貿易赤字なのに経常収支は巨額黒字―――。現在の日本が、そんな状況にあるということを、皆さまはご存じでしょうか?いわゆる「円安歓迎論」は、当ウェブサイトではこれまで何度となく指摘してきた議論ですが、当ウェブサイトに新しい読者の方が訪れて下さっているという事情もあり、本稿では改めて円安のメリット・デメリットをまとめるとともに、日本経済のボトルネックとそれを解決するためのヒントを探ってみたいと思います。
目次
円安は「現在の」日本に莫大な恩恵
悪い円安論?「5つの経済効果」を無視するな!
最近、当ウェブサイトにはX(旧ツイッター)経由で新しい読者の皆さまが訪れて下さっています。
こうしたなかで改めて説明しておきますが、当ウェブサイトではこれまで、「円安は『現在の』日本経済に対し、悪い影響も与えるが、全体として見れば好ましい影響を与える」と申し上げてきました。
新聞、テレビなどのオールドメディアは「悪い円安」論が大好きらしく、「円安で日本経済は疲弊している」、といったロジックを好んでいらっしゃるようですが、端的に申し上げて、これは間違いです。
以前の『【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由』などでも取り上げたとおり、少なくとも円安は現在の日本経済に対し、ただならぬレベルで大きな恩恵をもたらしていることは間違いありません。
とある読者の方のご指摘によると、当ウェブサイトは「円安教の総本山」なのだそうです。それはべつに構わないのですが、何といわれようが、「現在の日本経済にとって、総合的に見て円安は好ましい」とする結論が揺らぐことはありません。そのヒントはフロー面(輸出など)だけではなく、ストック面(資産効果)にもあります。事実、日本は世界最大の債権国であり、2023年における経常収支のうち、「第一次所得収支」に至っては34兆5574億円の黒字でした。せっかくの円安メリットを生かすために、日本は原発の再稼働を強く推し進め、製... 【総論】円安が「現在の日本にとっては」望ましい理由 - 新宿会計士の政治経済評論 |
これについては新しい読者の皆様のために、改めて説明しておきますが、大きく5つの経済効果を無視してはならないからです。
為替変動が一国の経済に与える影響を考察・分析する際には、少なくとも①輸出効果、②輸入効果、③売入代替効果、④資産効果、⑤負債効果、の5つの側面から検証することが必要です(図表1)。
図表1 円高・円安のメリット・デメリット
(©新宿会計士の政治経済評論/出所を示したうえでのウェブ上での再利用は原則として自由)
輸出効果は+、輸入効果は▲…「資産効果」を無視するな!
そもそも、日本は製品を作って外国に輸出していますが、円安になれば外国に輸出する製品の価格競争力が上がりますし、外国人観光客が日本に来やすくなります(①の輸出効果)。
また、外国製品の価格は上昇しますが(②の輸入効果)、高くなった輸入品の代わりに国産品が売れる効果(③の輸入代替効果)は無視できません。
この点、現在の日本は、自動車などの例外を除くと、いわゆる「最終製品」をほとんど作っておらず、輸出品目は高付加価値の産業用の製造装置や中間素材などが中心であり、これらの品目は正直、多少円高でもバンバン売れるものでもあるため、輸出効果が十分に働かないのではないとの指摘もあります。
しかし、日本には川上産業が残っている一方で、半導体工場などが日本に建設されるなど、川下工程も少しずつ戻りつつあります。円安が長期化すれば、日本国内に産業が戻って来る効果が期待できることは間違いありません。
そのうえで現在の日本経済にとって、無視できないほどに大きい(しかし多くのマスメディアが無視している)論点が、「資産効果」です。
現在の日本は金融機関、保険会社、年金基金といった「機関投資家」が莫大な外貨建ての投融資を世界に持っており、また、日本の事業会社(自動車会社や総合電機メーカー、商社など)も世界各地にさまざまな投資を行っています。
円の価値が下がるということは、外貨の価値が上がるということであり、したがって、外貨建てで保有している巨額の外貨建ての債券、株式、金銭債権などの円換算額が膨張するということですし、また、所得収支も莫大な黒字が計上される、ということです。
莫大な対外純資産は、増えていく一方
実際のところ、日銀が作成・公表している資金循環統計に基づく残高表(図表2)で見てもわかる通り、「海外」部門に関しては、「資産負債差額」が539兆円のマイナス(債務超過状態)となっていることが確認できます。
図表2 日本の資金循環構造(2024年6月末時点、残高、速報値)
(【出所】日銀『物価、資金循環、短観、国際収支、BIS関連統計データの一括ダウンロード』サイトのデータをもとに作成)
これは、「海外」部門から見て、日本という国に対して539兆円分のマイナスの純資産を持っている、ということを意味しており、日本の側から見れば、海外に対して539兆円分のプラスの純資産を持っている、という意味でもあります。
