「経済制裁は北朝鮮(ロシア)に打撃を与えていない」、「円安は日本経済に悪い影響をもたらす」。これらはいずれも最近、ときどき見かけるものですが、これらの主張を冷静に読んでみると、論証のプロセスをすっ飛ばしていたり、証拠を提示していなかったりする、といった共通点があります。ちゃんと証明できればノーベル経済学賞レベルですが…。ところで、当ウェブサイトでは経済を論じる際に、「ミクロとマクロの話は分けるべき」、などと述べて来たのですが、嘉悦大学の髙橋洋一教授も、ほぼ同じような指摘をしているようです。
目次
トンデモさんと経済制裁論
トンデモさんとは?
先週の『トンデモさん大歓迎(ただしエビデンスで殴られます)』では、最近、ネットなどで見かけた主張などを中心に、いわゆる「トンデモ理論」の考え方などに関する「傾向と対策」について、ごく簡単に紹介しました。
ここで著者自身の理解に基づけば、「トンデモさん」とは、「科学的に解明・証明されていない内容を、デタラメな論理で真実として主張する」、「科学的に論証されている理論を、デタラメな理論で否定する」といった傾向を持つ人のことです。
当ウェブサイトの専門領域の例でいえば、「ロシアや北朝鮮に対する経済制裁はまったく効いていない」とする主張であったり、あるいは「円安は日本経済に対して悪影響しか与えない」といった主張であったりします。
ただし、これらの主張、よくよく検討してみたら、どれもかなり怪しいものばかりです。
たいていの場合、これらの主張、部分的には正しいことを述べているようでありながらも、やはり結論に至るまでの間に論理の飛躍があったり、あるいは証拠の「良いところ取り」(たとえば自説に合致する証拠のみを採用し、自説に不都合な事実を隠蔽していたりするなど)があったりするからです。
「北朝鮮に対する制裁は効いていない」
たとえば、かつて当ウェブサイトに、「北朝鮮に対する経済制裁は、まったく効いていない」とする趣旨の読者コメントが残されたことがありました。
このコメント主の方が「北朝鮮制裁が効いていない理由」として挙げたのは、『アジアプレス・ネットワーク』というウェブサイトに掲載されている、『<北朝鮮>市場最新物価情報』というデータです。
このデータ、同サイトが北朝鮮国内の協力者に対してリアルタイムで実施している実地調査に基づくものだそうですが、このデータの信憑性はとりあえず脇に置くとして、たしかにこれで見ると、北朝鮮に対する経済制裁により、同国の経済が完全に崩壊したといえるほどにすべての物価が高騰している、といったフシはありません。
むしろ一部の物価は経済制裁措置にもかかわらず下落していることもありますし、また、北朝鮮ウォンと外貨(人民元や米ドル)との交換も、普通に成立している様子がうかがえます。
ちなみに直近(6月14日)時点での白米の価格はキログラムあたり日本円換算で100円少々だそうであり、感覚的には日本の流通価格と比べて4分の1程度、といったところでしょうか(もっとも、日本との所得水準の違いを考慮すれば、北朝鮮の庶民にとって、コメは「高根の花」なのかもしれませんが…)。
北朝鮮の物価が安定している(ように見える)理由とは?
ただ、この物価水準のデータから見る限り、北朝鮮に対する新たな経済制裁措置が講じられても、コメ、トウモロコシ、ガソリン、軽油などの末端での流通価格に顕著な変化が認められないことは間違いないかもしれませんが、そのことが直ちに「西側諸国の経済制裁は効いていない」ことを意味するものではありません。
というよりも、このデータ自体、「北朝鮮の物価水準は安定している」ということを述べているに過ぎず(もちろん「データは正しい」という前提で条件が付きますが)、その「物価水準が安定している理由」まで述べているものではないことに注意してください。
物価水準とは、経済学的には、「モノやサービスの価値を貨幣価値で表したもの」と定義できますが、逆にいえば、物価水準とは「貨幣価値を、その貨幣で購買できるモノやサービスの量」で表したものでもあります。
物価水準が安定しているときは、たいていの場合、人々が必要とするモノやサービスが十分に供給されていることを意味していますが、稀に、「流通している通貨の量が十分ではないとき」にも、こうした物価の安定という現象が観察されます(この点は、最近までデフレに苦しんだ日本国民ならば理解できるかもしれません)。
たとえば、「北朝鮮では当局により、北朝鮮ウォンの使用が強制されているにも関わらず、そのウォン紙幣自体が十分に印刷されず、流通量も十分ではない」という現象がもしも北朝鮮で発生しているのだとしたら、こうした状況も、すっきりと説明がつきます。
