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7月の貿易収支は再び赤字に転落も…赤字幅は大幅縮小

円安は日本経済にメリットやデメリットをもたらしますが、現在の日本にとっては、円安はどちらかといえばメリットの方が大きいといえます。日経新聞は金融緩和を批判する記事を掲載したようですが、「科学を否定するメディア」の面目躍如、といったところでしょうか。こうしたなか、財務省税関の発表によると、7月の貿易赤字は663億円となりました。過去最大級の3.5兆円の赤字となった1月と比べれば、赤字幅は約50分の1、といったところです。

円高と円安のメリット、デメリット

当ウェブサイトで普段から指摘しているとおり、円高や円安は、それぞれ日本経済に対し、プラスの効果、マイナスの効果をもたらします。

たとえば円安になれば、それまでと比べて「外国からモノ・サービスを買ってくる」という行為が難しくなります。(関税、補助金等を無視すれば、)外国の物価水準が変わらなくても、円安になるだけで外国のモノ、サービスの価格が上昇するからです。

輸入するにも外国のモノの値段が上がってしまっていますし、海外旅行をするにも、現地のホテル代、食事代などの値段を円換算したら上昇してしまうからです。

しかし、物事には常に表裏一体の関係があり、「輸入や海外旅行に不利になる」ということは、「輸出や外国人の訪日需要にとっては有利になる」、ということでもあります。具体的には、日本企業にとっては輸出競争力が上昇しますし、より多くの外国人が日本に旅行にやって来るようになるかもしれません。

さらに、日本の場合、忘れてはならないのが、「資産効果」です。

日本企業は外国に多くの子会社、工場などを設けており(対外直接投資)、これに加えて日本の金融機関や商社などは、外国の金融資産や各種資源などに投資しています(対外与信、対外直接投資、対外証券投資など)。円安になれば、外貨建てで表示されているこれらの資産の円換算額が押し上げられます。

これに対し、外国から外貨でおカネを借りていた場合、円安になればこの借金を返す負担が重くなりますが、幸か不幸か、日本企業や日本の金融機関は実際のところ、外貨で巨額のおカネを借りているわけではありません。

つまり、対外資産負債という面に関しては、円安はデメリットをほとんど生じず、メリットを最大限生じさせるという効果を持っているのです。

日経新聞は経済が苦手?

これをまとめたものが、図表1です。

図表1 円高と円安のメリットとデメリット
区分 円高 円安
輸出競争力 ×輸出競争力は下がる 〇輸出競争力は上がる
輸入購買力 〇輸入購買力は上がる ×輸入購買力は下がる
国産品需要 ×輸入品に押され需要減 〇輸入代替効果で需要増
製造拠点 ×海外で作った方が有利になる 〇国内で作った方が有利になる
海外旅行 〇海外旅行に行きやすくなる ×海外旅行に行き辛くなる
国内旅行 ×海外旅行に押され需要減 〇海外旅行の代替で需要増
訪日観光客 ×外国人は来づらくなる 〇外国人が来やすくなる
外貨建資産 ×為替評価損が生じる 〇為替評価益が生じる
外貨建負債 〇為替評価益が生じる ×為替評価損が生じる

©『新宿会計士の政治経済評論』/出所を示したうえでの引用・転載は自由

図表1については出所さえ示していただければ、自由に引用、転載していただくことが可能です。

こうした「為替変動には良い点、悪い点の両面がある」という事実を踏まえずに記事を執筆してしまうと、次のようなものが出来上がってしまうのでしょう。

円の実力、53年ぶり低水準 家計負担は20万円増/主要通貨で独歩安

―――2023年8月29日19:48 付 日本経済新聞電子版

まさに、自分自身で「私たちは経済、金融が苦手です」と告白しているような記事です。

「要因はデフレや金融緩和」、「円の購買力を取り戻すには、物価と賃金の上昇の好循環を軌道に乗せる必要がある」、などとして、金融緩和が犯人であるかのごとく決めつけているというものですが、この記事を書いた日経の記者さんは、金融緩和がデフレ脱却のために行われているという事実を知らないのでしょうか?

