X

フジの希望退職は「テレビ業界終焉」の始まりの合図か

テレビ局を退社しても独立クリエイターとして活躍できる時代に

「フジテレビの希望退職には約60人が応じた」。『スポニチアネックス』が先週金曜日、こう報じました。しかも、退職される方のなかには、90年代以降の日本のバラエティを牽引してきたとされる名プロデューサーの方も含まれているらしく、退職後は製作会社を設立し、映像制作に関わっていく、などとも報じられています。考えてみれば、昨今は動画サイトも存在するため、優れたクリエイターの活躍の場は地上波テレビとは限りません。

希望退職という悪手

くどいようですが、あくまでも一般論で申し上げるならば、希望退職とは、「悪手中の悪手」です。

その理由は、希望退職を実施すると、たいていの場合、会社にとって「辞めてほしい」人は会社にしがみつく反面、「辞めてほしくない人」が率先して会社を辞めてしまうからです。

これは、経済原理に照らし、ごく当たり前の話でしょう。なぜなら、「給与に見合った働きをしていない従業員」にとっては、「自分自身の働きに比べて過大な給料をもらっている」という状態が心地良いからであり、そうした状態に、意地でもしがみつこうとするからです。

詳細については申し上げませんが、著者自身もビジネスマンの端くれですから、希望退職の失敗事例を数多く見てきたつもりです。

希望退職を実施するようになるということは、何らかの事情でその会社の業績が悪化している、ということでもあります。そして、その会社の業績が悪化しているということは、給与に見合う働きをしていない従業員を雇い続ける余力がない、ということでもあるのです。

そこで、会社は割増退職金などを「エサ」に、これらの従業員に辞めてもらおうとするわけです。

しかし、会社が希望退職を実施すれば、会社を辞めても活躍できる人(たとえば「他社に転職できる人」や「独立できる人」)にとっては、「割増退職金」などの有利な条件で辞められるのであれば、さっさと退職してしまうはずです。

これに対し、会社にしがみつく以外に方法がない人は、たとえ「割増退職金」という「エサ」をぶら下げられても、退職することはありません。

この点、日本では労働法の制約が厳しいためでしょうか、「業績が悪化した」などの事情で、会社が従業員を辞めさせる(=指名解雇する)、ということは難しいのが実情でもあります。

しかし、理想論を申し上げるならば、もし本気で会社をリストラクチャリングしようと思うなら、「辞めてほしい人」を「指名解雇」方式でピンポイントで辞めさせ、リストラクチャリングが完了した時点で、「辞めてほしくない人」には特別賞与を出すなどし、組織の士気を高める、といった工夫が望ましいのではないでしょうか。

フジテレビが希望退職で特別損失90億円計上

さて、以前の『フジテレビが実施する希望退職募集は「悪手中の悪手」』では、フジテレビが50歳以上の従業員を対象に、希望退職を実施する、という話題について取り上げました。

フジテレビが50歳以上の従業員を対象に希望退職を実施するそうですが、結論的にいえば、悪手中の悪手でしょう。希望退職は「辞めてほしい人が辞めず、辞めてほしくない人が辞める」というものだからです。そして、以前の『コロナ禍でのテレビ局経営:在京5局はすべて減収減益』でも述べたとおり、在京民放キー局も経営状況は悲喜こもごもですが、総じてテレビ事業は減収が続いているようです。在京キー局の親会社の売上高当ウェブサイトでは以前の『コロナ禍でのテレビ局経営:在京5局はすべて減収減益』で、在京民放5社(の持株会...
フジテレビが実施する希望退職募集は「悪手中の悪手」 - 新宿会計士の政治経済評論

具体的には、「ネクストキャリア支援希望退職制度」と銘打ち、「経営計画における人事政策の一環として」、満50歳以上、かつ勤続10年以上の従業員を対象に、2022年1月5日から2月10日かけて希望退職者を募集。

そのうえで、通常の退職金に加え「特別加算金」を支給するとともに、希望者に対しては再就職支援を実施する、というものです。

2021年3月期決算に関しては、フジ・メディア・ホールディングスの連結売上高は5199億4100万円で、前期比17.7%の減収に沈みましたし、「親会社株主に帰属する当期純利益」に至っては、101億1200万円と、前期比でじつに75.5%も落ち込んでいるのです。

