日本旅行業協会の高橋広行会長は8日、時事通信とのインタビューで中国旅行会社のツアーが「完全にストップしている」と明らかにしたうえで、「一国依存のビジネスは避けなければいけない」との考えを示したのだそうです。これは、非常に正しい発言と断じざるを得ませんが、それだけではありません。旅行・インバウンド産業に限らず、「一国依存ビジネスを避けよ」、は、すべての産業に成り立つ教訓でもあります。
目次
インバウンドと中国
日中関係が急速に悪化してくるなかで、先般より中国側が日本の自衛隊機に火器管制レーダーを照射したという非常識な事件が発生するなど、中国側の言動が完全に常軌を逸してきたかの感があります。
もともとは先月7日、高市早苗総理大臣が国会で行った台湾有事についての答弁が中国を激怒させた、というものではあるのですが、中国側はこれで日本に対し、観光旅行の自粛という「カード」を切ってきたからです。
ただ、本件をインバウンド産業だけに限定していえば、2019年の韓国の「ノージャパン運動」と非常によく似ていることに気づきます。著者が2020年ごろから指摘してきた、「インバウンド人数目標の撤回」とする主張(『【宣伝】正論2020年5月号に論考が掲載されました』等参照)とも論点が重なって来るのです。
先月の『訪日中国人激減を機に「中国リスク最小化」を図るべき』なども含め、当ウェブサイトでは常に報告している通り、どこかひとつの国との関係を損ねたら特定の産業が大打撃を受ける、といった状況については回避しなければなりませんし、改善が必要です。
いうまでもなく、インバウンド観光の世界では、日本に入国する外国人のうちの高い割合を中国人(や香港人)、あるいは韓国人や台湾人などが占めていて、これらの地域で「ノージャパン」運動が始まろうものなら、外国人観光客に依存した地域は大きな打撃を受けかねないのです。
数字で見るインバウンド①他産業との比較
もっとも、昨今はインバウンドが増え過ぎたためか、少しくらいの調整が必要だ、といった声も、ネットなどを中心によく耳にします。
もちろん、現在の日本にとってインバウンド産業はそれなりに規模が大きく、国土交通省の推計(『訪日外国人の消費動向 2024年年次報告書』等参照)で2024年実績だと推定訪日外国人旅行消費額は8兆1257億円にも達しています。
しかも、中国人がインバウンド客全体に占める割合は(香港と合わせると)通年平均で30%前後であり、中国人旅行客の訪日が激減すれば旅行収支の黒字に影響が生じることは避けられません。2024年における中国人の支出額は1兆6901億円、香港人の支出額は6598億円と、小さくないからです。
ただ、それと同時に、経済的な議論をする際には、やはり「数字」を見ることも、とても大切です。
「外貨を稼ぐ」という観点からは、じつは、インバウンドよりも産業規模が大きいのが金融・投資事業であり、2024年を通じた第一次所得収支(プライマリ・インカム)の黒字額は40兆円を超えていて、これは外国人旅行消費額の約5倍です。
また、自動車の輸出額は約18兆円でインバウンドの2倍以上ですし、半導体関連産業についても半導体等電子部品や半導体製造装置等の合計輸出額は少なく見積もって10兆円を超えていたりします。
産業の規模感(2024年)
- 金融産業の第一次所得黒字…40兆4052億円
- 自動車(完成品)の輸出額…17兆9095億円
- 半導体等電子部品の輸出額…6兆0756億円
- 半導体製造装置等の輸出額…4兆4962億円
- 推定訪日外国人旅行消費額…8兆1257億円
数字で見るインバウンド②中国人の重要性
インバウンドが日本経済にとって重要ではないと申し上げるつもりはありませんが、インバウンドは何よりも優先すべき産業なのかと問われれば、そこは話が一筋縄ではいかないことにも注意が必要です。とりわけ労働集約産業である観光業が人手不足のなかで優先して振興すべき産業かどうか、という論点でもあります。
それに、そもそもいかなる場合であっても、安全保障は経済利益に常に優先します。中国、香港あわせて年間2.4兆円レベルの外国人旅行消費額が失われるのだとしても、それが「台湾有事リスクを大きく減らせる」のだとしたら、べつに大したコストではありません。
日本の名目GDPは約600兆円であり、2.4兆円といえばGDPの0.4%相当レベルであって、防衛コストとしてはむしろ安上がりでしょう。
しかも、それ以前に、わが国のインバウンド産業自体が現在、(中国以外の)世界各国からの旺盛な日本旅行需要で力強く伸びているため、中国人観光客が仮にゼロになったとしても観光業自体への影響は十分にコントロール可能です。
こうした観点から、中国人(や香港人)の観光客の激減が日本経済にもたらす(かもしれない)悪影響への注視は必要ではあるにせよ、あくまでも数値に基づいた冷静な議論が必要です。
日本政府観光局(JNTO)のデータをもとに、日本を訪れた外国人を国籍別に集計してみると、たしかに中国・香港の合計が占める割合はそれなりに高いものの、近年はインバウンド需要の多角化などの影響もあってか、徐々にその割合は減少する傾向が認められます。
図表は、中港からの訪日客が訪日外国人全体に占める割合を計算したものです。
図表 中港からの訪日客が訪日外国人全体に占める割合
(【出所】日本政府観光局『訪日外客統計』データをもとに作成。点線の時期はコロナ禍期)
