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    Categories: 金融

嵐の前の静けさ?韓国金融機関CDS水準がジワリ上昇

韓国の4大銀行のCDSがワイドニングしている、といった報道がありました。昨年末と比べ3倍になったというのです。ただ、もともとのCDSの水準が低かったため、これが3倍になったところで、直ちに韓国の金融市場が崩壊する、といったものではありません。しかし、CDS市場の動きは嵐の前の静けさという点では気になるものでもあります。こうしたなか、本稿ではCDSの仕組みを改めて簡単に振り返っておきたいと思います。

CDSとはなにか

以前の『ロシア国鉄のCDSが発動:ソブリン債もCE申し立て』でも取り上げた論点のひとつが、「クレジット・デフォルト・スワップ」と呼ばれる金融商品です。

予想どおり、ロシア政府に対するCDSのCEがDCに対して申し立てられたようです。もしもロシア政府が公式にデフォルト認定されたとしたら、西側諸国の金融制裁もあらたな局面に達したといえます。おりしも現地時間月曜日には、同じくDCがロシア国鉄のスイスフラン建ての債務についても、CEのひとつである「支払不能」の認定を下したそうです。CDSとは?クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と呼ばれる金融商品があります。これは、ある「参照組織」に「クレジット・イベント(CE)」が発生した場合に、プロテクシ...
ロシア国鉄のCDSが発動:ソブリン債もCE申し立て - 新宿会計士の政治経済評論

これはデリバティブ(金融派生商品)の一種で、「ある組織や債務者にデフォルトなどの事由が発生した場合に金銭の授受が行われる」という契約のことです。

これにはいくつかの特徴がありますが、その最たるものは「参照組織」または「参照債務者」という概念でしょう。

たとえば「ロシア政府を参照組織とするCDS」とは、「ロシア政府がデフォルトなどの状態に陥った場合(=デフォルト事由が発生した場合)に金銭の授受が発生する」というもので、そのときには「プロテクションの提供者」が「プロテクションの保有者」に対しておカネを支払う必要があります。

その引き換えに、プロテクションの保有者はプロテクションの提供者に対し、一定金額のプレミアム(≒保証料)を支払う必要があるのですが、もしもその債務者に「デフォルト事由」が発生しなかった場合には、このプレミアムは払い損です。その意味で、CDSは「掛け捨て型の保険」に似た仕組みだと言われることもあります。

CDS≠保険

ただし、専門的な立場からすれば、CDSと保険は同一のものではありません。

というのも、CDSはそもそも保険と異なり、一般的には短期的な商品であり(CDSの場合は標準物で最長でも5年)、しかもその「保証料」は、CDS市場で市場原理に従って決定されます(※これに対し、保険の場合は基本的に数理計算などに応じて保険料が決まります)。

さらには、CDSはデリバティブですので、そのときの時価に応じていつでも新規契約や解約(アンワインド)が可能であり、また、必ずしも契約締結時点において想定元本に相当するおカネを準備する必要はありません。このため、大変に使い勝手が良い契約である、という言い方をしても良いでしょう。

CDSとは?

「参照債務者」ないし「参照組織」に「信用事由(クレジット・イベント)」が発生したときに、「プロテクション提供者」が「プロテクション保有者」に対して金銭を支払う契約。「プロテクション保有者」は「プロテクション提供者」に対し、一定のプレミアムを支払う

CDSにいう3CE、すなわち「3つのデフォルト事由」(事業会社等の場合)
  • 破産(Bankruptcy)
  • 支払不能(Failure to Pay)
  • 事業再編(Restructuring)
保険とCDSの違い
相違点 保険 CDS
法的性質 保険契約 デリバティブ
支払事由 保険事故(人の生存や死亡、一定の偶発事故に基づく損害など) 2CEないし3CE
契約期間 生命保険のように長期に及ぶ場合もある 最長でも5年というケースが多い
計算方法 保険数理計算に基づいて保険料を算定 プレミアムはCDS市場で決定される

(【出所】著者作成)

