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【読者投稿】在韓日本人が見る「韓国の宗教」

当ウェブサイトにときどき「韓国在住者」ならではの視点での興味深いコメントをご投稿くださる「韓国在住日本人」様が、前回の『【読者投稿】在韓日本人が見る「法を軽視する韓国人」』に続き、今回は「韓国の宗教」をテーマに、現地在住者ならではの視点で、実体験に基づく非常に興味深い論考をご投稿下さいました。ただ、この論考を読み解いていくと、単なる韓国在住日本人様の実体験に留まらず、韓国社会の病理そのものを理解する手掛かりになるように思えてなりません。

待望のシリーズ、ついに第九弾!

以前の『お知らせ:読者投稿を常設化します』などで報告したとおり、当ウェブサイトでは読者の皆さまからの寄稿を受け付けております(投稿要領については『読者投稿募集につきまして(2019年6月24日版)』をご参照ください)。

もはや恒例となってきた「韓国在住日本人」と名乗るコメント主様からの「在韓日本人が見た韓国」シリーズ第八弾として、先週は、『【読者投稿】在韓日本人が見る「法を軽視する韓国人」』で、韓国人の遵法意識について議論しました。

本稿では大好評をいただいている「在韓日本人が見た韓国」シリーズの第九弾をお送りします。今回のテーマは「宗教」ですが、いったいどんな議論が読めるのでしょうか?

(※これ以降が韓国在住日本人様からの投稿です。)

韓国の宗教

「在住さんしつこい」と感じる方もいらっしゃると思いますが、第9弾を投稿致します。

今回はリクエストがありました、「韓国の宗教」について書いていきます。

ホンネを申し上げると、小生、宗教に関する話はあまり書きたくありません。その理由は、人にはそれぞれ価値観とイデオロギーの違いがあるからであり、それゆえ、宗教に関する話題は対立を生む可能性が高くなるからです。したがって、今回の内容は批判や攻撃の対象となるかもしれません。

もちろん、小生に対するいかなるコメントは記載して頂いても結構ですが、小生は否定も肯定もしないことをご理解ください。また、誹謗中傷は甘んじて受けますが、内容が荒れないようご配慮願います。最も良い事は、小生の思いが取り越し苦労になることです。

韓国の宗教の全体像

正直な話、小生、宗教にはほとんど興味がありません。宗教が持つ倫理観等には共感できる部分もありますが、神の存在は信じません。

(※余談ですが、ダーウィンの進化論を巡っては、現在でも米国において、「反進化論法」、つまり「学校で進化論を教えない」とする法律などが問題となっていますが、これなど、いちおうは科学を志す小生としてはあり得ないことです。)

韓国に訪問したことのある方は分かると思うのですが、とにかく教会が非常に多い事に日本人は違和感を覚えます。仁川空港からソウル市内まで車で移動すると、車窓の景色で目立つのは高層のアパートがドミノ倒しの様に並んでいることと、十字架を掲げたとんがり屋根が多いことです。

韓国の宗教の内訳はプロテスタント(韓国では基督教)が18.3%、カトリック(韓国では天主教)が10.9%、仏教が22.8%であり、それ以外は儒教(0.5%)、圓仏教(0.2%)、その他(0.5%)で、無宗教が46.7%です。

韓国の宗教(『韓国が始まる、韓国が広がる。KONEXT』より)

無宗教の割合は韓国と日本に大きな差はないと思いますが、信仰する宗教の内訳は異なっており、韓国と違って日本の場合、宗教の多くが仏教と神道です(2017年度政府統計)。

宗教統計調査(政府統計の総合窓口より)

なぜ、韓国と日本では信仰する宗教がこうも異なっているのかについて、ある論文にはこのように書かれています。

ハンと韓国の宗教史(京都精華大学HPより※PDF)

特に敬虔なクリスチャンである李承晩大統領とアメリカ軍政は、キリスト教思想を背景にしており、キリスト教の復活に様々な援助を行うのであった。その結果、韓国キリスト教会の再建は他の宗教と比べその成長基盤の助成に成功したといえる。

