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    Categories: 金融

ルピーの国際化に踏み出すインド

インドが通貨・ルピーの国際化に少しずつ踏み出しているようです。その一例として、インドは隣国・バングラデシュの銀行に対し、貿易のルピー決済を可能とする「ノストロ口座」の開設を許可したようです。G20共通通貨よりもルピー国際化の方がよっぽど現実的ではあります。もっとも、中国の例でもわかるとおり、通貨の国際化はなにかと大変です。インドがどこまで自国通貨の国際化に本気なのかはわかりませんが、とりあえずは「お手並み拝見」、といったところでしょうか。

BRICS共通通貨は通貨論から見て非現実的

以前から当ウェブサイトでしばしば説明してきたとおり、「G20」と呼ばれる枠組みは、「通貨」という視点から見れば、非常にナンセンスな集合体です。なぜなら、G20諸国のなかには、その通貨の国際的通用度が非常に低い国がいくつも紛れているからです。

たとえば、『BRICS共通通貨はG7に対抗できっこない「空論」』でも取り上げたとおり、G20諸国のなかでもとくに「BRICS」と呼ばれる国々(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の5ヵ国で共通通貨を創設しよう、などとする構想が持ち上がっているようです。

「中国、ロシアなどが『BRICS』を軸にG7に対抗するのではないか」。「脱・米ドルを目指してBRICS共通通貨創設を目指すのではないか」。少なくとも金融評論家という立場からは、先進国的な通貨制度をまともに運用したこともない国がいくつ集まったとしても、国際決済の使用に耐え得る共通通貨を作り出すことはできないと考えます。つまり、BRICS共通通貨はG7に対抗しようにも対抗できっこない「机上の空論」に過ぎないのです。共通点なきG20通貨通貨面で見て共通点がなさすぎる「G20」当ウェブサイトでしばし...
BRICS共通通貨はG7に対抗できっこない「空論」 - 新宿会計士の政治経済評論

そもそも各国の経済規模も異なれば、ブラジルと中国、南アフリカとロシアなどはお互いに地球の裏側に位置するなど、地理的にも極めて離れています。敢えて可能性があるとしたら中露共通通貨くらいでしょうが、それだったらロシアがルーブルを捨てて人民元を採用すれば済む(?)話かもしれません。

いずれにせよ、ユーロ圏ですらあそこまで共通通貨圏の維持に苦慮しているくらいですから、まともな先進国通貨を運営した経験すらない5ヵ国が共通通貨を創設しても、おそらくはハード・ランディングの未来しか待っていないでしょう。

というよりも、そもそも共通通貨創設にたどり着く前に、BRICSのいずれかの国は破綻し分裂する可能性すらあるかもしれませんが、この点については本稿ではとりあえず無視します。

バングラデシュにインドルピーの使用を許可したインド当局

ただ、とくに発展途上国を中心に、米ドルへの依存度を減らしたいというニーズがあることもまた事実です。

こうしたなか、BRICSの一角を占める「I」、すなわちインドで、少し気になる動きも出てきました。

No currency swap, partial trade with India now in rupee only

―――2023/05/24 22:55付 THE BUSINESS STANDARDより

南アジアのインドの隣国であるバングラデシュのメディア『ザ・ビジネス・スタンダード』が5月24日付で報じた記事によると、インドとバングラデシュの両国は通貨スワップ協定の締結を諦め、かわりにインドの通貨・ルピーを使用した貿易決済を行うことで合意した、としています。

具体的には、バングラデシュの2つの銀行がインド国内の2つの銀行に「ノストロ口座」を開設することで両国が合意した、というのです。

ちなみにこの「ノストロ口座」(nostro accounts)とは、ラテン語で「我々の」を意味する “nostros” が語源で、具体的には国内の銀行が外国の銀行にその国の通貨で入金するために開設した口座のことだそうです。

また、ビジネス・スタンダードによると、これらのノストロ口座に入金できるのはバングラデシュがインドへの輸出により稼得したルピーでの収入に限られ、これらの口座に預けられた資金はバングラデシュがインドから輸入する商品やサービスの決済代金として使用可能なものなのだそうです。

貿易不均衡からルピー決済は限定的

要は、何のことはありません。「二国間貿易をルピー建てにする」、というだけの話です。BRICS共通通貨構想よりはルピー国際化の方がよっぽど現実的ではありますし、人民元に対抗し得る新興市場諸国通貨が出て来るのは、世界経済にとって悪い話ではありません。

ただし、記事によれば2021~22年度の両国の貿易高は、バングラデシュからインドへの輸出は約20億ドル、インドからバングラデシュへの輸出は約137億ドルと大幅な不均衡が生じているそうですので、このス金-無だとバングラデシュは輸入代金137億ドルのうち、ルピー決済できるのは最大でも年20億ドル分でしょう。

もちろん、バングラデシュの銀行のノストロ口座を開いているインドの銀行が、バングラデシュの銀行に対して資金(当座貸越など)を貸し付ける、ということは可能ですが、それにしてもいずれ返済しなければなりません。

こうしたなかで、記事ではインドが現在、ルピーの国際化を目論んでおり、ルピー建ての取引をマレーシアなどにも許可し始めた、などと記載されています。また、協議自体はバングラデシュだけでなく、ロシアとも行われているというのです。

通貨の国際化には障害は大きいが…「お手並み拝見」

このあたり、国際的な金融市場でほぼまったくと言って良いほど存在感がないインド・ルピーが、少しずつるピーの国際化に踏み切ろうとしているというのは、興味深い動きではあります。

