日経新聞が21日、「円の実力が過去最低になった」と報じました。「長引くデフレに加え、足元で円安が進み、実効レートが切り下がった」。日経新聞が経済を知らないというのはわりと有名な話ですが、さすがに「長引くデフレで円安進行」とは、なかなかに強烈な文章です。
目次
日経「デフレで円安になった」
日経新聞(電子版)に21日、なんだか理解に苦しむ記事が掲載されています。
円の実力、過去最低に 円安など響き1970年を下回る
―――2023年9月21日 18:02付 日本経済新聞電子版より
日経は国際決済銀行(BIS)が公表した円の実効為替レートが過去最低になったと報じました。その際の説明文が、これです。
「長引いたデフレに加え、足元で幅広い通貨に対する円安が進み、実質実効レートが切り下がった」
…。
日経新聞が経済を知らないというのはわりと有名な話ですが、さすがに「デフレで円安になった」とは、これまた強烈です。理論上、世界の通貨で日本だけデフレになれば、円高になるはずだからです。
というよりも、むしろ現在の局面ではインフレが進行しているため、自然に考えて、「デフレのせいで円安」は事実誤認も甚だしいところです。現実的には「日本がデフレから脱却する過程で諸外国と比べて金融緩和を続けているから円安になっている」、と見る方が妥当でしょう。
悪い円安論?現実にはどうなのか
ただ、それ以上に気になるのは、日経新聞が以前から円安を「悪い円安」と決めつけているフシがあることでしょう。
これまでに当ウェブサイトで何度となく指摘してきたとおり、日本経済にとって「円高が良い」、「円安が良い」とは一概に言えませんが、現在の日本経済の状況を総合的に勘案すれば、円安の方が望ましいと結論付けることができます。
改めて円高と円安のメリットを列挙しておきましょう(図表)。
図表 円高と円安のメリットとデメリット
区分 | 円高 | 円安 |
輸出競争力 | ×輸出競争力は下がる | 〇輸出競争力は上がる |
輸入購買力 | 〇輸入購買力は上がる | ×輸入購買力は下がる |
国産品需要 | ×輸入品に押され需要減 | 〇輸入代替効果で需要増 |
製造拠点 | ×海外で作った方が有利になる | 〇国内で作った方が有利になる |
海外旅行 | 〇海外旅行に行きやすくなる | ×海外旅行に行き辛くなる |
国内旅行 | ×海外旅行に押され需要減 | 〇海外旅行の代替で需要増 |
訪日観光客 | ×外国人は来づらくなる | 〇外国人が来やすくなる |
外貨建資産 | ×為替評価損が生じる | 〇為替評価益が生じる |
外貨建負債 | 〇為替評価益が生じる | ×為替評価損が生じる |
©『新宿会計士の政治経済評論』/出所を示したうえでの引用・転載は自由
自動車で見た輸出入と為替相場の関係
このうち非常にわかりやすいのは、輸出競争力の論点です。
1ドル=100円のときに、日本国内で1台100万円で売られている自動車があったとします。これを円建てで見て同じ売上高を維持するためには、海外では1台1万ドルで販売する必要があります(※ただし、関税、輸送コスト、為替ヘッジ、消費税、在庫などの議論を一切無視しています)。
しかし、この状態でいきなり1ドル=50円の円高になってしまえば、自動車会社はこの自動車を1万ドルで売ることはできません。売上代金を円換算したら50万円に減ってしまうからです。1台100万円を維持するためには、この自動車を1台2万ドルで売る必要があるのです。
そして、これとは逆に為替相場が倍の1ドル=200円の円安になれば、海外での販売価格は半額になります。1台5,000ドルで売っても、円換算して100万円の売上を維持することができるからです。つまり、条件が何も変わっていないのに、為替レートが変動するだけで、日本の輸出産業には甚大な影響が生じるのです。
輸出産業にとって…
- 円高…輸出競争力が下がる(1台100万円の自動車は2万ドルに値上げされる)
- 円安…輸出競争力が上がる(1台100万円の自動車は5千ドルに値下げされる)
輸入品のときにはこれと逆の議論が成り立ちます。
海外で1台1万ドルで売られている外車を日本に輸入すると、1ドル=100円のときには100万円ですが、これが1ドル=50円の円高になれば50万円に値下がりし、1ドル=200円のときには200万円に値上がりします。
