日経新聞が7月から値上げです。値上げ幅は朝・夕刊セットで600円、朝刊のみで800円(!)であり、とくに朝・夕刊セットの月ぎめ購読料は5,500円、年額66,000円になります。新聞購読を止めれば、浮いたカネで年1回くらいは千葉県の某遊園地に家族で遊びに行けるかもしれません。ただ、日経新聞の値上げ戦略は、独特です。ウェブ媒体限定版の月ぎめ購読料は4,277円で据え置きだからです。日経新聞は明らかに、紙媒体の発行を止めようとしているようにしか見えません。
新聞の値上げ
当ウェブサイトで最近、しばしば取り上げている話題のひとつが、新聞の値上げです。
これに関連し、先般の『紙媒体が解約されてもウェブ版に移行しない日本の新聞』では、こんな趣旨のことを議論しました。
「たった十数年で、世の中の人々の行動や習慣は大きく変わるものだ。新聞業界も紙媒体の部数急減という荒波に呑まれているが、日本の新聞業界に関していえば、日経など一部メディアを除き、デジタル戦略に成功しているようには見えない」。
連日当ウェブサイトでも議論している「新聞部数の減少」について、本稿ではもう少し突っ込んで考察してみたいと思います。新聞の寿命は「朝刊で13.98年」、「夕刊で7.68年」というのが、客観的なデータから導き出せる予報のひとつですが、その一方で、諸外国に見られるような「紙媒体の契約を止めた読者がそのままウェブ媒体に移行する」というフローは、日本の場合、一部新聞を除き、ほとんど発生していないようです。たった十数年で世の中は大きく変わる新聞の部数の減少が止まりません。『新聞朝刊の寿命は13.98年?』や『新聞夕刊... 紙媒体が解約されてもウェブ版に移行しない日本の新聞 - 新宿会計士の政治経済評論 |
その証拠のひとつが、紙媒体の部数の急減と、相次ぐ値上げラッシュです。
主要メディア(とくに全国紙やブロック紙)に関していえば、ここ数年、値上げが相次いでいましたが、朝日新聞と西日本新聞、毎日新聞の3紙が、5月から6月にかけ、朝・夕刊セットの月ぎめ購読料を相次いで4,900円に値上げしています。
図表 主な全国紙・ブロック紙の月ぎめ購読料(税込み)
新聞 | 朝夕刊セット | 統合版or朝刊のみ |
日経新聞 | 4,900円 | 統合版4,000円 |
朝日新聞 | 4,400円→4,900円 | 統合版3,500円→4,000円 |
読売新聞 | 4,400円 | 統合版3,400円 |
毎日新聞 | 4,300円→4,900円 | 統合版3,400円→4,000円 |
産経新聞 | 4,400円 | 統合版3,400円 |
東京新聞 | 3,700円 | 統合版2,950円 |
北海道新聞 | 4,400円 | (不明) |
中日新聞 | 4,400円 | 朝刊のみ3,400円 |
西日本新聞 | 4,400円→4,900円 | 統合版3,400円→3,900円 |
(【出所】著者調べ。なお、日経新聞に関してはあくまでも噂ベースであり、現時点で正式リリースなし。「統合版or朝刊のみ」は、新聞社によって適用される条件が異なるため注意。とくに「統合版」とは「夕刊が発行されていない地域で発行されている版」であり、「夕刊が発行されている地域における朝刊のみの契約」ではない可能性がある点には要注意)
機能の情報に年額58,800円…新聞止めて遊園地に行くべき?
