテロップを流し、ヘリに乗り込んでいたTBSのレポーターの女が嬉しそうに「見てください!」「高速道路が横倒しです!」などと叫んでいる姿を見て、思わずTBSに電話し、「今映している場所はどこか?」と問い合わせたこともあります。

(※ちなみに神戸市東灘区付近に「御影区」などという行政区は存在しません。)

あとになってさまざまな資料、友人や従弟の話などを総合し、このTBSのヘリが喜々として映し出していた「神戸市御影区」の映像は、①兵庫県芦屋市上空付近から撮影した神戸市東灘区深江あたりか、もしくは②東灘区上空付近から撮影していた灘区岩屋周辺、と判断しています。

参考:震災直後の国道43号線・岩屋高架橋の様子

(【出所】国土交通省・近畿地方整備局『兵庫国道事務所・防災情報』)

なお、結果的に著者自身の実家は、無事でした。

ですが、震災直後は電話も通じず、テレビを通じてショッキングな映像が次々と入ってくるのを見ていると、やはり不安な気持ちになるのを抑えられませんでした。無責任に現地の映像を垂れ流したTBSを含めたメディアに対する怒りは、現在も続いています。

また、テレビ局や新聞社などの取材手法自体も、極めて非常識なものでした。

後日、親戚や友人に尋ねると、避難所で突然、テレビ局員がカメラを回し始めるなどし、被災者とトラブルになる、といった事例も頻繁に発生していたようです。

当時は「マスゴミ」なる用語はまだ発生していませんでしたが、社会がネット化するに従い、報じる内容も取材手法も「ゴミ」のようなメディアに対し、「マスゴミ」という用語がネット上で自然発生したのも、個人的には深く納得できる現象、というわけです。

支援物資として適さないもの

こうしたなかで、著者自身も東京で複数の方から支援の申し出をいただきました。

といっても、自分自身が被災したわけでもなく、また、支援物資をいただいたところで、それを実家に送る手段はないため、申し訳ないのですがお断りしました。冒頭の選択肢に入っている「果物」や「古着」は、こうした支援物資の一部です。

後日判明したことですが、被災地には全国各地から郵送でさまざまな「支援物資」が送られていたそうです。被災地の自治体職員だった親戚に話を聞くと、大震災に対応するなかで、全国からやってくる「支援物資」(と称したゴミ)の仕分けには、大変に苦労したそうです。

とくに生鮮食品は輸送の途中で腐敗することも多く、ただでさえ混乱している現場で、続々と届く支援物資を避難所まで配るのにも時間がかかります。大震災が発生したのが真冬ではなく、もし真夏だったならば、さらに悲惨なことになっていたものと考えられます。

また、中古の衣類、毛布のたぐいは、衛生上の観点からも使いまわすことが困難であり、結局は自治体の方で処分せざるを得ないことが多いです。

ただ、こうした「ゴミ」のなかでもとくに被災地の自治体担当者が困惑したものが、千羽鶴と寄せ書きでした。

なまじっか善意で送られてきているだけに、本当に扱いには困ります。

しかし、千羽鶴と寄せ書きについては、断言します。「本当に迷惑」です。

もちろん、千羽鶴や寄せ書きも、「真冬で暖を取る」ために燃やせば良いではないか、などと屁理屈を述べる人物もいましたが(※実話)、こうした「焼き鳥」は、千羽鶴の「目的外使用」といえるのかもしれません。

熊本地震でも「善意の押し付け」が問題に!

ちなみに「千羽鶴、古着、生鮮食品は不要」というのを主張しているのは、べつに当ウェブサイトに限られません。

今から7年前、2016年4月に熊本県で発生した大地震の際には、『J-CASTニュース』にこんな記事が掲載されています。

「千羽鶴・古着・生鮮食品は要りません」 被災地が困る「ありがた迷惑」な物とは

―――2016年04月18日19時27分付 J-CASTニュースより

同記事によれば、「被災地に集まった過剰な支援物資が現場の混乱を招く『第二の災害』になる」として、具体的には▼千羽鶴、▼応援メッセージ、▼汚れた古着、▼使用済みの毛布、▼生鮮食品――、などが被災地を混乱させてしまう可能性があると指摘しています。

J-CASTはまた、阪神・淡路大震災の際には、こうした「使用できない支援物資」の処分で、被災した兵庫県西宮市が2800万円(!)の費用を投じたというなども事例も取り上げたうえで、こう報じています。

