当ウェブサイトの「大人気コンテンツ」の1つが、「朝鮮半島の将来シナリオ」です。米朝首脳会談も終了したタイミングでもあるので、本日は、「朝鮮半島の将来シナリオ・2018年6月版」を更新しておきたいと思います。
目次
朝鮮半島の将来シナリオ
単発の首脳会談よりも長い目で見る方が重要
6月12日、シンガポールでは「歴史的な」米朝首脳会談が行われ、ドナルド・J・トランプ米大統領と北朝鮮の独裁者である金正恩(きん・しょうおん)が握手し、共同声明に署名しました。これについてどう見るかについては、さまざまな立場の論客がさまざまな主張を展開しています。
米朝首脳会談を巡っては、当ウェブサイトでも数本の記事を掲載し、『米朝合意は日本が変わるための貴重なチャンス』にまとめています。この私の主張をかいつまんで申し上げれば、「たかが数時間の会談で朝鮮半島の将来がすべて決定されると見る方が不自然だ」、というものです。
私はどちらかというと、議論は「朝鮮半島はこれからどう動いていくのか」という点に向けられるべきであると考えており、その意味で、当ウェブサイトでかねてから議論し続けてきた「朝鮮半島の将来シナリオ」というテーマこそ、非常に重要なものです。
これは、私が考える朝鮮半島の将来シナリオを、予想確率とともに提示するというシリーズであり、最新版は4月28日付の『史上3回目の南北首脳会談と朝鮮半島6つのシナリオ』、仮定版は5月17日付の『緊急更新「朝鮮半島の6つのシナリオ」仮定版』で読むことができます。
これまで執筆して来た主な記事は、次のとおりです。
- 2017年11月20日付『韓国は7割の確率で中華属国化する』
- 2017年12月27日付『朝鮮半島は2割の確率で赤化統一される』
- 2018年1月10日付『平昌の欺瞞:赤化統一に一歩近づいた韓国』
- 2018年2月9日付『平昌直前:「6つのシナリオ」アップデート』
- 2018年3月13日付『朝鮮半島の将来シナリオ・2018年3月版』
是非、これらについてもご参照くださると幸いです。
朝鮮半島の将来―8つのシナリオ
ところで、当ウェブサイトでは現在のところ、「6つのシナリオ」の実現可能性について議論していますが、これに加え、すでに取り下げた(予想確率をゼロ%に引き下げた)シナリオが2つあるため、将来シナリオは都合、合計で8つあります(図表1)。
図表1 朝鮮半島の「8つのシナリオ」
シナリオ名称 | 概要 | 予想確率 |
---|---|---|
①赤化統一 | 北朝鮮主導で南北朝鮮が統一される(いわゆる「高麗連邦」シナリオ) | 30% |
②韓国の中華属国化 | 北朝鮮という国が存続したまま、韓国だけが中国の属国となる | 20% |
③南北クロス承認 | 北朝鮮を日米両国が国家承認し、韓国が中国の属国となる | 20% |
④統一朝鮮の中華属国化 | 朝鮮半島統一が実現し、かつ、その統一朝鮮が中国の影響下に入る | 10% |
⑤北朝鮮分割 | 中国やロシアが北朝鮮に軍事侵攻して分割占領し、韓国が中国の属国となる | 10% |
⑥現状維持 | とりあえず朝鮮半島の現状が維持される | 10% |
⑦米国による斬首作戦 | 米国が北朝鮮に全面攻撃を仕掛け、国家崩壊した北朝鮮を韓国が吸収する | 0% |
⑧軍事クーデター | 韓国で軍事クーデターが発生して極左の文在寅(ぶん・ざいいん)大統領を拘束・排除し、日米との友好関係を回復する | 0% |
(【出所】著者作成。なお、「予想確率」は最新版記事である4月時点の『史上3回目の南北首脳会談と朝鮮半島6つのシナリオ』で示したもの)
これらの8シナリオのうち、⑦と⑧については、現時点ではゼロ%としています。このため、4月時点の記事では、予想確率とともに提示したシナリオには⑦と⑧が含まれておらず、タイトルも「6つのシナリオ」にしています。しかし、図表1にはあえて、⑦と⑧を含めました。
その理由は、本日、韓国の難しい立ち位置についても言及しようと思うからですが、この論点については後述します。
8シナリオのレビュー
赤化統一を30%に引き上げた理由
さて、私はこれらのシナリオについて、今年3月時点で実現確率を微修正していますが、その理由を簡単に振り返っておきましょう。