よって、「北朝鮮の物価が安定している」とする説明が仮に事実だったとしても、それはそれだけで「北朝鮮への制裁が効いていない」という証拠にはならず、むしろ「経済制裁の影響で、北朝鮮では紙幣供給すら滞っている」という証拠になるかもしれないのです。
経済制裁が「穴だらけ」なのは当然
なお、もうひとつ付言しておくならば、経済制裁は、完璧な解決策ではありません。
経済が「生き物」である以上、経済制裁など、現実には「穴だらけ」ですので、経済制裁が意図したとり、完璧にうまく機能するという保証などありませんし、経済制裁を喰らった側もなんとか制裁逃れをしようと知恵を絞るはずです。
したがって、経済制裁は北朝鮮の核・ミサイル開発や日本人拉致事件に対する完璧な解決策とはなり得ませんし、経済制裁「だけ」で、北朝鮮を完全に干上がらせることなどできません。
だいいち、中国やロシア、さらには文在寅(ぶん・ざいいん)政権時代の韓国などのように、北朝鮮に対する経済制裁の「穴」を開けるのに協力する国も多いわけですから、西側諸国「だけ」の経済制裁措置だと、北朝鮮経済の息の根を止めるだけの打撃を与えることができないのは当然のことです。
しかし、だからといって経済制裁を「やっても意味がない」、と結論付けるには、かなりの無理があります。
だいいち、もしも経済制裁がまったく行われておらず、北朝鮮が西側諸国とも、貿易、投資といった正常な経済活動を行っていたならば、北朝鮮が現在のような「世界最貧国」状態に陥っていることの合理的な説明がつきません。
当ウェブサイトではこれまで、「経済制裁『さえ』やれば北朝鮮経済を完全に崩壊させることができる」などと述べたつもりはありませんが(知らず知らずのうちにそう述べていたとしたらお詫びします)、それと同時に、経済制裁の必要性を強調して来た理由は、それをやらないよりもやった方が遥かに良いからです。
仮に西側諸国の経済制裁が機能不全に陥り、どこかの某国がかつてやったように、北朝鮮に対して工業団地を作り、そこに南側から電力まで供給される事態となれば、北朝鮮には貴重な外貨収入がもたらされ、そこから核・ミサイル開発がさらに進みます。
経済制裁が北のミサイル開発を遅らせたという可能性はないのか
当然、こんなことを述べれば、こんな趣旨の反論もいただくかもしれません。
「せやかて、経済制裁後も北朝鮮はミサイルをバンバン撃っとるで。やっぱり経済制裁、効いてへんのとちゃうん?」
これも、考え方の問題です。
もしも北朝鮮に対する経済制裁措置が講じられていなければ、北朝鮮の核・ミサイル開発は、さらに加速していた可能性もあるからです。
もちろん、北朝鮮のミサイル開発の進展は脅威ですし、最近だと国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が発行されているロシアの大統領・ウラジミル・プーチン容疑者が北朝鮮を訪れるなど、露朝接近も大変気になるところではあります。
しかし、最近だと、経済制裁対象国に資金を提供する第三国の銀行等に対しても、同様に経済制裁を課す、といった流れは国際的な潮流でもありますし、現実に経済制裁関連で、中国の銀行などが二次的経済制裁を喰らうこともあります。
そして、この議論は、「北朝鮮」を「ロシア」に置き換えても、まったく同様に成り立ちます。
とりわけ北朝鮮と異なりロシアは資源国ですので、こうした「経済制裁無効論」のようなものは、さらに激しく展開されているフシがあります。
この点、地球上の最貧国とされる北朝鮮でさえ、いまだに独裁体制が続いているわけですから、資源国であるロシアがちょっとやそっとの経済制裁でガタガタになるというものではないでしょう。
とりわけロシアは国連安保理の常任理事国でもありますし、経済発展著しい中国やインドを含め、ロシア制裁に参加していない国は多く、当然、経済制裁の「穴」も多数く空いている状況です(だからG7会合ごとに、穴を塞ぐための新たな細則の実施で合意しているのでしょう)。
このため、この手の「経済制裁無効論」は、ロシアに関してはなおさら激しくなるのでしょう、支離滅裂な内容を書き捨てることで知られるごく一部のコメント主が最近、しきりに「ロシア制裁無効論」に言及しているのは、その典型例といえるのかもしれません。
いずれにせよ、経済制裁が「まったく効いていない」とする主張は、たいていの場合、詭弁(あるいはトンデモ説)であり、さらにそれらのなかには何らかの「悪しき意図」―――たとえば、「経済制裁は効果がない」から「制裁は止めさせるべきだ」、など―――を伴っている可能性はありそうです。
