『ヤフコメ』にもときどき、興味深い指摘があります。そのひとつが、「サンクコスト(埋没原価)」です。これは、「今まで払った犠牲やコストが大きすぎて、現時点の意思決定がゆがめられること」です。そして、ロシアによるウクライナ侵攻は、じつはこの「サンクコストの呪い」という概念で理解できるのかもしれません。
篠田氏のロングセラー『戦争の地政学』
大手ウェブ評論サイト『現代ビジネス』が日曜日、こんな記事を配信しました。
ロシアがウクライナを攻撃し続けるシンプルな理由…プーチンが「本気で思い込んでいること」
―――2023/12/17 08:18付 Yahoo!ニュースより【現代ビジネス配信】
記事は講談社現代新書編集部が執筆したもので、国際政治学者の篠田英朗氏が今年3月に出版し、5刷のロングセラーとなっている講談社現代新書『戦争の地政学』の概略を改めて紹介するものです。
【参考】『戦争の地政学』
記事のリード文には、こうあります。
「なぜ戦争が起きるのか?地理的条件は世界をどう動かしてきたのか?/『そもそも』『なぜ』から根本的に問いなおす地政学の入門書『戦争の地政学』が重版を重ね、5刷のロングセラーになっている」。
なぜこれがロングセラーになっているのかといえば、想像するに、圧倒的な軍事力を持っているはずのロシアがウクライナに侵攻したまでは良かったものの、「2日間で片が付く」との大方の予想を裏切り、2年近くかかってもウクライナが陥落しないからではないでしょうか。
ちなみにアマゾンの商品紹介のページには、こんな文章が掲載されています。
「一般に地政学と呼ばれているものには、二つの全く異なる伝統がある。『英米系地政学』と『大陸系地政学』と呼ばれている伝統だ。<中略>たとえば海を重視する英米系地政学は、分散的に存在する独立主体のネットワーク型の結びつきを重視する戦略に行きつく。陸を重視する大陸系地政学は、圏域思想をその特徴とし、影響が及ぶ範囲の確保と拡張にこだわる」。
おもに現実世界の紛争問題や国際平和活動の分析を続けてきた篠田氏らしい着眼点です。正直、現代ビジネスの配信記事自体は非常に短いものですが、篠田氏の著書自体は読む価値がありそうです。
ヤフコメの指摘
もっとも、本稿でこの現代ビジネスの記事を取り上げた意図は、もうひとつあります。
それが、「ヤフコメ」です。
読者コメント数は日曜日午前9時過ぎ時点で20件少々であり、『Yahoo!ニュース』にしては少ない気はしますが、これは記事が掲載されたのが日曜日の朝であり、かつ、テーマとしてもかなり高度なものであるという事情もあるのかもしれません。
しかし、これだけでも一般の人々の記事に対する感想を垣間見ることができます。
やはりロシア関連の記事となれば、非常に残念なことに、「プーチン正議論」とでもいえばよいのか、ロシアが大好きな人たちのよくわからないコメントもあるのですが、それはいつものことですので、とりあえずスルーします。
良い意味で「意外」なのは、一般の読者コメントに、非常にレベルが高いものが混在していることです。
そのひとつが、「サンクコスト」の議論でしょう。読者コメントといえども著作物であるので、そのまま引用することは控えますが、とりわけ強烈なのが、こんな趣旨の指摘です。
- ロシアのウラジミル・プーチン大統領が主張している「ウクライナの非ナチ化・非武装化」、「ドンバス等の併合の無条件承認」などの内容は、親ロシア派といわれる中国や南アフリカなどが出した調停案にも1行も含まれていなかった
- このことは、プーチン大統領が親露の友好国ですら相手にしない条件にいつまでも固執していることを意味する。「これまで多大な戦費や犠牲をつぎ込んでしまったからこそ引くに引けない」という意味で、まさにサンクコストの呪い状態だ
- しきりに「歴史」を口にするプーチン氏が過去の歴史の失敗例をそのままなぞっているのは何とも滑稽である
サンクコストとは?
