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虚報で損害与え「はいごめんなさい」では済まされない

マスコミ各社はこれまで「第四の権力」を自称してきたフシがありますが、これは新聞、テレビ、雑誌といったメディアの社会的影響力の大きさの証拠でもあります。ただ、仮にメディアが流した情報が虚報だったとして、「ウソでした、はい、ごめんなさい」で数百万円の損害賠償を払ってお終い、というのは、さすがにおかしな話です。報じられた側はそれにより実損害が生じているからです。

政治家の不正などを報じる権利はあるが…

マスコミは、第四の権力である」。

こんな一文をを目にしたことがある、という方は多いでしょう。

実際、現代社会では、情報は大変大きな力を持っています。

ここで「マスコミ」といえば、新聞やテレビを思い出す方も多いでしょうが、それだけではありません。雑誌(週刊誌など)も、ときとして非常に大きな社会的影響力を持ちます。

こうした文脈で考えておきたいのが、政治家であったり、芸能人であったり、あるいはスポーツ選手であったり、といった著名人に対するスキャンダル報道の在り方でしょう。

この点、日本は民主主義国家であり、とりわけ政治家や政党などに対する批評というものは、かなり広く認められていますし、認められなければなりません。当然、政治家や政党の不祥事に対しても、私たち国民には自由に批判する権利がありますし、むしろ積極的にそうやっていかねばなりません。

これにはたとえば明らかな不正も含まれますし、また、どこかの野党のように、自民党の不祥事はやたらと舌鋒鋭く追及するわりに、自分たちが似たようなことをダンマリを決め込む(『立憲民主党巡る「二重基準とフィリバスター」の悪循環』等参照)などの姿勢も、やはり批判に値するものでしょう。

立憲民主党議員は有権者の支持が得られないからこそ国会フィリバスターのような極端な戦術を取るのかもしれませんが、それをやることでますます一般有権者の支持が離れていく、という悪循環が生じているのではないでしょうか。その結果が、2012年の下野以降、大型国政選挙などで勝てなくなってしまったという実態ではないかと思う次第です。「立憲民主党・山井和則議員がフィリバスター」=産経自民党の「裏金疑惑」を追及する、などと称し、国会で茶番(?)が続いているようです。産経ニュースの次の記事によると、1日の国会・衆院...
立憲民主党巡る「二重基準とフィリバスター」の悪循環 - 新宿会計士の政治経済評論

民主的に選ばれた政治家を暴力で排除することは許されない

ただ、こうした批判の権利が、本当に幅広く認められるものであるかどうかについては、ちょっと留保が必要です。

たとえば、政治家が相手であっても、事実に基づかない内容で誹謗中傷することができるかといえば、そこは微妙でしょうし、ましてや民主的に選ばれた政治家を暴力で排除することは、絶対に許されるものではありません。

「アベを倒せ」と叫んだり、安倍晋三総理大臣を模したゴムマスクをトラックで轢くパフォーマンスを行ったり、あるいは「うそつきは安倍晋三の始まり」などとする横断幕を掲げて街頭を練り歩く行為は、明らかに言論の自由の範囲外です。

すなわち、政治家に対する批評自体は、本来ならば広く認められるべきではあるにせよ、事実に基づかない誹謗中傷、さらには政治家に対して不当な危害を加えることを呼び掛けるような行為は、認められてはなりません。そんな行為は言論の自由の範疇外なのです。

性加害疑惑①客観的証拠もなしに報じられた芸能人の場合

こうしたなかで、さらに問題があるのは、こうした政治家に対する誹謗中傷じみた報道が罷り通っていて、なかには芸能人やスポーツ選手などに対しても、やはり事実に基づかないのではないかと懸念される報道は、かなり気になる点です。

昨日の『性加害問題には「客観的な証拠なし」=文芸春秋総局長』でも取り上げたとおり、著名タレントが女性に対し性加害を行ったとされる報道を巡り、文芸春秋の総局長がその報道の根拠について、次のように述べたようなのです。