シナリオ①、すなわち「赤化統一」のシナリオは、読んで字のごとく、韓国(南朝鮮)が北朝鮮に併呑される、というシナリオです。このシナリオの確率については、今年3月までは25%程度と見ていたのですが、現時点では30%にまで引き上げています。
このシナリオを30%に引き上げた理由は、3月時点で、韓国の左傾化・赤化が、私の予想以上の速度で進んでいると考えたからです。韓国は今年1月以降、米国に米韓合同軍事演習の中止を要求し、南北高官級協議、南北首脳会談などを相次いで開催しました。
こうした「北朝鮮に融和的な動き」は、米国の韓国に対する不信感を高めるとともに、米韓軍事同盟の存在意義を失わせる行為です。言い換えれば、明らかに、現在の韓国の立場を危うくするものですが、文在寅氏はこの姿勢を変えようとせず、さらにはこんな文在寅政権を、韓国国民は支持しているのです。
その一方で北朝鮮は4月27日に南北首脳会談に応じたものの、その後は一方的に南北高官級協議をキャンセルしたり、北朝鮮政府幹部が韓国を「無能だ」と罵ったりしています。つまり、北朝鮮派相変わらず韓国を軽く見ている、ということです。
こうした状況が続けば、ほかの条件が同じであったとすれば、韓国社会が北朝鮮に吸い寄せられるようにして崩壊し、やがては北朝鮮が主導権を取る形での南北統一、すなわち赤化統一が実現してしまう危険性が高いのです。
中国という不気味なファクター
その一方で、朝鮮半島の将来を議論するうえで無視できない存在が、中国です。中国は長年、朝鮮半島に対しては「宗主国」として振る舞ってきましたが、その中国は、韓国で文在寅政権が成立して以来、どうも朝鮮半島に対し、影響力を行使できないでいます。
皮肉なことに、中国が韓国に対して強い影響力を発揮していたのは、「保守派」を自認する前任の朴槿恵(ぼく・きんけい)政権時代のことです。ところが、朴槿恵政権が親北派市民団体の「ろうそく革命」により瓦解したためでしょうか、現在の韓国は、中国よりも北朝鮮に「求愛」している状況にあります。
シナリオ②~⑤は、いずれも何らかの形で、朝鮮半島に中国が関わってくる、というシナリオ群です。
このうち、シナリオ②は、韓国が単独で中国の属国となり、北朝鮮はそのままの形で残る、というシナリオです。このシナリオ②については、シナリオ①とは逆に、3月時点で実現確率を30%から20%に引き下げました。その理由は、北朝鮮の存在を無視して、韓国だけが中華属国化する確率が低下したからです。
それだけではありません。「中国ファクター」の存在感が薄まっていることに加え、米国と日本の国際社会における影響力が強まっていることを受けて、他の③~⑤のシナリオも影響を受けます。
具体的には、シナリオ③、すなわち韓国が中国の属国に成り果てる一方で、北朝鮮を日米など国際社会が国家承認し、支援を与えるという確率を、3月時点で10%から20%にまで引き上げました。今になってみれば、「我ながら慧眼だ」と思う判断でした。
その一方で、中国の存在感の乏しさから、シナリオ④、すなわち朝鮮半島全体が中国の属国となるという可能性については、もともと10%に設定していたものを10%で据え置くとともに、シナリオ⑤(北朝鮮を中露が分割占領するというシナリオ)については20%から10%へと引き下げたものです。
韓国の自立シナリオは「ない」
一方で、韓国が自立するというシナリオについては、かつて、シナリオ⑦とシナリオ⑧の2つのパターンがあると考えていました。
このうちシナリオ⑦については、米国が北朝鮮に全面攻撃を仕掛けて北朝鮮を体制崩壊させ、韓国に吸収させるというものですが、このシナリオについては、すでに昨年の時点で取り下げています。その理由は、米国が北朝鮮攻撃に踏み切る可能性が、非常に低いからです。
この点、自称「保守派の論客」のなかに、「シンガポールの米朝会談の結果、米国が北朝鮮に軍事攻撃を仕掛けるはずだ」、といった議論を唱えていた人もいるようですが、これは荒唐無稽な発想です。なぜなら、軍事攻撃によって北朝鮮から核戦力を除去することは非常に難しいからです。