ちなみに日経新聞といえば、円安になったときには「悪い円安」、円高に振れたときには「悪い円高」などと報じた「前科」もありますので(『円安なら「悪い円安」だが円高なら「悪い円高」=日経』等参照)、正直に、「私たちは経済を理解していません」と告白なさった方が良いのではないでしょうか。

あるいは『科学を隠れみのにするな』などとするデマ記事をばら撒く程度には科学を軽視するメディアでもありますので、もしかすると「金融緩和悪玉論を書け」と、悪の総本山である財務省あたりからの指令でも降りて来ているのかもしれません。

貿易赤字は663億円に

さて、日経のようなメディアのことは忘れて、本論に戻りましょう。

当ウェブサイトでは長らく、図表1のような「円安論」を提示してきたのですが、その「予言」は当たりつつあるようです。やはり円安のためでしょうか、貿易収支が少しずつ改善しつつあるのです。

財務省税関が30日に発表した『普通貿易統計』によると、2023年7月の輸出は8兆7243億円、輸入は8兆7906億円で、貿易収支は663億円の赤字でした。前月が431億円の貿易黒字だったので、再び赤字に転落した格好ではあるものの、昨年までの「大赤字基調」と比べると、ずいぶんと改善しました。

とりわけ、3兆5064億円という巨額の単月貿易赤字を記録した今年1月と比べると、赤字幅は約50分の1と、じつに小さくなったものです(図表2)。

図表2 輸出、輸入、貿易収支の状況

(【出所】財務省税関『普通貿易統計』データをもとに著者作成。以下同じ)

円安により企業業績も押し上げられていますが、本稿では取り急ぎ、相手国別に7月の輸出、輸入、貿易高、貿易収支を列挙しておきます。

輸出相手国は米国が最大

まずは、輸出です(図表3)。

図表3 輸出金額(2023年7月)
相手国 金額 割合
1位:米国 1兆7913億円 20.53%
2位:中国 1兆5434億円 17.69%
3位:韓国 5254億円 6.02%
4位:台湾 4854億円 5.56%
5位:香港 3751億円 4.30%
6位:タイ 3746億円 4.29%
7位:ドイツ 2459億円 2.82%
8位:シンガポール 2052億円 2.35%
9位:ベトナム 2012億円 2.31%
10位:豪州 1986億円 2.28%
その他 2兆7783億円 31.85%
合計 8兆7243億円 100.00%

これによると輸出相手国としては米国がトップで、これに中国、韓国などが続きます。

また、米中に続き、輸出相手国としては3番目に韓国、4番目に台湾が来ており、両者が競っている格好でもあります。

輸入相手国は中国が最大

これに対し、輸入相手国についてまとめたものが、図表4です。

図表4 輸入金額(2023年7月)
相手国 金額 割合
1位:中国 1兆8987億円 21.60%
2位:米国 9448億円 10.75%
3位:豪州 7250億円 8.25%
4位:台湾 4499億円 5.12%
5位:サウジアラビア 3672億円 4.18%
6位:UAE 3649億円 4.15%
7位:韓国 3628億円 4.13%
8位:タイ 3191億円 3.63%
9位:ベトナム 2991億円 3.40%
10位:ドイツ 2978億円 3.39%
その他 2兆7613億円 31.41%
合計 8兆7906億円 100.00%

輸入相手国に関しては資源国が多く顔をのぞかせます。3位の豪州、5位のサウジ、6位のUAEなどがそれですが、それだけではありません。やはり頭一つ抜けて多いのが中国ですが、これは携帯電話、PCといった電子デバイス、衣類、雑貨などの輸入が依然として多いためです。