この点、同じ在京民放(の親会社)でも、不動産事業が好調なTBSの場合、「親会社株主に帰属する当期純利益」は280億7200万円と、前期比7%の落ち込みに留まっていることを思い起こすならば、やはりフジテレビの危機意識は相当なものでしょう。

さて、『フジが特損90億円計上も業界の凋落は始まったばかり』では、フジ・メディア・ホールディングスが今月3日に公表した『当社連結子会社における「ネクストキャリア支援希望退職制度」募集に伴う特別損失の計上に関するお知らせ』と題する開示について取り上げました。

フジテレビが希望退職で90億円の特損を計上するそうです。一部報道によれば、リストラに応じた人には通常の退職金に加え、1億円ともいわれる特別優遇加算金が支給されるそうです。ただ、このリストラがフジテレビにとって成功だったのかどうかについては、現時点ではまだわかりませんが、テレビ業界の凋落はまだ始まったばかりでもあります。希望退職という悪手「希望退職とは、悪手中の悪手である」――。これは、著者自身の持論です。一般に、希望退職制度(俗にいう「リストラ」)を実施する企業は、たいていの場合、何らかの理由で...
フジが特損90億円計上も業界の凋落は始まったばかり - 新宿会計士の政治経済評論

これによると、希望退職の募集期間は結局、1月31日に短縮されたらしく、また、2022年3月期決算において約90億円を特別損失として計上する、などとしています。

会計基準の建付けから判断するならば、「通常の退職金」部分については会計上、「退職給付に係る負債」(昔の用語でいう「退職給付引当金」)にて手当て済みですので、この「90億円の特別損失」の内訳は、基本的には「特別優遇加算金」で構成されているはずです。

こうした点を踏まえ、、当ウェブサイトでは、「『特別優遇加算金は1人あたり1億円』とする報道を信頼するならば、単純計算で希望退職に応じたのは90人前後」、という試算を提示しました。

「希望退職に応じたのは60人」=スポニチ

これについて、もう少し正確な人数が見えてきたようです。

フジテレビ 早期退職に元アナウンサー野島卓氏、境鶴丸氏、「ガリタ食堂」の明松功氏ら約60人応募

―――2022/02/18 16:40付 Yahoo!ニュースより【スポニチアネックス配信】

『スポニチアネックス』が『Yahoo!ニュース』に配信した記事によると、この希望退職に応じた人数が約60人だったことが「18日までにわかった」としています。「60人」という人数は、当ウェブサイトの「90人」という仮説よりもずいぶんと少ないですが、割増退職金が上振れたからでしょうか?

具体的には、「90年代以降の日本のバラエティを牽引してきた名プロデューサー」や看板ニューズ番組でメインキャスターを務めていた元アナウンサーなどの方が退職される、というのです。

ちなみに、同じく『スポニチアネックス』の次の記事によれば、この「名プロデューサー」の方は、ご自身で製作会社を立ち上げ、映像制作に関わっていく、などと報じられています。

「めちゃイケ」生みの親 フジ早期退職、名物プロデューサー・片岡飛鳥氏 制作会社設立へ

―――2022年2月18日 05:31付 スポニチアネックスより

テレビ局がリストラをすることで、そのテレビ局から優れたクリエイターが独立していくというのは、大変に興味深い話題です。

スポニチアネックスによると、昨年にテレビ東京を退社した人物を含め、昨今は著名テレビマンたちの独立が目立っており、これについてある放送作家は次のように述べたのだそうです。

作り手にとってもテレビに限らず、YouTubeやネット番組など多様な表現の場が増えてきた」。

まさに、これに尽きると思います。

独立しても活躍する場がある

ひと昔前であれば、地上波テレビ局関連以外で「不特定多数の人々に映像を届ける仕事」といえば、せいぜい映画製作くらいしか考えられませんでしたが、昨今だとネット上で映像作品を発表する機会が激増しています。

実際、まったく無名のクリエイターがYouTube上に動画を上げることも増えてきましたし、極端な話、その動画が面白ければ、またたく間にチャンネル登録者数が増加し、それなりの広告収入を得ることができるようにもなります。

それに、ネット動画の視聴環境は日に日に改善しており、地上波テレビが「2K」に留まっている間に、ネットでは「4K」「8K」などが当たり前になりつつあるなど、すでに一部の動画サイトは地上波テレビよりも高画質に対応し始めているのです。