もっとも、実際のところはどうなのかわかりませんが…。

宗教と政治

一方、韓国でキリスト教がこれだけ増えた理由については、「日本に対する反発である」という人もいます。つまり、1945年以前は国策として神道を重要視していましたので、日本からの独立により神道を排斥する意味でもキリスト教が増えたのではないかという理屈です。

これが正しいかどうかはともかくとして、1つの事実を申し上げると、「三・一独立宣言」を行った人たちのほとんどが宗教関係者です。

こうした事情もあるのでしょうか、韓国の宗教家はやたらと政治に口出しをします。

ムン・ジェイン大統領当選に宗教「集中」…要請の言葉伝え(2017-05-10 11:21付 MBNニュースより【※韓国語】

現在でも健在で有名な人に咸世雄という神父がおります。かなり胡散臭い人で、次のリンク先記事を読んでも、韓国内でもバッシングされていることがわかりますし、最近も大統領府で開いた独立有功者・遺族の午餐行事に出席し、人事に口を出したり、反日を煽ったりしています。

聖と俗を無視で行き来した二つの聖職者の政治活動の様子(月刊朝鮮2009年5月号より【※韓国語】)

また、韓国歴代大統領のなかで、カトリック信者は金大中、盧武鉉、文在寅、プロテスタントは李承晩、金泳三、李明博です。朴槿恵は新興宗教なのでキリスト教に分類できるのかどうかはわかりません。当然、大統領が所属する宗教団体は支持基盤にもなります。

実際の体験

小生は韓国内で宗教と関わることはあまりないのですが、それでもときどきは実際に韓国の宗教を体験することもあります。そもそも小生の住居の周りには教会が沢山ありまして、現在小生が住むマンションから半径1km以内に10軒あります。

小生の暮らす京畿道の人口密度が1,151.4人/㎢(2015年)であることから、小生のマンションから半径1km以内には3,615人が暮らしており、そのうちの30%がキリスト教だとすると、教会1軒あたりの信者は108人といったところでしょうか。少々乱暴な計算ですが、かけ離れた数字ではないと思います。

実際、道端で宗教の勧誘のためによく声を掛けられます。小生の人生を根掘り葉掘り聞いてきて、幸せかどうかを尋ねてきます(ほっとけっちゅーの)。

外国人だと告げると、2割程度は諦めますが、残りはそれでもかまわないと言って話しを始めます。こちらも矛盾点を突きたい(こういう時小生はイケズです)ので、話の矛盾点を突くと反論が出来なくなり(小生の韓国語が未熟な点も含まれます)、最終的に住んでいる場所を教えろ言ってきます。

一度、「○○アパートの××階に住んでいる」と言ったら、数日後小生に声をかけた人(多分下っ端)+別の人(多分幹部)が訪ねてきました。インターホンの画面を見た瞬間「これは面倒だ」と思い、3ヵ月ほど無視していたらやっと来なくなりました。

小生の住む家は建物の出入り口にもロックがかかっており、外部の人間はなかなか入れないので、住所を教えても問題ないとだろうと油断をしていました。

自宅訪問といえば、こんなエピソードもありました。

韓国では消毒だの、ガスの点検だのの名目で、よく人が訪ねて来ますが、韓国に来て3年目のとある週末、家の呼び鈴が鳴りました。このときは引っ越した直後でもあり、相手がどのような用件で尋ねてくるのかがまだよくわからなかったころでもあったため、一応はドアを開けて要件を確認するようにしていました。

ドアを開けて見ると、カジュアルな服装で黒い鞄をもった1人の男が立っていました。要件を尋ねようとすると、開口一番「水を1杯下さい」と言います。鞄を持っており、別に何ら悪い感じもしなかったので、何かの検査か調査だと勝手に解釈し、とりあえずコップに水を汲んで渡しました。