悪い円安論に見るトンデモさん
悪い円安論
さて、こうしたなかで、当ウェブサイトでこれまでしばしば展開して来た議論のうち、「論証を拒絶する態度」を持っている人が観測される分野がもうひとつあるとしたら、それは「悪い円安」論かもしれません。これも、「トンデモさん」が涌きやすい論点だからです。
ちなみに「悪い円安」論は、その名の通り、「円安が日本経済に悪影響を与えている」、とする主張です。
当ウェブサイトではこれまでしばしば伝えてきたとおり、為替変動(円高や円安)は、経済に対し、良い影響、悪い影響、いずれの影響も生じます。
ただし、「現在の」日本経済が置かれた諸条件に照らすならば、円安は、結果的には良い影響をより多くもたらします。これには少なくとも5つの項目を検討する必要があります。
①輸出競争力の向上
円安になれば、日本産の製品、商品、サービスなどを外貨で換算した価格が安くなります。たとえば100万円の国産自動車は、1ドル=100円の時代なら外国で1万ドルですが、1ドル=200円の時代なら、外国で5,000ドルに値下がりします(※ただし、関税、輸送コスト、為替ヘッジなどの議論は一切無視します)。
②輸入購買力の低下
円安になれば、外国産の製品、商品、サービスなどを円かで換算した価格が高くなります。たとえば外国で1万ドルで売られている外国産自動車は、1ドル=100円ならば100万円ですが、1ドル=200円の時代なら、なんと200万円に値上がりします。
③輸入代替効果の発生
上記の通り、円安が進めば、国産品の輸出競争力が増し、外国産品の輸入購買力が低下しますが、その副次的な効果として、同種の製品・商品・サービスであれば、高い外国産を避け、安い国産品を買うという動きが広まります。これが輸入代替効果です。
フロー面から見たら、「悪い円安」論には一理ある
上記①~③が、いわば、フロー面から見たインパクトです。
現在の日本は、自動車などを除けば、輸出品目の多くは「最終製品」ではなく、資本財や中間素材(平たくいえば「モノを作るためのモノ」)であるため、①に関して「短期的な円安で輸出競争力が強まる効果は、かつてと比べたらさほど大きくない」といった指摘もあります。
また、日本の現在の輸入高についても、その金額の多くを占めているのが鉱物性燃料(石油、石炭、LNGなど)であることを踏まえると、②に関してはその打撃が非常に重く出る可能性がありますし、③に関しても、鉱物性燃料には輸入代替効果が働かない、といった指摘もあります。
これらの点については、一概に誤っているとはいえません。
とりわけ、現在の日本では電力供給が不安定化し、また、コストも高くなってしまっていますので、電力消費量の多い産業(たとえばデータセンターなど)や電力供給の安定が求められる産業(たとえば精密機器など)が日本に立地し辛い状況が出現していることも間違いありません。
よって、日本において、①や③のプラス効果が②のマイナス効果を上回るかどうかは、電力の安価での安定供給(たとえば原子力発電所の再稼働や新増設、再エネ賦課金制度の改廃など)、人材不足への対応(自動運転レベル5の実現、オートメーション化など)がどこまで進むか次第でもあるのです。
ただ、世の中の「悪い円安」論者の多くは、この①~③について、①の効果は過小評価し(または「生じない」と断言し)、②の効果については針小棒大にそのマイナス面を強調したうえで、③についても無視するか、あるいは「日本経済にとって悪いこと」と曲解する傾向にあります。
酷いケースにおいては、「私が見た限りでは」、「私の勤務先の事例では」、「私の知り合いの話では」、など、現実の数値を無視し、自身の体験や伝聞などをもとに、円安のマイナス効果を主張したりするのです。
ストック面から見ると、悪い円安は「生じない」
ところで、先ほどは「円安のプラス・マイナス影響を判断するならば、少なくとも5つの項目を検討する必要がある」、と述べましたが、その残り2つの項目(ストック面)は、これです。
④資産効果
円安が進めば、外貨建ての資産の円換算額が膨らむ効果が生じます。たとえば、海外に1万ドルの有価証券を持っている機関投資家にとり、その有価証券の期末レート(CR)換算額は、1ドル=100円の時代ならば100万円ですが、1ドル=200円の時代ならば200万円に膨らみます。
その為替換算差益については、投資家が年金基金等の場合はストレートに運用益として計上されることが多く、また、銀行、生保などの企業であれば、保有目的区分や会計方針に応じて、外国為替売買益やその他有価証券評価差額金(※税効果控除後)として処理されたりします。
