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残業前提?マネジメント責任は?

世の中はおカネを払う側が偉く、おカネを受け取る側は絶対的に下の立場である―――。こういう考えを、「お客様は神様」論とでもいうのでしょうか。こうした考え方、残念ながら、昨今の労働力不足の現実の前に、崩壊しつつあるようです。ただ、世の中は面白いもので、マネジメント側には、「若手に残業させてまで仕事の締切を守るべきだ」といった意識も垣間見えるようです。

誤解の多い「お客様は神様」論

以前の『「お客様は神様」の弊害?乗客が駅員に道案内など要求』などで、「お客様は神様」論を取り上げたことがあります。

この「お客様は神様」は、もともとは歌手の三波春夫が1961年に発言したものだといわれていますが、要するに「カネを払う立場(=客)が絶対的に偉く、カネを受け取る側(=サービス提供側)が絶対的に下の立場である」、といった思想につながっています。

ただ、株式会社三波クリエイツの代表取締役である三波美夕紀氏はこの「お客様は神様」を巡って、同社が運営する三波春夫オフィシャルサイトの『「お客様は神様です」について』というページで説明している通り、三波春夫自身がそのような目的で述べたものではないことは明白です。

三波にとっての『お客様』とは、聴衆・オーディエンスのことです。また、『お客様は神だから徹底的に大事にして媚びなさい。何をされようが我慢して尽くしなさい』などと発想、発言したことはまったくありません」。

『お客様』は商店、飲食店、乗り物のお客さん、営業先のクライアントなどになり、『お客様イコール神』となります。例えば買い物客が『お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?』という風になり、クレームをつけるときなどには恰好の言い分となってしまっているようです」。

…。

客と店員は対等

つまり、三波美夕紀氏の指摘通り、べつにカネを払う側が絶対的に偉いというルールなどありません。

あくまでも、おカネを受け取る側(たとえば店員さん)とおカネを支払う側(客)は単なる取引の当事者同士に過ぎず、上限関係などありません。店員さんが客の理不尽にもひたすら我慢しなければならない、というのは、単なる幻想です。

ただ、世の中は面白いもので、この「カネを払う方が絶対的に偉い」とでもいわんばかりの発想が各地で見られ、飲食店や公共交通機関、あるいは銀行や証券会社(※リテール)などの場で、やたらと威張っている者を見ると、まことに滑稽です。

「おカネを払う側が偉い」、「働く方が下である」、といった価値観を持っているケースはときどき目にします。店に入って店員さんに横柄に接するのは高齢男性が多い気がしますが、個人的には感心しません。

カスハラを許さない取り組みは当たり前

もっとも、労働者不足が深刻化しているためでしょうか、最近になって、「働き手に無茶を押し付ける」という考え方自体が成り立たなくなりつつあることも事実でしょう。

もちろん、べつに労働者が不足しているからどうだ、という話ではなく、もともとこの「カネを払う側が偉い」という発想自体が大きな間違いなわけですが、ただ、労働者不足はこうしたモンスター顧客の存在を許さなくなりつつあることも間違いありません。

最近だと「カスハラ」、すなわち「カスタマー・ハラスメント」という表現を目にする機会が増えてきました。

一部の店舗ではカスハラ防止に向けた啓発ポスターを掲出するケースもあり、また、業界団体が率先してこうした運動を行っているケースもあります。

一般社団法人全国銀行協会は7月、『カスタマーハラスメントへの対応に係る基本方針』なるものを定め、「カスタマーハラスメントに該当する行為には毅然とした対応を行い、従業員にとって健康で安全な職場を確保する」と宣言しています。

「カスタマーハラスメントへの対応に係る基本方針」の策定について

―――2025年7月17日付 一般社団法人全国銀行協会HPより

こうした取り組み、遅すぎるくらいです。

もちろん、金融産業がプロフェッショナルとして顧客に高度なサービスなどを提供しなければならないことはいうまでもありませんが、妥当な範囲を越えた要求に対しては毅然と対処しなければならず、もって役職員の安全を確保する義務が雇用主の側にあることもまた事実でしょう。

