シンガポールのメディア『TODAY』に今月、興味深い調査が紹介されていました。ASEAN10ヵ国を対象とした世論調査で、中国は「信頼できないものの経済的には無視できない存在」とされる一方、最も深く信頼されている国が日本だ、というものです。とくに日本のソフトパワーがASEANに深い影響を与えているとのことですが、シンプルに「日本が好かれている、嬉しい」では済まされません。
FOIPは価値同盟
昨年9月に退任した安倍晋三総理大臣の置き土産のなかでも、最大のものといえば、「自由で開かれたインド太平洋」構想でしょう。日本語にすると少し長いので、最近だと英語の “Free and Open Indo-Pacific strategy” を略した「FOIP」と呼ばれることも増えています。
このFOIP、ごく大雑把にいえば、「自由主義」、「民主主義」、「法治主義」ないし「法の支配」、といった基本的な価値を、インド太平洋地域で共有しましょう、という構想のことです。
現在のところ、このFOIPに最も強くコミットしている日米豪印の4ヵ国を「クアッド(Quad)」と呼んでいますが、日本政府は「これらの基本的な価値を受け入れる国であれば、どんな国でもFOIPに参加することを歓迎する」というスタンスを取っています。
まさに構想自体が「開かれ」ている、というわけです。実際、英国はこのFOIPに強い関心を示しているとされますし、カナダやニュージーランド、もしかすると将来的にはフランスもこの構想に名を連ねる時代が来るかもしれません。
【参考】FOIP
(【出所】防衛省HP)
実際、日本政府が掲げる「FOIP」のイメージでは、日米豪印4ヵ国だけでなく、ニュージーランドやカナダ、英国、フランスなどが列挙され、さらには中東、ラテンアメリカ、南アジア諸国、太平洋諸国などの地域名も明記されています。
また、地図では明記がありませんが、たとえばモンゴルやカザフスタンなどの内陸国であっても、FOIPの理念に賛同する国であれば、当然、FOIPへの参加資格を持っています(『茂木外相のモンゴル訪問が日本にとって重要である理由』等参照)。
結果的にFOIPは対中包囲網に
その一方で、このFOIPとは絶対に相容れない国があるとしたら、そのうちのひとつが中国であることは間違いありません。昨日の『国基研で「数字で読む日中関係」について意見交換した』でも紹介したとおり、中国という国は、日本など西側諸国とは基本的な価値が相容れない国だからです(図表)。
図表 日中の基本的価値
基本的価値 | 日本 | 中国 |
---|---|---|
自由主義かどうか | 日本は自由主義国家である | 中国は共産主義国家である |
民主主義かどうか | 日本は民主主義国家である | 中国は独裁主義国家である |
法治主義かどうか | 日本は法治主義国家である | 中国は人治主義国家である |
基本的人権かどうか | 日本では人権が大切にされる | 中国では人権が無視される |
平和主義かどうか | 日本は平和主義国家である | 中国は軍事主義国家である |
(【出所】著者作成)
FOIPは自由、民主主義、法治主義などの基本的な価値で結びつく、一種の「価値同盟」のようなものですが、中国共産党の軍事一党独裁国家である中国は、存在自体がこうした価値とことごとく相反しています。
FOIPが事実上の「反中包囲網」とだとする主張が出てくるゆえんも、このあたりにあるのかもしれません(もっとも、個人的には、FOIPが結果として対中包囲網として機能し得るとは思いますが、FOIP自体は単なる価値同盟に過ぎないと考えています)。
また、自称「自由・民主主義国」でありながら、中国に対抗しようとしない無法国家も、FOIPの考え方とは相いれないのでしょう(※余談ですが、個人的には、日本政府が「国」と認めていない台湾こそ、自由・民主主義国の名に値すると思いますし、台湾にはぜひともFOIPに名を連ねてほしいと思っている次第です)。
FOIPではなくAOIPを採用したASEAN
一方、東南アジア諸国連合(ASEAN)はこのFOIPに対し、どういう立場を取っているのでしょうか。
これについて参考になるのが、ASEANが2019年6月に採択した「インド太平洋におけるASEANのアウトルック(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific, AOIP)」という構想です。大雑把にいうと、次の4つの要素から構成されます。
AOIPの4つの構成要素(※カッコ内は筆者意訳)
- A perspective of viewing the Asia-Pacific and Indian Ocean regions, not as contiguous territorial spaces but as a closely integrated and interconnected region, with ASEAN playing a central and strategic role(アジア太平洋地域とインド洋地域を、隣接する地域としてではなく、緊密に統合され、接続された地域として見た際に、ASEANがその中心的かつ戦略的な役割を果たしている、という視点)
