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補選受け「これで年内衆院解散はなくなった」、本当?

補選では1勝1敗。これで自民党・岸田文雄首相としては解散総選挙に踏み切れなくなった――。そういう報道が散見されますが、はたしてこれは正しいのでしょうか。過去の選挙データなどに加え、今回の選挙に至る経緯などを踏まえると、そうも単純ではありません。むしろ、とくに長崎第4区では、自民党候補者は健闘したともいえるのです。

衆参補選は与野党が各1勝1敗

すでに多くのメディアに報じられている通り、22日に衆参両院で補選が行われました。

このうち参院の徳島・高知(合区)では立憲民主党と日本共産党が支援する無所属の広田一・元衆議院議員が自民党の新人・西内健氏を破って当選。これに対して衆院の長崎第4区では自民党の金子容三氏(金子原二郎・元農相の長男)が立憲民主党の末次精一氏を下して当選を決めました。

いわば、与党、野党ともに一勝一敗、という格好です。数字で確認しておくと、徳島・高知合区に関しては91,214票という大差をつけての野党系の圧勝、長崎第4区に関しては7,000票あまりの差で自民党候補が逃げ切った格好です(図表1)。

図表1 与党系と野党系の候補者の得票数
野党系 与党系
参院・徳島・高知合区 (当)233,250 142,036
衆院・長崎第4区 46,899 (当)53,915

(【出所】徳島県選管ウェブサイト長崎県選管ウェブサイトの公表データをもとに著者作成)

衆参の補選に「惜敗率」という概念はありませんが、敢えて「落選した候補者の獲得票数÷当選した候補者の獲得票数」を「惜敗率」と定義すると、参院合区は60.89%、衆院長崎4区は86.99%でした。

現代ビジネスは「年内解散断念」と報じる

これにより、岸田文雄首相にとっては「年内解散が困難になった」、あるいは「解散を断念した」、などとする報道もチラホラ出ています。

【速報】自民補選「1勝1敗」で岸田首相は年内解散断念へ…「減税メガネ」への転換ならず

―――2023/10/22 22:37付 Yahoo!ニュースより【現代ビジネス配信】

衆参補選、自民1勝1敗 年内解散「困難」の見方も

―――2023年10月23日00時41分付 時事通信より

とくに現代ビジネスの「岸田首相は年内解散断念へ」の記事に関しては、記事タイトルだけを見ると、まるで岸田首相本人が「私は年内解散を断念した」と述べたかのような書き方です(もちろん、岸田首相がそう断言したという事実はありません)。

現代ビジネスによると、「岸田派の国会議員」は「岸田首相は補選で2連勝したうえで、所得税減税を打ち出して支持率を一気に上昇させるという戦略だった」としつつ、「だが長崎4区で負けてしまい、計画も水の泡だ」と述べた、と報じています。

どうでも良いですが、「負けてしまった」のは「長崎4区」ではなく「徳島・高知合区」の間違いでしょう。

「岸田派の国会議員」がうっかり言い間違えたのか、現代ビジネスが本当はインタビューをしていなかったのか走りませんが、いずれにせよ、記事の推敲が甘いように見えてなりません(誤植が大変多い当ウェブサイトとして、他人のことを偉そうに言えた義理ではありませんが…)。

それほど単純なものではない

ただ、正直なところ、「表に出て来ている情報」だけで見ても、「今回の選挙結果は『1勝1敗』だったから自民党にとっては解散総選挙に打って出ることが難しくなった」、というほどに単純なものではありません。

そもそも自民党が敗北した徳島・高知合区の補選は、自民党の高野光二郎・前参議院議員が私設秘書の男性を昨年12月に殴打・出血させたとして議員辞職したことに伴い実施されたものであり、最初から苦戦が予想されていたものです。

また、高野氏が当選した2019年の選挙では、高野氏は253,883票を獲得していましたが、無所属で出馬した松本顕治氏(日本共産党の高知地区の役員)が201,820票を獲得しており、決して自民党系候補者が圧勝していたわけではないことには、注意が必要です。

一方で、長崎第4区に関しては、北村誠吾・衆議院議員が5月20日に逝去したことに伴う補選であるため、もともと自民党側には「弔い合戦」的に有利な雰囲気があった、などと伝えられていますが、これもそこまで単純ではなさそうです。

2021年の衆議院議員総選挙では、北村氏は55,968票を獲得して当選していましたが、今回の補選で敗れた末次氏も55,577票を獲得しており、票差はわずか391票に過ぎませんでした。末次氏の前回の惜敗率は99.30%という、非常にきわどい勝負だったのです。

これをまとめておくと図表2のとおりです。

図表2 与党系と野党系の候補者の得票数(過去データ)
野党系 与党系
徳島・高知合区(2019年) 201,820 (当)253,883
長崎第4区(2021年) 55,577 (当)55,968

(【出所】徳島県選管ウェブサイト長崎県選管ウェブサイトの公表データをもとに著者作成)

決めつけるべきではない

つまり、徳島・高知合区、長崎第4区は、もともと野党系候補者が強い地盤であり、このうち前参議院議員のパワハラで行われた徳島・高知合区に関しては「負けるべくして負けた選挙」で、長崎第4区に関しては前回よりも差を広げたという意味では自民党の勝利といえます。