この男性は「有難う」と言いながら、水を飲みほした後、なんだかわけのわからない説明をし始め、しきりに “Temple” といいます。小生は「えっ! お坊さん??」と思いました。お寺から来たというわりには普段着だからです(日本の感覚では普段着を着たお坊さんなど見たことがありません)。

下手糞な英語と下手糞な韓国語のやり取りを続けた挙句、最終的にわかったことは、「寄付をしろ」、でした。こっちは料理の最中で、早く帰って欲しかったので、ポケットに入っていた札を一枚渡しました。喜んで帰って行ったので小生は料理の続きをしてました。

それからが大変です。この男は毎週末になると必ず小生宅を訪ねるようになりました。

こっちも馬鹿馬鹿しいので無視していると、呼び鈴を鳴らし続けドアを叩きまくります。そして「寄付しろ」を大声で小生宅の前で叫びます。さすがにヤバいので、家のドアに「次に来たら警察に通報する」と張り紙をしておきました(口頭で伝えても、当時の韓国語能力では伝わらない可能性が高いです)。

それ以来、来なくなりましたが、たった1回でも餌を与えたことを、非常に後悔しました。

儒教

小生の知識に基づけば、キリスト教の場合、赤ワイン以外は酒を口にしないものと思っていました。ところが、飲み屋に行くと、そこで働いている女性はカトリックであれプロテスタントであれ、皆さん酒を飲みます。しかも、飲む量が半端ではなく、泥酔するまで飲み倒します。

酔ってくると男性関係の話題など勝手に話し始めます。小生は韓国は儒教の影響が強いと思っており、女性の貞操に関する考えは日本よりも厳格なものだと思っておりました。しかし、話しを聞いていると、まったくそうではありません。

(※もっとも、2004年まで売春が合法だったことを考えてみれば、儒教の影響云々はあまり関係ないのかもしれませんが…。)

小生にいわせれば、韓国の儒教は「なんちゃって儒教」です。

「忠、孝、仁、信」を歪曲して導入したため現在の社会が形成されたと考えます。

「富める者は貧しい者を助けねばならない」とする儒教の考えが、「貧しい者は施しを受けるのが当然」と考えるようになり、勤勉に働き努力する事を放棄したのだと思います。結局、他者から得られるだけの金や財産を獲得することが習慣となり、現在の韓国を形成しているのだと思います。

よく考えてみれば、法律に対する韓国人の捉え方を眺めていると、宗教の戒律に対しても恣意的に捉える傾向があったとしてもおかしくはありません。売春、整形手術、入れ墨等、儒教では否定される行為も恣意的に解釈することで市民権(?)を得たと考えられるからです。

最後に…

小生は韓国人と宗教について語り合うことはあまりありません。宗教の話は人それぞれであり、語り合えば面倒なことが起こる事を日本で何回も体験しているからです。

また、韓国にはいかがわしい宗教団体が数多く存在しています(この点は日本も同じですが…)。ただ、韓国の場合はいかがわしい宗教団体のなかに、いわゆる「カルト」と呼ばれるものもたくさんあり、特に女性に対する性的な犯罪で、韓国の宗教関係者が当たり前のように逮捕されています。

どうも韓国の宗教というのは小生が日本で学んできた宗教とは異なると感じます。

駄文にて失礼します。(了)

読後感:「儒教を歪曲して導入」

いかがでしょうか。

記事の冒頭で、「宗教に関する話題は対立を生む可能性が高くなる」、「今回の内容は批判や攻撃の対象となるかもしれない」、などと書かれていたので、正直、読む前に少し身構えてしまったのですが、実際に読んでみれば、いつもの韓国在住日本人様の淡々とした(しかしわかりやすい)韓国人論でした。

インチキ宗教家がしょっちゅう政治に介入してくるだの、自宅に押しかけ勧誘をしてくるだのといった下りは、(他人事として読めば)なかなかおもしろいと思いました(※日本にも「生臭坊主」という言葉がありますが、韓国の「生臭坊主」の「生臭さ」は半端ではなさそうですね)。