「日本車ではなく外車が好きだ」と思っている人にとっては、円高が好ましく、円安は忌まわしい現象であるに違いありません。
輸入品目にとって…
- 円高…輸入購買力が上がる(1台1万ドルの自動車は50万円に値下げされる)
- 円安…輸入購買力が下がる(1台1万ドルのじどうしゃは200万円に値上げされる)
つまり、円高は「輸出にはマイナス、輸入にはプラス」であり、円安は「輸出にはプラス、輸入にはマイナス」です。
輸入代替効果で労働力はさらに逼迫へ
ここまでの議論だけで見れば、日本がもし輸出立国であれば円安が望ましいに違いありませんし、それとは逆に日本が輸入大国ならば円高が望ましいといえるのですが、話はそこまで単純ではありません。
輸入品に関していえば、もうひとつ、円安で「ある効果」が生じます。
それが、「輸入代替効果」です。
この「輸入代替効果」は、円安により高価になった海外製品ではなく、国産品を購入しようとする動きです。たとえば1ドル=100円のときに、日本国内で100万円で売られている国産車と海外で1万ドルで売られている外車の値段は、円換算したら同じです。
このとき、1ドル=200円の円安になってしまうと、海外で1万ドルで売られている外車は200万円に値上がりしますので、100万円の国産車と200万円の外車の性能が同じなら、通常は100万円の国産車を買うのではないでしょうか。
つまり、円安になれば輸入品の需要が減り、国産品に対する需要が増えるという効果が生じます。
現実の経済では、円安になり始めた直後にいきなり輸入を減らすことはできませんが(だからこそ貿易赤字になりがちです)、十分な時間があれば、同じ製品でも輸入品ではなく国産品のシェアが徐々に上昇するという調整が働きます。
これを供給面からいえば、製造拠点が国内に戻って来やすくなる、ということでもあります。当然、国内の雇用は増えますし、賃金も上昇します。
現在の日本は労働力不足が問題となり始めていますので、円安が進み過ぎれば日本の労働力がさらに逼迫する、という問題が生じるかもしれません(これを指摘しているメディアがほとんど見当たらないのは非常に不思議なことですが…)。
資産効果も見落とすな!円安で含み益は莫大に
そのうえ、「悪い円安論者」が見落としている重要な論点は、ほかにもあります。
それが資産効果です。
先日の『ザイム真理教に不都合な事実:国の資産は過去最大に!』でも紹介したとおり、「数字」で見ると、海外に多額の投資(対外直接投資、対外証券投資など)を行っています(現在の日本は国内に有望な投資先がないためでしょうか)。
ここで、1ドル=80円の時代に米国債を1兆ドル購入すれば、円建てにしたら、その金額は80兆円です。しかし、これがそのまま1ドル=160円の円安になれば、その金額は一気に160兆円に膨らみます。
現在の日本の外貨準備で、これが発生しています。
日本は1990年代末から2000年代前半にかけ、円高を抑制するために積極的に為替介入(円売り・ドル買い)を実施しました。これにより約1兆ドルの外貨準備が出来上がったのですが、取得原価は平均1ドル=100円です。
しかし、これに米国債などの運用益もあり、現在、1ドル=150円前後にまで円安が進んでいるなどの影響もあってか、外貨準備を円換算したら、その額はじつに180兆円前後に達しているのです。
これが「資産効果」です。
現在の日本は海外から外貨であまりおカネを借りているわけではなく、むしろ外貨でおカネを貸している側ですので、海外向けの投融資を為替換算したら莫大な含み益が生じているという状況にあるのです。
日経新聞さんって…
こうした状況を踏まえて、冒頭に取り上げた日経新聞の記事を改めて眺めてみると、やはり強烈です。
日経新聞が現在の円安に批判的で、さらには日銀による金融緩和に反対する立場を取ってきたフシがあることはそのとおりです(さすがに有効求人倍率が1倍を大きく上回っている状況が日銀の金融緩和によってもたらされたという点を無視するのはいかがなものかと思いますが…)。
『円安なら「悪い円安」だが円高なら「悪い円高」=日経』などでも述べたとおり、日経新聞には円安になったときには「悪い円安」、円高に振れたときには「悪い円高」などと報じるという「前科」もありますが、少なくとも日経新聞が現在の円安局面に批判的な立場であることは間違いないといえるのかもしれません。