ただ、国際化で先行する人民元の場合だと、国際化の動きは2015年を境に止まってしまった、という例もあります(『数字で読む「人民元の国際化は2015年で止まった」』等参照)。

本稿は、昨日の『中国当局には人民元の国際化を容認する覚悟はあるのか』では取り上げ切れなかった統計データをまとめて収録しようというものです。昨日の議論に関連し、これまで当ウェブサイトで解説してきた内容を一気に紹介しています。まだの方は是非、昨日の議論を確認したうえでご一読くださると幸いです。結論的には「人民元国際化の動きは2015年前後でいったん止まったが、油断はできない」、というものです。人民元決済・データ編本稿の位置づけは「統計データのまとめ」昨日の『中国当局には人民元の国際化を容認する覚悟は...
数字で読む「人民元の国際化は2015年で止まった」 - 新宿会計士の政治経済評論

インドも中国も(あるいは韓国も)、通貨の国際化をおざなりにしたままで経済発展が先行してしまったという共通点があり、これらの国では、通貨の国際化を進めたら国内の金融市場が混乱し、かといって通貨の国際化を先送りしたら、いつまで経っても外貨不足という慢性病は治りません。

ルピーの国際化に関しては、とりあえずインドの「お手並み」を拝見、といったところですが、個人的には現在の中国・人民元と同様、インド・ルピーも結局は「国境地帯や周辺国でのマイナーな決済手段」に留まるのではないか、などと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (8)

  • ちょうど最高額面2000ルピー紙幣廃止が正式アナウンスされたところで、金融時事に聡いサイト主らしい記事と思います。
    当方の見立て、というか勝手な予想ですが、インド政府は現行ルピー通貨はいずれ廃貨する超長期計画を隠しているのだろう。新紙幣投入(あるいは廃止)貨幣改鋳の繰り返しを通じてじわじわと水を入れ換えながら地下経済を天日に曝すつもりで、あるとき新ルピーへどかんと切り替えるのではないか。国境を越えて流通する新国際ルピーはそっちになりそうだ。という空想です。
    JETRO ビジネス短信 5/25 によれば、最高額面紙幣廃止を受けて2000ルピー札歓迎をうたって高額商品を売りつけようとするしたたかな動きも市中に見られてるとのことです。喰えない連中です。

  • 専用の決済口座(当座)は、「輸出額の大きい方の国で開設する」のが基本なのかと思います。
    同様のケースで債権回収が滞った事例がありましたね。イランも要らんことしたもんです。

  • >ユーロ圏ですらあそこまで共通通貨圏の維持に苦慮

    ユーロ圏は確か財政赤字GDP比3%以内、公的債務60%以内という縛りがあったはず。
    BRICSに規律を求めるのは無理ではないか。

  • 通貨の基本は、信用(信頼)力。通貨の信用力とは、その国が信用されているか?という事。
    人間は、本能で信用でき無いものは使わないだけ。
    例えば、今回のノストロ口座の開設もどんなに凄い事かと思えば、137対20の大きな開きがあるにも関わらず、何故今頃やっと?という疑問の方が大きく浮かぶ内容。
    これだけ、貿易格差があるなら、インドももっと早くやって上げても良かったのでは?と思う程の差。
    ここで分かる事は、20億ドルレベルでも、やはり、インドはいつでもどこでも使えるドルというフリーハンドを持っていたいという事。
    今回の事の裏の事情は分からないが、何か、インドがバングラディシュに少しばかりの温情を掛けてやった、という事しか感じられないレベル。
    或る意味、隣の国さえ信用していないという事。
    例えば、日本も、韓国通貨は勿論、親近感を持つ台湾の台湾ドルだって、受け取らない。
    それを受け取っても、他の支払いに使えない、何故なら相手が受け取らないから。
    通貨とは、信用力。

    • 補足します。

       そして、その信用とは、自分が相手をどれだけ信用するかではなく、世界がどれだけ相手のことを信用するか、ということ。

      • 追記します。

         この根本的なことから考えれば、ブロック通貨だとか、経済圏通貨だとか、南米通貨だとか、そんなものが成り立つはずがない。
         相手を信用していないのだから、受け取りたくはない。しかも、その通貨には、何の裏付けがあるのか?単に相手国が勝手に発行しているだけのもの。
        相手の国の経済力も信用していないのに、しかも、経済力に自信が無いから、ローカル通貨同士で何とかやりましょう、が発想の原点だから、初めから信用力無しで始めましょうといっているのと同じこと。

         もし、米ドルに頼りたくないのであれば、自国経済を強くすること。間違っても戦争なんか起こしてはいけない。
         
         ここまで書いてきて、政治は、経済から考えることが基本かもしれない、と思い至った。
         戦後の日本だって、経済一本に絞ったから国力が順当に伸びたのだから。

         そして、今の日本はその原点に立ち返って、経済力の再構築に邁進するべきだ。
        隣国の相手をして、精神的経済的な消耗を繰り返すべきではない。
         成るべく早く政治経済関係は、縮小して行くべきだ。

  • どのみち、通貨の国際化って、未知の領域なので、
    メリットとデメリットを秤にかけながら、
    ゆっくり、進めるしかないでしょうね。

    BRICS 共同通貨を考えるに、
    各国が勝手にしたいのが目的なんだろうけど、
    それぞれの国の信用度が問われるという話なのだから、
    ま、無理ぢゃないかな。