ネット時代、たしかに便利です。ただ、社会のネット化を支えているスマートフォンの急速な普及が、道路交通の安全に脅威を与えていることもまた事実です。著者自身、動画サイトで30年前の東京というシリーズを視聴したのですが、当時と現在とを比べて気付くのは、歩きスマホなどの危険行為の多さです。歩きスマホ(や、ついでに歩行喫煙)などについても、そろそろ道路交通法などで規制すべきではないか―――。そう思えてなりません。
2024/09/10 23:30追記
記事のURLを修正しています。
一般人が記者会見を文字起こしして配信できる時代
インターネット時代、本当に便利になりました。
昨日の『高市早苗氏が会見で安全保障を強調…「極めて実務的」』や今朝の『【長文注意】高市早苗氏演説全文を文字に起こしてみた』では、自民党総裁選に出馬を表明した高市早苗・経済安全保障担当大臣の出馬表明について取り上げてみました。
高市早苗・経済安保担当相は9日、自民党総裁選への出馬表明を行いました。このうち記者との質疑以外の高市氏による演説部分だけで1時間近いボリュームであり、文字起こししようかどうか少し悩んだのですが、やはり高市氏自身が自民党総裁選の有力候補者のひとりでもあるため、ひとつの記録として、高市氏の演説部分に限定し、文字起こしすることにしました。当ウェブサイト始まって以来最長クラスの長文記事ですが、ご了承ください。2024/09/10 11:00追記誤字が多々ありましたので修正しています。複数の読者の皆さま、ご指摘いただ... 【長文注意】高市早苗氏演説全文を文字に起こしてみた - 新宿会計士の政治経済評論 |
とりわけ高市氏の出馬表明に関する詳細記事については、なかなかに時代を象徴しています。
ひと昔前だと、私たちのごとき一般人が記者クラブ主催の会見場に立ち入り、そこから政治家の発言を一言一句、記録して、一般向けに再配布する、といった芸当など、あまりに非現実的だったからです。
政治家の発言内容を、ウォークマンやラジカセなどを使ってカセットテープなどに録音し、それを自宅に持って帰り、テープを聞きながらノートに文字起こしをしてワープロなどで清書し、それを印刷して封筒に詰め、友人などに送る―――。
大変な時間と手間がかかります。
ところが、現代社会だと、会見の模様を収録した動画をYouTubeやニコニコ動画などで視聴すれば、わざわざ現地に出掛けなくても、あるいはカセットテープに物理的に録音しなくても、ウェブ配信で視聴できますし、気になったところを何度もリピートしたりすることもできます。
何なら、動画サイトの文字起こし機能を使えば、そもそも原文を自分自身で文字入力しなくても良いため、作業負荷がかなり軽減されます(※ただし、誤字・脱字や不正確な音写などが残ってしまうのは大きな課題ではありますが…)。
ネットの出現は手放しで喜ぶべきだが…
実際、今朝の『【長文注意】高市早苗氏演説全文を文字に起こしてみた』のような記事は、正直、時間さえあれば誰にでも簡単に作れるものです。
このことは、インターネット化が進むにつれて、マスコミ(とくに新聞やテレビ)が私たち一般人にもたらす付加価値が極端に低下して行っていることを意味します。不正確な切り取りが多く、報道にも「角度」が付いている新聞・テレビの報道と比べ、政治家の発言を直接見聞する方が、遥かに正確だからです。
その意味で、著者自身はこのインターネット社会の到来を、手放しで歓迎している人間のひとりです。ネットの出現はメディアによる切り取りを許さなくなっているからであり、そのことは、マスコミ報道で私たち有権者の投票行動が歪む可能性が減っていることを意味しているからです。
ただし、物事には必ず、光の側面と影の側面があります。
先日、動画サイトで、「1990年代の東京」と題したシリーズの動画をいくつか視聴したのですが、やはりそのなかでも気付いたのは、街を行き交う人たちの歩き方です。
現代と異なり、人々は基本的に、まっすぐ前を向いて歩いているのです。
歩きタバコをしている者は当時からいたのですが、少なくとも新聞をバサバサ広げながら歩いている、あるいは雑誌や書籍を読みながら歩いている、といった人は、著者自身が視聴した動画では、ほぼ見かけませんでした。
歩きスマホの弊害
そして、それらの動画を視聴した直後に、偶然、その動画が撮影された場所とまったく同じ場所に出掛けたのですが、動画を視聴した直後だけに、明らかに気付いた違和感があります。スマートフォンを凝視(ぎょうし)しながらこちらに向かって来る人が、あまりにも多かったからです。
しかも、「歩きスマホ」をする者たちは、多くの場合、ノイズキャンセリングイヤホンを装着しているらしく、とくに狭い歩道では何度も何度もぶつかりそうになりましたし、なかには歩きスマホをした人間が、ベビーカーに足を引っかけそうになっている事例まで見かけました。
本当に、危険です。
もしも1990年代の人たちが現代にタイムスリップし、道行く人々が小さなデバイスをジッと見つめながら歩いているのを目撃したら、さながらホラー映画を見ているかのような恐怖心を抱くのではないでしょうか。
改めて指摘しておきますが、スマホを見つめながら道を歩くのは、非常に危険です。著者自身もそうですが、「狭い道を歩いていると、正面からスマホを見つめた人にぶつかられそうになった」、「スマートフォンを見ながらの自転車とぶつかりそうになった」、といった経験をすることは多いでしょう。
こうしたなかで取り上げておきたいのが、歩きスマホの危険性です。
東京消防庁『歩きスマホ等に係る事故に注意!』によると、2019年から23年にかけての5年間で、歩きスマホなどにかかる事故で158人が救急搬送されているそうです(内訳は2019年41人、20年27人、21年27人、22年26人、23年37人)。
この点、2020年以降の3年間で搬送される人が減った理由はわかりませんが、もしかするとコロナ禍のために外出が制限されていたことなども関係しているのかもしれません。
また、歩きスマホの危険性でもうひとつ思い出しておきたいのが、踏切事故です。
今から3年前の2021年7月には、東京都にある東武練馬駅の脇にある踏切内で、立ち入った女性が電車にはねられて命を落とすという事故が発生していますが、これも「女性が踏切内でスマホを凝視していた」との一部報道もあります。
電車にはねられ女性死亡“歩きスマホ”で…
―――2021年7月14日 18:42付 日テレNEWS24より
これらは結局、社会全体にスマートフォンが急速に普及したことに伴う弊害といえるかもしれません。
道路交通法制の改正を!
