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ウクライナの積極攻勢で「数千人のロシア兵」が孤立か

ウクライナ戦争で転機が生じつつあるのかもしれません。英国防衛省が昨日出した『インテリジェンス・アップデート』などを読むと、ウクライナ軍がハルキウ州のロシア占領地域を一気に東西に横切り、一点突破方式で50㎞ほど侵攻した可能性があります。とくにハルキウ州を南北に流れるオスキル川の起点であるクビャンスクという街を制圧したとする報道が事実なら、イジウム周辺に展開しているロシア軍が補給を失い孤立する可能性が出てきました。

半年目にして大きな転機?

ウクライナ戦争開始から、すでに半年以上が経過しました。

開戦前は、「もしロシアがウクライナに進行したら、数日でウクライナ全土を掌握し、ゼレンスキー政権が排除され、親露政権が樹立されてウクライナがロシアの衛星国に戻るだろう」、といった観測をまことしやかに垂れ流す「専門家」の方々がいたことを思い出します。

しかし、現実にはウクライナ側は「数日」どころか半年かかっても降伏せず、それどころか首都・キーウの防衛に成功し、ロシアが誇る黒海艦隊の旗艦「モスクワ」を撃沈し、クリミア半島への攻撃にも成功し、さらには最近、反転攻勢に出ているという状況です。

つまり、戦争半年目にして大きな転機が生じた可能性があるのです。英国防衛省の昨日付の『インテリジェンス・アップデート』によると、ウクライナ軍が同国東部のハルキウ州に一気に侵攻したと記載されています。

一点突破方式でハルキウ州を東西に横切る

これを当ウェブサイトの文責において意訳しておくと、だいたい次のような意味合いです。

  • ウクライナ軍は2022年9月6日、ハルキウ州南部で攻撃作戦を開始した。先導部隊は狭い前線を維持しつつ、ロシアの占領地域に最大で50㎞侵入した
  • ロシア軍はおそらくは不意を突かれ奇襲を受けた格好だ。この地域のロシア側の武装は弱く、ウクライナ軍はいくつかの街を占領ないし包囲した
  • イジウム周辺のロシア軍はますます孤立している可能性が高い。ウクライナ軍は現在、クピャンスクの街の攻略を目前にしているが、この街はドンバスの最前線への供給ルート上にもあるため、この地点が陥落すればロシアにとって大きな打撃となる
  • ヘルソンでもウクライナの作戦は続いているため、ロシアの防衛線戦は南北両側から圧力を受けている

このツイートが事実なら、ウクライナ軍は「一点突破」方式でロシア占領地域のうちのハルキウ州に一気になだれ込み、ロシアの占領地域を東西に横切ったような状態です(※地名は私たち日本人にとってなじみがないものばかりですので、いちいち地図で確認していく必要はありますが…)。

ちなみにツイートに出てきた「クピャンスク」ないし「クピエンスク」(Куп’янськ)は、ハルキウ(Харків)から東に約50㎞ほどの地点にあり、ハルキウ州を南北に貫くオスキル川の起点のような場所に位置しています。

これまでの報道だと、ウクライナ側の作戦は同国南部のヘルソン州で行われていたはずですが、いわば「陽動作戦」のようなもので、実際には守備が手薄だったハルキウ州が一気に奪還された、ということなのかもしれません。

なぜか更新されていない戦況図

また、英国防衛省が『インテリジェンス・アップデート』とともに毎日のように公表していた戦況図が、9月8日の更新を最後に、日本時間の昨日夜11時時点において、2日連続して更新されていません。

その詳しい理由については定かではありません。

戦況が大きく変わっているために図を大きく作り変える必要があって手間取っているからなのでしょうか?それともほかになにか安全保障上の理由があるからなのでしょうか?

ロイター「数千人のロシア軍が包囲される可能性」

ちなみにロイターに昨日掲載された次の記事によれば、「ウクライナ軍の進撃はここ数ヵ月で最も速く、最大数千人のロシア軍が包囲される可能性がある」、などと記載されています。

Ukraine troops reach railway hub as breakthrough threatens to turn into rout

―――2022/09/10 20:41 GMT+9付 ロイターより

ロイターはまた、現地に派遣した記者が「ウクライナの警察が街を巡回している様子」や「逃亡したのロシア兵が放棄した場所に弾薬の箱が山積みになっている様子」などを伝えており、ウクライナ軍がすでにクピャンスクに「到達した」とも述べています。

