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アゼルバイジャンとアルメニア、「本物の」歴史対立

本物の歴史問題に根差した民族対立とは、本当に深刻です。わが国の近所には、「日帝支配と戦った」と騙る国がいくつかありますが、本当に深刻であれば、相手に謝罪や賠償を求めるのではなく、ストレートに戦闘が発生するものなのかもしれません。何の話かといえば、ユーラシア大陸中央部のアゼルバイジャン、アルメニアの両国の対立です。

2020/10/02 13:30追記

文中、アゼルバイジャンについて、「東を黒海に面し」とあった誤植部分を、「東をカスピ海に面し」に訂正しております。

ナゴルノカラバフ紛争再燃

アゼルバイジャンとアルメニアの地理的関係

「アゼルバイジャン」、「アルメニア」と聞いて、すぐに場所が思いつくという方は、少数派でしょう。

アゼルバイジャンとアルメニアは、それぞれ南部がイランと国境を接しており、このうちアゼルバイジャンは東がカスピ海に面し、北部でロシア・ジョージアと国境を接していて、アルメニアは西部がトルコ、北部がジョージアと国境を接する内陸国です。

外務省のウェブサイト『アゼルバイジャン共和国』と『アルメニア共和国』などのページをもとに、事実関係を拾っておきましょう。

まず、人口・面積はそれぞれ、アゼルバイジャンが約1000万人・86,600㎢(日本の約4分の1)、アルメニアが290万人・29,800㎢(日本の約13分の1)という小国です。また、1人あたりGDPはどちらも4500米ドル前後であり、ともに旧ソ連の構成国でもあります。

これだけで見ると非常に似通った国にも見えますね。とくに、私たちの国・日本から遠く離れたユーラシア大陸の中央部に位置しており、何も関心がない人からすれば、「どっちも『ア』で始まるし、似たような国じゃないか?」くらいの認識でおしまい、ではないでしょうか。

歴史的にも宗教的にも異なる民族、国境は複雑に入り組む

しかし、現実には両国は言語や宗教、歴史などがまったく異なります。

アゼルバイジャンは、民族的にはトルコ系のアゼルバイジャン人(アゼリー人)であり、公用語はテュルク語族に属するアゼルバイジャン語です。当然、トルコ語やトルクメン語に近く、さらに主な宗教がイスラム教(ただしシーア派)であることから、トルコとは非常に密接な関係がある国です。

これに対し、アルメニアは公用語はインド・ヨーロッパ語族に属するアルメニア語で、「国家としても、民族としても、世界で最初にキリスト教を受容した国(301年)」とあります(ただし、東方諸教会系のアルメニア教会)。

どちらの国も歴史が深く、また、所属する語族も信仰する宗教も異なっていて、しかも両国が単に隣り合っているだけでなく、領域が複雑に入り組んでいることもまた特徴のひとつです。

とくに、アゼルバイジャンはアルメニアを挟んで「ナヒチェバン自治区」と呼ばれる飛び地を領有しており、アルメニアはアゼルバイジャン領域内に、「ナゴルノカラバフ自治区」と呼ばれる、アルメニア人が多く居住する地域を実質的に支配しているという状況にあります。

実際、両国は旧ソ連時代、ソ連解体直前の1988年2月になって抗争が表面化し、1994年5月に停戦協定が締結されるまで戦闘が行われ、一説によると双方合わせて数万人の犠牲者と数十万人から百万人単位の避難民が出たのだそうです。

いまだに戦闘が散発

もっとも、その後はロシアなどの調停が奏功して停戦が発効したものの、その後も断続的に紛争が発生していて、しかも地政学的な要衝にあるという事情もあり、単なる「小国間の紛争」に留まらない危険性をはらんでいるのが実情なのだとか。

そして、数日前から両国の戦闘が再び深刻化しつつあるようです。

アルメニア、トルコ戦闘機が自国機撃墜と主張 ナゴルノカラバフ衝突

―――2020/9/30(水) 4:47付 Yahoo!ニュースより【AFP=時事配信】

『Yahoo!ニュース』に配信されたAFPの記事によれば、アルメニア政府は29日、ナゴルノカラバフを巡るアゼルバイジャンとの激しい戦闘で、アゼルバイジャンを支援するトルコの戦闘機がアルメニア軍機1機を撃墜したと発表。これに対し、トルコはこの主張を全面的に否定したそうです。

AFPはまた、この「激しい軍事衝突」は9月26日から3日間にわたって続いていて、これまでに100人近くが犠牲となったほか、両国は停戦の呼びかけを無視し、ともに「相手側に多大な損害を与えた」などと自己主張していると伝えています。

