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    Categories: 金融

UAEにとってメリットが薄すぎる「ルピー石油決済」

正直、UAEにとってはメリットが薄すぎ、リスクが大きすぎます。ロイターの1週間前の報道によると、インドとUAEの両国が米ドルを介さず、石油や金をインドルピーで取引したのだそうですが、そのインドの通貨・ルピーは国際的な決済において広く使用可能な状態ではありません。そもそもUAEの通貨・ディルハム自体が米ドルペッグを採用しているため、UAEにとって非ドル化のメリットも見えません。

国際通貨は限られている

先日の『「有害通貨」呼びも…西側通貨シェアは6割超=ロシア』などでも繰り返し説明してきたとおり、国際的な貿易取引などでは、代金の支払い(決済)に使える通貨というものは、限られています。

ロシアの人民元決済と為替取引は意外と広まっていないウクライナ侵攻以来、ロシアが金融、貿易などにおいて苦境に立たされていることは間違いありません。というのも、外貨準備のうち、西側諸国の通貨で保有していた資産を凍結されてしまい、これに加えてSWIFTNetの仕組から、ロシアの主要銀行がすっかり排除されてしまっているからです。ただ、中国がさぞや人民元決済の比率を増やしているのかと思いきや、その割合はせいぜい4割に行くかどうか、という水準で、依然として「有害通貨」(?)の取引が6割を超えているとのレポートも...
「有害通貨」呼びも…西側通貨シェアは6割超=ロシア - 新宿会計士の政治経済評論

まったく問題なく自由に使える通貨といえば、米ドルとユーロ、日本円、英ポンドがその代表格であり、これにスイスフランやカナダドル、豪ドルなどが続く、という構図です(アジアだと国際決済に香港ドルやシンガポールドルなどが使われることもあります)。

これに対し、国際通貨基金(IMF)やSWIFTなどのデータでもわかるとおり、最近だと人民元の準備通貨・決済通貨としての地位が少しずつ上昇しており、外貨準備や国際送金などにおいて人民元の取引が増えていることは事実です。

ただ、人民元の場合はそもそも中国本国における資本規制が非常に厳しく、たとえば「企業が輸出代金を受け取り、買掛金の支払いサイトまでの期間を利用し、その代金をMMFなどで運用する」、といった取引は、事実上、非常に難しいのが実情です。

したがって、もしも中国当局が人民元を本当の国際通貨にするつもりがあるのならば、少なくとも「QFII」(適格外国機関投資家)などの制度を廃止し、資本規制をある程度撤廃しなければなりません。

中国が資本解放できない理由

ただ、それをやってしまうと、中国は資本移動が自由になってしまうため、中国としては日本などの先進国のように為替相場のコントロールができなくなるか、香港のように金融政策の独立を放棄するか、そのどちらかを選ばなければならなくなります。

これがいわゆる「国際収支のトリレンマ」です。

国際収支のトリレンマ

管理通貨制度のもとでは、地球上のあらゆる国は、次の3つの政策目標を同時に達成することはできない。

  • ①資本移動の自由…国境を越えた資金移動や自由な証券投資
  • ②為替相場の安定…自国通貨と外国通貨(たとえば米ドルなど)との固定相場
  • ③金融政策の独立…自国の経済の実情の合わせた金融政策

(©新宿会計士の政治経済評論)

中国などのように、「発展途上国(?)」は多くの場合、②為替相場の安定と③金融政策の独立を達成するため、必然的に①資本移動の自由に制限を加えるしかありません。

つい先日も、ロシアが自国通貨・ルーブルの暴落を防ぐために、3.5%ポイントもの利上げに踏み切ったとする話題を取り上げましたが(『ロシア中央銀行が大幅利上げ=ルーブル防衛で政府圧力』等参照)、これも「②為替相場を安定させる」ために「③金融政策の独立を犠牲にした」、という典型的な事例でしょう。

ロシアの中央銀行は15日、政策金利を8.5%から12%へと、一気に3.5%ポイントも引き上げました。ルーブル安への対応です。このおかげでしょうか、一時1ドル=100ルーブルを超えていた為替相場も、現時点では1ドル=95ルーブルを少し割り込む程度で取引されているようです。ただ、為替相場を気にして金融政策のかじを切ると、おそらく、その影響は国民生活に響いてくることでしょう。やっぱり利上げに踏み切りました。ロシアの通貨・ルーブルが14日、1ドル=100ルーブルを突破する局面が生じ、これに関してロシア政府の経済アドバイ...
ロシア中央銀行が大幅利上げ=ルーブル防衛で政府圧力 - 新宿会計士の政治経済評論

そして、ある通貨が外国でも取引されるようになるためには、その通貨が外国人にとって使い勝手の良いものであるだけでなく、外国人からも信頼される、安定性の強いものである必要があります。通貨当局がコロコロと金融政策を変更したり、陰でこっそりと為替介入をしたりする通貨は、なかなか信頼されないでしょう。