その一方で、2位の米国もさることながら、台湾が4番目の輸入相手国となっていることも、貿易構造の変化を意味しているのかもしれません。

貿易相手国は1位が中国、3位が台湾

そのうえで、貿易高、すなわち「輸出金額+輸入金額」についてもまとめたものが、図表5です。

図表5 貿易高(2023年7月)
相手国 金額 割合
1位:中国 3兆4421億円 19.65%
2位:米国 2兆7360億円 15.62%
3位:台湾 9353億円 5.34%
4位:豪州 9236億円 5.27%
5位:韓国 8881億円 5.07%
6位:タイ 6937億円 3.96%
7位:ドイツ 5438億円 3.10%
8位:ベトナム 5003億円 2.86%
9位:UAE 4777億円 2.73%
10位:サウジアラビア 4418億円 2.52%
その他 5兆9350億円 33.88%
合計 17兆5174億円 100.00%

中国からの輸入が多いため、貿易額で見れば中国が米国を押しのけて堂々1位に浮上しています。一方で、輸入面では豪州に負けていた台湾が、貿易高では3位に入っており、これに豪州、韓国、タイなどが続くという構造です。

余談ですが、台湾有事が日本にとっても深刻な脅威であることは、こうした貿易構造上も明らかでしょう。

いずれにせよ、経済統計については経済理論を踏まえたうえで、「正しく読む」ことが必要である、という点については、改めて強調しておきたいと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (6)

  • >「資産効果」

    損益計算は、現況の通信簿
    貸借計算は、生涯の通信簿

    状況の良し悪しは「複合的に”円換算”で試算してどうなのか?」だと思うんですけどね。

  • 貿易高で相変わらず首位に留まってはいるものの、対中貿易は輸出入とも順調に縮小中。

    韓国と貿易高3位の座を争っていた台湾がいつの間にやら韓国を突き放し、代わって豪州が競争相手に浮上。輸入額増の影響が大きいようだが、国内の工業生産に回復で、豪州からは原材料、台湾からは半導体を、大量に買い付けているんだろうか?

    今回の「汚染水」狂乱を見るに付け、日本経済にとっての中韓の「いらん国」化は、今後ますます進みそうな予感。

    それにしても、兄貴分に習って「NO JAPANよ、もう一度」ってはなしが、一向聞こえてこないのは、ちょっと不思議ですね。前にこれやって、煽りに煽った結果が、何の役にも立たず、瞞された国民の恨みだけが残った、なんてことが、ヒダリ巻き界隈に二の足を踏ませてるのかな?(笑)。

  • 日本経済新聞はむかしは購読していた。元肉屋だから東京卸売り市場の
    牛豚それから鶏卵や鶏肉の相場を毎日しらべるためだ。だがインターネットの普及でそれも必要なくなった。会計士さん曰く「経済が苦手」じゃ意味がない。廃刊をお勧めする。社説も酷いしなぁ

  • 来年には故・安倍晋三様が目指していたGDP 600兆に届く勢いらしいですな。
    安倍さん、お空で見守っていてください!アベノミクスという大規模金融緩和、ほんとにありがとうございました!

  • 日経は、不安を煽るのがマスコミの仕事だと思っているのでしょうかね?
    整合性や一貫性などお構いなしです。
    この芸風も既に見透かされて、今や馬鹿にされつつあることが未だに分からないのでしょうか?
    ネットでは読み応えがある情報が数多くあります。
    早々にまともな路線に戻さないと、取り返しがつかないことになると思います。

    • 多分、「分かってはいるが、変えるつもりなど毛頭ない」のだと思いますよ。
      「円安にも円高にも良い点悪い点両方がある」などと書こう物なら、
      読者から再評価してもらえる”程度”では割に合わない程の損があるのでしょう。

      例えるならば老人職人ばかりが幅を利かせている業界なのでしょう。
      「自分達はずっとこれでやってきた、今更拒絶する世間の方が悪いんだ」
      「自分達が引退するまで持てば良い、その前にキャリアを終わらせてたまるか」
      「生意気な若者になんか追い出されてなるものか、こっちから追い出してやる」
      「言う事をちゃんと聞く駒になる若者には金をやる、いつまで持つかは知らんがな」

      こうなってしまうと、一度”老舗”が壊滅的状況に陥った後に
      野心的な若者が「やっとあいつらに邪魔されずに済む」と立ち上がるまでは、
      業界の変革など無理なのだと推測しています。