おりしも、先日の『NHKとの契約不要「ドンキテレビ」好調につき再販へ』では、ディスカウントストアのドン・キホーテが発売した「チューナーレステレビ」の売れ行きが堅調だ、という話題を取り上げました。

NHKと受信契約の締結義務が生じないとされる「チューナーレステレビ」の売れ行きが好調なようです。ディスカウントストアのドン・キホーテが2月中旬から、チューナーレステレビの再販を始めるとの報道に加え、一部のメーカーは同様のチューナーレステレビの発売に踏み切っているのだとか。これなど、NHKの強欲が、結果的にはテレビ業界自体を道連れにしているようなものでしょう。ドンキのチューナーレステレビ『社会はチューナーレスTVによりNHK排除に動くのか』を含め、以前からしばしば当ウェブサイトで紹介してきた話...
NHKとの契約不要「ドンキテレビ」好調につき再販へ - 新宿会計士の政治経済評論

仮に――あくまでも「仮に」、ですが――、「画質も悪く、番組もたいして面白くなく、しかもNHKの受信料を半強制的に徴収される」というテレビと、「画質が良く、面白いコンテンツが無限に存在していて、しかもNHKの受信料を徴収されることはない」というテレビが存在したら、どうなるでしょうか。

もちろん、テレビは耐久消費財の一種なので、いますぐチューナーレスTVが普及する、という考え方は、やや短絡的です。しかし、5年後はどうか、あるいは10年後はどうか、などと考えていくと、やはり、地上波テレビとインターネット動画サイトの力関係は、いずれ逆転していかざるを得ないと思わざるを得ません。

その意味では、今回のフジの希望退職は、「テレビ業界終焉」の始まりの合図に過ぎないのではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (12)

  • 90年代00年代に活躍?してたであろうクリエーターwの調子乗りが今日のTV業界凋落の一因だよ
    その一員が外に出てクリエーター集団を立ち上げる? 悪いことは言わないからさっさと隠居すればぁ?

  • 以前にも書いたが、民放テレビというビジネスモデルはもう終わってるんじゃないかな。
    娯楽の王様の地位を映画から奪って半世紀、その地位をネットに明け渡す時期が来たということ。
    私はテレビをよく見る方だが、近ごろのテレビはひどい。
    歩いているか(ぶらり旅)、食べているか(食い物特集)。使っているタレントもギャラの安そうな人。要するに番組に金かけられない。またはショップチャンネル。これは番組自体がコマーシャルで、電波を売ってるだけ。希望退職に応じる人はテレビの将来に見切りをつけたということかもしれない。

    • TVのオワコンは政官は認識済み。
      なので、地方局の合併をOKするらしいよ。

  • 整理解雇の要件に怒れる中小企業経営者であります。
    お役所は「民間企業経営者性悪説&従業員性善説」という社会主義政策を排し、まじめに努力する企業を永続させるべく、解雇要件を大幅に緩和し、新しい資本主義?に移行すべきです。

    「仕事ってのは義務以上給料未満」という名言?がありますが、実際には義務未満の従業員だって存在します。義務未満の従業員は腐ったミカン(悪のインフルエンサー)である場合が多く、まじめに勤務する周囲に対して「まじめにやるだけバカらしい」という意識を増殖させるのであります。経営者としては一刻も早く解雇したいのですが、解雇要件を満たす必要があるため、手間をかけて業務改善指導を繰り返す日々です。するとしばらくはまじめに勤務する風を装うので、実際には解雇できません。さらにそういった輩に限って「鬱病を発症した」と称して傷病休暇の要件を満たしてしまったりするのが実情です。その鬱病も、、職務遂行上のストレスではなく、個人的な浪費+借金に起因する家庭内不和が原因だったりするのです。傷病休暇中の給料はゼロとなりますが、1円も会社に貢献しない従業員のために会社は社会保険料の半分を負担することになります。で、傷病手当金は「会社がネコババするといけないから」というお役所の親心?で、従業員個人の口座に振り込まれます。その際、社会保険料本人負担分の額をお役所は知らないはずがないのに、傷病手当金から天引きされずに個人口座に振り込まれます。会社は個人に対して「本人負担分の社会保険料を会社に払ってください」と請求しても「金がない」の一点張りで払おうとはしないのであります。そこで本来は本人が負担する社会保険料をお役所に立替払いすることになるのです。これを一定割合の従業員が始めたら、会社経営はどうなるでしょうか。
    会社は会社法に定めるとおり、反復的かつ永続的に利益を追求する団体なのですが、従業員に「繰り返し合法的に悪用(彼らにとっては活用)」されたら、、ひとたまりもありません。

