「政治や金融政策、金融規制は経済と密接な関係がある」――。これが私の持論です。本稿では、前半で韓国経済の苦境、後半でドイツの金融危機の可能性についての雑感を紹介しておきたいと思います。
韓国経済の苦境
韓国経済新聞の中途半端な分析記事
韓国メディア『中央日報』(日本語版)に、こんな記事が掲載されていました。
韓経:韓国製造業の3軸「自動車・鉄鋼・造船」が危機(2018年07月20日09時30分付 中央日報日本語版より)
これは『韓国経済新聞』(韓経)に掲載された記事を中央日報が日本語訳して掲載しているものですが、現在の韓国経済の苦境の一端がわかるものの、本質的な分析は非常に甘いと思わざるを得ない記事です。簡単に内容を要約すると、
- 韓国の製造業の根幹は自動車、鉄鋼、造船という3軸だ
- 鉄鋼業界は米国の輸入量割当、欧州連合のセーフガードに直面している
- 造船業界は労組のストライキで沈没寸前の状況にある
- 自動車業界は米国の高率関税(20~25%)のおそれが強まっている
というものです。いずれも表面的には外国(米国や欧州連合)の政策や労組のストライキに原因があるかのように見えますが、本質は異なります。というのも、韓国経済の構造自体に大きな欠陥がある、という点を、韓経は見落としているからです。
GDPの定義と貿易依存度
そのまえに、いつも説明している「GDPと貿易依存度」の議論を再掲しておきましょう。
そもそも、国内総生産(GDP)とは「国内消費(C)+政府支出(G)+国内投資(I)+輸出(X)-輸入(M)」と定義されます(支出項目別の場合。なお、本当は在庫品調整なども含まれるのですが、金額的に大きくないので、ここでは考慮しません)。
GDP=C+G+I+X-M
つまり、大きく内需部分(C+G+I)と外需部分(X-M)から構成されているのですが、外国に輸出する金額(X)の比率が大きければ、外国から貿易関税などを突きつけられた場合の打撃が非常に大きい、ということがよくわかるでしょう。
また、外需の純額(X-M)が低くても、XとMのそれぞれのGDPに対する比率が高ければ、その分、貿易依存国家であるといえます。たとえば、外国から半製品や資本財を買ってきて国内で加工し、製品化して外国に輸出しているようなケースだと、XとMがともに大きくなります。
以上を踏まえ、総務省統計局が公表する『世界の統計2018』によれば、米国、中国、その他の主要国のGDP比率は、次のとおりです(図表)。
図表 GDPの支出項目別比率(2016年)
国 | C | G | I | X | M |
---|---|---|---|---|---|
日本 | 56% | 20% | 24% | 13.1% | 12.3% |
中国 | 39% | 14% | 42% | 19.1% | 14.2% |
韓国 | 49% | 15% | 30% | 38.0% | 31.4% |
米国 | 69% | 14% | 20% | 7.8% | 12.1% |
ドイツ | 53% | 20% | 20% | 38.5% | 30.5% |
(【出所】総務省統計局『世界の統計2018』図表3-5/図表9-3より著者作成。ただし、Xは輸出依存度、Mは輸入依存度であり、計算方式の違いなどにより、合計しても100%にならない)
内需(C+G+I)の比率は、米国が103%と100%の水準を超えているのですが、これは米国が貿易赤字国である以上は当然のことです。要するに、「国内の生産力が足りないから、外国から輸出している状態だ」、と言い換えても良いでしょう。
一方、「輸出立国」と呼ばれる日本については、内需の合計はほぼ100%であり、純輸出(X-M、つまり貿易黒字の比率)もGDPの0.8%に過ぎません。このため、日本は米国ほどではないにせよ、諸外国と比べ、内需の比率は高いと言っても良いのではないでしょうか?