これらのうち朝日、西日本の値上げ幅は月額500円、すなわち年額で6,000円であり、家計への負担はなかなか厳しいものがありそうです。また、改定後の購読料が4,900円ということは、年額で58,800円です。「昨日の情報に年額58,800円」。なかなかに厳しいところがあります。
ちなみに千葉県にある遊園地のワンデイ・パスポートが(日によって変動しますが)安い日で大人7,900円・小人4,700円、高い日でも大人9,400円・小人5,600円だそうですので、新聞を取るのをやめるだけで、家族で年1回、同遊園地に行けるくらいの費用は浮きそうです(交通費などを無視すれば、ですが)。
このように考えると、日本の新聞は滅びるべくして滅びようとしているようにしか見えません。
用紙代を含めたコストの急騰という事情があることは間違いないのですが、それでもただでさえ紙媒体の新聞が売れなくなっているわけですから、市場が縮小しているところに値上げをすれば、市場の縮小が加速するのは当たり前すぎる話です。
横並びで値上げ:消費者を舐めた行為
しかも、主要メディアが値上げ後の価格をほぼ横並びに設定しているというのも、消費者を舐めた態度です。
本来、小売価格をメーカーが決定するのは独禁法違反ですが、新聞に限定して言えば、こうした行為は独禁法の例外として認められています。そのロジックは、「新聞は文化を支えるものだから」、といったものですが、悪い冗談にしか聞こえません。
それに、『「事実を正確に伝える力」、日本の新聞に決定的に欠如』などでも取り上げたとおり、日本の新聞の多くは、事実を正確に伝えるという機能が根本から欠落しているからです。
日本の新聞の部数が急激に減っており、業界全体としても10年前後で紙媒体の新聞の多くは廃刊に追い込まれると考えられます。ただ、日本の新聞業界の苦境の原因は、日本の新聞に「批判精神が欠如している」ことである、などと主張するツイートがありました。正直、この見解には賛同できません。日本の新聞に決定的に欠如しているのは「批判精神」などではなく、「事実を正確に伝える能力」だからです。新聞部数の凋落新聞の「寿命」「新聞部数の凋落が止まらない」――。こんな話を、当ウェブサイトではずいぶんと繰り返してきました。一... 「事実を正確に伝える力」、日本の新聞に決定的に欠如 - 新宿会計士の政治経済評論 |
本来、新聞業界にとっての「正確な情報」ですが、日本の新聞にはそもそも事実をありのままで伝えるという能力が欠如しているのです。こうしたなかでの値上げが、いかなる効果をもたらすかは自明でしょう。
ただ、新聞各社によっても温度差はあります。
先ほども指摘したとおり、たとえば日経新聞あたりはウェブ戦略を強化していると伝えられており、(その正確な収支はよくわからないにせよ)一部の関係者は、日経新聞が「いっそのこと紙媒体を止めてしまっても問題がない」ほどにはウェブ戦略がうまくいきつつあると述べているようです。
もしそれが事実ならば、朝日新聞デジタルの有料会員がまったく増えていない(『朝日朝刊3ヵ月で7万部減なのに「有料会員数」横ばい』等参照)こととは好対照をなしています。
株式会社朝日新聞社が公表している「朝日新聞メディア指数」を巡り、昨年12月末と今年3月末の数値を比べると、新聞朝刊部数が7.7万部落ち込んでいるのに対し、朝日新聞デジタルの有料会員数がまったく増えていないこととが判明しました。最大手の一角を占める株式会社朝日新聞社ですらこうなのですから、他社の状況も「推して知るべし」、といったところです。その一方、暇空茜氏は毎日新聞社からの質問状とそれに対する回答のやり取りを、毎日新聞が報じる前に公表してしまったようです。新聞の影響力は20年で3分の1に!暇空茜氏、... 朝日朝刊3ヵ月で7万部減なのに「有料会員数」横ばい - 新宿会計士の政治経済評論 |
日経の値上げ戦略は独自
そして、日経新聞が紙媒体を止めようとしているのではないかとの証拠が、もうひとつでてきました。
産経ニュースなどのメディアの報道によると、日経新聞は7月、現行の月額4,900円のセット料金を600円引き上げ、5,500円に設定するのだそうです。
日経新聞が5年ぶり値上げ 7月、5500円に