このあたり、「岸田首相が嫌いだ」、「どうせ岸田(氏)が掲げる減税はまやかしだ」、などと批判する人は多いでしょうが(当ウェブサイトもその批判者のひとつかもしれません)、だからといって、「今回の選挙戦は国民が岸田(氏)にノーを突き付けた証拠だ」、などと決めつけるべきではありません。

むしろメディアがいっせいに、「これで岸田(氏)は解散できなくなった」、などと喧伝するなかで、野党側も油断し切っているときに解散を仕掛ける、というのは、これまでの憲政史上でもしばしば繰り返されてきた、与党側の常套手段でもあるのです。

もちろん、現在の岸田首相による「減税案」を巡っては、現時点で岸田首相の従兄でもある宮沢洋一・自民党税調会長が「1年に限定すべきだ」、などと述べている(『自民・宮沢税調会長「所得減税は1年が常識的」と放言』等参照)など、現状ではとうてい、解散総選挙に耐え得る状況ではない、といった分析もあります。

しかし、それと同時に岸田首相自身が「減税は1年限りだ」と述べたわけではないなかで、自民党内で「所得税や消費税の恒久減税」などの議論が出てくる可能性は十分にありますし、なにより、自民党は国民世論の動向を読みながら、狡猾に生き延びてきた政党であるという事実を忘れてはなりません。

このように考えていくと、今回の補選の結果をもって「年内解散はなくなった」と決めつけるのは、少し短絡的に過ぎると言わざるを得ないでしょう。

新宿会計士:

View Comments (11)

  • 長崎の岸田会長にとっては大きかったかもしれやせんが、岸田総裁的には後始末が必要になりそで、岸田首相としては年内解散総選挙を思えば多少悩ましいかもしれやせんナ
    しかし前職の後継指名した地方議員でなく宏池会の三世候補を押し込んだコトによる地元支部とのアレコレやらは幹事長やら選対やらに押し付けるかしら…
    小沢一郎のパワーももう底がスケスケなんでせうが、年内再びナラどんなるんやらうか??

  • メディアの態度は「面白きゃあそれでいい」というもの。
    解散をめぐっては「解散しそうだ」でも「解散を断念した」でもいいのだ。
    もっともらしい理屈をつけて言いたいこと言ってる。

  • 永田町では、(選挙が近ずけば別でしょうが)選挙の票差ではなく、当落がすべてです。そのため今回の補選での1勝1敗というのは、岸田総理としても、(自民党内部の)非岸田総理派にしても、総選挙するか否かの判断に迷う結果になったのではないでしょうか。2勝または2敗なら、判断は簡単だったのでしょう。(もっとも岸田総理派閥内の勢いで、解散することもあり得ますが)

  • 内閣支持率がだだ下がりらしいですが、スキャンダルや、失言などではなく、現内閣の政策等、本筋の部分で有権者の離反を招いているので、数字以上に深刻であると知るべきです。
     もちろん国外等が原因で物価が上がったせいであるのが大半なのですが、政治音痴のせいで、物価安定に全力を尽くすべきタイミングで、増税とかトンチキなことを言い出した自業自得ですのでどうかマイナスからやり直してください、サヨウナラ。
     米騒動発動の地でくらしておりますので、庶民の暮らしを守れなかったお上がどうなったか、死んでからも孫の代までボロくそに言われると言う不名誉を覚悟して、どうぞ。

  • 長崎の方は候補者の年齢が10以上はなれていると思慮している。議員定年制がさけばれているなか、投票率が低いのは、現政権にたいする厭世的なものと思いたい。だけど投票率が下がると組織票が有利になってしまう。とにかく投票して自民党支配にNO!を突き付けねばならない。しかし洗脳とは恐ろしい。創価学会員とて日本国民だろうに。普通の暮らしをしてるはずで、なんで与党候補に投票するのかね?不思議だ!わからん!南無妙法蓮華経妙を唱えるとカネが涌いてくるのか?其ならおれも唱えるか!南無妙法蓮華経、、チーン。

  • 岸田総理は典型的な小市民。カリスマでもなく戦略家でもなくごく普通の市民が考えるようなことを考えている。6月下旬解散をしなかった理由を理詰めに考えても答が出てこない。

    単純にできるだけ長く総理でいたい。但しリスクはとりたくない。だから来年の総裁任期満了近くまで解散のような勝負は止めよう。そうすれば悪くても3年近く総理でいられる。決して悪くない。来年の総選挙でそこそこ勝てば4年、5年総理でいられる可能性も出てくる。

    まぁ、普通のサラリーマンが考える程度の話。岸田総理の政策に新年みたいなものはなにも感じない。サラリーマン社長が自分の任期をできるだけ伸ばそうとしているのと同じ。

  •  解散は総理の専権事項ですから、岸田首相がその気になりさえすれば出来るので、その意味では年内解散が全く無くなった訳ではありません。
     しかしながら、今選挙をすれば、自公が大敗する懸念が高く、このタイミングでの解散を、決断できる人ではありません。万一決断できれば、見直してあげても良い、と思います。
     まあ順当なら、来年に先延ばしでしょう。その意味では現代ビジネスの見方は妥当でしょう。

  • 講談社はどうやら遣らかしたみたいですね。

    捏造か?と話題に 現代ビジネスが補選後の岸田派議員コメントを掲載→選挙結果との矛盾を指摘され慌てて記事改ざん KSL-Live!
    https://ksl-live.com/blog57843

    こういう偏向報道を放置しているようでは駄目だと思います。
    矢張り、事前検閲というものが必要ではないかと思います。

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