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オールドメディアのエビデンス軽視は「長所」なのか?

新聞社やテレビ局の経営が曲がり角に差し掛かっていますが、これについては広告費の減少に加え、新聞の場合は部数の減少、テレビの場合は視聴時間の減少などでも象徴されます。ただ、もうひとつ気になる視点が、エビデンスの軽視という観点かもしれませんが、この論点については、本稿では軽く触れるにとどめたいと思います。

科学的に正しくないオールドメディア

オールドメディアがオールドたるゆえんは、媒体(メディア)自体の古さにあるのではなく、むしろその思考パターンないしは行動パターンの在り方にあるのではないか―――。

最近、著者はこんなことを考えるようになりました。

「思考パターン」、というのは、オールドメディア産業関係者の考察が、必ずしも科学的に正しいとは限らない、という点を指しています。

これには福島第一原発から生じているALPS処理水の海洋放出が実施される際、日本の一部のメディア(とある理由があってメディアの実名を出すことは控えます)が主張した内容を思い出すのが手っ取り早いかもしれません。

数年前の『福島処理水論争の正体は「科学vs非科学」の代理戦争』などでも取り上げましたが、福島原発処理水の海洋放出に反対する者達の主張はほとんどの場合、非科学的であるか、あるいは基本的な前提が間違っていたりもするのです。

処理水放出反対側からは聞こえてこない「科学的主張」福島第一原発からのALPS処理水放出問題の本質は、「日本政府や東京電力の説明不足の問題」、ではありません。究極のところ、「科学が勝つか、非科学が勝つか」――、すなわち科学対非科学の代理戦争という問題です。現実には、海洋放出から数日が経過するなかで、安全性を証明するような事実が積み上がっているわけですが、それでもこれを「汚染水」呼ばわりし、風評加害に積極的に加担するメディアも存在しているのです。なぜ安全なのかALPS処理水の放出が始まったが…東京電...
福島処理水論争の正体は「科学vs非科学」の代理戦争 - 新宿会計士の政治経済評論

個人的に思い出すのは、やはり「科学を振りかざすな」、「科学を隠れ蓑にするな」、といった表現です。

これらはどちらも大手新聞の紙面で実際に書かれた文言でもありますが(それぞれ検索すれば出所がどの新聞かわかると思いますし、後者は2023年の記事ですので何なら記事自体閲覧できるかもしれません)、科学を正面から否定する言説を大手新聞が垂れ流すあたりが、メディアの限界かもしれません。

なぜか決算書は非公開

ただ、それ以上に興味深いのが、行動様式です。

著者は(こう見えても一応は)公認会計士ですので、企業経営についても企業会計などの観点から眺めたりするのが好きだったりするのですが、マスコミ業界に属する企業の多くは、企業経営内容に関する最低限の説明責任を果たそうとしていない点は指摘しておきたいと思います。

じつは、日本を代表するたいていの企業は、決算書(多くの場合は連結財務諸表)を対外的に公表していますが、新聞業界の場合は株式会社朝日新聞社などの限られた例外を別として、ほとんどの会社が決算書を公表していません(それどころか法人税法上の中小企業になってしまった社すらあります)。

また、在京民放テレビ局(※正確にはその親会社)はほとんどが上場会社ですので、有価証券報告書などを公表はしているのですが、在阪民放テレビ局は朝日放送テレビなどを除いてほとんどが非上場会社であり、やはり有価証券報告書を公表している事例は少ないです。

企業内容を開示しなくて良いというのは、中小企業や非公開会社の特権のようなものですが(厳密には決算書の「広告義務」はあります)、多くのメディアが自社の企業内容の開示に後ろ向きな時点で、業界自体がオープンではない、という印象は払拭できません。

オープンベースのデータで見ると…新聞部数は激減

もっとも、新聞社やテレビ局など、マスコミ業界の経営がかなり苦しくなっていることについては間違いないでしょう。

たとえば一般社団法人日本新聞協会が新聞部数データ(毎年12月頃に公表)によれば、新聞部数(※セット契約を朝刊1部、夕刊1部、合計2部とカウントした場合)は2025年10月時点で2824万部であり、これは最盛期である1996年の7271万部と比べ、約39%の水準に過ぎません(図表1)。

図表1 新聞部数の推移

これには夕刊部数の落ち込みも要因としては大きいのだと思われますが、いずれにせよ、新聞業界では現在、まさに「つるべ落とし」のように部数が落ち込んでいることが明白でしょう。

そして、新聞部数の減少と軌を一にするかのように、新聞に出稿される広告費も減っています。

株式会社電通が先日公表した『2025年 日本の広告費』データによると、新聞広告費は2000年の1兆2474億円から、2025年には3136億円へと、じつにほぼ4分の1へと激減。折込チラシは4546億円から2354億円へと、半減とまでは行かないまでも、やはり大きく落ち込んでいます(図表2)。

図表2 新聞広告費と折込広告費

折込チラシがそこまで落ち込んでいないのは現象として興味深い点ですが、それ以上にこの新聞広告費の落ち込みぶり、想像するに、新聞部数が落ち込んだことだけでなく、新聞の広告媒体としての価値が下がり、結果的に単価も下落したことなどによる影響もあるのではないでしょうか。

テレビ視聴時間もまた激減

いずれにせよ新聞業界が読者離れ、広告主離れという苦境にあることは間違いないのですが、こうした苦境は新聞業界だけではありません。テレビ業界でも現在、視聴者離れが猛烈に進んでいます。これは総務省のメディア利用時間に関する調査結果がわかりやすいでしょう(図表3)。

