テレビ広告費の減少が止まりません。こうしたなかで、テレビ業界関係者からは、「視聴率をどうやって高めるか」、「TVerの再生回数をどう上げるか」などの議論は聞こえてきますが、テレビ全体をどう盛り立てるための方策という議論が、ほとんど聞こえてこないのです。こうしたなかで、テレビ業界および総務省関係者の認識の甘さを示す表現があるとしたら、それは「死の谷」かもしれません。
目次
広告費の推移
以前の『最新版「日本の広告費」から見える新聞・テレビの危機』を筆頭に、これまでに何度となく取り上げてきたもののひとつが、「新聞、テレビの広告収入の激減」という話題です。
これは、株式会社電通が公表した2023年版の『日本の広告費』のデータによると、ネット広告費が急伸する一方で、オールドメディア(とくに新聞とテレビ)の広告費が順調に減り続けている、というものです。
これまでくどいほど紹介してきたのが、広告費の推移に関するグラフです。マスコミ4媒体の広告費とネット広告費を対比させたものが図表1、マスコミ・ネット・PMの総広告費を合計したものが図表2です。
図表1 広告費の推移(ネットvsマスコミ4媒体)
(【出所】株式会社電通『日本の広告費』および当ウェブサイト読者「埼玉県民」様提供データをもとに作成)
図表2 広告費の推移(ネット、マスコミ4媒体、PM)
(【出所】株式会社電通『日本の広告費』および当ウェブサイト読者「埼玉県民」様提供データをもとに作成)
広告費自体が伸びているのに…新聞、テレビはマイナス
この株式会社電通のデータをどこまで信頼するかについては議論はあるかもしれませんが、とりあえず、取り急ぎ、本稿ではこれについて、正しいものという前提を置いて議論していきます。
これらの図表から判明する、「新聞、テレビのヤバさ」とは、いったいなにか――。
それは、「日本の広告費自体は伸びているにもかかわらず、新聞、テレビに関してはマイナス成長に陥ちっている」からです。
具体的には、前年と比較し、総広告費自体が3%ほど伸びているにも関わらず、マスコミ4媒体広告費は2兆3161億円で、前年と比べて3.4%も落ち込んでいます。減少率の内訳はテレビが3.7%、新聞が5%でした(※意外なことに雑誌やラジオは前年比で伸びているようです)。
また、データがある最も古い2000年、マスコミ4媒体広告費の合計は3兆9707億円、すなわち約4兆円に達していたことを思い出しておくと、やはり驚かざるを得ません。2000年と対比した「減少率」は、じつに41.7%(!)にも達しているからです。
「死の谷」という用語に見る彼らの認識の甘さ
このあたり、新聞もテレビも、経営が徐々に干上がってきている、というわけですが、こうしたなかで、思わずこうつぶやきたくなる記事がありました。
「そうじゃないんだよなぁ…」。
その記事が、これです。
視聴率急落で「死の谷」にはまったテレビ局の苦悩 激減するテレビCM収入をどう補う?
―――2024/04/15 05:51付 Yahoo!ニュースより【東洋経済オンライン配信】
これは東洋経済オンラインが15日付で配信した記事ですが、テレビ広告費の減少に直面しているテレビ業界が、そのテレビ広告費の減少を補う手段として、TVerなどのウェブ配信に活路を見出そうとしているものの、テレビ広告費の減少をまったく補えていない、などとするものです。
記事によれば、表題にある「死の谷」とは、TVerの収入がテレビ広告の収入減を補えるようになるまでの期間のことだそうで、「テレビ局や総務省関係者が」、そう呼称しているのだそうです。
個人的に、驚くポイントは2つあります。
1つ目はやはり、総務省関係者はテレビ業界の退勢を気にしていた、ということであり、2つ目は「死の谷」という表現に隠された「いずれ広告収入は回復するだろう」という含意です。
そもそも、この「谷」という表現自体が、テレビ業界・総務省界隈関係者の認識の甘さを示しているのではないでしょうか。というのも、個人的な見立てでは、さすがにテレビのネット配信収入が、地上波のこれまでの広告収入を補うまでには至らないと見ているからです。
記事によると、広告収入の減少を受け、各テレビ局は視聴率を高めようと必死になっているのだそうであり、たとえば「その視聴率をめぐり、並々ならぬ闘志を燃やしているのがテレビ朝日だ」、などと記載されているのですが、この記述も理解に苦しみます。
どこかのテレビ局が視聴率競争で勝ち抜いたとすれば、他の局が視聴率競争で敗ける、ということです。テレビ業界全体のパイが拡大していないことが問題点だということに、テレビ業界の人たちは気付いていないのでしょうか?