この点、技術の進歩はたいていの場合、何らかの副作用を伴うものですし、スマートフォンというテクノロジーが私たちの生活を変えたことも事実です。その気になれば、私たちは24時間・365日、いつでもインターネットとつながることができるようになったからです。
しかし、歩きスマホをする者は、危険な歩行により、周囲に事故の危険を振りまいている、という言い方もできます。
結局のところ、自動車の出現で交通事故が激増したのと同じで、いわゆるスマホ中毒がもたらす社会的弊害についても無視できない状況になっているわけですから、ここは新たな交通ルールの整備が必要ではないでしょうか。
道路交通法を改正するなどして、少なくとも「目と耳を塞ぎながら歩く行為」(歩きスマホ、ノイズキャンセリングイヤホンなど)や、ついでに歩行喫煙などについては、厳しい罰則を設けることを検討すべきではないか、などと思う次第です。
View Comments (6)
> あるいは雑誌や書籍を読みながら歩いている、といった人は、著者自身が視聴した動画では、ほぼ見かけませんでした。
二宮金次郎スタイルの歩行者は、大昔から居ましたよ。
多くはなかった様ですが、存在しないスタイルを銅像にした訳ではなかろう。
私も昔、見知らぬ地で、紙の大きな地図を広げながら歩いた事がある。
車を運転する時にカーナビが便利な様に、歩行時もマンナビが便利なのでは?
車の方は、サポカーから自動運転に進化しつつある。
マンナビも同様になれば良いのでは?
従って、道路交通法を改正するなら、能力不足なスマホによる歩きスマホの規制に止めるべきでは?
現状だけで判断し、革新的技術の芽を摘む様な方向の法改訂には賛成できません。
>> あるいは雑誌や書籍を読みながら歩いている、といった人は、著者自身が視聴した動画では、ほぼ見かけませんでした。
>二宮金次郎スタイルの歩行者は、大昔から居ましたよ。
もしかしてこの人、ヴァカ
昔は、読書しながらの歩行を、推奨してたとは言いませんが、少なくとも、いけない事とは学校で教えてなかった。
歩き慣れた道なら兎も角、都内どこでも地図無しで自由自在に行けるという人は、今でも滅多に居ないだろう。
古い地図が書棚に残っていたので、発行年を見たら、1995年と2005年だった。どちらも使い古されてかなり傷んでいる。
大昔は大きな紙を折りたたんだ地図だったが、この頃には文庫本サイズになっていた。
地図見る時、静止していたか? というと、そういう事は余りなかった。
余談だが、i-modeは1999年、FOMAは2001年から、携帯で地図見れる様になったのは更に後年。
目の話から耳の話に変わるが、、、
ソニーのWalkman登場が1979年、CD化が1982年、MD化が1992年。
90年代は、音楽聞きながら歩いている若者が多かった筈。
カシオのデジカメQV-10が出たのが1995年、その少し前から、韓国製MP3プレイヤーが人気だった。当時は、メモリーカードがまだ一般的ではなく、交換不可のタイプだった。
携帯電話では、mova登場が1991年。当時は、イヤホンマイクというのがあり(買った記憶はないので、携帯電話のオマケで付いて来た?)、スレ違った人が、話相手も居ないのに1人でつぶやいていると思ったら、電話中だったという経験は少なくない。
将来諸外国でVRゴーグルをかけて歩くのが一般的になった時、我国だけ妙な法規制でついて行けないという様な事にならない事を希望する。一度規制されたら、法改正に多大なエネルギーと時間を要す。現在の問題への対処は必要だが、見通せる範囲で、将来技術に妙な足枷とならぬ様工夫して頂きたい。
1990年代の東京で、書籍類見てる人も、音楽聞いている人も1人も映っていない映像が存在し得るか? と問われれば、あっても不思議ではないと思う。
伝統的なラブコメ文法では、不注意な者同士が食パンを咥えて廊下の角で出会い頭衝突することは、様式美なんですけどねえ。
僕は田舎で徒歩通学2kmでしたが、帰り道で回し読みの漫画を読みながら歩いてましたよ。
当時の人気絶頂は少年チャンピオン。
ガキデカ
ドカベン
ブラックジャック
マカロニほうれん荘
ふたりと五人
750ライダー
今考えても凄いラインナップでした。
750ライダー憧れましたね。
連載当初はノーヘルで・・・
懐かしいです。
本文で
「90年代の東京」
と書いてあるのが読めない人が湧いてら