また、そもそもキリスト教とは「汝の敵を愛せよ」、「罪を赦せ」などと主張する宗教だったと思うのですが(※正確ではないかもしれません)、そのキリスト教が韓国に行けば、なぜか日本に対する謝罪と賠償を求め始めるというのも不思議です(※某キリスト教系を自称するカルト宗教のことです)。

ただ、1度間違って紙幣を相手に渡したら、毎週のように自宅にカネをせびりに来たというエピソードは、なんだか韓国の日本に対する態度を見ているような気がしてなりません。また、韓国の儒教は「なんちゃって儒教である」だのといった下りに含まれていた

「富める者は貧しい者を助けねばならない」とする儒教の考えが「貧しい者は施しを受けるのが当然」に転化し、勤勉に働き努力する事を放棄した

とする下りについては、思わず膝を打った次第です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

さて、韓国在住日本人様に、1つ、要望がございます。

これまで9回、ご投稿を頂いた格好ですが、是非、10回目以降につきましても所望したく存じます。あまり要求してばかりというのもおかしな話ですが、ただ、世の中にやや過激な嫌韓サイトが増えて来たなかで、こうした冷静沈着な議論は本当にありがたい限りだからです。

韓国在住日本人様におかれましては、業務多忙の折とは存じますが、ご無理のない範囲にて、是非、今後とも「在韓日本人としての視線」に基づいた韓国論を書き続けてくださると嬉しいです。

新宿会計士:

View Comments (52)

  • 韓国人が主観的、感情的、自己中心的なのは分かるが、日本人はどう見えるのか?GDPも何十年も増えず、高齢化も進み、まだ大丈夫とはいえ正直借金は増えている。若者の栄達意識は薄く、国防意識も低い。神話も知らず、頭の体操に最適なそろばんも使いこなせない。陛下への敬語もマスコミは年々削り、陛下以外は『さま』に統一。人の振り見て我が振り直せ。韓国を悪い手本として、もう一度日本も足元を見つめ直す時期だと思う。私としては手始めに『神話教育の復活』です。日本人というか大和民族がこの島国にどう根付いて、どんな歴史をオリナシ始めたのか。その教育が子供たちの日本人としてのベースを育み、その土台があってこそ国際社会で輝ける。長文駄文で甘えてすいません。でも祖父母両親がいない孤児は自身に自身が持てない、といいたいわけです。

  • 韓国在住日本人さま
    今回も面白く読ませて頂きました。引き続き韓国の情報を教えて頂ければ幸甚です。
    今までシンシアリーさんの本でしか読んだ事が、有りませんが、当然事実のようですね。
    一言で言うと「宗教を騙る、詐欺集団」という理解で間違いないと思います。
    まだシャーマニズムも、多く残ってる国のようですので、関わり合いにならないように、お気をつけてくださいませ。

  • 日本にはキリスト教団体と称し天皇制に反対する左翼集団がありますね。
    私の住んでいる郊外の住宅地にもキリスト教会があり時々訪問してきますが、とある協会訪問者が秘密保護法反対なる政治的意図を表して勧誘してきたことがありました。
    宗教の衣を着た反日原理主義左翼が跳梁跋扈しています。
    私は吉永小百合的共産主義に惑わされたくありません。

  • デリケートな話題を軽妙洒脱に捌いていただきありがとうございます。私も非難誤解を恐れずに民族と宗教の関係について。

    アラブの人々は結構親日ですが、日本が無宗教なのにイスラム教徒以上に規律が重んじられる社会を維持できていることを驚きの目で見ているようです。イスラム教は規律を重んじますが、アラブの人々は結構いい加減なところがあります。言い方を変えると、宗教では民族性をすっかり変えてしまうことはできないのではないかと思います。

    日本の場合、多くの日本人は自分を無宗教だと認識していると思いますが、私は日本人は無宗教ではなく、多層的な宗教観を持っていると見ています。

    まず、基底には無自覚の神道信仰があります。その上に、立場上の仏教徒を重ねます。さらに表面に無宗教の皮を被せます。これが典型的な日本人です。

    日本で1%程度のキリスト教徒は、仏や多神教を忌避しますので、多層的宗教観を脱するはずですが、カトリックである麻生総理の靖国神社への深い敬意を見るに、文化的問題を柔軟に受け止めるキリスト教徒は多いのではないでしょうか。