実際、今回の地震を受けて福岡市が呼び掛けた支援物資提供の協力依頼でも、受け入れ品をペットボトルの水や未使用のタオル・毛布の6種類に限定。福岡市コミュニティ推進課は16年4月18日のJ-CASTニュースの取材に対し、『指定した以外の物品をお持ちになられる方もいるのですが、お断りしているのが現状です』としている」。

まったくそのとおりでしょう。

ほかにも、こんな事例が取り上げられています。是非とも熟読しましょう。

95年の阪神淡路大震災では、約43万個に及ぶ『個別包装』の救援物資が神戸市に届いた。震災に伴う交通網の乱れから、市は24時間体制での対応を余儀なくされたほか、膨大な物資の仕分けや配布に多くの人手を割く必要が出てしまった

04年の新潟県中越地震では、被害の大きかった小千谷の市役所に地震発生の当日夜から物資が届き始めた。余震の可能性が高い状況の中、『市役所周辺の道路は荷降ろしを待つトラックで大渋滞』となったほか、積み重なった荷物が『職員の通行にも支障をきたすまで』溜まった

ちなみに小千谷市の事例だと、市役所職員は支援物資の対応で「一睡もできなかった」といいます。

災害支援は非常に重要ですが、くれぐれも「善意の押し付け」にならないようにしたいものです。

実際に何が役に立つのか

現金はいくらあっても困らない

さて、冒頭のアンケート、おそらく多くの被災者の答えは、「①現金」ではないでしょうか。

たとえば、大震災の初動で最も必要なのは「瓦礫の山からいち早く被災者を助け出すこと」ですが、大規模災害にもいくつかの段階があります。

初期はライフライン(水道、電気、ガスなど)が寸断され、電話も通じにくくなるなど、さまざまな箇所で影響が生じますが、電力会社の尽力の影響もあってか、これらのうち電気については意外と早く復旧しますし、とくに日本においては家庭や役所に備蓄もあるため、「食糧不足」はさほど問題になりません。

そうなってくると、非常に役立つのが現金です。現金はいくらあっても困りません。

不足しているもの、緊急の出費が必要な項目などは各家庭・各被災者によって異なるでしょうし、それらは結局、各家庭・各被災者が判断すべきものです(※こうした観点もあり、2011年の東日本大震災のときには、著者自身は日本赤十字社に少額の寄付を行っています)。

千羽鶴が戦場で平和に貢献?寝言はたいがいにしてください

さて、「千羽鶴」の話題に戻りましょう。

当ウェブサイトでしつこく「千羽鶴撲滅運動」を展開しているのには、理由があります。最近、日本から飛来する千羽鶴が国境を越えて外国にまで迷惑をかけ始めるおそれが生じているからです。

昨年の『千羽鶴を贈ることは本当に相手のためになるのですか?』でも取り上げたのが、ロシアからの侵略を受けているウクライナに対し、千羽鶴を送ろうとする動きです。

またしても「千羽鶴」が暴走し始めたようです。今度のターゲットは、ロシアの軍事侵攻に苦しむウクライナ大使館だそうです。これについて考える前に、そもそも千羽鶴とはいったい何なのか、そして広島市がその対応にどう苦慮しているのか、さらには「支援を受ける側」が望むであろう「善意の発露」とはいったい何なのか、少し立ち止まって考えてみませんか?暴走する千羽鶴日本には「千羽鶴」という文化があるようです。折鶴といえば、色鮮やかな折り紙で鶴を表現する、日本人なら知らない人はいない文化です。そして、千羽鶴とは、そ...
千羽鶴を贈ることは本当に相手のためになるのですか? - 新宿会計士の政治経済評論

もちろん、平時に「文化交流」として、「日本では平和を祈り、相手を元気づけるために千羽鶴を折るというカルチャーがあるんです(※)」などと言い張り、相手に千羽鶴を送り付けるのはアリでしょう(※もちろん、そんな「カルチャー」、日本にはありませんが…)。

しかし、常識で考えて、そんなものを現地に送りつけられて、いったい何の役に立つというのでしょうか?千羽鶴が平和のために役立つという寝言は、この際、自粛しましょう。

「広島千羽鶴」の影響でしょうか、千羽鶴には「平和の象徴」というイメージでもあるのかもしれませんが、皮肉なことに、現実にウクライナが欲しがっているのは「平和の象徴」ではありません。「ロシアを撃退するための武器」です。

個人的には、「千羽鶴を折る」ために労力を使うよりも、「国会議員に対し、ウクライナに武器供与を可能とする立法措置を呼び掛ける」ために労力を使った方が、ウクライナの人々には遥かに喜ばれるのではないかとすら思います。