北朝鮮は中国と長い国境を接しており、北朝鮮が米軍の支配地となれば、中国が米軍の支配地域と国境を接することを意味します。こんな状況を、中国が容認するはずがありません。もし米軍が北朝鮮に攻め込めば、ただちに中国(とロシア)が介入するはずです(これがシナリオ⑤です)。
一方、米軍が北朝鮮に限定攻撃を加えたとしても、それだけで北朝鮮の体制を崩壊させることは困難です。しかし、よしんば北朝鮮の体制が崩壊したとしても、米軍のプレゼンスがない以上は、中国がそこに介入することは明白でしょう(この場合はシナリオ④かシナリオ⑤が実現します)。
したがって、シナリオ⑦が実現する可能性は、極めて低いのです。
韓国が自分の意思で独立を維持することはない
一方で、一種の「ウルトラC」シナリオは、シナリオ⑧でしょう。
これは、韓国国内で軍がクーデターを起こし、親北派である文在寅政権を韓国が自ら除去するというシナリオです。韓国軍内には、「韓国が国として生き残り、繁栄し続けていくためには、日本と米国との関係が必要だ」ということを理解している軍人は存在するようです。
しかし、私はこのシナリオについても、昨年の段階ですでに撤回しています。その理由は、文在寅政権に対する異例ともいえる支持率の高さです。さすがに韓国軍関係者も、国民の支持率が高い文在寅政権を力ずくで除去するというリスクを取ろうとは思わないのではないでしょうか?
なにより、韓国社会の根腐れがすでに救いようもないところにまで来ています。韓国で今週行われた地方選挙では、左派系の与党が圧勝し、保守が惨敗したそうです。
<韓国地方選挙>与党、史上最大の圧勝…保守惨敗(2018年06月14日07時26分付 中央日報日本語版より)
自分たちの国の未来を危険な独裁者が支配する相手に捧げようとするような政治勢力を支持する民衆のことを、一般的に「愚民」と呼んで良いと思います。現状で見る限り、韓国が自分の意思で独立を維持しようとすることはないと考えて良いでしょう。
朝鮮半島はどこに行くのか?
米朝首脳会談で何が変わったのか?
さて、6月12日の米朝首脳会談を受け、早とちりな人々の間では、「米国が北朝鮮に全面的に譲歩した!」だの、「米朝新時代が始まる!」だの、「米国と北朝鮮の国交が樹立される!」だの、そういった議論が行われています。中には「日本だけが取り残される!」といった珍説も見受けられます。
しかし、ちょっと待って下さい。米朝首脳会談では確かに米国が主張していた「CVID」、すなわち「完全な、検証可能な、かつ不可逆な方法での廃棄」(Complete, Verifiable and Irreversible Dismantlement)は盛り込まれませんでした。
また、米朝両国は、「朝鮮半島の非核化」では合意したものの、北朝鮮に対する経済制裁の解除には応じていません。北朝鮮の核放棄が明らかになるまでは、米国は北朝鮮に対する経済制裁を続けるのです。
米朝両国が合意したのは、次の4項目です(原文とそのできるだけ正確な対訳の全文は、『米朝共同宣言のまとめと所感』に掲載しています)。
- ①合衆国とDPRKは両国の人民の平和と繁栄に対する熱意に基づく新たな米・DPRK関係の樹立に向けて確約する
- ②合衆国とDPRKは朝鮮半島における持続的で安定的な平和体制の構築にむけて共に努力する
- ③2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、DPRKは朝鮮半島の完全な非核化に向けて確約する
- ④合衆国とDPRKは戦時捕虜や戦時行方不明者の捜索と、特定された者については直ちに母国に帰還させることを確約する
(※DPRKとは北朝鮮のこと)
この4項目のどこを読んでも、「米国は北朝鮮に対する経済制裁を解除する」とは書かれていません。あくまでも、米国が「北朝鮮が核・大量破壊兵器を廃棄した」とする合理的な確証を得るまでは、経済制裁の解除はなされないと考えるのが自然でしょう。
米国は米国、日本は日本
次に、この共同宣言の主語は、あくまでも「米国と北朝鮮」です。「国際社会と北朝鮮」、ではありません。仮に――あくまでも「仮に」、という議論ですが――、米国が北朝鮮と国交を開けば、日本も北朝鮮と国交を開くことになるのでしょうか?