視聴率を追うなら高齢者に特化するしかない
ちなみに記事によると、あるキー局の関係者は、テレビ朝日が視聴率競争で日本テレビに勝利したことに関し、こう述べるのだそうです。
「テレ朝の視聴率が高いのは高齢者の視聴割合が高いから。在宅時間の長い高齢者はテレビの視聴時間も長い」。
ここに、すべての答えが示されています。
もしも視聴率競争に勝ちたければ、いまやテレビの最重要顧客となった高齢者層に徹底的に合わせた番組作りをする必要があります。しかし、高齢者層に合わせた番組作りをしていれば、若年層がますますテレビを見なくなります。
記事によると現在、たとえば日本テレビなどは13歳~49歳の男女の視聴率を「コアターゲット」視聴率として重視する「コアMAX戦略」を明確に打ち出し、実際にこの「コアターゲット」の全日視聴率では日テレがテレ朝にダブルスコアで勝っているのだとか。
これについて東洋経済は、こう述べます。
「テレビ朝日の視聴者層が高齢者に偏っていることが読み取れる」。
「広告主としては当然、自社の商品・サービスのターゲット層の視聴率が高い枠に、重点的にテレビCMを出稿したいという思惑が働く」。
残念ながら、議論は周回遅れもほどがあります。
すでに世の中は視聴「率」ではなく、動画再生「回数」にシフトしつつあり、広告もたとえばYouTubeなどのように、年齢、性別だけでなく、その視聴者個人の関心事に合わせて表示されるのが一般化しつつあるからです。
ちなみに当ウェブサイトもウェブ広告配信サービスを使用していますが、このサービスはページにアクセスする個々の読者の属性に合わせて、広告配信業者が勝手に選んでいます(選挙が近づくと当ウェブサイトに立憲民主党の広告が表示されたりする理由もわかっていただけると思います)。
「テレビ業界全体をどうするのか」の議論が見えてこない
いずれにせよ、この記事に掲載されているテレビ局の収入に関する議論を読んでいると、いろいろと周回遅れです。テレビ業界において「他局に勝つこと」が重視されていることはわかるのですが、肝心の「テレビ業界全体の収入をどう盛り上げていくのか」に関する議論が見えてこないからです。
そのことが尽くされているのが、こんな記述ではないでしょうか。
「ただ、TVerなどの配信広告費は拡大しているとはいえ、テレビ広告費の急速な縮小にはまったく追いついていないのが実情だ」。
このTVerに関する議論で完全に抜けている視点は、TVerは「他局との競争」であるだけでなく、「地上波とそれ以外のコンテンツとの競争である」、というものだと思うのです。
東洋経済はこう述べます。
「視聴率とTVerの再生回数という二兎を追い、死の谷を越えられるのか。厳しい戦いになるのは間違いなさそうだ」。
そもそも「視聴率とTVerの再生回数」は、どちらも追いかけるテーマとして適切なのでしょうか。
あえてテレビ局の視点に立つのであれば、そもそも今まで政治的に偏向しまくった報道番組を含め、不正確な報道を続けてきたことを反省することではないでしょうか。
このあたり、たとえばテレビ朝日の場合だと、持分法適用関連会社の東映や系列局の朝日放送などとあわせて、「日本版ディズニー」を目指すだけのポテンシャルを備えていることも間違いありません。
もし本気で会社としての生き残りを図るなら、いっそのことかつて某外資系ファンドが提案したとおり、コストがかさむ地上波テレビの放送免許を総務省に返上し、コンテンツビジネスに特化する、といった思い切った戦略を取っても良いかもしれません(『米系投資ファンド「日本の地上波テレビに将来性なし」』等参照)。
いずれにせよ、テレビ業界から「将来の生き残り」をどうするか、などに関しての方針が見えてこないなかで、テレビ業界がそれこそ「座して死を待つ」のか、それとも思い切って変革を選ぶのかについては、注目する価値があるテーマのひとつかもしれません(といっても、結論はある程度見えていますが…)。
View Comments (18)
>認識の甘さ
いやあ、甘い甘い。
TVerでは、30年前のドラマを倉庫から引っ張り出して来て流しているが、これ見ると、良いドラマは少ない。
後は、芸人かき集めたバラエティーばかり。
ホント、延命も出来ないのではないか。
芸人番組、こんなのにスポンサードしていると、その企業のイメージ下がるのではないか?