    日本人が無自覚の神道信徒だと主張する根拠は、日本の至る所にある神社です。名のある神社ばかりではなく、いわゆる村の鎮守、氏神様といった慎ましい佇まいの神社が、全国津々浦々に存在します。そして、日本人の行くところには必ず神社が作られます。日本領だったときの台湾や朝鮮にも作られました。パラオにも作られました。移民先のハワイにも沢山の神社があります。ブラジルにもあります。日本人(この場合は国籍ではなく民族として日本人のアイデンティティーを持つ者)は、神社と共に生きるようにできているのです。

    朝鮮の場合は、まあ、どんな宗教の皮を被せても中身は朝鮮人だということでしょう。

    • 現在のパソコンには、まずCPUのx86コードがありますが、その下層にはマイクロコードがあります。
      でもって、その上にBIOSなりEFUIなどの低級APIがあり、その上にいろいろなOSが入ってシステムコールで動きます。
      Windowsだとあまり意識することはありませんがここからさらにデスクトップ環境というUIを決めるソフトウェア環境があって、更にアプリケーションは何らかのフレームワーク上で動作することも多い昨今です。

      日本の場合、BIOSの完成度が高すぎて、OS(宗教)の実装が簡単なんだと思います。
      逆に韓国の場合、BIOSの信頼性が低く、ブートストラップしたらあとはなんとか動くようにパッチ当てまくった奇形ローカライズOSを使わざるを得ないと。きっと特権レベルなんかの実装もおかしいw。

      • りょうちんさま
        OSで思い出したのですが、韓国のWindowsのOSは何が主流なのかご存じですか?
        2.3年前にまだ、XPを使ってる人が多いような話を聞いたことがあります。
        話はずれてしまいますが、ご存じでしたら、ご教授ください。

        • 今年の春の記事です

          韓国政府、サポート切れWindowsからLinuxへの移行計画発表
          2019/05/21
          https://news.mynavi.jp/article/20190521-826950/
          >he Korean Heraldは5月17日(韓国時間)、「S. Korean government to switch to Linux: ministry」において、韓国の中央行政機関である行政安全部から政府のコンピュータのオペレーティングシステムをWindowsからLinuxに変更するという発表が行われたと伝えた。

          行政安全部はLinuxの試運転を実施するとしており、この試験でセキュリティ上の問題が発生しなかったら、政府内で広くLinuxを導入するという。

          その後の続報は見ていないので本当のところは知りません
          ただ、来年起源を迎えるIFF(敵味方識別装置) MODE 5への対応も今年の秋から順次なんてふざけたことを言ってるんでそのままの可能性が高いかと

        • NANASHIさま
          情報ありがとうございます。
          Windowsのライセンスをケチってると言う事ですかね。

      • 懐かしい用語の数々。

        > 日本の場合、BIOSの完成度が高すぎて、OS(宗教)の実装が簡単なんだと思います。

        完成度が高いかどうかは疑問がありますが、BIOSレベルで提供される機能が高いのは言えるでしょうね。

        神道には明文化された教義が存在しませんが、その割に神道的倫理感がふわっとしつつ人を腐敗堕落させにくいので、その上に何を被せても、酷いことにはならないという。

        そういう意味では、日本人を喩えるならば、IBM/PC系よりも、MacOS 9までのMacintoshではないでしょうか。ROMに焼かれたToolboxが提供するのは、ウインドウの生成、描画処理、ファイル操作、メモリ管理、などなどの高度なAPIでした。もちろんタイマー割り込みなんかの低レベルもありますけど。