彼女の証言だけで、客観的なそれを裏付ける証拠もないわけですよね。それで被害届を出して警察で事件にできるかと言うと、不可能」。

『うちのこの記事に書いてるこれ、事件化できますか?』って聞いてみましたが、『100%無理ですよ。絶対ならないよ』って、やっぱり言われてしまうんですよ」。

刑事事件として立件しようと思うと、本当に強制したと、合意じゃないのに無理やりやったということを裏付けるような客観的な証拠、音声なのか、写真なのか、しかも性行為をされてしまったということを裏付けるような証拠が必要なわけで、それをそろえるというのは基本的には非常に難しい」。

言い換えれば、そこにあるのは「被害者の証言」だけであり、それを裏付ける証拠がない、ということです。

虚報で相手に損害を与えて「はい、ごめんなさい」で済ませられるのか

よくそんな状況で報じようと思ったものです。

一般にある人の犯罪や不法行為が認定されるためには、ちゃんとした証拠(この場合は物証やそれに類する確たる証拠)を出してくることが必要ですし、それが出て来ていない以上は、単なる「一方的な言い分」に過ぎません。

しかも、もしこれで芸能人の側がメディアを訴えたとしても、現在の法制度では、名誉棄損が認められたとしても、せいぜい数十万円から数百万円レベルの賠償機を支払ってお終いです。新聞、テレビ、雑誌といったメディアは、裁判所から不当に守られているフシがあるからです。

もちろん、言論の自由は最大限尊重されるべきであるとする点は、私たちが暮らすこの社会のコンセンサスのようなものですが、それと同時に「言論の自由」をかさにきて、自分たちは絶対に安全な場所から相手を攻撃するような行為は、いかがなものでしょうか。

正直、今回の芸能人の性加害疑惑を巡っては、芸能人側の言い分が正しいのか、「被害者(?)」の側の言い分が正しいのかについては、私たち第三者には判断を付けることはできません。

ただ、万が一、これが虚報だったとしたときには、それを報じたメディアが経営破綻するくらいの額の懲罰的な賠償金を支払うことを義務付けるような社会慣行があっても良いのではないでしょうか。

その理由は、現実に雑誌の報道により、芸能人の社会的な評価が下がり、最悪のケースは芸能人生命が絶たれるかもしれないからです。

報じられた側に芸能人としての生命を終わらせるほどの打撃を生じさせておきながら、それが事実でなかったときには「『はい、ごめんなさい』で数百万円の罰金を支払っておしまい」、では、さすがに社会的な公平性が確保できません。

サッカー選手「2億円賠償」

こうしたなかで、ちょっと注目しておく価値がありそうな論点のひとつが、『サッカー選手を告発した女性が虚偽の住所記載か=報道』などでも取り上げた、サッカー選手の「2億円賠償」という話題でしょう。

え?メディアが「事実を見抜くプロ」!?サッカー選手が女性を相手取って2億円の損害賠償を求めた訴訟を起こした件で、ひとつはサッカー選手から性的加害を受けたと主張する女性が告訴状に書いた住所が虚偽だった疑いが生じているようです。また、これを巡ってとある弁護士の方はメディアを「事実を見抜くプロ」などとしたうえで、「取材源とメディアを分断させる戦略が見え隠れ」し、「今後の同種の市民活動を萎縮させる懸念がある」、などと述べたそうです。サッカー選手が女性を相手取って訴訟を起こした理由『サッカー選手が損害...
サッカー選手を告発した女性が虚偽の住所記載か=報道 - 新宿会計士の政治経済評論

事件の経緯を改めて振り返っておくと、こうです。

ウェブ評論サイト『デイリー新潮』が今年1月31日付で、アジアカップでサッカー日本代表を務めていた選手を巡る「性加害疑惑」を報道しました。

これは、この選手が2023年6月21日未明、Aさんら2人の女性を酒に酔わせたうえで、この選手が宿泊していた大阪のホテルに連れ込み、性的な加害を行ったとして、Aさんらがこの選手を刑事告発していたことがわかった、などとするものです。

しかし、これに対してサッカー選手側は2月19日、この2人を相手取り、「虚偽の告発をされた」として、約2億円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしました。