    怒れる中小企業経営者は違法であることを認識したうえで、整理(指名)解雇を断行すべきなのでしょうか。

    • 正社員を保護することによって正社員が減り派遣と請負が増える。つまり正社員のコストが上がってしまいコストの安い方にシフトしているということ。
      表面上のコストは派遣や外注請負の方が高いかもしれないが、何があっても正社員の整理ができないというのであれば話は違ってくる。正社員は重要なポジションに限り、それ以外は派遣や外注でもできるように仕事を見直すというのが流れではないか。テクノロジーの進歩がそれを可能にしていると思う。

    • 解雇が容易になる法改正の必要性については竹中さんも言ってたね

  • 同じくバラエティ界の敏腕Pの佐久間氏は昨年、テレ東を辞めましたね。あと注目なのはテレ朝の加地氏、TBSの藤井氏。

  • 早期退職おめでとうございます。
    フジTVは南国を褒め讃えておりましたので、南国の早期退職制度を
    日本で実施してみせたのですね。 スバラシイです。
    能力?のある人達は新しい世界が待っていると思いますが
    無い方や会社の看板が自分の能力だと確信してきた人達にとり
    チョット厳しいものにブチ当たるかと思いますが、フジTVは
    そういった人達に背を向けてきましたから、実体験を纏め
    ドキュメンタリー形式で発表できる日をお待ちしております。
    アサヒ系では無一文でなくてミニマム生活をおくっているいると称される人も
    いますから、キット大丈夫です、

  • 今回率先して自ら退社を選ぶ人間が本当に優秀な人間かどうかは疑問符がつきますなぁ。
    その過去の栄光にしがみついたアナウンサーだのプロデューサーだのが居ても、止められないのが昨今の凋落ぶりなのですし。
    本当に優秀なら今回の早期退職制度を待たず、とっくに辞めてそうなもんだけど。

  • マッコイ斎藤氏の見解を大雑把にまとめると

    昭和において制作会社はTV局の奴隷状態だった。
    低賃金で長時間働かされ使い潰された会社も多い。
    その中で必死になって番組制作のイロハを学んでいた。

    ところが令和の現在はTVだけでなくネット番組やYoutubeがある。
    企画・撮影・編集が優れている制作会社は引っ張りだこ。
    制作会社とTV局の力関係が大きく変わりつつある。

    マッコイ氏の「笑軍」もTV、ネット番組、Youtubeとハイブリッドに活躍している。

    テレ東を退社した佐久間氏やフジを退社した片岡氏。
    今後は制作会社を立ち上げて活動するとされる。

    もう、優秀な人材はTV局ではなく独立の制作会社へ行くのではないか?

    この記事の趣旨とは違うが「テレビ業界終焉」の象徴がある。
    それは日テレ、桝太一アナ(40)の退社。

    桝アナは自他ともに認める民放男性アナウンサートップ。
    日テレも特別待遇をし将来も約束されていた。

    ところが何の未練もなく日テレを退社して研修者となる予定。
    これは若手のエースがTV業界を見切ったと言っていい。

    現在、TV業界は大変大きな衝撃を受けていてこれこそが終焉の号砲と言えるだろう。

  • 片岡飛鳥氏の同期入社と言えば「花の三人娘」といわれていた、有賀さつき(故人)、河野景子、八木亜希子、「第四の女」と呼ばれていた笹栗実根、後に衆議院議員となる三宅雪子(故人)、木村拓哉と山口智子が主演を務めた「ロングバケーション」などのプロデュースした杉尾敦弘氏がいます。
    この6人は既にフジテレビを退社済ですが、昨日のフジテレビの競馬中継で、GⅠフェブラリーステークスの実況をしていました青嶋達也アナウンサー(編成局アナウンス室スポーツ統括担当部長)はまだ現役続行みたいです。
    因みに片岡氏以外で早期退職される人は、片岡氏と同じく「めちゃイケ」のプロデューサーを務め、「ガリタ食堂」の企画への出演でも知られる明松功氏、元アナウンサーで現在は総務局適正業務推進室内部監査部勤務の境鶴丸氏、昨年までアナウンス部長を務めた野島卓氏だそうです。
    なお、境氏と野島氏は同期入社で、片岡氏らの1年後輩にあたります。