        > きっと特権レベルなんかの実装もおかしいw。

        ていうか、全てのタスクがスーパーバイザーモードで動いていて、一般アプリが直接ハードウェアを叩くのが普通だと思います。

        • > 日本の場合、BIOSの完成度が高すぎて、OS(宗教)の実装が簡単なんだと思います。

          芥川龍之介の『神神の微笑』という短編がありますね。

          GHQの主マッカーサーはキリスト教聖公会の熱心な信徒であり日本では「軍服を来た教皇」と呼ばれたこともあった。その影響もあって1945から約10年間は「日本キリスト教躍進の時」だったが1960ころには失速し、それと同じくして「キリスト教の日本化」が著しく進んだ。厳しく言えば今の日本プロテスタント教会は「浄土宗キリスト派」に近い。

          遅くなりましたが韓国在住日本人様、今回も有益なお話をありがとうございます。

    • >日本人(この場合は国籍ではなく民族として日本人のアイデンティティーを持つ者)は、神社と共に生きるようにできているのです。

      そう思います。
      神道の倫理観は稲作と密接で(自然への畏敬、労働尊重など)、稲作従事者が社会の多数派であって、戦前までは寺や神社を為政者が統治に利用した歴史もあって、日本人のものの考え方に大きく影響を与えてきた、と言う文脈でみると、
      戦後は神道・神社を政策で維持することができなくなり、農業人口も半数を切って社会の少数派になってしまっています。
      農業人口に関しては、おそらく過去2000年くらいは社会の多数派が稲作従事者で、少数派になったのはここ数十年の出来事なんですよね。

      私個人としては、今の日本人の倫理観を好ましく思ってますが、これから先も今までのように継続して保たれるのか、少し心配しています。

      明治以降の神道政策の反動で、文化としての神道まで否定されているのも、どうだかと。

      • あ、書き忘れが。

        神道の倫理観にある(と思ってますが)、自然への畏敬、労働尊重は、同じ稲作が伝わったはずの半島では真逆ですね。

        彼らの「現状を受け入れない」態度は「自然への畏敬」と真逆ですし、「労働を卑しむ」ようです。
        統治の歴史の違いなのだろうか・・・

      • 記事本題からズレてしまいますが…。
        神道文化は今も確実に日本人の心に根付いていると思います。
        ここ数年は神社ブームも広がってきていますし、文化を抹消することはできないのでは。
        神社検定というものを受けてきましたが、老若男女いろいろな方が受験されていましたし、未来はそう暗いものでもないかもしれません。
        (ちょっと楽観的すぎますかね?)

        • 絶滅することはないと思います。
          神社の必然性がなくなってもなお、今後世代を経るにつれて日本人の行為態度が変わらず維持されるのか、という疑問なんですけどね。
          上書きされる代わりのものがなければ、残っていく気もしますが。
          「無宗教」は代わりのものを拒絶するでしょうし。

          心配してどうにかなる話でもないんですけどね。(笑)

  • 在住様

    下手に宗教に関わるとロクなことはないというのは、日本の市井の民の感覚からすると、たしかにその通りですね。以前、ケニアから来た留学生の女の子のこちらでの面倒を見てたことがあるんですが、日本に来るなり出入りする教会を見つけたんでしょう。クリスマスだ、イースターだと、事あれば一緒に行こうと集まりに誘ってくるんで、面倒になって、「あんた方の国にも大地や歴史に根ざした宗教があったはずなのに、何だって植民者が持ち込んだ宗教なんぞをありがたがるんだ」と、ちょっと意地の悪いことを言った記憶があります。高校生の頃に「クォ・ヴァディス」を読んだことがあって、ああいうのは精神が未発達な時期に読むと危ないですね。キリスト教徒にならないのは間違いじゃないだろうかなんて気になってくる。だいぶ後になって感じたのは「ナカに入っちまうと結構ヤバかったろうな」くらいのところでしたが。