信用力を市場化するうえでCDSは非常に便利

こうしたなか、クレジット市場参加者の間で有名な論点がひとつあるとしたら、それは「CDS市場とキャッシュ市場の違い」という論点でしょう。

そもそも信用状態に関する市場というものは、世の中にはそれほど多くありません。

たとえば銀行などからおカネを借りるときには、それらのローンは「金融市場」を通じて調達するものではなく、通常であれば、あくまでもその銀行から直接、金銭消費貸借契約を取り交わしておカネを借りる、というパターンとならざるを得ません。

もちろん、シンジケーテッド・ローンのように、ある程度は貸出金の市場が存在するというケースもあるのですが、これらは例外的なものです。また、市場性がある調達といえば公募社債がその典型例ですが、社債を発行することができる企業も上場会社などに限られています。

このため、ある銀行がある債務者に対しておカネを貸しているとき、その貸出金の市場価値がいくらくらいなのかを把握する必要があると、大変に困ったことになります。客観的に信頼し得る指標が、なかなか得られないからです。

こうしたなかで、CDSは大変に便利な指標です。というのも、その「信用リスク」だけを切り出してマーケットで取引できるようにしたものだからです。

極端な話、メガバンクなどがバーゼル規制対策で保有している貸出金に対応する企業のCDSのプロテクションを購入し、運用難に苦しむ地域金融機関や保険会社などがプロテクションを売れば、間接的に、メガバンクなどが保有している信用リスクを、ほかの投資家が分担する、ということもできます。

世の中にはこうしたタイプの商品も数多く取引されています(※とある「やんごとなき事情」があるので、あまり詳しくは説明しませんが…)。

韓国で銀行のCDSが一斉にワイドニング

そして、そこから転じて、CDSの市場は、その企業やその国そのものの信用状態を測定するための手段としても機能しているのが実情でしょう。

これに関連し、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に今朝、こんな記事が掲載されているのを発見しました。

韓国の銀行の不渡りリスク指標悪化…米中欧も一斉に上昇

―――2022.11.09 07:27付 中央日報日本語版より

中央日報によると韓国の4大金融持株会社(KB金融、新韓銀行、ハナ金融、ウリィ金融)のCDSプレミアムが4日時点の平均で0.75ポイントとなり、昨年末の0.22ポイントから3倍以上に上昇したのだそうです。

このあたり、アジアCDSの市場参加者は、事実上、金融機関やブローカーなどに限られていますので(※著者私見)、非常に雑な言い方をすれば、これらの市場参加者がコリア・ネームを巡って、今後5年間にCEが生じる確率を年間0.75%と織り込んでいる、という意味でもあります。

ただちに韓国金融システムが崩壊するというものではない

ただし、もともと昨年末の時点で0.22ポイントと非常に低い水準だったという点を踏まえれば、これが3倍になったからといって、韓国の金融システムが直ちに崩壊する、というほどの危機的な水準であるとはいえません。

しかも、(あくまでも中央日報の記事を信頼するならば、)現時点においては個別の金融機関のリスクが高まっているという事実は認められません。中央日報の記事によれば、昨年末と比べ今月4日時点における4大金融持株会社のCDSプレミアムは、それぞれ次の通りだったそうです。

  • ハナ金融…0.22→0.77
  • KB金融…0.22→0.75
  • ウリィ金融…0.22→0.77%
  • 新韓金融…0.24→0.73

こうした動きを見ていると、韓国の個別の金融機関の信用リスクが上がったというよりは、世界の投資家におけるリスク許容度が低下しているという点において、「金融システム全体の信用リスクがジワリ上昇した状態」とみるのが実情に近いでしょう。

実際、中央日報の記事によれば、中央日報によれば米銀のCDSプレミアムは昨年末の0.54ポイントから1.02ポイントに上昇する一方、欧州銀行のCDSプレミアムも0.38ポイントから0.96ポイントへと大幅に上がった、などと記載されています。

嵐の前の静けさ…!?