この点、先ほどの外務省のウェブサイトでも確認したとおり、アゼルバイジャン(アゼル)人は伝統的にトルコとつながりが深いのだそうですが、これに対してアルメニアにはロシアが後ろ盾としてついているため、これは単なる地域紛争を越えて、事態が一気に深刻化しかねません。

なぜなら、この紛争にトルコが巻き込まれ、さらにロシアも巻き込まれたとすれば、トルコとロシアが対立することにつながりかねないからです。

ちなみにトルコは、現在でこそ中東の一国ですが、かつては東ローマ帝国(≒ギリシャ帝国)を征服してオスマン帝国という世界に環たる帝国を作った民族の末裔でもあります。

歴史的にみれば、アルメニアにとってのトルコは「侵略者」なのかもしれませんね。

代理戦争としての紛争

ニューズウィーク「なぜこれが一大事なのか」

こうしたなか、ニューズウィーク日本版に一昨日、こんな記事が掲載されていました。

アゼルバイジャンとアルメニアの軍事衝突はなぜ一大事か

アゼルバイジャンとアルメニアの領土をめぐる地域紛争は、拡大すればロシア、トルコ、イラン、アメリカを巻き込む地雷原だ<<…続きを読む>>
―――2020年9月30日(水)17時55分付 ニューズウィーク日本版より

これは、原文はおそらく外国語版に掲載されたものだと思います。というのも、記事の末尾に「翻訳:栗原紀子」とあるからです。いずれにせよ、この地域の情勢にあまり詳しくない私たち日本人にとっては、非常にありがたい記事です。

ニューズウィークによれば、両国はヨーロッパとアジアを結ぶ戦略的に重要な「コーカサス回廊」に位置しており、これまでのところ、戦闘はおもに15万人が住むナゴルノカラバフに限定されているものの、アルメニアとアゼルバイジャンの本格的な戦争につながる危険性もあると指摘します。

さらに、アゼルバイジャンを巡っては、トルコのタイイップ・レジェップ・エルドアン大統領が以前からアルメニアに対し、ナゴルノカラバフのアゼルバイジャンへの返還を要求してきたとのことであり、アゼルバイジャンと共同でエネルギープロジェクトも進めているなど、この地域に利害を持っているそうです。

ニューズウィークはまた、トルコが直接、先頭にかかわっているとする未確認の報告を紹介したうえで、実際、アルメニア外務省の報道官が「トルコがアゼルバイジャン軍に積極的に関与し、政治的・軍事的に支援している」と非難したと述べています。

イスラエルやイラン、米国も!

以上だけの話であれば、紛争当事者は第一義的にナゴルノカラバフ自治区対アゼルバイジャン、ということですが、ナゴルノカラバフの後ろにアルメニア、アゼルバイジャンの後ろにトルコがいれば、これは「アルメニア対トルコ」という戦争に発展しかねません。

ニューズウィークによれば、トルコとアルメニアは「歴史的な緊張をはらむ関係」にあるそうです。というのも、旧オスマントルコ時代の1915年から1923年にかけて発生したとされる、150万人ものアルメニア人が殺害されたとアルメニアが主張しているからです(死者数や死亡原因を巡っては見解が相違します)。

そして、アルメニアはロシアが主導する集団安全保障条約機構に加盟していること、シリアやリビアの内戦でロシアとトルコの対立が発声していることなどから、「ロシア対トルコの代理戦争」がこの地域でも勃発する可能性がある、というのがニューズウィークの見立てなのです。

さらには、イランを封じ込めるためにアゼルバイジャンへの武器販売を拡大しているイスラエル、同じくイランへの牽制からアゼルバイジャンへの支援を強化する米国などがこの地域にかかわってくるならば、事態はさらに拡大しかねません。

本物の歴史問題と対立

つまり、今回のアゼルバイジャン・アルメニアの対立は、旧ソ連時代、さらには旧オスマン帝国時代などにさかのぼる、歴史、民族、宗教に根差した深刻なものであり、しかもその裏には地域大国であるトルコ、ロシア、イランなどの思惑も複雑にかかわっているのです。

このあたり、口先では「不当な植民地支配を受けた」だの、本気で侵略者と立ち向かったことがないくせに「独立運動で義士が活躍した」だのと騙る国とはえらい違いです。またに、本当の歴史問題とは、長年、終わることがないのかもしれません。