- An Indo-Pacific region of dialogue and cooperation instead of rivalry(インド太平洋地域における対立ではなく対話と協力という視点)
- An Indo-Pacific region of development and prosperity for all(インド太平洋地域におけるすべての国の発展と繁栄)
- The importance of the maritime domain and perspective in the evolving regional architecture(進歩し続ける地域構造における海洋分野と展望の重要性)
なんだか、非常に漠然としていてよくわかりませんね。
ASEAN諸国は自由・民主主義ではない国も参加しており(たとえばベトナムやラオスなど)宗教もバラバラ(インドネシアはイスラム、フィリピンはカトリックなど)、言語もバラバラで、なかなか価値観の統合はできない、ということかもしれません。
いちおう、日米などはこのAOIPを支持すると述べています。たとえば米国は2019年7月、ASEAN代表部(US Mission to ASEAN)のウェブサイトで、このAOIPについて、次のように述べて支持すると表明しています。
“We see strong convergence between the principles enshrined in ASEAN’s Indo-Pacific outlook—inclusivity, openness, a region based on rule of law, good governance, and respect for international law—and the vision of the United States for a free and open Indo-Pacific, as well as the regional approaches of our allies, partners, and friends.”
意訳すれば、「AOIPには包括性、開放性、法の支配、良好な統治、国際法の遵守といった観点で、米国やその同盟国が目標とするFOIPと共通している」、とするものです。
ただ、ASEANがFOIPを丸呑みするのではなく、抽象的な文言を含めたAOIPを採択した理由は、このFOIP自体が中国に対する強い牽制として意識されている、という側面があるからなのかもしれません。
シンガポール紙「ASEANは米国を支持」
では、ASEAN諸国は本当のところ、中国を支持しているのでしょうか、それとも「日米同盟」陣営を支持しているのでしょうか。
これに関連し、シンガポールのメディア『TODAY』に今月、こんな記事が掲載されていました。
Majority of Asean will choose US over China if forced to decide, survey shows
―――2021/02/10付 TODAY onlineより
記事タイトルを意訳すると、「敢えて米中どちらを選ばざるを得ないとしたら、ASEAN諸国は米国を選ぶ」、というものです。
これは、シンガポールのシンクタンク「東南アジア研究所(ISEAS-Yusof Ishak Institute)」がASEAN加盟10ヵ国を対象に実施した世論調査で、米国に好意を持つ人の割合が、中国に好意を持つ人の割合を上回った、というものです。
記事本文については転載しませんので、リンク先で直接ご確認ください。ここでは気になった部分をいくつか紹介しましょう。まず、サマリー部分にはこうあります(カッコ内は意訳です)。
- The percentage of those who favour the US grew from 53.6 per cent last year to 61.5 per cent(今年の調査では、米国に好意を持つ人の割合は61.5%で、昨年の53.6%から上昇している)
- The increased support may be due to the prospect of elevated US engagement with the region(米国に対する支持が増大した要因としては、米国がこの地域への関与を深めていることが考えられる)
- Japan ranks top for not only being the most trusted major power by Asean respondents, but also the most desired travel destination(日本は主要国の中で最も信頼されているだけでなく、旅行先としても最大の人気を誇っている)
なかなか興味深い記述です。とくに箇条書きの最後の部分は、某特定国で信じ込まれている「第二次世界大戦中の日本軍の蛮行のため、日本はアジア諸国で嫌われている」とする説とは真逆の結果に見えなくもありません。