結局のところ、CDS市場は現時点における市場参加者の予測値の総和に過ぎず、また、「リスクを外したい」という動きが強まれば、プレミアムは上昇(=ワイドニング)する、という傾向がみられますので、あまり短期的な変動を見ても、さほど意味はありません。

ただし、CDSはどうしても市場参加者のコンセンサスにも依存するため、ある瞬間に一挙にワイドニングすることもあります。今朝の『当局介入か?韓国保険会社、コールのスキップ見送りへ』でも取り上げましたが、金融システム不安は個別の金融機関・準金融機関の経営危機から始まることも多いのです。

韓国の4大銀行のCDSがワイドニングしている、といった報道がありました。昨年末と比べ3倍になったというのです。ただ、もともとのCDSの水準が低かったため、これが3倍になったところで、直ちに韓国の金融市場が崩壊する、といったものではありません。しかし、CDS市場の動きは嵐の前の静けさという点では気になるものでもあります。こうしたなか、本稿ではCDSの仕組みを改めて簡単に振り返っておきたいと思います。CDSとはなにか以前の『ロシア国鉄のCDSが発動:ソブリン債もCE申し立て』でも取り上げた論点の...
嵐の前の静けさ?韓国金融機関CDS水準がジワリ上昇 - 新宿会計士の政治経済評論

たとえば「何らかの理由」で市場参加者に金融システム不安が意識されたら、その瞬間、あっというまに売られるという展開も考えられます(先般より取り上げている生保会社の劣後債コールのスキップも、その典型例かもしれません)。

その意味では、現在の金融市場が「嵐の前の静けさ」ではない、という保証はどこにもないのでしょう。

新宿会計士:

View Comments (12)

  • リーマンショックの時はAIGがCDSを引き受けていて危うく倒産しそうになり政府に救済されたはずだが、今はどこが引き受けているのだろう。

  • 日本のバブル崩壊の時、数年経ってから、あああの頃に崩壊が始まったのか、と分かるものでしたが、渦中にいれば、高景気の勢いが残っていますので、まあちょっと不動産が下がったよね、求人が少ないよね、資金繰りが厳しいよねとか思いつつなんとかなるさ、と危機感は少ないものでした。現状の韓国は、あの頃に似ていて、それ以上にヤバい感じがします。すでに韓国のバブル崩壊は始まっているのかもしれませんね。

    • あのころ役に立ったのは海外の識者の意見。
      「高すぎる、とにかく高すぎる、日本の株は」と言っていた。何しろ市場全体のPERが60倍を超えていたのだから。(今のPERは13-14倍)
      日本の評論家たちは、「戦後日本の株はずーと右肩上がりだ」と言っていた。今考えると本当にアテにならない人たちだ。

      • (自称を含む)大物投資家のポジショントークをありがたく拝聴し、真に受けるようなもんでしょう。そもそも「絶対に確実に儲かる」話を吹聴するはずがありません。真に受けた人たちが殺到したら、その分儲けが減ることになるんですから。
        根が小心者なので、あの頃はよもや自分が株式に手を出すようになるなどとは想像だにしませんでした。ぜーんぶ、超低金利が悪いんです。

    • 大手町の日経本社ビルに経済の歴史を語る展示があり、以前(相当昔)に足を運んだ時は株価の歴史的推移というグラフが大きく壁だったかに描かれていました。がーと上昇基調だったグラフがずどーんと落下してそれ以降すたぼろなことが誰にでも分かる展示になっていました。「あの頃は異常だったよね」というメッセージと当方は理解しました。今もあるのかは知りません。
      当時のことはいくつか思い出せます。そのひとつはある日機器設置に来た業者さんと会社の休憩コーナーで雑談した内容です。 その方は個人で貿易商をやっているようでした。不良債権という聞き慣れないことばがTVで話されるようになっていました。業者さんはこう言ってました。新聞TVは本当のことを伝えていない。もっともっと壊滅的な数字がこの先明らかになるのだろう。それまでアクセルべた踏みだった新入社員獲得競争がパタリと止み、とうとうバブル崩壊が巷間をにぎわすようになったのはそれからしばらくしてからでした。南無南無南無...

  • >嵐の前の静けさ?韓国金融機関CDS水準がジワリ上昇
    *経済のブラックアウトを示唆するフラグなのかもですね。