X(旧ツイッター)などでは日経新聞の記事に盲目的に同調している人も多いようですが、「長引くデフレで円安進行」という文章、冷静に考えておかしいと気付かないのか、不思議に思えてならないのです。
View Comments (14)
日本には円高時代の過去から営々と積み重ねた膨大な海外資産がある。今までが種まき育成時期なら今後は収穫を考える時期。
経済安全保障を考えるならば、産業を「赤色巨星」の影響から逃れるため、更には「赤色巨星」自身の勢力を減少させるため国内回帰は進めるべき。
このマクロ視点から踏まえても、この先は円安のほうが国策として有利に思えます。
並行して円安デメリットや経済安全保障リスクを減少するために、輸入に頼るしかない化石燃料や特定原料などの代替え技術の開発や代替え設備の普及を国策として後押しすべき。
という論陣を張っていただければいいのに。
Sky さま
>今までが種まき育成時期なら今後は収穫を考える時期
すばらしい要約です。当方は簡潔明解な文章によるど真ん中喝破が大好きです。
日本でデフレー>金融緩和、 米国でインフレー>金利引き上げ、その結果金利差拡大
円安(対ドル)の原因は両国の実質金利差というのはほぼすべてのエコノミストのコンセンサス。
読者を無知と考えて(逆に自分たちは頭がいいと思い込んで)日本を貶める奴ら。
ある経済評論家(加藤出)がこんなことを書いていた。
ニューヨークの大戸屋でしまほっけ定食31,5ドル、チップ15%つけて35.65ドル、日本の980円と比べて何と5倍。日本が貧しくなっている証拠だ!!!と。
経済評論家の名に値しないね。
まず日本にないチップを含めて話を盛っている点。
食べ物の値段で世界経済を比較する方法はビッグマック指数というのが有名だが、なぜアメリカで日本人以外食べない「しまほっけ定食」を例に出すのか。
そもそも1ドル120円時代でも35.65ドルは4280円。円安になる前から“ありえない”値段。しかもニューヨークの大戸屋は日本と違い「高級路線」だそうだ
大戸屋
町の食堂から上場企業へ!創業者の夢・行動を応援したくなる
サクセスストーリでした。
親父の意志を継ぎ息子が継ぐ!のストーリを期待したのですが
権力闘争に敗れ、残念な結末でした・・・。
ご指摘のある経済評論家がTVでしたり顔で 間抜けなことを言っているのを見るとすぐ電源を切ることとしている。まあまだTVを見ている時点で 自分自身も大概ですが。
「日経電子のバ~ン」とかいうCMを思い出してしまいました…
"だ~からオマエラ滅んだんだヨ" というツッコミと共に…
弱者の自覚有る程寄る辺頼り木間違うナカレ…
様々な相場価格の記事以外見るに値しない日本経済新聞。およそ左に逸れる思想が日本国民の反発を買い、かつて、「経済語るなら日経」を傾かせた。なんでそうなったのか。いささか残念である。
何で日経は今の時代にこんな突っ込みだらけの論調を張り続けているんでしょうかね?
「今更まともな記事を書こうとしてもそんな能力を持った記者など居ない」
「今更まともな記事を書いたら今まで嘘をついていた事を認める事になる」
「今更まともな記事を書いたら”共犯者”から”裏切った”と見なされる」
私が思いつくのはこの3つのパターンですが……他にもあり得るかな?
朝日新聞の地域欄。日経新聞の競馬欄。それぞれの新聞が一番力を入れている主力記事はよく書けてると思っていますが、
※私はこの記事以外は立ち読みでも読んだことがありません。
経済を知らない「日経新聞」ってのは以前からよく言われていたね。
今がデフレかインフレかぐらいは「地方老人」にもわかるよ。
大学で経済を勉強した学生より「大学名」で学部は無視で採用するからじゃね?
マスコミは無意味な「高給取り」だからねwwwwww
日経新聞良く読む、と資産が無くなるというのは常識ですねぇ。特に証券関係で投資していると読まないのが一番です。海運株、鉄鋼株、IT株など、ほんと笑えるくらい外しています(まぁ証券関係ジャーナリストは野球評論家と同じレベルで飯が食える・・悪い円安、悪い円高ですからねぇ)。
「に⚪︎けいよく読むバカになる。」
(諸事情により一部かなと記号で表記)
誰が言い出したのか知らないが、もはや格言と言ってよいレベルだ。
に◻︎けい記者は座右の銘とすべきだ。