日本時間の昨日までに米国で開かれた米中首脳会談では、「米中両国首脳が緊密な個人的関係の構築で成功した」、とされています。言い換えれば、今回の首脳会談には「成果が全くなかった」ということでもあります。その一方、ロシアは米国が金曜日未明にシリア攻撃に踏み切ったことについては、ロシアから猛反発が出ています。本日は、この全く関係のない2つのニュースを手掛かりに、トランプ政権の北朝鮮に対する姿勢を読んでみたいと思います。
目次
一見無関係な2つのニュース
米中両国、目立った進展なし
中国の習近平(しゅう・きんぺい)国家主席は、フロリダ州パームビーチにあるドナルド・トランプ米大統領の別荘「マー・ア・ラゴ」で、トランプ政権下で初めてとなる米中首脳会談を実施しました。事前の予測では、経済問題(中国の莫大な対米黒字)と軍事問題(北朝鮮の核開発)を話し合うものと見られていましたが、現地メディアの報道によれば、いずれも「ほとんど前進なし」だったようです。
U.S., China Make Limited Headway During Summit(米国時間2017/04/07(金) 20:33付=日本時間2017/04/08(土) 09:33付 WSJオンラインより)
WSJによれば、
President Donald Trump and Chinese President Xi Jinping professed progress in their relationship but showed no signs of consensus on trade or North Korea as they wrapped up a 21-hour summit upended by the U.S. strike on Syria.
(意訳)ドナルド・トランプ米大統領と習近平中国大統領は、延べ21時間に及ぶサミットの結果、個人的信頼関係の構築に成功したと発表したが、その割に貿易不均衡の是正や北朝鮮問題での進展は見られず、むしろ終始、米国のシリア攻撃に注目が集まった。
としており、表に出てきた内容としては、事実上の「ゼロ回答」だったと見るべきでしょう。
余談ですが、今回の首脳会談の舞台となったマー・ア・ラゴは、わが国の安倍晋三総理大臣が2月に訪米した際、ワシントンでの首脳会談に続き、2日間にわたってトランプ氏とゴルフを楽しんだ場所でもあります。なぜ習氏がマー・ア・ラゴでの会談にこだわったのかはよくわかりませんが、日本への対抗心でしょうか?
WSJには常夏のフロリダ州でスーツを着たトランプ氏と習氏が芝生の上を並んで歩いている写真が掲載されているのですが、これが非常に暑苦しそうです。そして、首脳会談が「延べ21時間に及んだ」という割には、両首脳間にはリラックスしている雰囲気はなく、WSJなどのメディアが報じた「個人的信頼関係の構築に役立った」という言い訳も空虚に響きます。
ロシアは米国に猛反発
一方、習近平氏が訪米中に、米国は「歴史的な」行動に出ました。それが、シリアの空軍基地の爆撃です。これまでの報道によれば、米軍によるシリア攻撃は現地時間の金曜日午前4時40分(米国東海岸時間木曜日午後8時40分)頃に行われ、地中海に展開されていたミサイル駆逐艦のポーター(USS Porter)とロス(USS Ross)から、シリア西部の都市・ホムスから近いシャイラット空軍基地を標的に、あわせて59発のトマホークを打ち込んだとしています。
US strike on Syria: what we know and what it means(英国時間2017/04/07(金)付 FTオンラインより)
ところが、この攻撃に対し、ロシアが猛反発しています。
Russia condemns US strike on Syrian air base as act of aggression(英国時間2017/04/07(金)付 FTオンラインより))
FTによると、ロシア政府は今回の米軍の行動を「国際法違反(violation of international law)」と批判。シリアにおける突発的な軍事衝突を防ぐ手段として機能してきた「軍事対話チャネル(channel for communicating military action)」を閉ざすと通告したそうです。もっとも、このFT報道の後追いで、フォックスニュースは「軍事対話チャネルについては当面維持する方針に転じた」と報じています。
Russia-US communication channel to remain open following Syria strikes(2017/04/07(金)付 FOX NEWS WORLDより)
ただ、FTなどの報道を読んでいる限り、今回の米軍による軍事行動は、ロシアにとって明らかに「寝耳に水」だったことは間違いないでしょう。トランプ政権によるこうした「単独行動を辞さない姿勢」は、オバマ政権と比べると際立った違いです。
軍事技術的な圧倒的優位
ところで、FTなどの報道によれば、今回打ち込まれたミサイルは、450kgまでの爆発物を搭載し、最大2500km先に到達する能力を有したミサイルだそうです。しかも、超低空を音速近くで巡航することができるため、レーダーにも引っ掛かりません。
そして、今回標的になったシリアのシャイラット空軍基地から2500kmといえば、イタリア・シチリア島の沖合くらいの場所に相当します。つまり、極端な話、シリア程度であれば、NATO加盟国である西ヨーロッパ諸国からミサイルを飛ばすことができるのです。
これをアジアに当てはめて考えてみると、米軍の一大軍事拠点がある沖縄本島から北朝鮮の首都・平壌(へいじょう)までは、わずか1400kmに過ぎません。つまり、その気になれば、今回シリアを攻撃したのと同じ方法で、北朝鮮にミサイルを送り届けることができる、ということです。
つまり、話を総合すれば、