この点、「ウクライナに折り鶴を」の発起人の主張をよく聞くと、なにも現地に送ろうとしているのではなく、とりあえずはウクライナ大使館に送ろうとしていたようです。したがって、ウクライナ大使館が千羽鶴を現地に送らず、応接室あたりに飾る分には、さほど悪い話ではないのかもしれません。

ただ、千羽鶴を贈られて嬉しいかどうかを判断するのは、第一義的にウクライナ大使館ではありますが、常識的に考えて、「諸手(もろて)を挙げて歓迎する」かどうかは微妙でしょう。

支援物資として有害な千羽鶴は自家消費に限る

なお、これについては後日談があり、やはり『J-CASTニュース』によると、結局は「発起人」は千羽鶴の寄贈を断念したようです。

ウクライナ大使館に「千羽鶴」を 平和願い折るも寄贈断念、発起人の胸中は

―――2022年03月20日11時00分付 J-CASTニュースより

発起人の方はJ-CASTのインタビューに対し、ネット上で寄せられた反応から「折り鶴なんて意味がない」という風潮を感じ取ったのだそうですが、正直、「折り鶴に意味がない」という理解は、あまり正確ではないように思えます。

正しくは、「折り鶴は支援物資として有害である」、ではないでしょうか。

もっとも、この発起人の方は、完成した折り鶴を自身が所有する古民家を改装した宿に飾り、「宿に来るお客さんと一緒に、ウクライナの問題を考えるきっかけにしたいと思います」、と述べたそうです。

このように自己完結できたことは、悪い話ではありません。

実際、被災地のためにどうしても千羽鶴を折りたいという方は、是非ともそれをご自宅に飾っていただきたいと思います。そのうえで、色とりどりの美しい千羽鶴を写真におさめ、SNS(ツイッターやインスタグラムなど)にアップロードし、「私の気持ちは被災者とともにあります」などのメッセージを添えると、なお良いでしょう。

間違ってもそれを被災地に送りつけようとしないでいただきたいと思います。

被災地で炊き出し:鹿児島県南九州市に感謝!

なお、公正さのために付言しておくならば、生鮮食品のすべてが「ありがた迷惑」だった、というわけではありません。トラックで現地に乗り付け、支援物資を直接手渡す」という活動は、現地では大変に喜ばれたのだそうです。

日本いも類研究会』というウェブサイトの『阪神大震災(乎成7年3月24日)』というページによると、鹿児島県頴娃町(えいちょう)の町役場の関係者が次のように述べているそうです。

うちでは地震のすぐ後、18トントレーラーに特産のカライモとダイコンの漬け物を満載して神戸に急行しました。役場の職員も6人、行きました。いもは生では食べられませんから大釜なども持って行きました。西宮の高須中学の校庭でふかして被災者に配りました。でもそういうことをしたのはうちだけではありません。隣りの知覧町さんも大型トラックでカライモを持って行きましたよ」。

被災地には燃料も調理器具も不足していますから、こうした「産地直送型」「ボランティア型」の支援は、何ともありがたい話でしょう。このエピソードを知り、鹿児島県南九州市(頴娃町、川辺町、知覧町が合併して2007年12月1日に発足)に少額ながらふるさと納税を行ってみても良いかもしれません。

トルコ大使「物資送付は避けて」

さて、トルコ南部とシリアを襲った大地震では、日数が経過するにつれて犠牲者がどんどんと増えています。本当に心が痛みます。

こうしたなか、駐日トルコ大使が8日、都内で記者会見に応じたそうですが、そのメッセージを紹介しておきます。

日本の支援に感謝 「物資送付避けて」―駐日トルコ大使

―――2023年02月08日16時23分付 時事通信より

時事通信によると、トルコのギュンゲン駐日大使は会見で「日本政府の特段緊急支援に感謝している」、「多くの義援金にも感銘を受けた」などとしつつも、民間が支援する場合には「物資ではなく義援金を送ってほしい」と訴えたそうです。そのうえで大使は次のように指摘したそうです。

被災地域は広く、物資をバラバラに届けると(現場の)追加負担になることもある」。

じつはこれ、べつに今回の災害に限った話ではありません。

阪神・淡路大震災や東日本大震災でも、被災地域は広範囲に及びましたし、支援「物資」はときとして現地を混乱させるからです。くどいようですが、千羽鶴を現地に送りつけるようなことは控えてほしいと思います。

また、時事通信によると、現在、在日トルコ大使館は「祖国に住む家族らの安否を問う在日トルコ人への対応に追われている」そうですので、むやみにトルコ大使館に支援を巡って連絡を取ることは控えましょう。