それは違います。
米国は米国、日本は日本です。米国が北朝鮮と国交を開いたとしても、日本は自動的に北朝鮮と国交を開くわけではありません。というよりも、日本人拉致問題が解決しないうちに、北朝鮮と国交を開くと考えるのは不自然です。
その証拠が、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に掲載された、次の記事です。
日本「北への現金支援はない」…3段階支援の構想をみると(2018年06月15日07時46分付 中央日報日本語版より)
中央日報も、たまには良い記事を掲載します。これは、中央日報が日本政府の関係者の発言を取りまとめたものですが、記事によると、現段階の日本政府の北朝鮮に対する経済支援構想は、次の3段階から構成される、というものです。
- 第1段階:国際原子力機関(IAEA)の核査察に対する初期費用の支援
- 第2段階:国際機関を通じた人道支援。現金を直接支払うのではなく、コメや医薬品の現物を提供するもの
- 第3段階:インフラ整備などの有償による経済協力
この経済支援の在り方には、私も賛成です。日本は1965年に韓国との国交を開いた際に、3億ドルという巨額な現金を無償で支払っていますが、北朝鮮に対しては無償で現金を提供することはなく、あくまでも北朝鮮に「カネを貸す」という形での経済協力を実施する、というものです。
しかも、この「3段階の経済支援」が行われるにしても、第2段階以降は、北朝鮮が拉致問題を完全解決することが前提です。拉致問題の完全解決を行う責任は、全面的に加害者・犯罪者である北朝鮮の側にあります。
さらには、拉致被害者の中にはすでに存命ではない方もいらっしゃるかもしれませんが、その場合に北朝鮮がいかなる補償を行うかについても、日本が納得する解決策を北朝鮮が提示することになります(『北朝鮮こそ「日本に許してもらう方法」を考えるべき』参照)。
シナリオの実現可能性の修正
以上までの議論を踏まえ、本日、6つのシナリオ(と2つの没シナリオ)について、実現予想確率を修正したいと思います。新たな確率は、図表2のとおりです。
図表2 朝鮮半島のシナリオ確率の修正
シナリオ名称 | 予想確率 | 確率修正・据え置きの理由 |
---|---|---|
①赤化統一 | 30%→据え置き | 韓国社会の脆弱さは何ら変わっていないため |
②韓国の中華属国化 | 20%→据え置き | 朝鮮半島における中国の存在感が今ひとつ高まっていないため |
③南北クロス承認 | 20%→25% | 共同宣言で「米朝関係の樹立」が謳われたため |
④統一朝鮮の中華属国化 | 10%→据え置き | 中国の存在感が高まるという要因は特に見られなかったため |
⑤北朝鮮分割 | 10%→据え置き | 今ひとつ、中国やロシアの存在感が見えず、かつ、米国の軍事攻撃の可能性も高くないため |
⑥現状維持 | 10%→5% | 米韓同盟が消滅する可能性がますます高まっているため |
⑦米国による斬首作戦 | 0%→据え置き | 本文に記載のとおり、この可能性は極めて低い |
⑧軍事クーデター | 0%→据え置き | 本文に記載のとおり、この可能性は極めて低い |
(【出所】著者作成)
かなり長々と議論しましたが、結論的には、修正したのは③のシナリオの可能性を少し高め、⑥の現状維持シナリオの可能性を少し低めた、というレベルです。といっても、③のシナリオの確率が、飛躍的に上昇したわけではありません。数年単位の長い目で見れば、あくまでも誤差のレベルでしょう。
ただ、1つだけ自慢させていただく箇所があるならば、この「クロス承認シナリオ」を、当ウェブサイトでは1年以上前から提示していた、ということでしょうか。そして、朝鮮半島がどうなろうが、日本は日本として、きちんと国の安全を自力で守れる国になるべきだ、という点についても、主張は一貫しているつもりです。
いずれにせよ、たった1回の首脳会談ですべての方向性が決まる、というものではありません。国際政治においては、明確な「勝者」「敗者」というものは、なかなか生まれません。いくつかのシナリオが存在して、政治イベントごとに、それらのシナリオのどれかの確率が上昇し、どれかの確率が低下するに過ぎません。
いずれにせよ、当ウェブサイトは大手新聞社、ニュース・サイト、まとめサイトなどにはない、「読んで下さった方の知的好奇心を刺激する」ような独自の視点を大切にしていきたいと考えております。この問題についても議論していくつもりですので、どうか引き続きご愛読下さると幸いです。