    まずキリストの受難ってのが最初にあって、ローマ帝国の迫害に耐えて魂の純粋さを守り通したって歴史が、キリスト教徒の誇りとするところでしょうから、韓国の人がシンパシーを覚えるのは、まあ自然かなという気もするんですが、勝手に原始キリスト教徒と自らを同一視して、未来永劫、日本人は贖罪意識を持てなんて言われても、「ハァ?」としか言い様がないですね。神に救済され、祝福された魂をもつ韓国版キリスト教徒から見ると、日本人なんてのはコンスタンティヌス帝以前のローマ帝国市民にそっくりかも知れませんね。森羅万象に八百万に神が宿るなんて蛮夷の民レベルの宗教観で満足していて、きちんとした宗教施設はおろか,そこかしこにある祠にまで手を合わせて、まともな戒律ももたずに放縦に生きている。まあ、そんな感じでしょうからね。

    実際のローマ社会がどんなものだったか、もちろんわが目で確かめるのは不可能ですが,多分お上が絶えず締め付けてなければ手の付けようがなくなるような、そんな無秩序なものじゃなかっただろうなと思っています。「まともにお天道様を拝める」生き方なんてのは、日本に暮らしていれば(多分この国が気に入って永住を決めた外国人も含めて)自然に身につく感覚だと思うんですが,言葉で厳密に説明するのは至難の業。だけど,ローマ人なら案外,「おお、オレっちの国なら、こう言うよ」と教えてくれるような気がします。

    ご投稿を読ませて頂いた上で、思い浮かべた勝手な感想を書き連ね、失礼しました.

    • >高校生の頃に「クォ・ヴァディス」を読んだことがあって、
      ナカーマw

      >ああいうのは精神が未発達な時期に読むと危ないですね。
      私はキリスト教の崇高さよりペトロニウスのカッコよさにノックアウトされました。。。

  • 韓国在住日本人様
    こんにちは。今回の投稿も興味深く拝見しました。
    韓国とキリスト教の関係は、「在日朝鮮人から見た韓国の新聞」金田さんのブログで見たように、朝鮮戦争後に援助物質が配られた窓口が教会だったことから大きく韓国中にキリスト教が広まった、と思います。
    ただ、儒教思想の影響は韓国在住日本人さんの説とは逆だと思います。
    半島の人々が勤勉ではないのは、両班など支配層の収奪の結果であり、もとより字さえ読めなかった庶民には儒教思想など大して知られていなかったと思うからです。
    それに儒教はもとよりキリスト教さえウリスト教と呼ばれるように、宗教的な信仰心、教義が彼ら半島に住む人々に良い意味での感化を与える以上に、彼らの土着的なものによって歪められてしまう、という面が大きいのではないでしょうか。
    思うに、韓国在住日本人さんは、より客観的に宗教を眺めるがゆえに、儒教やキリスト教の教義をあまりに学問的哲学的に理解されている結果、だと思いますが。
    それに、儒教でさえ、韓国で庶民全般に普及したのも、ごく最近です。お墓やら先祖祭祀が一般化したのも朴正熙大統領の頃かららしいです。

  • 日本人にも宗教はあります
    ただそれは仏教や神道といったものではないと考えています。
    日本は古事記のスサノオノミコトに象徴される、たくさんの災害を神とする国ではないでしょうか。(そういったことでは神道ではないと言い切れませんが)
    もちろん災害は忌まわしいものですが、逆にそれによって人々を共通の意識で繋げている。
    何千年もの間、災害に見舞われそれを克服してきたうちに共通の価値観が生まれてきました。
    キリスト教やユダヤ教、イスラム教のように紙に書かれたものがないので日本人はそれと自覚していませんが、心の中に深く刻まれた「災害が神の国」であるという宗教心を宿しています。
    これは強固で他の宗教が目指した、人々が協力しあって生きる、という目的をもっとも良く体現しています。
    卑弥呼や古代の天皇は災害を防止するシャーマン、今で言えば災害防止庁長官の役割だったのではないでしょうか。
    蛇足ながらキリスト教やイスラム教は日本人にとってアイスクリームのトッピングの様なもので、日本列島に住む人々には大勢に影響ありません。