そのうえで、「クピャンスクやイジウムの状況をロイターの記者が直接確認したわけではない」としつつも、もしもクピャンスクをウクライナが奪還すれば「ロシア兵数千人が孤立することになる」として、元駐欧米軍地上軍司令官のマーク・ハートリング氏によるこんな趣旨のツイートを紹介しています。

「(ウクライナ側は)間違いなく、ロシア人を『袋叩き』にするために、地形的な目標に焦点を当てた見事な作戦を実行している。しかも、ロシアがそれにほとんど抵抗できていないことが、結果的にウクライナ軍を助けているようなものだ」。

こうした情報を読んでいると、ウクライナや英国の発表を信じる限り、早ければ数日のうちにロシア兵が壊走する姿が報告されるかもしれない、といった予想も成り立ちそうです。

もちろん、くどいようですが、この手の情報を読む際には、情報源が英国やウクライナであるという点を理解しておく必要はあるでしょう。

タス通信自身も激戦を認める

ただ、面白いもので、ロシア側の報道を読むと、ロシアが苦戦しているという事実を、ロシア側がついうっかりと報じてしまうこともあります(『プーチン「ドンバス悲劇はウクライナのネオナチに罪」』等参照)。

ロシアのウラジミル・プーチン大統領は昨日、「ドンバスで現在起きている悲劇は、2014年に力によって権力を掌握し、同地域で軍事行動を開始したネオナチ政権によって引き起こされた」、などとしたうえで。ロシアの「特殊軍事作戦」がウクライナのナチス勢力からドンバス地域を守るためのものだと改めて強調したそうです。ロシアの「軍事作戦」とやらがドンバス地域以外の地域においても展開されているという事実を無視した強弁そのものでしょう。ロシアは絶賛苦戦中少し前から、ロシアがかなり苦戦しているのではないか、とする話題に...
プーチン「ドンバス悲劇はウクライナのネオナチに罪」 - 新宿会計士の政治経済評論

ちなみにロシアの『タス通信』(英語版)には昨日、タス通信にしてはやたら長文の記事が掲載されていました。

Russian Forces eliminate up to 300 Ukrainian servicemen near Kharkov

―――2022/09/10 22:10付 タス通信英語版より

これによると、ロシア国防省の報道官は土曜日、「ロシア航空宇宙部隊」が「ウクライナ国家警備隊第5旅団本部」、「バラクレアとチュグエフ付近のウクライナ軍」、「クラーケン民族主義大隊」などを「精密航空兵器で攻撃した」、などと発表したのだそうです。

「クラーケン民族主義者民兵」とは、これまた斬新な用語ですね。

ちなみにロシア側の発表だと、ウクライナ側の損害は「最大300人のウクライナ軍人と最大15台の軍用車両」なのだそうですが、「大本営発表」を思い出すのは気のせいでしょうか。

いずれにせよ、ハルキウで大規模な戦闘が生じたという事実自体はタス通信も認めているところでもあります。

また、ロシア側の戦果には、ほかにも、「ウクライナのドローン13機を撃墜」、「HIMARSロケット5機を迎撃」、といった項目も含まれているため、ウクライナ側がドローンやHIMARSなどの兵器を使用しているという事実も、タス通信の記事から明らかになるというしかけです。

まだ現時点においては「ウクライナの勝利」、「ロシアの敗北」などを楽観的かつ短絡的に期待すべきではないのかもしれませんが、それでもウクライナの勝利とロシアの敗北を切に祈りたいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (22)

    • ウクライナ軍の侵攻速度がいくら何でも速すぎで、ロシア側の占領地域の守備軍が殆ど残っておらず、文字通り無人の荒野の進軍だったのではないか? 等の憶測が乱れ飛んでいるようです。

      • わたしもそう思いますが、「薄いと見抜いて拠点奪取」はやはり情報戦の勝利なのでしょう。
        戦線の長さはあまり変わらず(つまり突出したわけでなく)、補給の面でもM-03号線内キーウ~ハルキウ~スラビャンスクの開通は大きいでしょう。
        つくづく良くできてるなー(後知恵ですが)。

        あと、メディアは国防省発表と言うが、国防省 HP は 403 Forbidden なので困っていたところ、上記で紹介されたリンクからだと国有通信ノーボスチがソースなのですね。
        助かりました。
        しかし「転進」みたいなこと言ってるなーw

        • 元コメ匿名です。
          >やはり情報戦の勝利なのでしょう。

          同意。初戦キーウと言い、ウクライナはハイブリッド戦争強いですね。(恐らく米国以上)、、、それに引き換え我が日本のハイブリッド戦争の弱さと言ったら、、、テロリスト擁護が蔓延し、沖縄ハイブリッド選、第一ラウンドは支那の圧勝。正直暗澹とした気分です。