じつは、「悪い円安」論者の多くは、この資産効果の存在を完全に無視しているか、酷い場合は、「資産効果が生じるのは一部のカネ持ちか外国で事業展開している企業に限られ、我々一般庶民には無関係だ」、などと決めつけたりします(年金基金などが巨額の対外証券投資を行っているにも関わらず、です)。
⑤負債効果
一方で、円安が進んだ場合、外貨で借金を負っている人にとっては、話が変わってきます。円安の効果で、たとえば100万ドルの債務は、1ドル=100円の時代だと1億円でしたが、1ドル=200円の時代だと2億円に跳ね上がるからです。
ただ、これまでに当ウェブサイトではずいぶんと議論してきたとおり、そもそも日本企業などが外国の金融機関から借り入れている外貨建ての債務は、昨年12月末時点でせいぜい5658億ドルと、対外与信総額(最終リスクベースで5兆0435億ドル)の9分の1に過ぎず、しかもこれらの借入の多くは、為替ヘッジ活動によるものと考えられます(著者私見)。
早い話、現在の日本では、資産効果は非常に強く生じて来る反面、負債効果はほとんど生じない、というわけです。
なお、円安・円高のメリット、デメリットを取りまとめた票を、再掲しておきます(図表)。
図表 円安のメリット・デメリット
©新宿会計士の政治経済評論/出所を明示したうえでの引用・転載は自由
なぜ円安は日本経済に「良い」のか
こうした①~⑤のような考え方に基づき、当ウェブサイトでは、暫定的に、次のように結論付けています。
「現在の日本経済の諸条件に照らすと、円安はエネルギーやPC、スマホ、軽工業品などの輸入価格の押し上げというマイナス効果ももたらすが、それ以上に輸出競争力の向上、輸入代替効果の発生などによるプラス影響が大きく、フロー面では強いプラス影響をもたらす」。
「ただし、電力供給の不安定化や人材不足など、供給面の不安を払拭することに失敗すれば、こうした円安による好循環を生かし切ることができない可能性はある」。
「一方、日本は世界最大級の債権国でもある反面、債権総額に比べて外貨建ての負債は非常に少ない国でもあるため、資産効果で直ちに大きなプラス影響が生じ、その反面、負債効果のマイナス影響はほぼ生じないと考えられる」。
この仮説への反論は、個人的には大歓迎、と言いたいところですが、そうでもありません。
実際、ごく一部のコメント主などの反応を見ていると、正直、「言葉が通じない」というもどかしさを抱かざるを得ないからです。
先ほども指摘したとおり、「悪い円安」論者の方々は、「私の経験では」、だの、「私の感覚では」、だの、「私の知人の話によると」、だのといった具合に、第三者によって検証することがほぼ不可能な論拠を持ち出して来て、円安が日本経済に悪影響をもたらしていると強弁するのです。
マクロとミクロの論点を混同する人たち
それだけではありません。
ごく一部の人は、当ウェブサイトの「経済理論」+「現実の数値」というアプローチに対しても、こんな趣旨のことを述べて、頭から否定してしまうのです。
「金融や経済は人間が行うことであり、心理に流されるものであるため、科学ではない」。
この点、経済学は多くの場合、通常の自然科学的などと比べて、実験などによる再現可能性が低いなどの弱点はありますが、だからといってこれを「科学ではない」と決めつけるあたり、なかなかに野心的です(※ほめ言葉ではありません)。
経済学も十分に理論と実証で裏付けられた学問である、という事実を、あまりにも軽視しすぎでしょう。
もちろん、人間の行動の世界においては、一見すると非合理な動きも存在します。
その典型例が、「安ければ売れるとは限らない」、というものでしょう。
これについて、こんな事例を考えてみます。
「製品Aと製品Bはほぼ同一のスペックだが、Aの方がBよりも高い。売れるのはどちらか」。
通常、このような設問においては、AよりもBの方が安いわけですから、Bの方がたくさん売れる、というのが正解です。
ただし、なぜかBよりもAの方が売れる、という事態が生じることもあります。
しかし、この場合においても、「性能がほぼ同一なのに、値段が高い製品の方がよく売れる理由」については、その合理的な理由を説明する学問分野も、ちゃんと存在しています(会計学だと「のれん」がその典型例でしょう)。すなわち、人間の一見非合理な行動も、「科学的に解明できない」というものではないのです。
それって実証できればノーベル経済学賞級では!?