G20通貨でありながら一度も登場していない通貨

こうしたなかで、G20諸国でありながら、過去にただの1回も、SWIFTの『RMBトラッカー』の「国際決済通貨ランキング」に登場したことがない通貨というものもあります。

図表は、2023年6月分まで、入手可能なすべてのデータをもとに、その通貨がランキングに登場した回数と平均シェアをカウントしたものです。

図表1 SWIFT国際決済通貨ランキングに登場した通貨別回数と平均シェア(ユーロ圏含む)

図表2 SWIFT国際決済通貨ランキングに登場した通貨別回数と平均シェア(ユーロ圏除外)

(【出所】SWIFT『RMBトラッカー』過去全レポートをもとに著者作成)

図表のうち黄色マーカーで塗ったものがG7通貨、赤マーカーで塗ったものが人民元、青マーカーで塗ったものがそれ以外のG20通貨です。

インド、インドネシア、韓国、ブラジル、アルゼンチンの5ヵ国の通貨は、過去にただの1度もランキングに登場したことがありません。また、サウジアラビアもユーロ圏外のデータで過去に数回登場していますが、ユーロ圏のデータを含めると、ランク外に落ちてしまいます。

正直、これらの国が金融・財政に関する国際的な協議体であるG20を構成しているということ自体が謎ですが、いずれにせよ、「金融論」の立場からすれば、少なくともこの5ヵ国についてはG20から除外すべきではないか、といった疑念は払拭できません。

UAEがルピーで石油や金を輸出

こうしたなかで、そのインドを巡ってはちょうど1週間前に、こんな報道がありました。

India makes first crude oil payment to UAE in Indian rupees

―――2023/08/15 01:49 GMT+9付 ロイターより

ロイターによると、インド政府は14日、同国がアラブ首長国連邦(UEA)との間で「自国通貨決済スキーム」を開始したと発表したのだそうです。まずはインド石油公社(Indian Oil Corp, IOC.NS)が100万バレル分の原油を購入し、アブダビ国営石油(ADNOC)にルピーを支払ったのだとか。

正直、この記事を読んでも、金融業界人は「UAEとしてはインドルピーなど手に入れて一体どうするつもりなのか」、と感じるのではないでしょうか。

ただ、疑問なのはそれだけではありません。ロイターの記事には、こんな続きもあります。

“The transaction comes after one involving the sale of 25 kg gold from a UAE gold exporter to a buyer in India at about 128.4 million rupees ($1.54 million)”.

インドの業者がUAEの金取扱業者から1億2840万ルピー(約154万ドル相当)で25㎏の金を買い付けた、というのです。

田中貴金属工業のウェブサイトによると、最近の金価格はグラム当たり税込みで9,900円ほどだそうですので、消費税を抜いてグラム当たり9,000円と仮定すると、金25㎏は約2.25億円であり、これを1ドル=145円で換算すれば、だいたい155万ドルとなり、記事の金額とだいたい一致します。

また、WSJによるとルピーは1ドル=83ルピー程度ですので、これで換算すれば金25㎏は1億2873万ルピー程度となり、やはり記事の金額とだいたい一致しています。

ロイターによるとインド、UAE両国の貿易高は直近で年間845億ドル程度だそうですが、両国は今年7月、米ドルを介した貿易のコストを削減するために、お互いに現地通貨で貿易決済をすることで合意したのだとか。

ただ、さすがにこの2つの取引だと、UAEにとってリスクが大きすぎるようにも思えますし、845億ドルのすべてがルピー決済に移行するというのも非現実的です。それに、そもそもUAE自体が通貨(ディルハム)の米ドルペッグ制を採用しているため、UAEに非ドル化のメリットが見えません。

さらに、記事では両国が「即時決済システム」を構築することでも合意した、などとありますが、逆に言えば、ルピーでの外国取引即時決済システムがいままで存在しなかった、ということでもあります。

ロイターによるとインド当局としては今回のUAEの事例を外国にも広めることに積極的だということですが、相手国にとってメリットに乏しいなかで、ルピー決済がUAE以外の国にも広まっていくという可能性が、現時点でどれほどあるのかは疑問、といったところでしょう。

新宿会計士:

View Comments (10)

  • 昔「花の応援団」という映画の中で後輩が先輩から「おい、タバコ買ってこい」と言われ、おそるおそる「あの~、お金は~?」と聞いたところ先輩は「あぁ、そうやったな」と言って、そのへんにあるメモ用紙に1000円と書いて3文判をおしたものを渡した。
    後輩「これで買えるのでしょうか?」 先輩「ワシの信用は絶大だ。つり忘れるなよ」
    ルピーで支払うとはこういうことかな?