さて、肝心の記事本文です。これによると、ASEAN10ヵ国のうち「米国を選ぶ」と答えた比率が多かった国は7ヵ国で、「中国を選ぶ」と答えた比率が多かった国(3ヵ国)を上回りました。その内訳と比率は次のとおりだそうです。
「米国を選ぶ」と答えた比率
- フィリピン…86.6%
- ベトナム…84%
- シンガポール…65.8%
- インドネシア…64.3%
- タイ…56.5%
- カンボジア…53.8%
- マレーシア…53%
これに対し、「中国を選ぶ」と答えた比率が多かったのは次の3ヵ国だそうです。
「中国を選ぶ」と答えた比率
- ミャンマー…51.9%
- ブルネイ…69.7%
- ラオス…80%
調査自体は昨年11月18日から今年1月10日にかけて実施されたものですが、記事本文では調査実施機関の研究者による、「バイデン政権下での米国がこの地域への関与を強めることへの期待」が米国への好感度を高めた、などとするコメントも紹介されています。
また、中国が「世界の平和、安全保障、繁栄、秩序」に「正しい貢献をしているかどうか」という質問に対しては、「あまりそう思わない」「そう思わない」と答えた比率が63%で、2019年の51.5%、2020年の60.4%と比べ、毎年じわじわ上昇しています。
悩むASEAN、キーワードは「日本」
ただし、調査結果によれば、回答者の76.3%が「中国が経済的に最も強い影響力を持っている」と答えたとのことであり、この比率は昨年の水準から大きく変動していないそうです。
このように考えると、調査結果からは、一部の国を除き、「中国は信頼に足る国ではないものの、経済的な影響力も大きいため、無碍にできない」という悩みも見えてきます。
こうしたなか、東南アジア諸国から圧倒的に信頼されている国が日本、次いで欧州連合(EU)だそうです。
ASEAN諸国から信頼されている国
- 日本…67.1%
- EU…51%
- 米国…48.3%
- インド…19.8%
- 中国…16.5%
記事では、「日本は最も信頼されている国」であるだけでなく、その比率は2020年と比べて5.9ポイント上昇したのだそうであり、調査機関はこれについて「日本のソフトパワーが深く浸透している」との見方を示している、としています。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、当ウェブサイトとしては、安倍政権が掲げ、現在の菅義偉政権にも継承されている「FOIP」については、日本が目指すべき道として全面的に支持せざるを得ないと考えているのですが、ただ、「理念を掲げれば自動的に外国が付いてきてくれる」という甘いものでもないことも確かでしょう。
実際、ASEAN諸国は米国や日本を信頼しながらも、中国の影響力については「無視できない」と考えているわけであり、このような視点からは、日本が果たせる役割はもっとあるのかもしれません。
そして、日本は海洋国家でもあります。
著者自身の理解に基づけば、海洋国家とは、海を通じて広く外国と交流することができる国ということであり、石油などの資源がない日本がここまで経済発展してきたのも、結局は「ちゃんと努力する」、「技術革新する」、「ウソをつかない」、「ルールを守る」を徹底して来たからではないかと思えるのです。
このように考えていくならば、将来的にASEANをFOIPに招き入れるためには、やはり「ルールを守り、民主的で、自由で開かれた社会」が平和と繁栄をもたらすという事実を、日本が身をもって示していくことが必要だと思う次第です。
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「第二次世界大戦中の日本軍の蛮行」を現在進行系でやっている国があるんだから、現状日本と領土問題も紛争も無い国々が中国から離れるのも当然のことかと。ベトナムみたいに共産党独裁国家であっても国際法が弱い国を守るためにあると理解し、うまく使いこなす国を日本とクアッドがサポートすると思ってくれればいいんですけどね。そういう意味ではトランプとオバマ、どっちのアメリカが中国に似ていると思われたことかな。ドゥテルテにとってはオバマのアメリカだろうけど。
大正時代から全然の頃の日本人は、対欧米で似たような状況だったのかもしれません。
その頃の日本人は、大東亜共栄圏でアジアをまとめて、世界制覇の妄想を持った人もいたようです。
当時の日本人は、今より国際社会に対しての責任感が、強かったんだと思います。
日本が大国として信頼されているので有れば、相応にリーダーシップを発揮する覚悟が、必要なんでは無いかと思います。
左巻きが、軍国主義への回帰だとか言って、邪魔するんでしょうね。
更新ありがとうございます。
シンガポールの民間シンクタンクの分析、概ねその通りだと思います。実はもう少し中国票が高いかなと、心配してました。意外に各国から不安視されてるんだ。
ASEANの中で、米中どちらを選ぶかと聞かれて、「中国を選ぶ」と答たのが、ミャンマー(51.9%)、ブルネイ(69.7%)ラオス(80%)。意外に高いですネ。信頼が高いのはすべて日本か。しかし、もうカネ出すだけではないヨ!