これに対し、中国、韓国、ドイツの3ヵ国の事例は極端です。いずれも内需を合計すると100%になりません(中国は95%、韓国は94%、ドイツは93%)。ということは、これらの国は貿易黒字によってその差額を埋めている計算です。
さらに、輸出依存度だけで見ると、中国は20%近く、韓国とドイツに至っては40%近くに達しており、これらの国が「貿易戦争」の影響を強く受けることは明白でしょう。
金融政策と為替政策
ところが、話はこれに留まりません。
経済学の鉄則では、オープン経済(輸出、輸入など、世界経済と密接に繋がっている国)では、経済が低迷しているときには、財政出動だけでなく金融政策をセットで行う必要があります。要するにこれは、中央銀行がお札を刷って市中にばら撒くような行為です。
ただ、韓国の場合は為替相場の変動が生じると困る国でもあります。たとえば、自国通貨・ウォンの価値が下がり過ぎれば、外国からの外貨建ての借金(負債)が膨らみ、最悪の場合は通貨危機に陥りますし、自国通貨・ウォンの価値が上がり過ぎれば輸出競争力が低下するという悩みがあります。
事情は中国も同じようなものですが、韓国の方が中国と比べてはるかに小国であり、中途半端に市場を外国に開放してしまっているため、より悩みは深刻です。
そして、通貨危機を防ぐためには利上げ(金融引き締め)をしなければなりませんが、それをやってしまえば家計債務負担が増大しますし、企業経営にも圧迫要因となり、株価も下落します。だからといって、利下げすれば通貨安を通じて通貨危機が再燃するおそれもあります。
どうも韓国の金融政策はにっちもさっちもいかなくなっているようです。
次の金融危機はドイツから?
ただし、韓国経済が危機にある、などと思っていると、思わぬところから危機の火の手が上がるのを見落とす恐れもあります。
それがドイツです。
ドイツは現在、ユーロ圏(南欧など)に対する輸出が多いのが特徴であり、ドイツと南欧などは同じユーロという通貨を使っているがために、為替変動を通じた産業競争力の調整が働きません。このため、ドイツは南欧諸国などに対し、ほぼ無限に貿易黒字を積み上げ続けるという状況にあるのです。
また、ユーロ不安が生じ、ユーロの値段(為替相場)が下落すれば、その分、ドイツにとってはユーロ圏外に対する輸出競争力も増えます。まさに2008年の金融危機以来、ドイツにとっては笑いが止まらない状況にあるのです。
ただ、ドイツ自体が、金融機関に対する公的支援を禁止するという国際的な金融規制(いわゆるバーゼルⅢにおけるベイルイン規制)を主導した国であるという負い目もあるため、ドイツ銀行などの国内の金融機関が経営危機に陥った場合でも、公然と公的資金による救済をすることが困難です。
以前、『WSJ「ドイツ銀行の米国事業にトラブル」報道に嫌な予感』で、米メディアのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が報じた、FRBのストレステストに関する話題を紹介したこともありますが、どうもドイツの金融システムがきな臭いのです。
こうした私の懸念が杞憂であれば良いのですが、さて、どうなることでしょうか。
金融規制は経済に重大な影響を与えることから、ますます目が離せないと思うのです。
View Comments (1)
失われた20年が内需拡大に繋がって、今まさに起きている貿易戦争を鼻をほじりながら見ていられる様になったというのも皮肉な話ですよねえ。
まあ経済成長しなかった分の損失がそれに見合うものかというとそんなこともないのですが。
結局、特殊鋼の関税で日本は実害があったんでしょうか?って自分で調べろって話ですよ。
で調べたらクソワロタ。
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https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32042730R20C18A6MM0000/
米、鉄鋼関税で日本製品を一部除外
【ワシントン=鳳山太成】米商務省は20日、日本やドイツ、中国など5カ国から輸入する一部の鉄鋼製品を関税の対象から外すと発表した。日本から特殊鋼を輸入する不二越の米国法人を含む米企業7社に対し、各社が申請していた計42件の適用除外を認めた。今後も審査を進め、除外品目を公表していく予定。国内経済への影響を考慮したもようだ。
対象から外すのは日本、スウェーデン、ベルギー、ドイツ、中国から輸入する鉄鋼製品。不二越のほか、自動車用封止材を手掛ける日本リークレス工業(東京・港)の米国法人、かみそり製造・販売のシックなど、鉄鋼を原材料として使う7社の訴えを認めた。不二越は「米国内での調達が難しい」として特殊鋼の輸入制限除外を申請していた。一方、11社が申請した56件は却下した。
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ええと、関税対象国から外された!さすがファンクラブ保有大統領!→翌日ダンピング認定で報復関税という体を張ったギャグをかました国と対照的ですね・・・。