ちなみにこの「純資産」(正確な用語は「海外部門の金融資産・負債差額」)、とくに直近の伸びが著しく、の額を追いかけてみると、図表3のとおり、近年、プラス幅が拡大し、2024年6月末でいきなり500兆円の大台を突破していることも確認できます。
図表3 海外/金融資産・負債差額の推移
(【出所】資金循環データをもとに作成)
これについてはもちろん、円安の影響も大きいと考えられます。
外貨建てで投資した残高を日本円に換算したら、円安が進めば進むほどに、円換算額が膨らむからです。
負債効果は微々たるもの
ちなみに日本企業は外貨でおカネを借りているため、先ほど5番目に挙げた「負債効果」というマイナス効果が働くことも間違いありませんが、じつは、日本企業が外貨で借りているおカネよりも、ニッポン株式会社が海外に課しているおカネが圧倒的に多いのです。
これについては『邦銀対外与信は約9年連続世界一』でも述べた、国際決済銀行(BIS)の『国際与信統計』(Consolidated Banking Statistcs, CBS)のデータが手っ取り早いでしょう(図表4)。
図表4 外国の銀行から日本への債権(2024年6月末時点)
区分 | 金額 | 備考 |
外国の銀行から日本への債権 | 1兆2501億ドル | 最終リスクベース |
外国の銀行から日本への債権 | 1兆2925億ドル | 所在地ベース |
うち外国通貨建て | 5193億ドル | 所在地ベース |
うち自国通貨建て | 7732億ドル | 所在地ベース |
ドル建て名目GDP(2023年) | 4兆2129億ドル | |
外貨建債務GDP比率 | 12.33% | 5193億ドル÷4兆2129億ドル |
(【出所】The Bank for International Settlements, Consolidated Banking Statistics および World Bank Open Data をもとに作成)
BIS統計にもれば、日本が外国から借りている外貨建ての債務は5193億ドルで、これは外貨準備の範囲内に収まっていますし、名目GDPの12.33%に過ぎませんし、これに対し邦銀の対外債権は4兆9706億ドルで、日本はいわば9年連続して「世界最大の債権国」であり続けている格好です。
日本経済復活の条件
つまり、日本経済は①輸出産業が力強く復活する可能性が高いこと、③高くなった輸入品に代わって国産品需要が伸びやすいこと、④円安効果で対外投融資の円換算額が伸びていること、という3つの大きな要因により、力強く浮上できる素地があるのです。
一方、円安のデメリット、すなわち上記②の輸入品価格上昇に関しては日本経済に深刻な打撃を与えかねないものですが、上記⑤の負債効果に関しては、基本的にはほとんど発生しないと考えて良く、ということは、現在の日本は輸入効果にさえ気を付けていれば、あとは追い風が吹くのを待てばよい、という格好です。
(※余談ですが、本来ならば吹くべきその「追い風」が減税であることはいうまでもありません。)
最新経常収支統計
経常収支は前年同月比やや減ったが…相変わらず所得収支が莫大
そして、こうした資産効果の大きなメリットという証拠があるとしたら、財務省が9日に公表した、今年10月分までの国際収支統計かもしれません。
これによると経常収支(※速報値ベース)は2兆4569億円の黒字で、おもな内訳は貿易収支が1557億円の赤字、サービス収支が1590億円の赤字だったわけですが、第一次所得収支が3兆2541億円という莫大な黒字を叩き出した格好です。
経常収支の前年同月比のおもな増減は図表5のとおりです。
図表5 経常収支・前年同月比(2024年10月)
項目 | 23年10月→24年10月 | 増減 |
経常収支 | 2兆8239億円→2兆4569億円 | ▲3670億円(▲13.00%) |
貿易収支 | ▲4874億円→▲1557億円 | +3317億円(+-68.05%) |
輸出 | 9兆1029億円→9兆3655億円 | +2626億円(+2.88%) |
輸入 | 9兆5903億円→9兆5212億円 | ▲691億円(▲0.72%) |
サービス収支 | 4494億円→▲1590億円 | ▲6084億円(▲135.38%) |
第一次所得収支 | 3兆1981億円→3兆2541億円 | +560億円(+1.75%) |
(【出所】財務省『時系列データ:国際収支』をもとに作成)
経常収支自体は前年同月比で少し減っていますが、第一次所得収支(対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況)については前年同月比で小幅増え、相変わらず巨額です。
もちろん、貿易収支の赤字幅が若干改善した、輸出が伸びた、といった効果もあるのですが、やはり大きいのは所得収支なのです(※ちなみにサービス収支は黒字から赤字に転落しています)。
過去約30年分の推移:日本は経常黒字国に!
