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骨太方針に見る安倍総理「院政」

岸田首相が掲げる「新しい資本主義」とやらはどこに行ったのか。政府が昨日閣議決定した「骨太の方針2022」を読むと、「アベノミクスの3本矢」の記述がみられるなど、安倍政権が復活したかにも見えます。とりあえず岸田首相としても、安倍派、茂木派、麻生派などに配慮せざるを得ないようであることだけは間違いありません。

細かい文字がびっしり!骨太方針2022

いかにも「自民党らしい」と思える事例がありました。

昨日、政府は「骨太の方針2022」を閣議決定しました。

経済財政運営と改革の基本方針2022

―――2022/06/07付 内閣府HPより

端的にいえば、久々に、「これはひどい」と思える資料です。

パワーポイントの要約版がわかりやすいと思うのですが、A4サイズにみっちりと書きこまれ、ポイントがどこにあるのかよくわからないという代物です(図表1)。

図表1 『骨太の方針』のパワポ資料の例(※クリックで拡大、大容量につき注意)

(【出所】内閣府ウェブサイト)

まるで「安倍政権が復活」?

ただ、政府の資料がわかり辛いのは、べつに今に始まった話ではありません。

とくに日本の場合、首相(内閣総理大臣)には大した権限がなく、それどころか首相は与党(現在は自民党)内のさまざまな派閥、あるいは連立相手(現在は公明党)、さらにはさまざまな利害団体などの考えを複雑に調整しなければならないからです。

このあたり、私たち日本国民は安倍晋三総理や菅義偉総理の「強いリーダーシップ」を見慣れているがために、日本の首相は本来、あまり強い権限を持っていない存在なのだ、という事実を忘れてしまっているフシがあるのかもしれません。

今回の「骨太方針」、岸田文雄・現首相が取りまとめた初めてのものではありますが、良い意味でも悪い意味でも、岸田首相「らしさ」が出ているように思えてなりません。

非常に総花的でポイントがわかり辛いのですが、個人的に注目したいのは「財政」でしょう。閣議決定された方針の2ページ目には、さっそく、こんな記述があります。

今後とも、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組みを堅持し、民需主導の自律的な成長とデフレからの脱却に向け、経済状況等を注視し、躊躇なく機動的なマクロ経済運営を行っていく。日本銀行においては、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、2%の物価安定目標を持続的・安定的に実現することを期待する」。

読む人が読めばピンときますが、これはアベノミクスの3本矢そのものです。

岸田首相を巡っては、「新しい資本主義」なる正体不明の概念を掲げ、「日本を社会主義国にしたいのか」、などと批判されることもあるのですが、この記述を読む限りにおいては、基本的にはアベノミクスを維持していると考えて良いでしょう。

というよりも、「安倍政権の復活」と見るべきでしょうか。

PBバランス目標見送り、財政出動強化

また、岸田政権が財政健全化に向けてどの程度コミットするのかについては、次の記述も参考になるかもしれません。

  • 持続的な経済成長に向けて、官民連携による計画的な重点投資を推進する。これによる民間企業投資の喚起と継続的な所得上昇により成長力を高めつつ需要創出を促すとともに、今後の成長分野への労働移動を円滑に促す。また、省エネ・脱炭素を通じた国内所得の海外流出の抑制や同じ価値観を共有する国々との協力関係の強化を通じて、比較優位のメリットをこれまで以上に引き出すとともに国内投資を喚起する。さらには、インバウンドの再生、農林水産物・食品や中小企業の輸出振興といった取組を強化し、産業の構造変化を促す」。
  • その際、危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い、万全を期す。経済あっての財政であり、順番を間違えてはならない。経済をしっかり立て直す。そして、財政健全化に向けて取り組む」。

この記述、岸田首相の発言にしては、ずいぶんと踏み込んでいます。というよりも、「どこかで聞いたことがあるな」と思う人も多いでしょう。この「経済あっての財政」という表現を聞くと、やはり安倍総理の強い影響力を痛感せざるを得ません。

それに例の「プライマリ・バランス黒字化目標」については今回の骨太方針ではほとんど明記されていません。

このあたり、財務省と自民党安倍派の間でさまざまな「綱引き」があったものと想像されますが、安倍総理自身が岸田首相の「スポンサー」(?)として、かなりの影響力を発揮している様子がうかがえます。

防衛力を5年で「抜本的に強化」とコミット

さらには、具体的に日本の外交についても次のように述べています。

我が国は、次期G7議長国として、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値に基づく国際秩序の維持・発展のための外交を積極的に展開する。ウクライナ侵略には経済制裁等により毅然と対応し、ウクライナ及び周辺国等への支援を強化する。『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向け、日米同盟を基軸としつつ、豪印、ASEAN、欧州、太平洋島しょ国等の国・地域との協力を深化させ、日米豪印の取組等も活用するとともに、TICAD8を通じアフリカとの連携を強化する」(P21)。