よくテレビに映った中国の一般大衆が、「中国共産党を支持します」「中国共産党のお陰です」「共産党は大好きです」なんて無理矢理言わせている国の、何処が良いのでしょうか?インタビュー受けた人人の顔は、引き攣ってましたヨ(爆笑)。
やはり「ルールを守り、民主的で、自由で開かれた社会」が平和と繁栄をもたらすという事実。FOIPもそうだし、他のASEAN国、英国、仏国らも最低限のラインを守れるなら、加盟して貰った方が良いです。
南朝鮮、北朝鮮、中国、ロシアはまだまだ無理だネ。と言うか、南北半島は見てるだけで良い。アッチ行けッです。ところで駐日韓国大使はどうなったんだろう(笑)?晒し者?まだ「次期大使」にも含まれていない。さぞかしゴネてるんだろうネ〜。
”「約束を守り、ちゃんと努力する、技術革新する、ウソをつかない」を徹底して来たから”
BY新宿会計士様
これは我々の文化である「相手を対等と見る」リスペクトする事が根底にある。と思っています。
誰でも相手から認められたら悪い気はしませんし、見下げられたら怒ります。
ただしこれに「いい気」になるとリスペクトとはならずたちまち奈落の底です。
隣国始め嘘つきは多くいますが、嘘つき対応を忘れずに日本人としての誇りを忘れずに世界と渡り合って欲しい、と思っています。
日本のバブルとその後、アメリカ人に日本の経済力と技術力は、
怖れまくられていたので、今では考えられない本がよく出ていました
今でも面白本()作家として活躍しているジョージ・フリードマンの、
「カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン(来たるべき日米戦争)」は、
日本でも50万部だか売れた記憶があります。トム・クランシーの「日米戦争」とか
後者は読んだ事が無いですが、前者はワクワクしながら読んでました
経済力をつけ、アメリカと必然的に対立する日本は、
自衛隊を100万人のアメリカ軍と同等に近代化された軍に増強させ、
東南アジア諸国、中共、ロシアなどを自国陣営とする為、アメリカと取り合い、
やがて日米は対決コースに入ってく行くという近未来予測の本です
日本が対米75%のGDPを持っていた時代の日本とはどう見られていたか知らない若い人は読んだら面白いでしょう
・これは中共が今やっている事と同じ
・日本は「アメリカと技術レベルとして同等、或いはそれ以上の」
戦闘機・空母・核搭載ICBMを保有する。これは現在の中共と全く違う見方をされていたという事です
当時の首相や政治家は、泰平繁栄の時代のぬるま湯の中で、戦後の中でも最低レベルで、
日本は米国と覇権を争う事など、妄想も出来なかったのですがね
竹下、宇野、海部、宮澤、細川、羽田、村山・・こんな連中にそんな事が出来る訳が無い
安倍首相が出て来たのも、本当に日本が危うくなってきたから出て来た人物とも言える
この本が売れまくったので、サンデープロジェクトか何かが、仮想ドラマを作った
その中で、日本は東南アジア諸国と集団安保条約を結びます
しかし、国籍不明(米国)の潜水艦にタンカーを襲撃されます
そして東南アジア諸国から、防衛出動を要請されます
さあ日本首相はどうするか? その辺りでドラマは終わります
長々と書きましたが、要するにきちっと防衛費を増やして、自衛隊を増強しないと、
東南アジア諸国に最終的には信頼されないという事です。彼らはそれを望んでいる
東南アジアにはまともな海軍力がある国が無い。だから人口2500万人の豪州が、
QUADに入る訳です。人口2.7億人のインドネシアでは無く。
そして、防衛費増を阻んでいるのは、財務省とそれに負ける政治家です
いつもの様にボトルネックは財務省です。コロナ増税とか言い出してる日本の膿!
トム・クランシーのは「日米開戦」ですかね
いささか苦しいトコロもありましたが面白い小説でしたよ
何年たって忘れた頃に911…
「TODAY」の記事では、今や世界の模範国家であり、あらゆる面で日本を超えたと自称している国のことが一言もふれられていませんね。調査の重大な不備なんでしょうか、それとも......?
龍さま
自称だけで、大国じゃないから。
韓国、「同盟国の罠」にはまるか…米国は「同じ声」を要求する可能性
https://news.yahoo.co.jp/articles/ae900d7318e2844ec3bd766baa151dd279bf0544
この中に書いてある
「「インド・太平洋戦略」において韓国の“特殊性”を配慮することよりも、日本を含めた他の同盟国と「同じ声」を出すことを要求する可能性が高いという点からの懸念である。」
が、韓国の本音です。
「アメリカは同盟だから、韓国を特別扱いしてくれる」という考えで、韓国は同盟の義務を懸念と考えているという事ですね。
カンボジアは別として、中国人は横柄なので、民衆レベルでは嫌われていると感じたのですが、
カンボジアが米国を選び、ミャンマー、ブルネイが中国を選ぶとは面白いと思います。
東南アジアの金持や支配層は華僑が多いせいでしょうか。