これによると、2013年時点の「平日のメディア利用時間」は、20代を除き、どの年代においてもテレビがネットを上回っていたほか、高齢層になればなるほどオールドメディア(※ここではTV、新聞、ラジオ)に接する時間が長かったことがわかります。

図表3-1 平日のメディア利用時間(2013年)

しかし、これが2024年になると、少なくともネット利用時間は50代までのすべての年代でテレビのそれと逆転します(※余談ですが、40代以下の層に限定すれば、オールドメディアすべての利用時間がネット利用時間を大きく下回ります)。

図表3-2 平日のメディア利用時間(2024年)

こうした調査結果からは、テレビが今や「高齢者のための娯楽」と化していて、若者・中年層からはほとんど相手にされなくなり始めているという実態が浮かんできます。これが「視聴者離れ」です。

広告費は大きく減っている

そして、テレビ業界を襲っている現象は、これだけではありません。株式会社電通が毎年公表している『日本の広告費』というレポートによれば、テレビ広告費は2019年に初めてネット広告費に追い抜かれ、いまや2倍以上の差を付けられているのが実情です(図表4)。

図表4 広告費(ネットvsマスコミ4媒体)

ここまでの差がついてしまうと、短期的な挽回は難しいでしょう。

そして、民放テレビ局が広告費を前提としたビジネスモデルを採用しているなかで、広告費が伸びないどころかむしろ減少基調にあるという状況を踏まえると、もしビジネスモデルの転換に失敗した場合は、遠くない未来にこの業界が行き詰まる可能性が非常に高いということを強く示唆しているのです。

実際、一部の局はすでに「自社が所有している不動産物件の賃貸」などで稼ぐビジネスモデルに転換しつつあるようですし、こうしたテナント貸しできる優良不動産物件がない会社の場合は、これから際限のない消耗戦に突入していく可能性があるといえるでしょう。

業界を去る人が増える

いずれにせよ、新聞業界やテレビ業界は、それぞれに戦後の日本の言論界をリードしてきた媒体ではあるのですが、その支配がいまや終わろうとしていることは間違いありませんし、実際、気を見るに敏なメディア産業関係者は現在、凄い勢いでメディアを脱出しつつあるようです。

たとえば先日の『「三重苦」テレビ業界が生き残るヒントは知的財産活用』などでも取り上げたとおり、一部の局では有能なクリエイターに加え、若手アナウンサーらの退社が相次いでいるとされていますが、それだけではありません。

優秀な司会者がテレビ局を退社して自らYouTubeのチャンネルを開設したとする話も耳に入ってきますし、新聞業界などでも同様に、優れた記事を発信するとして評価が高い記者らがフリーランスになったり、転職したりするケースが見られます。

もっとも、この「マスメディア業界からの人材流出」については、著者としては全体的な傾向をもっと高い解像度で立体的に把握したいと思っているものの、残念ながらちょうど良い公的な統計などをまだ発見できていません。

ただ、あくまでも一般論として申し上げるなら、業界が終焉するときは、「他社/他業界に移れる人から順番に居なくなる」という傾向があり、気が付いたら会社、あるいは業界に残っているのは「他社/他業界に移れなかった人たち」、ということになりかねないのは間違いないでしょう。

エビデンスの軽視が長所に?

こうしたなかで、本稿で軽く触れておきたいのが、noteに3月中旬ごろに公開され、Xなどでちょっとした話題となっている記事です。note記事のリンクやタイトルについては触れませんが、テレビ局関係者が執筆したものです。

なんだかこれを読んだ瞬間、「テレビ業界」の雰囲気が伝わって来る気がします。

というのも、当該記事執筆者の方が考える「テレビマンの長所」として、「エビデンスなしに動くこと」、あるいは、「(自分たちが考える)ストーリーに沿って抜粋する編集力」などが挙げられているからです。

このあたりは、新聞とも共通するオールドメディアの特徴ではないでしょうか。

このあたり、個人的には「優秀なクリエイターならば転職は容易じゃないか」といった気がしないでもないのですが、残念ながら現在の新聞業界やテレビ業界では他業種に転職可能なスキルを持っている人が決して多数派ではない、ということなのかもしれません。

なお、本稿ではもう少しこれについて長々と執筆したのですが、これについては結局、本稿では割愛することにしました。その理由については近日中に述べることにします。

といっても、大したことを書いたわけではありませんが、いずれにせよこの割愛した部分についてはXの方で収載したいと思いますので、よろしければXで月間1ドル支払って @shinjukuacc の方でご確認ください(くどいようですが大したことは書いていませんのでご注意ください)。

新宿会計士:

View Comments (4)

  • 毎度、ばかばかしいお話を。
    ○○(好きな人物名をいれてください):「エビデンス軽視。コア読者重視が、オールドメディアの長所である」
    まあ、確かに新聞を読まない(あるいはテレビを視ない)人の関心を、いくら買っても。

  • 「(自分たちが考える)ストーリーに沿って抜粋する編集力」とは、他国の情報工作機関へのPRのように見えます。

  •  「こんばんは、◯◯ニュースの時間です。放送内容は全てエビデンス無しにストーリー構築したフィクションですのであらかじめくれぐれもご了承下さい。」から始めてもろて。
     これならば誰も文句は言わないし言えない、立派な長所になります。月刊ムーに対して本気で怒ってエビデンス要求する者などそうは居ません。ブっ飛んでて胡散臭ければより良いまである。

  • 古今東西「地下放送局」ってのがあります。
    wikiにも解説があったりします。
    日本の大手メディアはこの地下放送局の範疇に入っているとゲロっているように感じられました。