また、この記述と前後して、こんな記述も見られます。

同志国の集まりであるG7の政策協調が密接に行われるようになってきているとともに、『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた協力も一層重要になってきている。また、NATO諸国においては、国防予算を対GDP比2%以上とする基準を満たすという誓約へのコミットメントを果たすための努力を加速することと防衛力強化について改めて合意がなされた」(P21)。

同P21にはほかにも、「新たな国家安全保障戦略等の検討を加速し、国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する」という記述がありますので、合わせ技で考えるなら、日本が事実上、5年以内に防衛費を倍増させる方向を盛り込んだものだ、とも読めます。

まさにこの「5年以内」という文言は、安倍総理が岸田首相に対し、政策の実現期限を示したうえで明記を迫ったものではないかと思えてなりません。

ロイター「崩れた政高党低」

これに関連し、ロイターにも昨日、こんな記事が掲載されていました。

焦点:崩れた「政高党低」、参院選後も歳出圧力 岸田政権初の骨太

―――2022年6月7日14:48付 ロイターより

ロイターは今回の「骨太方針」を、「官邸主導だった安倍・菅政権下の『政高党低』が崩れ、防衛予算や財政目標を巡って与党自民党主導の修文が目立った」と指摘。「与党の意向が政策に反映されやすい状況が続けば、参院選後も歳出圧力を強めそう」、などと指摘しています。

そのうえで、次のように述べます。

  • 外交・安全保障の強化を巡っては、党関係者らによると、日米共同首脳声明などを参考に修文案をまとめた。『台湾』と骨太方針に記載されるのは、脚注も含め骨太方針の策定を始めた2001年以降で例がない」。
  • 複数の政府関係者によると、同日から始まった各省協議では、防衛力について『抜本的に強化する』との表現にとどめ、目標達成の時期や具体的な予算額には触れていなかった。昨年までの『大幅に強化』からは踏み込んだ表現をたたき台としたものの、『具体的な道筋を示すべきとする与党の声に配慮せざるを得なかった』と、政府関係者の1人は経緯を振り返る」。

つまり、ロイターの報道が正しかったと仮定すれば、今回の骨太方針は、政府(というか財務省)と与党の綱引きの結果、かなり与党側に引き寄せられたものだ、と見ることもできます。

ちなみにロイターは、「与党関係者の1人」が防衛費について、「GDP比1%弱に留まる」現状を考慮し、「毎年1兆円ずつ増やせば5年で倍増となる」と話した、とも紹介しています。

自民党の派閥では岸田派は4番手

このあたり、岸田首相自身が所属する宏池会(岸田派)が衆参あわせて45人と、自民党の5大派閥のなかでは4番手に過ぎないことを踏まえると、ある意味では岸田首相としてもあまり強い指導力を発揮することができないのも仕方がないのかもしれません。

というのも、結局のところ、94人の議員を擁する安倍派を筆頭に、54人の茂木派、50人の麻生派という3つの派閥の意向を、岸田首相としても飲まざるを得ないからです。

図表2は、著者自身が調べた自民党内の主な派閥です(※なお、「菅派」についてはどこまで活動実態があるのかという問題はありますが、ここでは便宜上、衆院の「ガネーシャの会」と「令和の会」、参院の「菅義偉を支える参議院議員の会」と「令和の会」を合算しています)。

図表2 自民党の主な派閥
派閥名称 衆議院 参議院
清和政策研究会(安倍派) 60名 34名
平成研究会(茂木派) 33名 21名
志公会(麻生派) 38名 12名
宏池会(岸田派) 33名 12名
志帥会(二階派) 35名 8名
「菅派」 26名 15名
その他 39名 8名
合計 264名 110名

(【出所】著者調べ。ただし、衆参両院議長は「その他」に分類)

このように考えていくと、岸田首相が「独自カラー」を出すためには、結局のところ宏池会の自民党内における相対的な勢力を強めるか、茂木派や麻生派と組んで安倍派を排除する、といった選択肢しかなさそうです。

いずれにせよ、政権支持率も歴代内閣と比べて非常に高い岸田首相ですが、蓋を開けてみれば「少数派閥出身」、「大派閥に配慮する」という、何とも微妙な均衡の上に成り立っているというのが実情なのです。