点線で示したコロナ禍期やその前後を除けば、中港出身者の訪日客の割合はそこそこ高く、韓国によるノージャパン運動が始まった直後の2019年8月には過去最高となる訪日客全体の47.26%を占めたこともありました。
しかし、コロナ後は中港からの観光客の割合がしばらく低迷していて、最近だと欧米などからの入国者も増えたためでしょうか、直近の2025年10月ではこの割合は23%台にまで低下しています(※ただし、これには季節要因等の影響もあります)。
旅行業協会会長「一国依存のビジネスは避けるべき」
じっさい、中国人観光客が急にパッタリと日本に来なくなった場合は、たしかに日本経済への影響が大きいことは間違いありませんが、それでも(季節要因などもありますが)訪日客の多様化が進んだことを主因として、中国人訪日客の減少による影響は、かつてほどは高くない、という点に注意は必要でしょう。
さて、こうしたなかで目に付いたのが、日本旅行業協会会長のインタビュー記事です。
中国人ツアー「完全ストップ」 依存回避へ―日本旅行業協会会長
―――2025年12月08日19時56分付 時事通信より
時事通信によると、日本旅行業協会の高橋広行会長が8日、インタビューに応じ、「中国旅行会社のツアーが完全にストップしている」と明らかにしたうえで、「一国依存のビジネスは避けなければいけない」と述べたのだそうです。
これは正論と断じざるを得ませんし、また、大変に重要な指摘です。中国による国を挙げたノージャパンの被害に遭っている業界から出て来た発言だと考えると、やはり説得力は大きいでしょう。
時事通信によると高橋氏は2012年の尖閣国有化時に中国の団体旅行が大きく落ち込んだ際、業界を挙げて業界は米欧の訪日客比率引き上げに取り組み、一定の効果を上げたのだそうですが、まさにこの「一国依存ビジネスの回避」というマインドが大事です。
そもそも論ですが、一国、しかも共産党独裁国家に依存したビジネスが極めて危険だというのは、まったくそのとおりです。そしてこれはべつに観光業に限った話ではありません。
中国は日本と基本的価値(自由、民主主義、法の支配、人権など)をほとんど共有しておらず、その意味で、中国への依存度を高めすぎることは、国家の存立にも関わる論点でもあります。
何か都合が悪いことがあればすぐにFCレーダーを向けてきたりする国と距離を置かねばならないのは当然の話ですし、それ以上に、ウイグル、チベット、香港などでの人権問題やレアアース精錬の環境問題など、国全体でさまざまな問題を抱えている相手国との関係を過度に深めるべきではありません。
いずれにせよ、日本がこれまで中国との関係を強化してきたのは事実ですが、これからもその方針を維持するのが正しい国家戦略なのかについては、立ち止まって考えるべき論点でしょう。
余談:ならば羽田発着枠を返上してくれ
さて、本稿は上記で締めようと思っていたのですが、ちょっとだけ余談がありましたので紹介しておきます。
中国メディア『人民網』日本語版によると、中国の大手航空10社が日本路線の無料キャンセルを2026年3月28日の期間まで延長したのだそうです。
正直、これで損害を被るのは中国の航空会社なので(いわゆるセルフ経済制裁)、それはそれで勝手になされば良いと思います(※これにより日本の航空会社の中国路線に中国人が殺到している、といった話題もあるようです。真偽不詳ですが)。
ただ、本気で日本に「経済制裁」(笑)を加える気があるのなら、いっそのこと、中国の航空会社に割り当てられた羽田空港などの発着枠を返上していただくのがスジではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
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>いっそのこと、中国の航空会社に割り当てられた羽田空港などの発着枠を返上していただくのがスジではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
一等路線の召し上げは避けたい、ってのはやはり既得権益なのだなぁ、と思いました。
ちょっと関連する話で、近年中に一部地域を除く全国で民放やNHK第二AM(中波)放送が停波される予定です。現在日本では維持管理が重荷になった中波放送局ですが、戦後暫く経ってアジア諸国も経済発展し始め放送波需要が増大した1960年代頃、日本が中波の放送波周波数を幾つも確保維持するのは大変な事だったそうです。中波は夜間は遠方まで伝搬するため、周辺国同士で混信しないよう有限である中波周波数帯資源の国際配分調整が必要だからです。 日本は中波放送波周波数を維持する代償で、周辺国に経済的補償をしたそうです。
中国も有限である羽田空港の路線を確保し続けたいのであれば、より一層の代償を支払うべきなのでしょう。
武漢コロナ以降一斉に品不足になったマスクも、気づけば店頭に並んでいるのは今やまたMade in Chinaばかり。
ホント教訓に学んでほしい…
JTB さんを始めとして、旅行業業界はコロナで酷い目にあって来ました。惨状の一部をすぐ近くで目撃する巡り合わせになりましたが、社員さん揃ってすることがなくなって、応急措置的に救援部隊代わりに使われてました。あんなことだって起きるのですから、今回の状況なんて、ねぇ。