ちなみにこの約2億円という金額は、同選手が報道によって受けた、たとえばスポンサー契約解除などの実損害に基づいて算出されたもので、「まったくの虚偽の主張をアジアカップという大事な試合中に行ったという点で極めて悪質」であるとしつつ、今後の増額も視野に入れている、としています。

性的な加害行為があったとする女性側と、事実無根であるとするサッカー選手側、このどちらの主張が正しいのかについては、残念ながら、当ウェブサイトにおいて断定することは困難です。

しかし、もし仮に――あくまでも「仮に」、ですが――、今回の女性側の告発が虚偽のものだったとして、そのような虚偽の告発や報道に基づいて相手に損害を与えた場合、その損害を回復する責任を負うのは当然のことでもありますが、それだけではありません。

これは個人的意見ですが、やはり、何らかの損害を与えたのであれば、その損害を回復するだけではなく、何らかの懲罰的な賠償の責任を負わせる仕組みは必要ではないでしょうか。

ちなみにサッカー選手はこの告発を報じた新潮社を訴えたわけではなく、実際、デイリー新潮の記事もサッカー選手が「有罪」であるかのごとく断定するようなものではないため、ありとあらゆる場面において、メディアの責任が生じる、というものではないのかもしれません。

ただ、新聞、テレビほどではないかもしれないにせよ、週刊誌などのメディアには拡散力、社会的影響力が相応にあります。

とりわけインターネット時代を迎え、一部のメディアはさらに影響力を増しているフシもありますので、このあたりのルールの整備は急務ではないでしょうか。

「僕は最初から巻き込まれたと思っています」

さて、こうしたなかで、このサッカー選手を巡って、この選手の元マネージャーだったX氏と、サッカー選手を訴えたA子さん、B子さんの関係についての記事が出て来ています。

●●●●「僕は巻き込まれた…代表離脱は納得できません」苦しい胸中を独占告白…元マネージャーXも“刑事告訴”で見えてきた事件の全貌

―――2024/03/06 06:03付 Yahoo!ニュースより【SmartFLASH配信】【※「●●●●」部分には選手の実名が入る】

記事を配信したのは、光文社の雑誌『フラッシュ』のウェブ版です。

X氏の証言の内容について、当ウェブサイトで事細かく取り上げることはしませんが、『スマートフラッシュ』の記事の中ではA子さん、B子さんは「タレント」と記載されており、また、『スマートフラッシュ』の取材に対し、選手本人は代理人弁護士を通じてこう答えた、などと記載されています。

僕は最初から巻き込まれたと思っています。自分に非がないことはわかっているので、代表を外されたとき、正直納得できませんでした。嫌疑がなかったことをしっかりと証明し、今後も皆さんに応援してもらえるように頑張ります」。

この発言が、すべてでしょう。

あまり一方の発言に肩入れすることは控えたいと思いますが、このサッカー選手にはサッカーの実力と関係のないところで「代表を外される」という被害を受けているわけですから、もしも性加害告発が虚偽だったとすれば、女性の側に明らかな不法行為が成り立ちそうです。

もちろん、実際の訴訟で「2億円賠償」が認められるかどうかはわかりませんし、日本の司法のことですから、和解勧告が出されたり、判決に持ち込んでもせいぜい数百万円レベルにまで賠償金が減額させられたりするのが関の山ではないかと思います。

しかし、報道や虚偽告発などに対し、決して「泣き寝入り」をしないという姿勢は非常に重要です。

こうした観点からは、芸能人、スポーツ選手、あるいは政治家などを巡る報道の在り方については、新たな社会的コンセンサスが出来上がってくるのかどうかにも注目したいところだと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (15)

  • 「報道が言論が委縮するぅ、きぃー」

    雑誌編集部、新聞編集部から金切り声が聞こえて来そうです。想定内で驚くべきことではありません。

    • 毎度、ばかばかしいお話を。
      オールドメディア:「報道や言論が委縮しないように、現実が合わせなければならない」
      これって、笑い話ですよね。