ちなみに値段が高いAの方が、値段が安いBよりも多く売れるのは家庭用製品(洗剤など)などの分野であったり、あるいは外食産業などで、よく観察されます。
たとえば、「Aの方がBよりも広告宣伝費を多く費やしているから」、「Aの方が大手でBよりも消費者に浸透・信頼されているから」、など、さまざまな理由がありますが、理由を調べていけばほとんどの場合、合理的に説明がつくものばかりです。
また、ラーメン屋などの場合、麺の太さや硬さ、スープの味など、個別性が強すぎるため、単純に「値段が安いラーメン屋が儲かる」、「値段が高いラーメン屋は儲からない」、といったものではありません。
ましてや、円安・円高というマクロの議論をしている際に、「円安でも国産品のなかには輸入品に太刀打ちできないケースもある」、「円安でも輸出競争力が伸びない製品がある」、などとミクロの話を持ち出しても、まったく意味がありません(彼らはそもそも、ミクロとマクロの違いを理解していない可能性もありますが…)。
すなわち、「安ければ売れるとは限らない」というのは、「値段が安ければ安いほど売れる」という原始的な経済学の世界から見れば、「経済原理の歪み」のようなものかもしれませんが、現代社会だと、たとえば個別のマーケティング論などで十分説明が可能であり、これらは経済学の歪みではありません。
経営コンサルティング会社が儲かるのも、このあたりを実践的に論理立てて説明するのに秀でているからでしょう(個人的に経営コンサルのなかにはそのサービスに疑念を覚えるケースもありますが、この点については本稿では触れないことにします)。
いずれにせよ、人間の行動心理は単純なものではありませんし、経済原理に何らかの歪みをもたらしていることは間違いありません。
しかし、だからといって、それらは、「円安になれば(その他の諸条件が同一ならば)①輸出競争力が伸び、②輸入購買力が減り、③輸入代替効果が発生し、④資産効果、⑤負債効果がそれぞれ生じる」―――、という主張が「一律に誤りだ」と決めつけるだけの論拠にはならないのです。
あるいは、「円安が日本経済にメリットをもたらさない」といえるほどに強力な経済原理の歪みの存在を具体的に論証・証明できれば、まさしく、ノーベル経済学賞受賞ものの大発見であり、こんな怪しげな自称会計士が運営するウェブ評論サイトごときに読者コメントを書き込んでいる場合ではありません。
是非、学界に発表なさっていただきたいと思う次第です。
髙橋洋一教授のつぶやき
さて、こんなことを考えていたら、似たようなことを思っている方もいらっしゃるようです。
これは、数量政策学者で元財務官僚でもある、嘉悦大学教授の髙橋洋一氏が22日付でX(旧ツイッター)にポストしていたもので、「自国通貨安は自国経済に有利」、「近隣窮乏化策」、といった表現がポンポンと飛び出してきます。
当ウェブサイトでは、いちおう、「自国通貨安は(必ず)自国経済に有利」、とまでは述べないことにしたいと考えていますが(上記②のとおり、円安には負の効果もあるからです)、髙橋教授が指摘するこの「近隣窮乏化策」は非常に有名な命題のひとつでもあります。
実際、「円安は韓国経済にとって悪い影響をもたらす」、などとする主張が、韓国メディアなどでは頻繁に掲載されている(『韓国メディアからの「韓国にとっての悪い円安」論』等参照)ことからも、現在の円安が韓国などの「近隣国」を「窮乏化」させるものであることは間違いありません。
また、髙橋氏のポストに含まれる「国全体の話と個人の話を分ける」とは、当ウェブサイトの用語でいうところの「マクロとミクロ」という話と同じです。
ちなみにくだんの「人間の行動は数学ではまったく説明できない」などとする趣旨のコメントを髙橋教授にも読ませたら、いったいどういう反応をなさるか、ちょっと見てみたい気もしないではありません(案外気の利いたコメントを返して下さるかもしれませんが…)。
いずれにせよ、ここまで情報が複雑化している現代社会において、「知らない」ということ自体は、全然恥ずかしいことではありません。恥ずかしいことは、議論の誤りを指摘されておきながら、それに正面から答えず、どんどんと論点をそらして、最終的には開き直るという姿勢ではないでしょうか。
それなどまさに、「トンデモ」さんの行動原理そのものだと思う次第です。