この国際収支状況について、比較しやすいよう、各年10月までの1年間で集計した経常収支の主要項目をグラフ化しておくと、こんな具合です(図表6)。
図表6 国際収支の状況(前年11月~当年10月)
(【出所】財務省『時系列データ:国際収支』をもとに作成)
いかがでしょうか。
経常収支は2014年頃に、この30年弱で最低水準に落ち込みましたが(著者自身はこれを、原発稼働が完全停止したことによる貿易収支の悪化が原因と見ています)、貿易収支は黒字になったり、赤字になったりを繰り返しつつ、第一次所得収支の黒字が膨らんでいる格好です。
このあたり、「現在の日本にとって、円安が望ましい」、「とくに資産効果が大きい」という当ウェブサイトの主張を裏付けているようにも見えるのですが、いかがでしょうか。
円安メリットを阻む要因①電力不足
ただし、「円安メリット論」には落とし穴もあることをお伝えしておきたいと思います。
日本経済が現在陥っている、あるいは陥りつつあるのが、エネルギー(≒電力)不足と人手不足です。
このうちエネルギー不足に関しては、原発の再稼働や新増設が進めば進むほどに、ある程度は解消していくことが予想されますが、やはり限界はあります。再稼働できるはずの原発、出力ベースで約3分の2がアイドル状態となっているからです。
原子炉は全国に60基ありますが、これらのうち廃炉措置中のものなどを除けば、「運転中」または「定期点検中」のものが32基あります。出力は認可ベースで約3200万kWであり、設備利用率が70%だったとしても、年間で1980億kWh、つまり年間発電量のざっと20%弱が賄える計算です。
ところが、現在稼働している原発は出力ベースで1000万kW前後、発電量だと600億kWh程度に過ぎず、本来ならば1400億kWh弱の電力を生み出すはずの残り約2200万kW前後については、いまだに稼働できていないからです。
決して安くない再エネ賦課金を国民から強制徴収し、発電効率も悪く、電力も安定せず、しかもまったく安価ではない再生可能エネルギーを推進している暇があったら、早く原発を再稼働していただきたいところです。
円安メリットを阻む要因②人手不足
ただ、電力不足は原発稼働状況次第ではあるのですが、日本経済が抱えるもうひとつの深刻なボトルネックが、人手不足でしょう。
日本全体で働き手が不足しているのです。生産年齢人口の減少はいかんともしがたいものです。
もちろん、これについても働き手不足を緩和するものとして期待されている政策があります。これが「年収の壁」問題の解決です。一説によると「年収の壁」(いわゆる103万円の壁のほか、106万円の壁、130万円の壁など)が労働市場を阻害しているとの指摘もあります。
こうした「壁撤去」の努力で、人手不足はある程度緩和することが期待されますが、果たして現在の政権は、どこまで本腰を入れてこれらの対策を進めるのでしょうか?(あるいはまったく進めないのでしょうか?)
今後の政府の「次の一手」が気になるところです。
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散々原発反対とやかましいくせに、JCO臨界事故や日本製鉄X線被爆事故の被害者のその後は不自然なほど一切報じない新聞屋とテレビは信用なりません。
石破さんは地方創生などと言っていますが、地方には工場のような働く場所が必要です。
円高で国内から工場が逃げ、現在の円安状況で国内回帰しようとしても、アホみたいな電気代と再エネ賦課金、おまけにCO2取引
早急に原発を稼働させないと、ドイツ(フォルクスワーゲン)の二の舞になります
個人的に、オールドメディアの悪い円安論で最も印象に残っているものが2つあります。
1つ目
外国人労働者が減少する。外国人労働者が家族へ仕送りをする際に十分な仕送りが出来ない
から、日本以外へ働き口を求めて移動してしまう。
2つ目
1つ目と似たような内容ですが、日本国内で働くよりも海外で働いたほうが収入は増える。
日本の若い人達が海外に出ていくことが多くなっている。
海外での仕事を紹介する専門の業者もいる。
いずれも単純に個人の選択であって、稼ぎが少ないところから多いところへ移動するのは
人の常。円安でなくとも常に見ることの出来る現象に過ぎません。
いつもの印象操作といったところでしょうか。
原発稼働は早々に実施すべきでしょう。現在は火力発電に頼っていますが、燃料となるLNGは相手の言い値で買っている状況のようです。電気料金が高くなっても仕方がないですね。
原発は燃料調達の点においても有利だと思います。
余談ですが、日本は原子力分野の技術に対して更に、磨きをかけてはどうかと考えています。
原子力規制庁の名称を、原子力利用庁に変えてみてはいかがでしょうか。
中身が伴うかどうかは分かりませんが。