>TVerの収入がテレビ広告の収入減を補えるようになるまでの期間を、テレビ局や総務省関係者らは「死の谷」と呼んでいる。
そういう「設定」なのでしょうね。でないと、「じゃあどうするんだよ」という答えのない問いに答えなきゃならなくなる。谷が海岸段丘でないといいですね。
TVerは広告費運営だそうで。広告費の流れをYoutubeから我が手に、というところでしょうか。
といっても、ネット視聴者の限られた視聴時間をYoutubeなどと分け合い、視聴回数で番組の質を評価されることには変わりなく。
そして広告単価をyoutubeよりもそれほど高く設定できるとも思えず。
Youtubeの広告費レベルで今のTV番組制作の体制維持費が捻出できるのでしょうか。
縮小均衡を目指すなら番組の質の低下は避けられず。明るい未来が見えてこないです。
>番組の質の低下は避けられず
今でも、小学校の学芸会レベルの番組なのに、これ以上下がる余地がある?
谷w 崖だよね。それも崖っぷちじゃなくて落ちて次々副業のという木の枝に引っ掛かって、すわ!延命かと思うと枝折れてまた落ちて・・・
東洋経済オンライン配信の元記事、4ページもあって断念したw
スポンサーは番組の内容に口を出さないと言いつつも、偏向や捏造の番組が続けば、当然その番組に協賛しているスポンサーに「どういうことか」と文句が行くことは想像できそうです。
特にネットが発達して、気軽に企業に問合せできる世の中になりましたし、株主総会でも企業に対して物言う株主が増えたように思います。
トヨタが自社広告にシフトしたのもその流れでしょう。
そういう事を置いといて、谷だ何だと夢見ているのは笑えますね。上の方も書いてますが、二度と登れない「崖」じゃないかと思います。
最終的に、公費で救済する事だけは無いように(NHKが肩代わりも含め)して欲しいものです。
「滝」かもしれないですね。流れの前になす術なしというか。。
「崖」ならファイト一発超人的なスキルがあれば登れる可能性も0ではないが、期待薄でしょうね。
テレビの凋落はネットよりずっと前にありました。
テレビゲームです。
今コンテンツ産業は時間の奪い合いです。
テレビ、ねっと、ゲーム、スマホ、漫画と個人の有限の時間を誰が手に入れるか?の競争です。
他局との競争の認識は甘過ぎです。
しかも、ゲームも漫画も新しく作られるもの以外に過去の名作との競争もあります。
で、テレビの凋落が始まったとき真っ先にうった手が“制作費の削減”という、悪手です。
金をかけずにアイデアさえあれば面白い番組が出来るというのは勝手な幻想。
金払いの悪いとこに優秀なクリエイターが集まるはずもなく、逃げていくばかり。
逃げた優秀なクリエイターがYouTubeに行って競争相手を強化する皮肉。
金があるうちに、テレビ局社員の給料をまもらず、制作費をケチらなければ、もう少し長生きできたかも。
泥舟になった業界が巻き返すのは難しいので、こかからどう巻き返すのか楽しみです。
自分の考えでは経費削減で、番組を朝5時から夜11時くらいに減らすのがいいのでは。と考えます。
当方50代、仏具店に勤務しています。
コアになる顧客の世代は70代以上、そしてそこに付き添う私と同世代、50代の方ですが、来店動機を聞くと、50代の付き添い、50代の方がネットで調べて知ったと言う方が意外に多い。他新聞広告やTV広告でと言う方もいますが、お聞きすると複合的に確認されている感じです。(ネットで50代の方が調べて、70代の方がそういえばと言って新聞広告を出してきた、とか。)
