いろいろ驚き、呆れる話題というものはあるものです。世界貿易機関（ＷＴＯ）のロベルト・アゼベド事務局長が任期を１年残して８月末で辞任することに伴い、次期ＷＴＯ事務局長選びが始まっていますが、８人の立候補者のひとりである韓国政府・産業通商資源部の兪明希（ゆ・めいき）通商交渉本部長が現地時間16日、「韓日は多国間貿易体制の恩恵を受けている」などとして、日本政府が自身を支持を呼びかけた、というのです。呆れて開いた口が塞がりません。

ＷＴＯ事務局長選

当ウェブサイトではこれまであまり取り上げてこなかったのですが、世界貿易機関（ＷＴＯ）のロベルト・アゼベド事務局長（※ブラジル出身）が任期を１年残して８月末で辞任すると決めたことを受け、後任のＷＴＯ事務局長選が実施されます。

ＪＥＴＲＯ『ビジネス短信』によると、７月８日時点で８人が立候補しているものの、ＷＴＯの事務局長選は３人の選考委員が調整しつつ、加盟国代表団による３回の非公開協議を経て、最終的に全加盟国の一致で事務局長が決定する、というプロセスを辿ります。

アゼベドWTO事務局長の後任選出に向け、8人の候補者出そろう

WTOのアゼベド事務局長が8月末に退任する（2020年5月15日記事参照）のに伴い、次期事務局長候補の公募が1カ月間行われ、7月8日の締め切りまでに8人が立候補した<<…続きを読む>>
―――2020年07月09日付　ＪＥＴＲＯ『ビジネス短信』より

今回はアゼベド事務局長の退任が８月末に予定されているため、ＪＥＴＲＯのビジネス短信では、「通常より先行の期間が短い」ことから、この選考プロセスを１ヵ月で終えるのは難しい、といった観測もあると説明しています。

アフリカ出身者？それともメキシコ人？

もっとも、８人という候補が出てきたとはいえ、次のロイターの記事などによれば、有力候補は数名いるようです。

グリアOECD事務総長、今期限りで退任　ＷＴＯ事務局長ポスト狙う

経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）のグリア事務総長は１０日、ツイッターで<<…続きを読む>>
―――2020年7月13日 10:05付　ロイターより

ロイターによれば、歴代６人の事務局長のうち、３人が欧州出身、３人がタイ、ブラジル、ニュージーランド出身であることから、「次期事務局長はアフリカから選出すべきだとの圧力が高まっている」としつつも、メキシコ出身者であるヘスス・セアデ氏が有力だと述べています。

つまり、他の国際機関である経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）のホセ・アンヘル・グリア・トレビーニョ事務総長が「今期限りで退任する」と明言したことで、あらたに選任される国際機関のトップにメキシコ人が就任しやすくなる、という力学なのでしょう。

しかも、先ほどのＪＥＴＲＯビジネス短信によると、セアデ氏の「おもな経歴・主張」は

「首席交渉官としてUSMCA交渉を主導。IMF勤務、WTO事務局次長も経験。紛争処理システムの立て直しやルール交渉の加速に意欲」

といったものですので、ＷＴＯのルールや現状の問題点なども知悉しており、かつ、実行力・調整力なども期待されることから、ＷＴＯが抱える紛争処理システムの改革に手腕を発揮するとの期待感も、一部にはあるようです。

日本の対韓輸出管理厳格化と韓国の異常な反応

さて、日本政府が韓国に対する輸出管理を強化し、フッ化水素など３品目の輸出許可を個別許可制に切り替えたことなどを、韓国政府が『日本の損害賠償請求権に関する偽りの主張と不当な輸出規制措置』などと批判していることは、以前から何度も取り上げてきたとおりです。

その韓国政府は今年６月、日本を世界貿易機関（ＷＴＯ）に提訴する手続を再開しましたが、『韓経「日本の輸出規制で今月末にＷＴＯパネル設置へ」』で触れたとおり、韓国政府は今月29日のＷＴＯ会合でパネル設置が決まるとの見解を示しているようです。

ただ、日本が発動した措置はあくまでも、戦略物資の軍事転用防止などを目的とした国際的な輸出管理の枠組みに基づくものであり、自由貿易体制とは何ら矛盾するものでもなく、輸出規制でもなければ禁輸措置でもありません。

実際、先月末の時事通信の報道によれば、米国も６月29日のＷＴＯ会合で「日本の措置が安全保障を考慮している限り、この問題のＷＴＯによる裁定は不適切だ」として日本を支持したそうです。輸出管理上の措置を、「自由貿易」問題と絡めてＷＴＯで扱うこと自体、おかしな話でしょう。

米、日本支持を鮮明に　日韓紛争「ＷＴＯにそぐわず」

日本政府による半導体材料の輸出管理強化をめぐり、韓国が世界貿易機関（ＷＴＯ）に提訴した貿易紛争で、<<…続きを読む>>
―――2020年06月30日13時32分付　時事通信より