  • 記事更新ありがとうございます。報道ベースですが匿名様のイジューム転進ニュースとあわせてモスクワ議会でプーチン大統領への辞任要求が出たとか。決して楽観視は出来ませんが事態の変わる一端なのかもしれませんね。

  •  敵を引き込んで倒すのがロシア軍のいつものやつ、というのがあるので一点突破成功はかえって心配なのですが…強固な防衛を突破したのなら大勝利ですが、これだけ速度が早いとなるとさしたる抵抗も無かったということも…しかし入ってくる情報の「ロシア軍潰走」ぶりが演技というにはガチすぎて。抵抗しなかったのかできなかったのか?
     ロシア側も戦線の変化をわざわざ認めているということは予定通りクサイか?でも英情報部だってまんまとやられたら面目丸潰れだし確度は高いか。うーん?
     この戦争の推移を予測できた専門家なんて居ないんじゃないでしょうかね。常識外すぎて知識があるほど無理。「ウクライナは降伏しろー」な方々は親ロシア派ってだけで全く専門家ではなかったし。

    • 農民さま
      >「ウクライナは降伏しろー」な方々は親ロシア派ってだけで全く専門家ではなかったし。
       日本の場合、親ロシア派だけでなく、「戦闘のことなんか見たくも聞きたくない、周りが話題にするのもけしからん」という憲法9条信者もいたでしょう。

      • すみません。追加です。
        ふと思ったのですが、もし日本のオールドメディアが、ウクライナ情勢のことを全く報道しなかったら、憲法9条信者の間では、ウクライナで戦闘が起きていないことになるのではないでしょうか。(極論ですが、今も憲法9条信者だけの間では、「メディアは、岸田総理の命令で嘘を報道している。ウクライナでは戦闘は起きていない」ということになっているのかもしれません)

  • 独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
    (そう自分に言い聞かせないと、素人が舞い上がってしまうので)
    自分のなかからロシア兵士を出してなく、自分たちの生活が苦しくならない限り、モスクワ市民にとって、ウクライナでのロシア軍の苦戦も別の国の戦争で、自分たちとは関係ない話なのでしょう。逆に、この冬の暖房用エネルギーの問題で、EUの市民の方が関心が高いかもしれません。(プーチン大統領としては、EU市民のなかから、「ウクライナのゼレンスキー大統領政権を倒すために、EUから有志連合を派遣して、一刻も早くウクライナ危機を終わらせるべきだ。それでロシアから、お年寄りの暖房のためのエネルギー輸入を再開すべきだ」という声があがるのを待っているのでしょう)
    蛇足ですが、もし普通(?)のモスクワ市民からウクライナでの戦争で一人(?)でも戦死者が出れば、モスクワ市民から「プーチン大統領は何とかしろ」という声が出てくるでしょう。もっとも、それによってロシア軍の撤退になるのか、攻撃激化になるのかは分かりません。
    ついでですが、今のウクライナ情勢は、(旧ソ連時代から実績のある)口コミでは、ロシア国内では、どういうことになっているのでしょうか。
    駄文にて失礼しました。

  • まとまった情報も少ないですし、まだいい地図が少ないんですよね。
    この数日間のウクライナ軍の反撃範囲を示したアニメーションがありました。

    Контрнаступальні дії Сил Оборони України на Харківщині за кілька секунд.Але, найцікавіше буде попереду.#Харківщина #Kharkiv #Kharkhiv #kharkivcounteroffensive #ЗСУ pic.twitter.com/AZju7fANh8— Ukraine News | Україна Новини | War (@ukrainenewstop) September 9, 2022

    タス通信のニュースタイトルを見ると、ウクライナ軍の進撃がロシア国内に伝わっていて、どう説明すべきか悩んでいる風情を感じます。
    彼ら自身も現状把握中なのでしょう。
    ロシア軍の次の一手が心配ではあるものの、次の一手はいつになるのだろう。

    • ドンバスの2つの傀儡国家の住民がロシア側に避難し始めて行列ができたり、
      ドネツクの大統領がロシア側に逃亡したり、
      イジュームを押さえた宇軍が、2月以前の境界線を越えてルガンスクに進撃中、

      などなど、未確認情報が飛び交っています。
      事実として確認できるのはしばらく後でしょうが、飛んでくる情報や多様さやスピード感に、サプライズな事態が進行中である感触があります。