ここでいう「サンクコスト」、日本語では「埋没原価」ともいわれる概念は、わかりやすくいえば、「過去の投資は未来の結果と無関係だ」、というものです。
たとえば、とあるゲーム会社でゲームを開発してきたものの、途中で誰がどう考えても面白くないことに気付き、それでも巨額のコストをすでに投じてしまっている以上、ここで開発を断念したらこれまでに投じたコストが無駄になるため、開発を続けざるを得ない、というエピソードが有名でしょう。
合理的に考えたら、「過去にいくらおカネを使ったか」、「過去にいくら犠牲を払ったか」は、今後の意思決定に無関係です。
これまでにおカネをたくさん使ったから、そのプロジェクトを捨てられない、というのは、冷静に考えたらナンセンスです。
個人的に、ウラジミル・プーチンの行動原理としては、この「サンクコスト」でかなりの程度、説明がつく気がします。
現在のロシアにとっては、ウクライナ戦争を直ちやめるのが正解です。しかし、もしもプーチンらが、これまでに払った犠牲が大きすぎて戦争を止められないとでもいうのであれば、それはまさに「サンクコストの呪い」そのものではないか、などと思う次第です。
View Comments (37)
「コンコルド効果」とも称される事象ですね。
日本の対韓外交にも、同じことが言えると思います。
過去の投資(譲歩)を無駄にしたくないばかりに・・。
中国進出を煽り日本国の針路を誤らせた日本経済新聞社編集部の弁明を聞いてみたいもんです。
言葉を換えれば「損切りできない」企業のジレンマみたいなものでしょうか。中国に投資しすぎて足抜けできない会社のような。
>サンクコスト
埋没原価という、立派な名前を付けるから、さも意味があるように思いがちだが、単に失敗した無駄使い。
単に「損」。
ここで一番見落とすのは、このまま進めば、更に損失を出し続けるということ。決して利益を生み出さないことがはっきりしたのだから。
だから、
>「過去の投資は未来の結果と無関係だ」
ということをしっかり認識することしか無いのだが。
DCFで評価した戦争価値がこれまで投入したコストを上回ると考えているのかもしれません。プーチンが。
「過去の投資は未来の結果と無関係」は正しいのですが
後少し何とかすれば、何とかなると思うのは人間の性です。
その後少しが資金的問題なのか、技術的問題なのか
人的問題なのか、はたまた他の問題なのかは、
未来になってからしか解りません。
(神の思し召しによります)
パチンコなどが好きな人が良く口にしてます。
「こんだけ負けたんだから、あとちょっとで当たりが来るはず。そうしたら取り戻せる」
これを、恋愛ドラマに適用すると、101回目のプロポーズとなりますか?
日露戦争で露のサンクコストは多大だったが奉天で引いた。結果賠償金も払わずにすんだし間もなく倒れるにしろ体制も維持出来た。そして米に満州を手放せと言われた日本はサンクコストに引きずられ破滅した。
三国干渉では、尞東半島から引いてますよね。
(もはや鼻血も出ないほど金がなかったせいですが。)
満州だって、また取り返せばよいとか、返しますと言うだけでダラダラ時間をかけ続けるとか、柔軟で臨機応変に対応すればよかったのにねえ。
クソ真面目なのは、ホメ言葉ではないです。
>もはや鼻血も出ないほど金がなかったせいですが
日露戦争と混同してませんか?