- トランプ政権はオバマ政権と異なり、周辺国と協議せずに軍事的行動を決断する政権である
- 米国は450kgの爆発物を搭載し、射程2500kmの亜音速超低空ミサイルを所持している
ということです。
これを習近平氏が訪米中に決断したことは、明らかに中国に対する圧力も含まれていると見るのが正しいでしょう。
習近平と安倍晋三の違い
もう一つ、今回の習近平国家主席の訪米で、私が気になった部分がいくつかあります。
3秒間の固い握手の「価値」
夕食会では、トランプ氏は習近平氏の奥様(彭麗媛=ほう・れいえん=夫人)のことを「非常に素晴らしい才能をお持ちの方だ」(※彼女が歌手出身であることを踏まえた発言)としたうえで、「現実にはほとんど合意をすることはできなかったが、彼(習近平氏)との個人的な関係を構築することができた」と述べました。
ただ、ホワイトハウスの公式ウェブサイトに掲載されているのは、わずか1分少々のこの動画と、もう一つ、3分少々の動画のみです。
これに対して2月10日に訪米した安倍晋三総理大臣との会見については、ホワイトハウスを訪問した際に20秒近く固い握手を交わしています。
つまり、握手時間だけで見ると、
安倍晋三>習近平>トルドー>メルケル(敬称略)
という状況となっていることが、動画から確認できるでしょう。
ホワイトハウスの扱いの違い
次に、安倍晋三総理大臣と習近平国家主席の「扱いの違い」は、ホワイトハウスのプレス・リリースにもみられます。日本の場合、ホワイトハウスの公式ウェブサイトに共同記者会見の模様を収録した20分少々の動画が掲載されているほか、北朝鮮によるミサイル発射直後に行われた安倍総理・トランプ大統領の共同記者会見の模様も収録されています。
(安倍総理の発言は英語による吹き替え)
(同時通訳付きであるため、安倍総理の発言は日本語のまま)
これに対し、習近平国家主席の会見については、一応、晩餐会前の1分少々の動画とともに、3分少々の動画も掲載されています。
日本と「同程度の待遇」の成果は?
以上から、一応、習近平国家主席は、安倍総理と同じ場所で首脳会談を行ったという意味で、一見すると「日中は同待遇」だったと見るべきでしょう。ただ、ホワイトハウスの発表を見る限り、トランプ政権の日本に対する姿勢と中国に対する姿勢は、明らかに異なります。
もちろん、「握手の時間」、「ホワイトハウスの扱い」などですべてが決まるわけではありません。しかし、名誉を重んじる習近平氏を、トランプ氏は一応、それなりに遇しましたが、その実情はお寒い限りと見るべきでしょう。
なにより、今回の習近平氏の訪米で私が強く感じたのは、習近平氏が「何も考えられない人物」だ、という点です。
中国の立場に立ってみましょう。北朝鮮が適度に武装し、韓国に対して時々、軍事的に挑発する(ただし決定的に南侵する軍事力は持たない)程度の状況は、中国にとってはちょうど良い状況です。というのも、中国にとっては韓国を怖がらせることで、中国の言うことを聞かせる、という効果が期待できるからです。
ただ、それと同時に北朝鮮が大量破壊兵器を装備し始めると、米国(や日本)を必要以上に刺激することになります。その意味で、中国はどこかの段階で、北朝鮮に対してブレーキを掛けておくべきだったのです。
ただ、今回の低空巡航ミサイルによるシリア攻撃で分かったことは、トランプ政権が、「利害を共有する国との調整なしに攻撃に踏み切ることを躊躇しないこと」、「現実に攻撃できる手段を保有していること」です。これで米国の意思に全く気付かないのだとすれば、習近平氏は実に愚かです。
今回の習近平氏の訪米が事実上の失敗に終わったことで、韓国で大統領選が行われる5月9日(火)までに、限定的な「北爆」が行われる確率は、さらに上昇したと見るべきでしょう。
シリア攻撃とヨルダン国王
※【重要】2017/04/10 11:59 修正について
本節において、オリジナル版で「ヨルダン国王」と記載すべきところを「サウジ国王」と表記してしまっていました。明らかな私のミスです。お詫び申し上げます。
ホワイトハウスのウェブサイトには、もう一つ興味深い動画が掲載されています。
リンク先の動画は、習近平国家主席が米国を訪問する2日前の4月5日に行われた、サウジアラビアのヨルダンのアブドラ二世国王との共同記者会見の模様です。
サウジアラビアヨルダンの国王の英語が極めて流暢なのには驚きますが、私がもう一つ注目したいのは、トランプ氏の「レッド・ライン」という考え方です。ある記者からの質問に答える形で、トランプ氏はシリアを「レッド・ラインを超えた」と批判(12:11~)。そのうえで、そのほかの国として、北朝鮮を名指し(13:01)している点については、非常に示唆に富んでいるように思えてならないのです。
大量破壊兵器の開発を公言し、自国民を虐待する北朝鮮は、トランプ氏の目から見てシリアと何ら変わるところがありません。そして、不毛な米中会談の結果を見る限り、米国としては中国に遠慮することなく、北朝鮮攻撃に踏み切る可能性が高まったと見るのが正しいのではないでしょうか?
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『週刊現代』編集次長の近藤大介氏の2月27日,現代の記事「アメリカが進める金正恩政権「転覆計画」の全貌 正男暗殺の引き金はこれだった」で紹介されているラッセル次官補の以下の発言が気にかかっています。
「ワシントンとしては、近未来の北朝鮮を、アメリカ、中国、ロシアの3ヵ国による信託統治にしようと考えている。」
関連して,下記のサイトを含む複数のWEBで紹介されている北朝鮮分割統治案も気になっています.
http://horukan.com/blog-entry-3167.html
北朝鮮が同時に100発近いミサイルの発射台を持っているのに対して,日本は6発までのミサイル迎撃能力しか持っていないことも考えると,アメリカの攻撃が「限定攻撃」なのが「全面攻撃」なのか,判断が難しいところです。