もちろん、これらの当事国が紛争をいたずらに拡大させないための知恵を、当事者、あるいは影響のある周辺国が持っていると信じたいところですが、それと同時に、現実には紛争というものは、いったん始まってしまうと、なし崩しに拡大し、血で血を洗うがごとき抗争に発展しがちです。

そして、非常に残念なことに、私たち日本人の立場としては、どちらかを応援したりすることは難しいでしょう。なぜなら、本物の歴史問題に根差した対決には、双方にしかわからない事情もあるからであり、また、双方には言い分があるからです。

だからこそ、まずは戦闘をやめ、第三国に自国の言い分をしっかりと聞いてもらうことが必要なのだと思うのです。

日本としては様子見?

もっとも、両者の言い分をじっくりと聞いてあげる「第三国」の資格があるのかといえば、アゼルバイジャンを隠然と支援するトルコ、アルメニアの後ろ盾であるロシア、イランと対立するイスラエルや米国などだと、どうもその資格に疑問符が付きます。

このように考えていくと、軍事的または経済的な大国であり、かつ、この地域にあまり大きな利害関係を持たない国にこそ、調停外交を繰り広げる資格があるのかもしれません。もし安倍総理が現在も政権を保持していた場合には、もしかするとその役割を買って出ていたかもしれませんね。

ただし、わが国とあまりにも関係のない国同士の抗争に、下手に首を突っ込むと双方から恨まれるという可能性もありますので、政権交代した直後で外交に慣れているとは言い難い菅義偉総理としては、現時点では様子見もやむを得ないとは思います。

あるいは、いまや一介の衆議院議員となった安倍総理が、日本の総理大臣経験者として「特使」を務めるというのもひとつの考え方ではありますが、武漢コロナが収束しておらず、安倍総理自身の健康問題もあるなかで、それも難しいかもしれません。

いずれにせよ、同地域での戦闘が激化しないことを祈るばかりです。

新宿会計士:

View Comments (28)

  • 一寸私には理解し難いのですが、当事者でもない者たち同士が自分達が生まれる遥か前に起こった事に対して、「お前は暴虐の責任をとれ」だの「いや、そんな事は無かった」だの言い合うのに何の意味があるのでしょうか?

    事実関係に疑問の余地のない場合にも。
    (洗脳された朝鮮半島の住民の事実の裏付けの無い「信仰」には今回は言及しません。)

    貴方の生まれる前に親の犯した罪に対して、何故貴方が責任を負わなければならないのか?
    (「犯罪」そのものが捏造と妄想の産物である場合は尚更。)

    「犯罪、加害者・被害者・償い」は「特定の人物の当事者間の具体的行い」に対し「特定の当事者に適用される概念」なので、当事者以外の集団(例えば「日本人全て」)に敷衍して適用するのはヘイトスピーチ以外の何物でもありません。

  • >本物の歴史問題に根差した対決には、双方にしかわからない事情も
    >あるからであり、また、双方には言い分があるからです。

     まあ、「本物の歴史問題による対立」であれば、遠い将来、両国の努力により、
    解決できる道筋が残されているかもしれませんが・・・

    「某国との歴史問題の対立」は・・・
    宗主国の中国様の威光をもって、当時の日本に対し「上の立場」として
    威張っていることができていたのに、明治維新以降、立場が逆転してしまい
    日本の下に置かれるような感じになり、それが納得できないがために
    「歴史を捏造してまでも」歴史対立している国ですからねぇー。。。
     
     韓国にとっては、宗主国が中国様であった時代は、「韓国の方が日本よりも上」と
    周辺のアジア各国から敬ってもらえたのかもしれませんが・・・
    宗主国が米国様に代わってからは、「日本の方が韓国より上」となり、
    敬ってもらえる可能性はゼロとなってしまいました。

    そりゃー、中国様なら、きっと「韓国が日本より上」にしてくれるのにと心の中で
    思いながら、日本への嫉妬が理由で、米国を裏切り、中国様へ走るのも
    わからないでもありません。(笑)

  • 更新ありがとうございます。
    地域紛争(その実は、宗教及び民族紛争)に対する感覚は、日本人の場合、ほとんど持ち合わせていないと考えております。
    (領土が纏まった島国で異教徒に寛容、また比較的早期に平定と同化が深化しているため)

    よって、安易に首を突っ込むのは、十分な背景と状況把握の上でないと火傷をします。
    役割的には、経済、インフラ及び技術(教育)分野になるのでしょうけど、難しい采配になると考えております。
    とはいえ、日本が支援のための関与に入ることには否定はしません。

    なお江戸時代を中心にキリスト教を排除しておりましたが、これは宗教(の布教)を通じた侵略から守るという戦略になります。

  • 近末文在悶様

    詳しいことを知ってる訳じゃないから、想像でしかないのですが・・・

    対立の根本が
    >「お前は暴虐の責任をとれ」
    みたいな過去の話じゃなくて、「その土地は俺の物だから返せ」
    とか「自分たちの同胞を苦しめるのは許さない」みたいな現在の話なんじゃないでしょうか?