私の周辺も、まずスマホを取り出してネットで調べる、と言う人が多いし、TVを当てに情報を集める人は、世代があと二回りもしたら殆どいなくなるんじゃ無いかなーと感じてます。
まぁ、素人の感想なんですか。
地方の系列局を切り捨てれば、キー局だけが生き残ることは可能でしょう。それこそ開局時からの膨大なコンテンツのストックがあるわけですから。
ネット配信なら最初から全国に配信できるから、再送信しているだけの地方の系列局に広告料の分け前を払う必要はないし、昔の番組の再利用 (再放送) なら制作費はゼロだから、広告料が安くても問題ないでしょう。
それではなぜ、地方の系列局を切り捨てられないのか?ですね。考えられる一番の理由は 「地方局には、キー局の親会社である新聞社が出資していることが多いから」 でしょうか? 「メディアの集中排除」 の原則から、キー局が地方局に直接出資することは制限されているものの、キー局の親会社である新聞社が出資しているというパターンはメチャクチャ多いですからね。
Wikipediaで調べるだけでも、朝日新聞社や読売新聞社が、ほぼ全国の自社系列局に出資していることがわかります。
水を差す様で申し訳ないですが、メディアに差し迫った危機感はまだないと思います。
理由は株と不動産です。
TBSホールディングスはよく「赤坂不動産」と揶揄されていますが、嘗ての子会社だった東京エレクトロンの恩恵もあります。
フジ・メディア・ホールディングスは「お台場不動産」と揶揄される事もあり、実際にサンケイビルという不動産子会社を持っています。
サンケイビルは、三井系で北海道炭礦汽船の子会社だった北海道不動産の流れを汲むグランビスタホテル&リゾート(旧三井観光開発)を平成27年4月に子会社化にするなどリゾート開発にも積極的であり、凋落する兄弟会社のフジテレビジョンの穴埋めをしている様にも見えます。
ただ、株にしても不動産にしても限度がありますから、此の儘の状況が続けば、ゆっくりと凋落していく事になるでしょう。
ただでさえバ、ラエティ番組が内輪だけで盛り上がっている感が強くなり、スポーツ中継もその傾向が強くなっています。
制作費をケチる為に、BSは某国のドラマを垂れ流すか、刑事もの、或いはサスペンスもののドラマの再放送ばかりです。
CMも地上波以上に絶望的で、通販系のCMばかりが垂れ流されています。
此がテレビというコンテンツが廃れていく理由の一つであり、企業が広告を出し渋る原因ではないかと思います。
勿論、悪質な偏向報道や印象操作のも原因がある事も付け加えておきます。
これは予想ですが、いよいよ新聞やテレビ業界の存続が危うくなった時
「 メディア主権 」
という言葉が登場すると思います。
既に本文だけでなく多くの方々がコメントされている様に、私も
「死の谷?随分甘い認識ですね。むしろ断崖絶壁を落ちている最中では?」
と思ったものですが……一応、テレビ業界側ではこう表現したくなる理由もあるでしょうね。
「死の谷でも悲鳴を上げているのに、断崖絶壁だったら助かる訳ないだろ。
できる事をやって、後は断崖絶壁ではない事を祈るしかないじゃないか。
”お前はもう助からないんだよ、ざまあ”と言われたってアドバイスにはならないぞ?」
こういう心境なら、一応理解はできます。冷笑と共に。