    これが世界のどこにもない日本人の特殊性になって現れています。
    また対馬海峡を隔てて全く人間性が違うことの原因になっています。

  • 2013年01月15日 ねずさんのひとりごと 天下の公民4/論語と日本的価値観
    「諱(き)」というのは、「かくす」という意味です。何を誰から隠すかというと、真実を世間から隠す。
    論語には、次のようなエピソードがあります。
    ある人が孔子に言います。
    「私の村にはとても正直な人物がいます。その正直な人物は、自分の父親が他人の羊を盗んだ時に、それを告発しました。」
    孔子は答えます。
    「そういう人物は正直者とはいいません。父は子のために隠し、子は父のために隠す、これが本当の正直というものです。」

  • 韓国情報戦に強い? ➔ 嘘を吐く事に躊躇が無いだけ ➔ 自分達の主張を一方的に言うだけ
    朝日新聞高橋純子編集委員:エビデンス?ねーよそんなもん

  • 韓国在住日本人様

    毎度ながら生々しい報告、面白く拝見しました。ありがとうございました。

    ボクが個人的に一番立腹してるのは文鮮明の宗教です。ボクの知り合いを数人持って行ってしまいました。 どうしてるのか気になります。これは全くのイカサマの詐欺宗教だと思います。昔、韓国人とその話をちょっとしたことがあるのですが、「そういえば、貧しそうな韓国人と結婚した日本の女性が広宣の為に家のドアをノックしに来るよ」と言ってました。

    もし、お時間があり、興に乗るようなことがありましたら、韓国で見聞きしたことを教えてください。
    危険なことですか?

    閑話休題 ; 先日、と言っても数か月前だったか、居酒屋で隣り合わせた30才半ばの妙齢の女性、いやきれいな人でしたが、お寺(浄土真宗でした)の未婚の娘さんと交わした会話の中で、ボクが物知り気に、ホーキンスは天国なんかないと言ってるよね、と言いましたら、天国はないかも知りませんけど、お浄土はあります、と返答されました。もとより、なんだかボクには分からない会話になったのですが、いやはや、惚れてしまいました。

    • ホーキング博士ですよね。

      美人さんとの会話に嫉妬して申し上げますが、天国はキリスト教の概念・用語で、仏教では極楽あるいは浄土ですね。だから仏教的には天国は無くて浄土が有るのは当たり前です。それを颯爽と言えるのは格好いいですね。

      • そうですね、ホーキングでしたね。ミスタイプでもなく、記憶違いだったですね。なんだか、何もかもととどうでもよくなりました。
        それにしても、「お浄土」て何だろうとあれ以来宿題として残ってしまいました。宿題もそろそろ、というかすぐに手を付けなければいけない年になってるんですけど。しかし、あれはいい女だったなあ。

        閑話休題 (新宿会計士様、勝手に関係ない話をしてお許しください。)
        ボクんちに、ものみの塔の人が二組、それぞれの連携なしに時折来てくれます。初老の婦人グループはボクの顔を見ると「しまった」といった感じでボクを見なかったふりしてそそくさと去っていきます。理由は不明です。(どうやら去年死んだボクの母親とよく話してたようです。)
        もう一組の若夫婦は、親しく話を交わしてくれます。それであるときふと、ベニスの商人の話が頭によぎったのですかね、ボクは「ところでキリスト教って、利子とかとっていいことになってるの?」と聞いてみましたら、なんとIパッドを取りだして聖書の該当場所を引き出して聖書の見解を話してくれました。その聖書の解釈はなんだかあやふやだったし、全く覚えてませんが、いやあ、びっくりしました。40年ぐらい前は、手垢で変色した聖書をパラパラと開いて読んで説明してくれたものだったような覚えがありますが、アイパッドで一発回答でした。アイパッドにびっくりしました。のけぞりました。
        ついでに、ペーパームーンなど思い出して、あの頃は ...と感慨と深酒に沈没しました。

      • お浄土がないと
        大枚はたいてお葬式挙げる意味も無いのでは・・
        御霊となった故人が仏様の弟子入りする儀式が仏式の葬式で
        仏弟子としての名が戒名で
        修行をするための場がお浄土ですしお寿司

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