それよりも、非常に重要なツイートを紹介しておきます。

トルコに支援する場合、義援金の振込先は次の通りです(銀行名・支店名・口座種別・口座番号・口座名)。

  • 三菱UFJ銀行・渋谷明治通支店(470)普通3195717 TURKISH EMBASSY
  • 三菱UFJ銀行・名古屋営業部(150)普通1273225 Turkish Consulate General

いずれにせよ、現地で1人でも多くの方々が助かることを切に願いたいものです。

新宿会計士:

View Comments (30)

  • 毎度、ばかばかしいお話しを。
    千羽鶴は、これで全て解決できるという、我々の信仰の象徴である
    これって、笑い話ですよね。

    • すみません。追加の笑い話です。
      TBSレポーター:「被災地が悲惨だ。これで視聴率になる」
      これって、笑い話ですよね。

      • ユーモアのセンスは「0」だと思います
        だいたい他国の災害被害をお笑いにするじてんで
        「東日本大震災をお祝い」した某国を連想させて「キモイ」

        • 毎度、ばかばかしいお話しを。
          マスゴミ:「視聴率になるのなら、地震が国内だろうと、国外だろうと関係ない。そして、その地震が悲惨であるほど視聴率があがる」
          さて、これは笑い話でしょうか、マスゴミの本音でしょうか。

          • 東北震災で避難所にいた時、マスコミのやつだけヘルメットして建物の中に入ってきた。その後も、震災番組ではスタジオ内でアナウンサーがヘルメットかぶってる。今度のトルコ地震でも、皆が素手で瓦礫どけてる現場で、一人だけヘルメットかぶって実況していたやつがいたなー。

  • 「神戸市御影区」(爆笑)!この一言で関西に来た事無いヤツやな、地縁血縁無いな、と分かります。そんなTBSのアナウンサーをヘリに乗せるな。騒音と嘘情報タレ流すだけや。私はその時、東灘区魚崎北町に居ました。阪神高速道路が薙ぎ倒されたソバです。不思議と怖さなかった。現実とは思えなかった。

    避難所の千羽鶴ね、要らんわ。邪魔。気持ち込めただけに、余計に邪険に出来ない。何もしないでください。

    • ワンチャンそのアナが酒飲みで、御影郷というつもりで…ないな。

      長田区五位ノ池町にいましたが、御蔵通はじめ何か所も上がっていた黒煙は昼過ぎまで無視されていましたね。(電気だけは9時ごろに復旧した)

  • ヘリコプターで思い出した。
    新宿副都心で次々に飛来するヘリコプター。「うるせぇ~な、なんか事件でもあったかな?」
    帰宅してテレビをつけたら都知事選の公示日とのことで都庁の空からの映像を写している。
    どのチャンネルも同じ。
    都庁の空からの映像などいつ撮っても同じだと思うけど、その日に撮った映像でないと気が済まないんだね、あの人たち。

  • 日本が被災したら真っ先に偵察機が動き出したのはロシアと北朝鮮でしたね。

    今回のニュースで咄嗟に思い浮かんだのは、
    ・スウェーデンはどうするんだろう?
    ・ウクライナ事変の調停者ぽく立ち回るエルドアンは態度を変えるのかな?
    ・シリアは誰からも嫌われてるけど、誰か助けてくれるのか?救援隊を受け入れるのか?
    ・ロシアは救援隊を出す余裕あるのかしら。

    こういうときにお布施したくても、悩ましいですね。
    エルドアンやアサドはアレですし、国連や赤十字もナンですし、日本の国際救援隊に直接入金できたらよいのになぁ。

  • 阪神淡路大震災の後、雨が降り、地盤のゆるい場所はがけ崩れの危険があるとの注意報が出た。
    どこのテレビ局か忘れたが、女性記者が崖の多い地区に行き「まだがけ崩れはおきませんね~」
    これには被災者から大ブーイング。

    これなどマスゴミの性格をよく表している。
    地震の被害は大きく、コロナ感染者は多くなきゃニュースにならない。

  • トルコは地震の多い国だが、以前の地震の際、日本で集めた寄付金20億円がまったく届いていない事件があった。詐欺にあったのだ。あの銀行口座本物か?