    •  >報道が言論が委縮するぅ、きぃー

       「書いたらその社は終わりだから発言」にビビって地方局に先を越された中央マスゴミがよく被害者面出来るモノですね。

  • すべて綿密に取材して確実だと判断したから報道している
    「はず」
    なのですから、虚報や誤報についてペナルティを課すことに、今の大手マスメディアが反対する理由はない
    「はず」
    ですよね。

    王手飛車取り、みたいな展開ですね。

    まあ、王手(賠償金支払い)が嫌だから、飛車(真実のみ報道してるという建前)を切り捨てるしかないのですが。

    コミュニティノートについてもそうですね。
    嫌がるのは、嘘とか取材不足だから。
    しっかり仕事してたらなんにも困らないのに。

    • 狙うは、編集長の首か、それとも社長の首か。王手飛車取りとはそうゆう意味ですね。

  • 毎度、ばかばかしいお話を。
    オールドメディア:「虚報で損害を与えても、「はいごめんなさい」で済まされるから、第四の、そして最大の権力である」
    まあ、オールドメディアにとって重要なのはファクトより数字ですから。
    蛇足ですが、オールドメディアは、(国内、国外を問わず)オールドメディアを無視でき、あるいは反撃できる存在に弱いのではないでしょうか。

    • 素朴な疑問ですけど、(どこからかは分かりませんが)もし今、オールドメディアへの弾圧(?)があった場合、自身の危険を覚悟して、オールドメディアに味方しようとする(オールドメディア関係者以外の)日本市民がどれだけいるでしょうか。

  • 「第四の権力」が許されているのは、「力こそ正義」と言う考えが根底にあるからでしょう。共産主義は隠す事なく力を誇示しますが、民主主義だってオブラートにつつんでいるものの力こそ正義を示してます。

    正義ってのは人によって異なるものなのに、これを根拠に俺の正義こそ正しいと言うのですから、そりゃ摩擦が起こります。摩擦が起これば話し合いでと言った所で結論は出ません。正義対正義の戦いなんですから、正義のためならなんでもありルールはありません。

  • 自称調査報道で相手しているだれであれ不名誉な告発記事書くなら、せめて記名記事にして文責の所在はっきりさせろと。

    マス媒体使って発信しているのに匿名は無いでしょ?
    取材現の保護や言論の自由ては全く異なる次元でダメではないかな?

    確証とれないなら記事や番組にしてはならない。
    物証ないのにいとー山事件なんか判例にならない。
    まして「〜で見たんですけど〜」や「〜と聞きました」で記者会見の質問するな。

  • そういえば、慰安婦報道も証言だけで 裏取りしてなかったですよね。
    おそらく、日本の報道機関にとって事実とか他人の名誉とかはなんの価値もないのかもしれませんね。

  • 議員は選挙で選ばれた国民の代表ですが、マスコミの方々は選挙で選ばれたわけでは無い。
    議員は問題が有れば、次の選挙で落ちることもあるし、立候補の公認が得られない等がある。
    しかし、マスコミの方々は問題が有ったとして、ペナルティーを受けているようには見えない。
    マスコミは別に国民の代表では無いのに、国民を代表していると思い違いをしているのが問題の根源にあるのでしょう。

  • マスコミに言論の自由を委縮させないまま言論の責任を取らせる方法として、
    「記事ごとに文責を明文化させる」を提案したい。
    この場合、文責をペンネームあるいは「〇〇記者」などとした場合は
    「この記事の責任者は実名を明らかにしていません。信憑性は自己判断してください」
    と赤字で冒頭に注意書きさせるのを法律で義務付ける。

    もちろん、匿名の記事が無価値だと言っている訳ではありません。
    「実名を堂々と使っているのなら、間違った時の責任を取る気があるのだろう」と
    判断できますし、匿名記事の場合は「内容をしっかり確認してから判断しよう」と
    読者側に考える癖がつくと言う事です。

    まあ、これは読者側にとってのメリットであって、マスコミ側には
    「新たな責任を背負わされるか、自分達の記事の説得力を落とすかの二択」と言う
    デメリットしかないので、全力で抵抗されるでしょうけど……

  • 確固とした裏付け無しでの対象を貶めるような報道、虚報は反社組織の嫌がらせと変わらんのよね

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