下関条約で遼東半島+賠償金2億両(当時の日本の国家予算の3年分)
遼東半島を返すことで3000万両を追加でもらった。
現代新書編集部が執筆とありますが、ページビューカウントを稼ぐために文章を細切れにし、広告表示領域をよりたくさん拵えて文章を読んでもらうことよりも副収入増を目指した実にセコイあまりにセコイ工作が目についてしまい、当世出版業のみなさんは本当にご苦労さんなことです。
さて、海洋性国家(海軍理論派)陸地性国家(陸軍理論派)の対比に関して、来年1月に執り行われる中華民国総統選挙もその議論を浮かび上がらせることになると当方は考えて来ました。果たして台湾島の住民のみなさんは自らを海洋国家と定義できるでしょうか。
大陸進出をして資本と雇用を流出させてきた台商が埋没原価の償却をどう捉えているのかどうするるつもりなのか。中華民国総統選挙は姿見に映った本邦の未来選択なのかも知れません。
ソ連のアフガニスタン侵攻は10年間にわたり、その間のソ連兵の死者は1万5千人。今次のウクライナ侵攻では、その1/5の期間でロシア側の死者数は一説によると30万人とも。
つまり時間当りの単価に模したら100倍の損失。これを埋没原価と考えたら、ツケを払ってるのはロシア国民。もうこれだけつぎ込んだんだから、元を取るまではともかく頑張ろうなんて、果たして国民が思うものなのか。
プーチンが国民の指導者としての立場で、この埋没原価の現状を考えてるなら、当然もう止めるの一択でしょうね。多分そうじゃないんでしょう。これが国民にバレたら自分のクビが危ない。気付かさないために、言論の締め付け、反対者の抹殺なんかでいくら隠そうとしても、戦争止めたら、復員兵の話などで事実が次々に明るみに出てくる事態は避けようがない。だから、彼としては戦争の継続以外の選択肢はない。そういうことじゃないでしょうか。
第二次世界大戦で、日本はサンクコストのなんてことも何も考えず、欲しがりません勝つまでは、最後の一兵卒なんかなんのその、竹槍で鬼畜米英に勝てると発破をかけ、最後は一億総玉砕、これは勝ち負け関係無し。
本当にサンクコストどころか、国富を使い尽くした。
ロシアで、同じ事を言ったら、どうなるかな?
多くの誤算があったことは間違いないでしょうが、3つあった戦略的目標の内2つは達成されつつあるのですから、現時点でプーチン氏に侵攻を止めるつもりなど毛頭ないでしょうね。しかも、残る一つ ー 親露派政権の樹立は、「あわよくば」以上の位置づけだったとも思えませんし(これが主目的だったとしたら、あんなに簡単にキーウ近郊から兵を引かないはずです)。つまり、プーチン氏から見れば、「多くの誤算があり、良からぬ副作用も起きてしまった(フィンランドなどのNATO加盟など)ものの、全体としては勝利に向かいつつある」ということなのではないかと見ています。
とは言え、仮に「勝利」で終わらせたとしても、国力の大幅な消耗、経済的に中国への依存度が高まるなど、ロシアが払わねばならない代償は決して小さなものではありません。特に、中央アジア諸国への影響力減退は、安全保障面で不安定さを増すことになり、ロシア帝国の再建を夢見るプーチン氏としては、明らかにマイナスでしょう。
現下の情勢で、ウクライナにおける軍事衝突を止めるのは、ある意味簡単です。ウクライナが「反転攻勢」を断念し、ドンバス地方、ザポリーニャ、ヘルソン両州のロシア帰属を認めれば、それこそ明日にでも衝突は停止するでしょう。でも、そうはならないでしょうし、そうすべきなどと口を挟めるものでもありません。少なくとも、ゼレンスキー氏がその任にある限り、そうそう簡単に反転攻勢を断念するとは考えられないからです。
ということで、まだまだ暫くは現在のような消耗戦が続き、いつになったら戦火が止むのかの見通しが立たないまま、グダグダになっていくような気がしています。
ロシアには天然ガスと金がありますが、ウクライナには小麦しか無いようなので、欧米の援助が無くなれば戦争を継続出来るのでしょうか?
不可能でしょうね。
そして、砲弾などはまだ規格さえ合えば即使用可能ですが、戦闘機や戦車などは、実戦で使えるようになるまで、整備や補給まで考えると、下手をすると年単位の時間がかかります。そう考えると、F-16を10機や20機供与したところで、劇的に戦況が変わることはないだろうと思います。ロシア空軍は、まだほとんどの戦闘機部隊を温存しているようですし。
今のままだと、アメリカのウクライナ支援資金が年末にも枯渇すると言われてますが、本当にアメリカからの支援が停止したら、せいぜい3か月程度しか戦線を維持できないのではないかと見ています。
成程ですね。情報通の龍さまに説明して頂くとよく現状が認識出来ます。これからも、宜しくお願いします。
埋没原価で一番大きなものは、プーチン大統領への信頼、支持でしょう。
プーチン大統領は、ピョートル大帝のようにロシア史に残る偉大な指導者になる事を目指してウクライナ侵攻という大きな賭けに出たのだと思いますが、事態は今のところ思わしくありません。
多大な戦費や犠牲を諦めるだけで済めば良いのですが、プーチン大統領は自らの立場も失う事になります。