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まず円安から。円安の最大の原因は,日本がアメリカ国債等を継続的に買い増していたからです。ただ, 農林中央金庫が10兆円の外国債券を損切りするなど,ちょっと今後の流れの変化を注視する必要があります。10兆円は最近の為替介入の規模以上です。ただ,円安で債券安の損を多少吸収できたのが幸いです。ついでに言うと,今後の国債の含み損は大丈夫かな。今後,また,銀行の行数が減少していくかもしれません。
北朝鮮ですが,ロシアは制裁しないで援助することを明言していますし,中国も経済的には結構援助しているようです。ただ,発電所などの基本的インフラへの投資を怠ってミサイル開発ばかりしているので,国内経済は全然うまく回りません。
あと,北朝鮮ウオンは西側諸国の通貨のようには機能していないので,資本主義経済学を適用して議論するのは無意味です。国家の理想は「配給制度」なので,お金があれば商品を買えるわけではありません。
ルーブルの為替レートの話ですが,これは対外貿易ではなく,ロシア人が貯蓄をドルやユーロで行っていることが大きな原因のようです。1990年代にロシアはハイパーインフレを経験していて,ロシア人はルーブルを信用していません。それで,ルーブルをドルやユーロに替えて貯金していたのですが,その交換を停止してために,ヤミ相場が暴騰した,というのが実状のようです。ロシアの軍事産業の規模は最近はいまひとつですが,人工衛星も打ち上げられるし,イリュージョンという国産旅客機も作れるし,日本より技術力が高い部分も多いのでバカにしていると痛い目に会います。核も沢山持ってますよ。
誤植: イリュージョン → イリューシン
ついでに,以前「ロシアではマクドナルド撤退後,おいしいハンバーガーが食べられなくなった」みたいな記事を目にしましたが,マクドナルドの代わりに入った「フクースナ・イ・トーチカ」結構人気のようですね。さすがにハンバーガーレベルのものはロシアでも美味しいものが作れるようです。イギリスのほうがダメかな。
Su-30, MiG-31のような戦闘機は,とても西側のものにかなわないようです。ロシアのミサイル技術はそれなりですが,ドローンのほうはいまひとつのようです。中国が助けに入ると怖いですが。アメリカ大統領選挙までに,どこまで戦況が変化するか。たぶん,トランプさんは問答無用で停戦させます。円安もそれまでかも。
>ロシアの軍事産業の規模は最近はいまひとつですが,人工衛星も打ち上げられるし,イリュージョンという国産旅客機も作れるし,日本より技術力が高い部分も多いのでバカにしていると痛い目に会います。核も沢山持ってますよ。
え?ブログ主、ロシアのことを、バカにしてるんですか?あのロシアをバカにするなんて、なんてバカなブログ主なんだろう。でも僕もバカだから、ブログ本文のどこをどう読んでも、どこがロシアをバカにしているのか分からなかった。ブログ主がロシアをバカにしてる下りはどこですか?バカでも分かるように教えて下さいな。
大学生のころ、工学部の友人の第2外国語がロシア語だった。
意外な顔をする私にその友人が言うには、一定の分野ではソ連の科学水準は進んでいて、ロシア語の論文を読む機会があるかもしれないと思ってロシア語にしたと言っていた。確かに現在でもロケットの技術などはアメリカと肩を並べているし、ロシアのロケット以外では国際宇宙ステーションに人を送れなかった時期があった。
北朝鮮のロケット、ミサイル、中国の宇宙開発技術はロシアの技術だろう。
科学分野のノーベル賞も結構とっていてイタリアよりも多い。(経済学賞受賞者もいてノーベル賞の全賞を制覇している)にもかかわらず遅れた国と見られている。
ソ連の第二次世界大戦の死者は2000万人を超えていて、参戦国の中で圧倒的に多い。にもかかわらずナチス打倒の手柄をヨーロッパ戦線の戦死者20万人のアメリカに横取りされている。
評価されないという劣等感が力以外のものを信じないことにつながっているのではないか。
通りすがりさん
>今後の国債の含み損は大丈夫かな
国債はほとんどが円建てだと思ってたんですが・・・
考えられる含み損って何ですか?
>考えられる含み損
国債金利の上昇=国債価格の下落でしょう。
満期まで持っていれば、額面は割らないのでは?