この点、なぜ韓国が日本の措置を「輸出『規制』」だ、「貿易報復」だと強弁しているのかといえば、『韓経「日本の輸出規制で今月末にＷＴＯパネル設置へ」』の末尾でも少し述べたとおり、

• ①韓国の歪んだ「先進国意識」
• ②戦略物資の横流しを封じられたことに対する「逆ギレ」
• ③日本が韓国を特別扱いしなくなったことへの恐怖

といった要因があるのだと思います（どれが正解なのかはよくわかりませんが、おそらくはこれらの要因がないまぜになっているのかもしれません）。

しかし、『日本政府、「韓国は協議に応じない国だ」と世界に宣言』などでも触れましたが、ワッセナーアレンジメントなどの輸出管理の仕組み自体を自由貿易と関わらせて日本を批判する韓国の姿勢は、国際社会にもかなり奇異に映るのではないでしょうか。

立候補の兪明希氏「日本の支持確保に自信」

さて、その韓国政府内で、とくに舌鋒鋭く日本の輸出管理適正化措置を「輸出『規制』だ」と批判してきた人物のひとりが、韓国の産業通商資源部の兪明希（ゆ・めいき）通商交渉本部長です。

そして、驚くことに、先ほどのＪＥＴＲＯビジネス短信でも紹介した「立候補した８人」のうちのひとりが、この兪明希氏です。

少し厳しい言い方をして申し訳ないのですが、兪明希氏にＷＴＯ事務局長が務まるとは思えません。なぜなら、輸出管理上の措置を「自由貿易体制に反する」と言いがかりをつけるような時点で、ＷＴＯの仕組みを理解していない証拠でもあるからです。

しかも、韓国が日本の輸出管理適正化措置をＷＴＯ提訴しようとする時期に、韓国人がＷＴＯ事務局長に立候補するということ自体、国際機関のトップとしての中立性にも重要な疑義を感じさせるものでもあります。

ところが、思わず目を疑う記事を２つ発見しました。

ひとつ目は、日本の時事通信の記事です。

日本の支持確保に自信　韓国候補、ＷＴＯ事務局長選で

世界貿易機関（ＷＴＯ）の事務局長選に出馬した韓国の兪明希氏は<<…続きを読む>>
―――2020年07月17日07時08分付　時事通信より

時事通信によると、16日にジュネーブのＷＴＯ本部で会見した兪明希氏は「日本が貿易紛争の観点ではなく、多国間貿易体制を維持・推進する観点から行動すると確信している」として、日本政府が自分を支持するだろうと述べた、というのです。

これについて時事通信は「ＷＴＯの決定は全会一致が原則のため、事務局長選での勝利には日本の支持が不可欠となる」としつつも、「日本政府内には冷ややかな見方が多い」と指摘します。この点は、当然でしょう。

ところが、ふたつ目に紹介する、韓国メディア『聯合ニュース』（日本語版）の記事は、もっと強烈です。

ＷＴＯ事務局長選　日本に協力呼びかける＝韓国候補

ＷＴＯの一般理事会で演説後、会見を行う兪氏＝１６日、ジュネーブ（聯合ニュース）<<…続きを読む>>
―――2020.07.17 09:04付　聯合ニュース日本語版より

こちらのこちらの記事では、兪明希氏の発言は、次のように紹介されています。

• 「韓国と日本は多国間貿易体制の恩恵を受けたため、これを維持・強化する必要がある」
• 「日本は誰がＷＴＯを改革する適任者であるか能力と資質を見ると判断している」
• 「日本に私のビジョンを紹介したい」

韓国政府はこれまで、輸出管理の厳格化・適正化措置を巡って、ときとして感情的に「偽りの主張」だの、「不当な輸出規制」だのと、舌鋒鋭く日本を糾弾・侮辱してきました。兪明希氏はその先鋒にいた人物であり、普通に考えて、そのような人間にＷＴＯ改革の適性などありません。

潘基文を支持した前科がありますからねぇ…

もっとも、常識的に考えれば、この兪明希氏の立候補と「日本の支持を要求する」という話題は、単純に「笑い飛ばすネタ」くらいにしておけば良いと思うのですが、個人的に思い出す嫌な記憶がひとつあります。

それは、潘基文（はん・きぶん）元国連事務総長が事務総長選に出馬した際、日本が同氏を支持した、という事実です。

当時から韓国は日本の国連常任理事国入りに強く反対し、日本の国連改革という動きを邪魔していたにも関わらず、その韓国出身の人間を、日本の外務省は、あろうことか国連事務総長選で支持したのですから、外務省の外交センスのなさには驚きです。

いずれにせよ、日本国民のひとりとして、日本政府はくれぐれも国益を損なう行動を取らないようにしていただきたいと願う次第です。