      • こんにちは。

        >ドネツクの大統領がロシア側に逃亡
        この情報、本当であれば2月にゼレンスキー大統領が「みんなここにいる」と宣言した動画とあまりに対照的過ぎで、周りの人々の気持ちが持たないんじゃないでしょうか。
        歴史って「いくらなんでもそんなことないやろ」みたいなこちらの想像を超えて一気に動くことがありますが、このまま一気にロシア側の戦線が崩壊するんじゃないか、って感じもします。

        話は違いますが、ゼレンスキー大統領のあの動画以降、ことあるごとに反戦を唱えていた方々が「戦争に行くなら首相からどうぞ」とか「戦争に行くことのない奴が戦争をやる」みたいな話をしなくなった気がするのですが、これは情報収集能力が無いワタシの見間違いでしょうか(汗)

        • 今回の戦争は解像度と即時性が随分高いのもありますが、意外な結果が多く驚かされることばかりです。人間が死ぬ気で闘うというのはこういうことなんだなと思います。

          >「戦争に行くなら首相からどうぞ」とか「戦争に行くことのない奴が戦争をやる」みたいな話をしなくなった

          世論の雰囲気は変わった気がします。GDP2%に大した反対も起きなかったですね。言いづらくなったかもですね。
          ただ、「国の危機時に国のために戦うか」世論調査で、日本は他国と比べて特異的に低い値だそうです。それに変化があるかというと、微妙な気がします。

          • 元ジェネラリスト様
            >世論調査
            確かにそれは微妙です。自分も「じゃあお前はどうなんだ?」と聞かれたらかなり自信ないです(滝汗)
            そういえば「この国ときたら賭けるものなどないさ〜♪」って50年前の歌ですね(汗)

            ただ、今更ですけどゼレンスキー大統領のあの動画は本当に世界を変えた気がするのですよね。あれでウクライナはまとまったし、世界の雰囲気も変わりました。
            「なぜウクライナだけを助ける?」みたいな意見に対する答えのひとつがこれだと思うんです。

          • >自分も「じゃあお前はどうなんだ?」と聞かれたら

            そう言われれば、そういう私も即答はできないですね。状況によるとしか。
            その戦争がどんな設定なのかによりますね。
            無条件でYesとは言えないなぁ。

  • ウクライナ軍はヘルソンへの大規模攻勢を予告。
    住民に避難するよう命じ、クリミアへのミサイル攻撃も認めた。
    ロシア軍は慌てて東部から南部へ万単位で軍隊を移送。

    ロシア極東軍事演習「ボストーク」
    ウ国東部の前線を除く後方予備部隊を演習に参加。
    ハルキウ州、ザポリージャ州の後方はスカスカとなる。
    (ドンバス2州も事情は同じだがまだ民兵組織が駐屯している)

    ウ軍は衛星画像と演習画像でこの状況を確認。
    ウ国東部で演習部隊が戻る前の隙をついて電光石火の進撃を実現した。
    ロシアは東部に援軍を送るとしたが、この援軍はもともと東部にいた軍隊w

    まるで壮大なコント、ギャグのようであるが歴然とした事実。

    これが太平洋戦争でのミッドウェー海戦に相当すると願いたい。

    だがこのままウ軍の快進撃が続くことはない。
    膠着状況やロシア軍の「見せ場」も登場するだろう。

    まだまだこの戦いは続いていくことになる。

  • >>「クラーケン民族主義者民兵」とは、これまた斬新な用語<>国防省直轄の特殊部隊「クラーケン」が市庁舎屋上で撮影した動画は「バラクレヤ市制圧が9月8日午後4時に完了した」と報告しており、特に制圧を報告する兵士は引きずり降ろしたロシア国旗を踏みつけているため、バラクレヤをウクライナ軍に奪回されたことを強烈に印象付ける絵面だ。<<

    • 連投失礼いたします。
      前の投稿が崩れて表示されるようなので、再投稿いたします。

      ------
      「クラーケン民族主義者民兵」とは、これまた斬新な用語
      ------

      『用語』ではなく、ウクライナ国防省直轄の部隊の正式名称ですね。

      以下、「航空万能論」さんのサイトから引用します。

      https://grandfleet.info/russia-related/ukrainian-flag-on-balakulya-city-hall-which-says-russian-media-lies-under-control/
      国防省直轄の特殊部隊「クラーケン」が市庁舎屋上で撮影した動画は「バラクレヤ市制圧が9月8日午後4時に完了した」と報告しており、特に制圧を報告する兵士は引きずり降ろしたロシア国旗を踏みつけているため、バラクレヤをウクライナ軍に奪回されたことを強烈に印象付ける絵面だ。