もちろん。
だからこそ「含み」
含み損とは、新規発行国債の金利が、発行済国債よりも高ければ、発行済国債を償還前、例えば、10年国債を満期前に売りたいときに、新規国債の金利がその国債よりも高ければ、その金利差分、額面が安くなるということ。厳密には、金利差ピッタリでは無いが。
つまり、発行済国債は、実際には売買されなくても、額面よりも安いという、含み損、を内包している。
金利の高い国債が発行されて居るのに、安い金利条件の国債を、わざわざ買う者はいないだろうから、新規国債と同じ金利条件になるように、国債の額面よりも、安く売買されることになる。
ある特定の人に限定すれば、悪い円安論も成立するのでは。(結局、人は全体ではなく、自分の個人的経験で判断するものでしょう)
引きこもり中年様
仰るとおり個々の人ごとにみれば、悪い円安論が成り立つ人もいるんだろうと思います
また、新宿会計士様のいうとおり、日本経済にとってはプラスであっても、プラスになる人が極めて少数で、大多数の人にとってはマイナスであれば、国としては悪い円安と言うことも可能な気もします。
ただ、そのためには個人の経験を超えて、大多数の日本人を代表するようなモデルを作っりした上での議論が必要で、それってとっても難しいようにも思うのです
そういうとこが、あたしにとって経済は難しいと感じるところなのです
先週のモーサテ(テレ東)でやっていたが、NISAの「積立投資」の向かう先は米国株を組み入れた投資信託が多い(これ事実)。投資信託に入った金は米国株を買うために円売/ドル買で円安要因になる(当然こうなる)。プロであれば米株が高くなれば売り、安くなって買うという出し入れをするが、素人の積立だから一方通行になる。(たぶんそうなんだろうな)
このタイプの円安要因は過去にあまりなかったもので今後が注目される。
もーさてって…www
テレビを信じてる人って本当にいるんだ。
資金循環でみても個人の投資信託のフローがそこまで増えている漢字はないがこれもテレビの印象操作なんだろうね。
この話はみずほ銀行の唐鎌という人が述べていたこと。
誰が(どこの評論家)、何で(テレビで)述べているかは関係ない。
何を言ったか(内容)で判断する。
最初のコメントに(事実)(当然こうなる)(たぶんそうなんだろうな)に分けて書いてある。
>みずほ銀行の唐鎌という人
はい解散
>はい解散
みずほの唐鎌氏の解説シリーズを読んだことがありますが、日銀の公表資料等を基にした分析で客観的だと思いました。
「モーサテだから」「みずほの唐鎌氏だから」「増えている漢字(感じ?)はない」という理由だけで情報全否定するのは、本記事で論っているトンデモさんや陰謀論者さんと同じだと思いますよ。(笑)
>解説シリーズ
経常収支の解説シリーズでした。
https://shinjukuacc.com/20240512-01/#comment-315800
この唐鎌氏、新宿氏の論考と似たような統計をよく参照してますよね。COFERなんか新宿氏が取り上げるようになってから唐鎌氏も取り上げるようになった。密かにパクリしてたりして。
>トンデモさん
多くの場合が、「自身がそうなのだから」との立場での自己投影。
そうでなければ、「近視眼的な見地」によるものなのでしょうね。
・・・・
ミサイルが飛んでもないのは、良い社会。
きんゆうがとんでもないのは、良い会社。
いいぶんが飛んでもないのは、良い論者。
いいわけがトンデモないのは、良い・・。(イイワケナイダロ!)
私はPCを買い替えたいので円高になって欲しいです。
799ドルのグラボが16万円かぁ…。
アメリカ大統領選挙で何か変わるのかもしれませんね。
もちろん何も変わらないかもしれませんが。
④⑤の負債効果と資産効果は、資産>負債だったら資産効果が上回るってのは納得なのです
①〜③の得失は、正直なところ良くわかんないのです。他所からの受け売りだけど、
>内閣府の短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)によると、対ドルでの10%の円安は1年間の累積効果でGDPを0.46%押し上げます。
ってことだけど、このモデルが今でも有効だったらプラスだろうけど、そうじゃなかったりするのかな?
でも、モデルが変わってても、資産効果と負債効果の差の方が大きければ、やっはり円安は日本経済にプラスだと言えるんじゃないかとも思えるし・・・・
もうちょっと勉強しなきゃとは思うのです♪
賢い人は国全体の話と個人を分けられる >
高橋洋一氏のつぶやきの中にある、この部分こそが「悪い円安論者」たちの駄目な部分を鋭く衝いているのではないかと思っています。つまり国全体をトータルで掴む、という視点が致命的に欠如している、と云わざるを得ません。
いわく海外旅行がしづらくなったとか、いわく輸入車やその部品代が高騰しているとか、そういうう愚痴の類ではないかと思ってしまいます。もちろん石油製品や食品関連等でコストが上がっている業界は相当数ありますが、その反面輸出関連でいえば、トヨタを筆頭に円安効果を享受している企業はいくらでもあります。
要は、国全体でどれだけGDPが増減しているのかという大きな視点がなければ、単なる愚痴にしか思えないことを延々と垂れ流している、極めて残念な人々のようにしか見えません。
但しその一方で、輸入関連産業では確かに厳しい局面ではありますので、そこは政治が何らかの補完をする政策を施す必要があると考えますが、残念ながら現在の岸田政権にそれらを期待するのは極めて難しいようです。
高橋洋一氏ではありませんが、国債発行を「将来へのつけ回し」などと言い換え、何かあるとすぐ増税をちらつかせる、Z(財務省)の罠にどっぷり嵌まっている岸田政権には、もはやこうした問題の解決能力はほぼほぼゼロではないかと、ほとんど絶望の日々です。
仰る通り、「マクロとミクロを分けられない」のに「マクロの話をしようとする」
人達がツッコミを喰らい、逆切れし、エコーチェンバーに閉じこもる……
と言う悪循環が多発している様に思います。
ただ、これは「難しい事が分からないなら難しい話をするなって言うのかよ!?