    • 七味様、

      考えさせられるコメントを有難う御座いました。

      そうですね。

      ひょっとすると、隣国の「日本と日本人に対する終りのない過去の出来事に関しての謝罪と賠償の要求」は、実際には「朝鮮半島の恥ずべき歴史を糊塗・改竄して朝鮮と朝鮮民族の輝かしい偉大さを世界に示す(自分達を納得させる)」という現在進行形の大規模なナルシシスト的詐欺なのかも知れません。

      正直言って、境界性人格障害者の集団とはマトモなお付き合いは出来ません。

  • 更新ありがとうございます。

    正直言ってよく知らない地域の紛争です。しかし民族、言葉、宗教が異なり、地勢が隣接していれば、悠久の時を経て常に正面敵であったと思われます。

    日本は地域的にかなり離れ、直接の利害関係が無い。軍事的または経済的な大国であり、調停外交を出来るのは日本ぐらいかと思います。

    両国がハナシの分かる常識のある国家でしょうから、解決の糸口を見つける事が出来ると期待します。しかし、今は菅総理には動いて貰う事は出来ない。深く隠密裏に情報収集する必要はありますが。

    隣国に超難度の高い偏執狂国がありますから、他国への接し方は日本人外交者なら熟知していると信じてます(嘲笑)。

  • 他国内にいる自国民の保護という名目で紛争が起こるのは、このアゼルバイジャンーアルメニアに留まらず、先のクリミアを巡るロシアーウクライナや、古くは植民地の独立戦争など、多々あるケースです。

    そうすると、非常に差別的な考え方になってしまうのですが、在日外国人という存在が気になってきます。特に彼らが集団で存在する場合です。

    もちろん、理性的考察としても、個人的経験としても、彼らの大多数はよき隣人であることは承知しています。それでも、彼らがマスとして存在することは、彼ら自身の問題ではないにしても、その母国が介入してくる格好の口実になります。

    たとえば、東南海-南海複合地震で日本が大打撃を受け、一時的に社会機能が麻痺した場合、中国や韓国が自国民保護の名目で進駐しようとする可能性は、少ないとは思うものの、将来的にわたってだと0ではないでしょう。

    「自国民保護」の口実を弱体化させるには、在日外国人集団の数を減らすことが有効です。日本人に帰化するか、母国の国籍が捨てられないなら帰国するか普通の外国人として在留するのか、猶予期間をとって選んでもらいましょう。もう戦後75年も経過しているのです。特別永住権は廃止の方向へ進むべきです。

  • 残念ながら、両国から揃って依頼されない限り、日本は首を突っ込むべきではないと思います。仮に日本政府の仲介で停戦協定が実現したとしても、どちらか一方が協定を破棄するようなことになっても、日本は協定に復帰させる強制力を持たないからです。
    両国の紛争はどちらか一方が正しいという性質のものではありません。これが何かしらの権益を争うような話であればまだしも、民族と宗教の問題なので、下手に首を突っ込んでも誰の幸福にもつながりません。

    日本にできることがあるとすれば、停戦の暁には両国に莫大な経済支援をする用意があることを示し、両国を対話の席に着かせる後押しをするくらいのものですが、それはそれで、日本と周辺国との軋轢に繋がりかねない以上、やはり採れない手です。結局、日本が能動的に何かできることはないと思われます。

    ただし、今のところはまだ影も見えませんが、中国が首を突っ込んでくると話がとてもややこしくなります。バクー油田の権益と引き換えに中国がアゼルバイジャンを支援するようなことになると、何らかの対抗策を考えざるを得なくなるかもしれません。そうなると本当に泥沼になります。

  • まあこの件でロシアサイドに付くことは無いにしても、親日国トルコはぁとみたいなノリで関わるのは絶対にやめてほしいものです。

  • 細かい指摘ではありますが、アゼルバイジャンの東に面しているのはカスピ海ですね。
    地図も一緒にありますので、間違えて理解される事は無いと思いますが。

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