会社は従業員に無理な働き方を強いていないか

さて、こうした「お客様は神様」的な発想が暴走している事例がほかにもあるとしたら、会社と従業員の関係かもしれません。

「仕事が終わってもいないのに家に帰るな」、「休日も会社のイベントに参加しろ」、といった具合に、労働契約の範囲を越えた労働を強いるのであれば、それはやはりおかしな発想です。

ところが、こうしたサービス残業や時間外労働、休日出勤などを強いる者の中には、やはり、順法意識が完全に欠落しているのではないかと思しきケースもあります。そして、被害者は多くの場合、若手、とりわけ「就職氷河期世代」以降の層ではないでしょうか。

実際、いわゆる就職氷河期世代には、なかなかに辛い人生を過ごしてきた人が多いです。

この「就職氷河期世代」、論者により若干定義は異なりますが、一般には1970年代から1985年頃までに生まれ、バブル崩壊以降、就職活動をした人たちを指すケースが多いようです。著者自身の感覚だと、ずばり、1996年~2005年に就職活動を行った人たちが、この「氷河期」に最も適合すると思います。

SNSなどを眺めていると、この氷河期世代、数人の募集枠に何百人、何千人という就職希望者が殺到したほどに就職状況が厳しく、面接会場で「上着を脱いで良いですよ」といわれて上着を脱いだら「いま上着を脱いだ人は失格です、お帰り下さい」と言われた、といったエピソードも耳にします(※事実かどうかは知りません)。

こうした時代に就職活動を体験した人は、働き方もじつに献身的なのかもしれません。

サービス残業・休日出勤を厭わず、ひたすら会社のために働き続ける人のなかには、こうした就職氷河期を経験したというケースが多いのかもしれません(※これも著者の勝手な私見ですが…)。

「残業キャンセル界隈の若手に上司はどう向き合うべきか」

ただ、働き手と会社は対等であるとする意識が広まってきたことは、ある意味で歓迎すべき話です。

そのことを実感したければ、こんな記事を読むと良いかもしれません。

「残業キャンセル界隈」名乗る若者が増加中…… 上司はどう向き合うべき?

―――2025/09/08 08:10付 Yahoo!ニュースより【ITmedia ビジネスオンライン配信】

記事によると、「残業キャンセル界隈」はSNS発祥の用語で、自虐的なニュアンスを含みながら、「残業をやりたくない・回避したい」という同じ価値観を持つ仲間を見つけるための合言葉、なのだとか。

これは、「締切が明日の仕事があるはず」なのに、若手従業員が残った仕事をこなさずにさっさと帰ることに、企業の営業部長が深いため息をつく、というストーリーです。

この時点で、深いため息が出ます。

そもそも「明日が締切の仕事」を「残業して仕上げる」という時点で、この「営業部長」氏はマネジメント失格だからです。

社会人の基本のひとつに、「仕事は段取りで8割決まる」、というものがあります。著者自身も長くビジネス・仕事をこなしてきたなかで、この「明日が締切の仕事」を「残業でこなす」という時点で、驚きしかありません。若手に責任を押し付けていますが、これは全面的にこの「営業部長」氏の責任でしょう。

ただ、記事を読んでも、若手と上司のコミュニケーションの問題などに議論が流れ、そもそも定時に終わらせながら締切に間に合うよう仕事を進められないマネジメント力について触れられている記述はほとんどありません。違和感を払拭できないゆえんです。

いずれにせよ、世の中は大きく変わりつつあり、カネを払う側(雇用者側)が全面的に偉く、カネをもらう側(労働者側)はサービス残業などを前提に献身的に働かなければならない、といった価値観は、労働力不足の現実の前に、崩壊しつつあります。

「最近の若者は理解できない」、といった傲慢な態度だと、時代に取り残されます。

そのことについては、いくら強調してもし過ぎではない、と思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (9)