頭が悪い奴は頭が良い奴に大人しく従えってのかよ!?」と言う警戒心や反骨精神が
生じてしまう以上、上記の様な人達が居なくなる事はないと思います。
「俺は頭が良い。だから頭を悪い奴を騙して儲ける♪」なんてタイプの人間も
世の中から居なくならないから、そう言った警戒心や反骨精神は必要ですしね。
人間はどうしても頭の良い側と頭の悪い側に分かれる。
ましてや大局的な視野なんて物を持てる人間は限られる。
それを現実として受け入れられない人達、諦められない人達は
不満を叫びたくなるし、そう言った人達を利用する商売も成り立つ。
”悪い円安”のみならず、”何かしらそれっぽい理屈”がはびこってしまうのは
それが原因だと思います。人間、そう簡単に割り切れない。
雪だんご 様
コメント有り難うございます。
人間はどうしても頭の良い側と頭の悪い側に分かれる。>
ましてや大局的な視野なんて物を持てる人間は限られる。>
確かに仰る通りです。一般的にいって、市井の人々個々の能力には限りはありますし、それを責めるつもりで述べたものではありません。言葉足らずであったかもしれませんが、私が「極めて残念な人々」と名指ししたのは、そういった一般の人々ではなく、いわゆる世に言う専門家と呼ばれる人々の事なのです。
いわゆる経済アナリストとか、おかしな大学教授だとか、財務省や日銀の官僚とか、その他諸々の専門職にあると思われる輩の多くが、どれだけ誤った思い込みや自己保身のための、いい加減な情報を垂れ流しているかを、指摘したつもりです。
但し、そうした「悪意ある情報操作」などに抗うためには、我々一般人の側でも、それなりのリテラシーは身につけておく必要はあろうかと考えます。そのためにはどうしたらいいか、それは我々個々の一般人にもそれなりの覚悟は求められているものなのだろうと、ひしひしと感じている今日この頃です。
>責めるつもりで述べたものではありません
>「極めて残念な人々」はいい加減な”専門家”の事
はい、そうだと理解しております。騙されてしまう側に非がない訳では
ないですが、騙す側が悪いのは現代日本では当たり前ですからね。
結局は自己防衛が必要、その為に「知は力なり」と学習に励む。
世の中に振り回される確率を下げ、幸福になる確率を上げたかったら、
自分なりの努力が必要……と毎日思い知らされます。
そんなに多くない変数を入力した上で
通貨安と通貨高のどっちが利益になるかをぱぱっと示せたら
ノーベル賞ものかな
大規模為替介入で
輸出関連企業の業績はドッスンするかもだ
老後資金をニーサに託してる人は
早めに引き上げたほうがいいかもしれない
横合いから失礼します。
「かも」、いっぱいお持ちのようで?
お裾分けいただければと思います。
鴨南蛮食いたいので……
この表だと、ロシアルーブルと人民元の「実力向上」がすごいってこと??
どなたか教えてください。
・「円の実力」は過去最低 64カ国・地域で最大の下落
G20加盟メンバーの中でも日本円の実力低下が目立つ
https://mainichi.jp/graphs/20240624/mpj/00m/020/015000f/20240623k0000m020102000p
>KNさま
毎日新聞はそう言いたいのでしょう。
ただ比較が2000年と2024年というのが、微妙な感じです。2000年はプーチン就任年なので、ロシアは混乱の最中でした。アメリカはドットコムバブルのころで、日本は98年の山一、拓銀破綻の直後。中国は発展の初期段階で北京五輪前。都合のよいデータを持ってきたな、という感想です。
また、「実力」という言葉も曖昧です。なぜ実効為替レートなのか。単に物を海外から買うなら単純レートが実力を示します。また、新宿会計士殿が記事にする、取引シェアや外貨準備も「実力」の一つです。
実力が簡単に分かるなら、それを元に為替取引すれば、大儲けできます。毎日新聞は確かな情報でしょうから、KNさまにはルーブルの購入を強くおすすめします。なんて冗談ですが、個人的な感想として、円安になると金融機関が外貨を勧める割合が高いような気がします。
「政策金利の違いを鑑みないドル換算での比較」に意味があるとは思えないんですよね。
特に、人民元の相場プロセスは市場原理によらない(通貨当局の思惑次第)のですしね。
*添付された毎日の記事。数字の切り取り具合が【侮日テイスト】ですね。