―――2023/6/9 08:42付 産経ニュースより
5,500円ということは、年額で66,000円(!)ですし、値上げ幅自体も、朝日新聞や西日本新聞のそれを上回る600円です。また、「朝刊のみ」(統合版のことでしょうか?)は現行の4,000円から4,800円に引き上げられるそうであり、こちらは値上げ幅が800円(!)という衝撃的な額です。
この値上げについて産経は、こう述べています。
「新聞用紙や配送の燃料費、人件費などのコストが上昇して販売網の維持が難しくなってきたため、値上げに踏み切る」。
このあたりまでは想定通りですが、ただ、それ以上に驚くのは、こんな記述です。
「日経電子版の月ぎめ購読料は4,277円で据え置く」。
冷静に考えたら当たり前なのですが、ウェブ媒体はネット回線を使って配信するため、物理的に紙に印刷するためのコストも一切かかりませんし、そもそも地球温暖化ガスを撒き散らすでもなく、人海戦術で全国に配送する必要もなく、配送コストもタダみたいなものだからです。
つまり、日経新聞の値上げは一見、新聞業界の「横並び」にもみえますが、決してそうではありません。電子版を据え置くということは、読者を積極的に電子版に誘導するという意図が透けて見えるからです。
新聞社の未来
これは、当ウェブサイトの考える「新聞社の未来」とも合致する姿です。
日経を中心に、ウェブでもやっていける媒体は紙媒体の発行をどんどんと取りやめていき、米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)や英フィナンシャル・タイムズ(FT)のように、ウェブに特化していく方向なのでしょう(そういえばFTは株式会社日本経済新聞社の傘下に入っています)。
ただ、ウェブでやって行けるメディアというものは、正直、限られており、これといって特徴のない左翼的な一般紙などは、ウェブ媒体の契約に円滑に移行していくことは難しいでしょう。
そうなるとやはり、某メディアのように「国から格安で払い下げてもらった土地に建てた優良不動産物件の賃貸」、「中国共産党の宣伝冊子の配布」、「某宗教団体の機関紙の印刷請負」といった「副業」で儲けながら、趣味の範囲で新聞を刊行するしかなくなります。
あるいはそうした優良不動産物件すらないケースだと、座して死を待つのみなのでしょう。
もっとも、『民主主義に対する挑戦:新聞記者が国会議事進行妨害か』などでも紹介したとおり、最近の一部新聞業界の狼藉行為には目に余るものがあるため、新聞社が経営破綻したとしても、個人的にはあまり同情する気分にはなれなそうですが…。
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そう言えば東日印刷の方から名刺をもらったことがあります。場所は JETRO 六本木です。英語が話せない僕らでもインド人を雇えているよありがたいという話題でした。
もし日経の産業モデルが正しいとすると、日経は宅配する販売店を切り捨て(?)を図るということでしょうか。
日経はかなり前から、というか60年間以上、朝日新聞に宅配を委託してました。朝日が無い地域は毎日又は読売新聞に。それも無い地域は地方紙に。日経だけでは販売店を維持できなかった。また宅配家が少ない為、広域に渡りすぎて、デリバリー出来なかったのでしょう。
しかし値上げ幅は朝・夕刊セットで600円、朝刊のみで800円と訳の分からない朝刊単独の方が高いとなってます。ココだけの話、ヤル気無いと思われます。
「日経の記者以外、経済担当記者は失格だッ。イチから勉強しなおせッ」と、某大商社の会長や財閥系不動産業のトップ経営者が言ってました。もうその方々はこの世にいないだろうなぁ〜。令和の今の惨状を見て、是非ご意見聞いてみたいもんです。
朝・夕刊セットで年額66,000円(°▽°)!いや〜私なら美味いもんを食べるか、お孫ちゃんに会いに横浜市迄行きます(笑)。日経Web版も契約してた時は有りましたが、新聞ネタとほぼ同じ。それで値段は高い。ま、お気軽に見るなら産経Webがマシですね。
めがねのおやじ様
>日経はかなり前から、というか60年間以上、朝日新聞に宅配を委託してました。