  •  この場合、管理職はどれだけ残業しても残業代が発生せず無限に働くことができるので、部下の「明日が締切の仕事」を「残業して仕上げる」ようにしなくていけません。それが
    管理職の責任というものです。
     べつの視点はこのような暴論でも日本語としては成立してしまいます。
     「間違ってはいないこと」を積み上げても「正しいわけではない」のです。詐欺師や陰謀論はこうやって騙してきますのでよく注意しましょう。

  • 企業の年度予算。
    一人当たり労務費はきっと残業費込みでしょう。
    ってことは想定残業時間がある。
    という事でしょう。

  • 残業の是非はともかく、「何故残業をしないで帰るのか」という何故という問いはあまり意味がない。プライベートの時間が最も大事だから、それを仕事で消費したくないから、と説明しても、「仕事とは」とか説教されるのがオチ。そこらじゅうでZ世代と呼びながら実のところ理解できないで「困った」と嘆く上司が多いんだろう。
    私自身は残業代が給料の一部、月の残業3桁をずっと続けてきた世代だが、その世代はともかく仕事を優先する考え方をするのは少数派だと思った方が無難だろうな。

  • まー『雇用者』側も『消費者』側も“自分で出来へん(技術的時間的等問わず)から他人に代行してもろて対価として金払うとるやで”ちゅう根本忘れとったらアカンわな
    知らんけど

  • 旧民主党系の某有名電機会社の会長(故人)の企業塾加入の小売り企業で契約社員をしたことがありますが、まあ酷いのなんの。
    毎朝時間がないのに社訓唱和をやらされるわ(そんな余裕あるなら少しでも作業させろ!)、任意募集のはずの論文提出を毎年強制されるわ、会長の自己啓発本を勝手に給与天引きで購入させられるわ、社員全員の運動会への参加を義務付けられるわ(欠席の場合はわざわざ書面で事由伝達必須とのこと、パートタイマーなんだから別に用事があるのは当然だろ!)…そんなに薫陶ごっこがやりたきゃ正社員だけでやれと、何のために契約社員の括りを設けて区別しているのか本当に意味不明でした。
    ちなみに、以後そこの企業は一切利用していません。今思い返しても本当に気持ちが悪い、二度と関わりたくありません。

  • 『お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?』

     これが通って"しまった"ら、この客とやらはその奉じてくれたお店に対し、未来永劫に渡って慈悲と恩恵を授け守り続けなければなりませんね。千客万来を約束し、悪意のある者を退け、ボヤでも出れば雨を降らせ、傾きそうになるならばサっと資金注入。すごいな客。お店もそんな「神様」とやらがてきとーな感じで来店してくれたのならば僥倖、万々歳でしょう。逃す手は無い。

     出来ない?なら神様じゃねぇよ。

  • >「明日が締切の仕事」を「残業して仕上げる」という時点で、この「営業部長」氏はマネジメント失格

    いや、業務を依頼された「25歳の営業担当者」の行動にも相当問題あると思いますよ。

    元の引用記事を読むと、「今日中に、この提案書を仕上げてくれ」と部長が頼み、依頼された25歳の営業担当者は素直に「分かりました。すぐやります」と返答したようです。しかし、この担当者が、定時である午後5時30分に荷物をまとめて帰ろうとしたので、部長が「おい。まだ提案書はできていないだろ?」と呼びかけたところ、この担当者が「私、残業キャンセル界隈の人なんで」と返答したということのようです。

    おそらく、この担当者は、提案書を仕上げることなく帰宅したのだと想像されますが、上司からの業務指示を、無理強いされたわけでもなく、自分から素直に「やります」と受諾しておきながら、その指示を履行しないまま職務放棄している時点で、この担当者の所業は、社会人失格レベルの大問題だと思います。

    こんな、正当な理由なく職務放棄する部下の行動を正当化したら、早晩企業組織は立ち行かなくなります。上司としては、こんな戯けた部下は毅然と指導しなければならないと思います。

  • 疫病神、貧乏神など神様も色々いらっしゃいますので、扱いは「神様による」のではないでしょうか。
    無惨様であれば絶対服従なのでしょうが。