  • 不肖宮嶋ことカメラマン宮嶋茂樹氏によれば、戦場や災害現場などで、少しでも派手な「決定的」瞬間を撮ろうとするのはカメラマンの本能のようなものだそうです。私が宮嶋氏を評価するのは、彼はそのような「本能」をロクデナシの所業であり、人の不幸でメシを食っていると謗られても当然だということを深く自覚している(ように見える)という点にあります。
    でも、多くの報道カメラマンやメディアのレポーターには、どうやらそういった自覚は皆無であり、それどころかむしろ良いことをしているのだという謎の使命感すら持っているように見えます。「犬が人を噛んでもニュースではないが、人が犬を噛めばニュースだ」などとよく言われるのは、そういったマスメディアに携わる人々の行動原理を端的に表したものでしょう。自分をロクデナシと規定したうえで、なおその行動を続けるのは、かなりの精神力が必要であり、ほとんどのメディア人はそんな精神力は持ち合わせてないだろうと見ています。
    なお、マスメディアの「権威」が崩れ、情報発信が誰でも気軽にできるようになった現在、そのような自覚が求められるのは、何もメディア人だけではなくなったということも忘れるべきではありません。

    そしてもう一点。他国のことはわかりませんが、どうも少なからぬ日本人の間で、「善意でさえあれば何をやってもいいのだ」という考え、さらに「善意を断るほうが悪い」という考えが漠然と広まっているように思います。日本語には「ありがた迷惑」という言い回しが存在しますが、以前某サイトで見かけた記事では、多くの他言語話者がそんな表現は自言語にはないと感嘆していましたので、おそらく他国でも似たようなものなんでしょう。
    でも、結局のところ、想像力を欠いた善意は時として「ありがた迷惑」であり、場合によっては悪意よりも始末が悪いということを肝に銘じておくべきなんだと思います。

    • いや、逆やろ
      昔の方がおせっかいで善意の押し付けみたいなの多かったよ
      人のプライバシー根掘り葉掘り聞くのが普通だった時代
      「昔は良かった、今時の若者はー」の一種やんけ

      • 昔も今も大して変わらんよ。
        そもそも昔は良かっただなんて書いてないし。どこをどう読んだらそう解釈できるんだ?

        • いや、今の方がいいに決まってるだろ
          昭和の同調圧力やプライバシーの無さ舐めてないか?
          昔から頑固な年寄りが無理やりウクライナや被災地にガラクタを送ってたよ

    •  ありがた迷惑は「要らぬ好意」「ズレた善意」といった文によって認識はされるようですから、わざわざ単語・熟語として専用の言葉がある(その感情に名称がある)のがスゴイ、という話なのでしょうかね。外国人も「あぁわかるアレかー」と感じるからこそでしょうし。
       それだけ認知されている感情なのに、問題になるほど行われてしまうというのが不思議ですが……いや、行われてしまうからこそ名前が付くほど認知されている、か。

       善意をどう扱うかというテーマはかなり広がりがありそうに思います。今話題のスシローをはじめとした飲食店のテロ問題(湯呑ペロペロテロでペロリストって表現は不謹慎ながら笑った)などでも垣間見れますし。
       善意で問題提起や批判表明まではよしとして、明らかにマズイのが正義感で犯人特定&拡散、そして逆張り正義感か売名かで犯人擁護と、世の魑魅魍魎が箱から溢れ出る状態。コロナ議論でも暗殺事件でも一応は「善意」から意見や行動が割れるパターン、ここ数年で本当によく見る気がします。

      >想像力を欠いた善意は時として~
       これに尽きるのでしょう。

  • ロシア大事件や中華人民共和国大使館に「大変ですね!」って親切ごかしに新聞紙で折った千羽鶴を着払いで 贈るのは抗議活動として…
    イタタタ…耳を引っ張るのは誰だ!

    • いっそのこと材料である古新聞を着払いでお送りしても良いかもしれませんね。

    • ロシアはどうか知らんけど、中国は普通に「あー古紙来たわ、資源資源。」て処理しそうで怖い。

    • これ、気持ち悪いですね。
      ぞわっとしました。
      「ぽっけないない」するつもりなのか、
      「共産党でxx円寄付しました!」を、懐痛めずやりたいのか。。

      どっちにしろ、共産党噛ます意味全くないどころか、有害ですね。
      どういう思考回路でこんなこと全世界に向けて公開発言できるんでしょ?
      (事件起きる度に毎回やってるんですかね~?)

  • 記事を読みながら、かつて一世を風靡した名ゼリフ「同情するならカネをくれ」を思い出してしまいました笑 かれこれ約30年近く前のセリフなんですね。このセリフや千羽鶴の件を考え合わせると、日本人は「困っている人にカネをめぐむ」行為を(己の同情心を毀損すると考えるのか)忌み嫌う傾向にある、としてしまいそうになりますが、ちょっと待てよ、御祝儀や香典など「気持ち」を「カネ」で置き換えることは極当たり前のようにやっているでは無いか!?この違いは何なんでしょうかねぇ?

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