ということは、もし朝日新聞が日経の宅配の委任を有料にすれば、日経は値上げせざるを得なくなる、ということでしょうか。(まあ日経としては、読者に、その分を転嫁すればよい、と考えたのかもしれません)
引きこもり中年様
現在の詳細は分かりませんが、朝日新聞販売店は日経の他に繊研新聞、日刊工業新聞なども取り扱いしてました。平日の朝刊のみでした(不確実ですが)。
読売新聞は日本繊維新聞や日本工業新聞(ちょっと名前が違うかも。微妙)も取り次ぎしてました。基本、チラシは無いので、店の売上げには何かでプラスを差し出してたと思います。つまり専門紙から宅配料金を部数にのせて請求し、販売店に渡すとか。日刊工業新聞はその他にも何種類かの専門紙を出してました。日刊流通新聞てのもありましたね。今は有るのかどうかも知りません。
訂正です。
「日刊流通新聞」は「日経流通新聞」でした。
2016年8月31日 日経MJ(流通新聞)一面
『弊社も御社も木っ端みじん』
『日本経済新聞社の東京本社もゴジラの出す放射線熱で上層階が吹き飛んだ模様だ』
はにわファクトリー様
なるほど。まだ日経MJあったんですネ〜。もうド忘れ激しくて、認知を疑います(笑)。
>日経は宅配する販売店を切り捨て(?)を図るということでしょうか。
日経新聞の場合は日経のみを配送するいわゆる「専売店」の割合が極めて低く元々切り捨てる相手が居ないので問題になりにくいのと、他の新聞と比較して折込広告が極端に少ない≒販売店の広告収入が少ないため、販売店へのバックマージン等の紙で新聞を発行する場合の追加コストが他誌より多くなりやすい構造なのだと思います。
逆説的に、他の新聞社がWeb移行に消極的なのは販売店(特に専売店)の問題と、折込広告による広告収入が(一応直接新聞社には入っていない事になっていますが)美味しいからではないですかね。
※そもそも通信社への依存度が高すぎて、Web媒体だと自社で記事を書いていないのがバレバレで存在価値が否定されかねないという説も・・・
>>>※そもそも通信社への依存度が高すぎて、Web媒体だと自社で記事を書いていないのがバレバレで存在価値が否定されかねないという説も
全くその通りです。
日経の経営ベタなのか?他紙への配慮なのか?
この機会に電子版を値下げすれば、電子版への移行が加速するのだが。同時にやると露骨だから、そう遠くない内に、電子版を値下げして来るでしょう。
来年辺り又、紙版を値上げして、その後又、電子版を値下げして、を繰り返すでしょう。
今までお世話になった販売店に値上げ分をそっくり差し上げて、数年後に紙版を完全に止める時に抵抗が少ないように。
経営者なら、このように考えるでしょう。
新聞紙発行が垂れ流し続ける赤字損失を別な事業が穴埋めをする。
典型的な「経営資源の配分適性問題」です。経営者能力が知れるというものです。
日経の今回の値上げ幅には、いよいよ紙媒体を止めることを決めたことが伝わってくる。
(800円なんて、もう1000円みたいなもの)
その時期は、紙媒体の損益分岐点部数に達した(減少した)時点に照準を合わせているのでないか?例えば、100万部まで減少した時とか?
その時に、合わせて、電子版の契約の増加数も合わせていくのではないか?
電子版は、値下げに応じて契約数が増加することが見込まれる上に、増加に伴うコスト増も殆どないハズなので、契約金額増加がそのまま粗利になるようなものではないか?
(変動費ほぼ0?)
経済新聞という特殊性から顧客層は明確なので、電子版の販売戦略はいろいろと多岐に亘り立て易い。
一つの課題は、紙媒体の発行を止めた時に、新聞販売店への補償金を支払わなくてもいいのだろうか?ということ。それは、多分大したことではないと思うが。
元々他紙の販売網に便乗していただけなのだから。
日経を見ていると、安易な特色の無い記事を作って来た、ATMに未来があるはずが無い。
僅かな紙面広告収入と面子ゆえに夕刊をやめられない他紙と違って、結構前から日経は夕刊を廃止したかったんですよ。今回の価格改定で朝夕セット版と統合版をほぼ同じ金額に設定したことから、ようやく環境が整ったのかなと感じます。
新聞の購読料と、その広告に載ってる健康食品を買う値段を、そのままスポーツジムに注ぎ込んだ方が、心身共に健康になれると思ったりします