  • ルピー決済の実績作りですかね。
    ところで数年前から会計士さんの記事を拝読させていただいておりますが(初コメです)、我が国の輸入取引にしめる円決済比率について論じた記事などありますでしょうか。各国の自国通貨建で決済を進める動きというとこの辺を深堀りしていただけると新しい発見がありそうで興味深そうですね。

    • >我が国の輸入取引にしめる円決済比率について

      気になったので、ググって見ました。いろんな記事やデータが出て来ます。

      >自国通貨建で決済を進める動きというとこの辺を深堀り

      日本も、GDPに占める輸出比率が30%位の時まで、つまり、工場を海外移転して産業の空洞化だと騒がれる前迄は、円の決済比率を高めようと政府も必死だったように記憶しています。円決済のいろんな枠組みを作ろうとしていて、新聞にもそれに関する記事がよく出ていたように記憶しています。現在は、GDPの輸出比率が20%を切っているし、貿易相手国が米国とC国の比率が高いせいか、余り円建てのことを言わなくなったような気がします。C国に言えば、こっちの通貨を使えとか言われそうですからね。薮蛇です。
      又、世界の貿易決済通貨の比率ランキングで、円は元に抜かれて第4位になったらしいですが、元はハードカレンシーとしては認知されてません。これも、決済比率が高くてもハードでは無いという所が通貨の要素としてあるという事のようです。その要素の意味は誰でも分かると思いますが。
      あと、どういう訳か、日本は東南アジアの市場を失いましたから、相対的に円の力を発揮する場がないのかもしれません。
      ググって、いろんなデータをみたり、誰かが書いている評論を読んで、自分なりに考えて見るのが面白いかもしれません。というのは、誰一人として、同じ事を書いている人がいないようですので。いろんな見方のみならず、評価する前提となる価値観もそれぞれ違うようです。

  • インドはロシアとの貿易を通じ、自国通貨を用いた決済の手軽さに気づいたのかもですね。
    インドが購入した金塊は、貿易保証金?相当としてUAEで保管されたりするのでしょうか?

    それとも日印通貨スワップの存在が、ルピーの換金能力の担保だったりするのでしょうか?

  • インド洋沿岸のアフリカ諸国ではインド商人の経済活動が活発と聞きます。その辺りとの交易にはドル決済よりルピー決済にメリットがあるのかも。

  •  UAEとインドは昨年包括的経済連携協定(CEPA)を締結しており、両国間で取引される品物の80%の関税を撤廃するほか、先進国で承認されたインド製薬品をUAEでも承認・登録されるようにするなど、経済関係を深めているそうです。石油以外での取引を増やすのだからルピーで直接取引したほうが良い。ということでしょう。またエネルギーや食糧安全保障など11分野での協力覚書(MoU)も締結しています。
     ところで近年UAEは原子力事業にも関心を置いており、2014年から韓国企業の協力を得てバラカに4基の原子力発電所を建設、2020年から一号機が稼働しております。そしてインドは核保有国……関係性はないとは思いますが……。

    • 思い出しました。UAE、日本も売り込みに行ってましたね。東芝と日立が原子力事業に力を入れていたのでは?それも、東日本大震災の東電の事故でダメになりました。日本の原発技術者、大分向こうへ行ったんじゃ?

      • 韓国の原発は「独自技術」と言ってるが「加圧水型」
        三菱重工の技術者からもれてる可能性あり。

  • 理屈の上では、「両者が納得」しているのであれば問題ないですからね。

    現実には、たいてい片方が儲かった感&片方が損した感を抱きます。
    (このプラマイはゼロです)
    両者が納得しないから、「広く汎用換金できる通貨」を介して市場で取引する訳です。

    まぁ、お手並み拝見ですな。

    蛇足1)
    個人的に今でも信じてい理屈の上では、「両者が納得」しているのであれば問題ないですからね。

    現実には、たいてい片方が儲かった感&片方が損した感を抱きます。
    (このプラマイはゼロです)
    両者が納得しないから、「広く汎用換金できる通貨」を介して市場で取引する訳です。

    まぁ、お手並み拝見ですな。

    蛇足1)
    個人的に今でも信じている都市伝説的な与太話ですが、
    「湾岸戦争の引き金は、サダムフセインが石油の決済をユーロ建てで請けたから」
    アメリカが本気で怒るのは、基軸通貨ドルへの挑戦者が現れたとき。

    蛇足2)
    40年前に村上龍が『愛と幻想のファシズム』で、国家ではなく民間主導での独自決済秘密経済圏のネタを扱っていました。
    今となってはエヴァの元ネタ本としての方が有名なんですが。

  • 何か足りないと思ったら伊リラが登場しないですね。一帯一路に参加したりと価値観もふわふわしてますし、存在感が薄い国です。ローマ帝国発祥の地に対する欧州諸国のリスペクトだけで、お仲間入りしてるのでしょうか。G7に豪を追加するべきと思いますが、G8にすると隣国が騒ぎ出すのでG7のまま伊と豪を交代することが望ましいですね。