あるいは安倍総理としても、自分自身が矢面に立たず、岸田首相という「傀儡(?)」を使って政策をねじ込んでいくという、事実上の「院政」が実現するのだとしたら、これはこれで興味深い現象といえるのかもしれません。

新宿会計士:

View Comments (11)

  • 一枚紙の文字間の詰まり具合を見ると、最初はずいぶんシンプルだったんだろうなと思います。
    あちこちに「ご意見」を伺いに行くたびに記載が増えて、矛盾をなく表現を整えて・・・担当者は大変だったでしょう。(笑)
    多分「ご意見」は丸呑み。
    話をよく聞くキッシーは、戦う気はなかったんでしょうね。
    だったら、ご意見伺う前に書いとけよ、と思いますが。

    書かれたことを実現する気があろうがなかろうが、今後は尻を叩かれることになります。

  • う~ん 書いてある内容は
    結構まともだと感じますが
    いかんせん 
    『骨太の方針』書いた紙なのに
    毛細血管ばかりで骨が見えません。

  • 「言いたいことはA4便箋一枚にしろ!」

    とかいう啓発本を読んだのでしょうw。

  • 日本の政治は実質的に

    ・安部党
    ・茂木党
    ・麻生党
    ・岸田党
    ・二階党
    ・公明党

    で行われている。

    その他の政党はしょせんガヤでしかない。

  • 詳しくは知りませんけど、自民党の政調会で結構ガチガチやったみたいですね。

    https://twitter.com/search?q=%E9%AA%A8%E5%A4%AA%E3%81%AE%E6%96%B9%E9%87%9D%20%E6%94%BF%E8%AA%BF%E4%BC%9A&src=typed_query&f=top

    党の方針を政府に反映させるための「骨太の方針」。官邸主導はどこへやら。w
    というか、政府の原案がかなりひどかったということなんでしょうかね。
    官邸はなにやっとるんやろ。

  • 経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2022」が昨日発表されました。 「骨太の方針」と繋がっているのすね。

    今回は「現金貯蓄から投資へ」など 自民党総裁選で発言していた内容とは随分様変わりしていて少し安心しました。 これが「聞く耳を持っている」ってことでしょうか?  他の方がコメントされていたように骨が足りない気がしますが、変に「新しい社会主義」へ突っ走られるよりマシです。

    これからも聞く耳を持って軌道修正して下さい。 道は他の派閥に任せましょう。  

  •  岸田内閣が安倍氏の弾除けみたいになった形で、マスゴミの歯がゆさ故の歯ぎしりが聞こえて来そうです。

  • 首相が一言で株価下げるようじゃ政党が介入してくるのは妥当かと。

    • 無能な発言をしていた人が首相になったので、日経平均は暴落しました(笑)。-いわゆる岸田ショック!(菅総理辞任のアゲアゲ相場をそのまま下げただけなのですが・・・)。
      で、この人は過去に発言したことを「実際に実現する能力が無い!」と判断され、今の株価があると思っています。

  • 岸田総理は、言っていることはともかく、就任以来やってきたことは外交、内政共に安倍総理らの路線と大きく変わりありません。
    なので、こういうものが出てくるのも至極当然の結果かと思われます。

    投資家達への賃上げへの理解も、目的が賃上げという形で従業員という社会を下から支える層に富を分配し、市場を回そう目的を考えれば、これもまたトリクルダウンを目指したアベノミクスと同じです。

    そもそも、公益資本主義の出所である原丈人氏の来歴からして、第二次安倍内閣の内閣府本府参与です。
    第二次安倍政権の時代には名前こそ付いていなかったものの、公益資本主義的な影響が安倍総理の当時からあったと考えられても不思議ではないと思います。
    実際、トリクルダウンの考え方というものが、投資家や企業と言った経済的強者が富を経済的弱者に分配してくれることを期待したものです。いわば、そこには、彼ら公益を求める善性が前提となっています。

    アベノミクスが道半ばで折れたのは、経済的強者による社会貢献意識の低さによって、彼らが富を分配しなかったことにあるのではないでしょうか。

    つまり、元々、安倍総理は公益資本主義的なものを目指して政治をしていた訳であり、岸田総理が今さら公益資本主義を唱えたところで、それは安倍総理の後追いでしかなく、路線が同じになるのは当然という訳です。

    とはいえ、あからさまに安倍元総理と同じ事を岸田総理が言っても、それこそ「安倍の傀儡」とか見なされかねません。
    それは、岸田総理にも安倍元総理にも好ましくない事態かと思われます。
    なので、そこそこに岸田総理は安倍元総理らとは異なる独自色を口には出しつつ、結局はやっていることは安倍総理らの路線継承のままという、これまでと同じ状況が続くと思われます。