昔から、貧すれば鈍す、などといいます。中国は自国通貨の国債通用度を高めるためなどと称し、人民元建てのスワップの拡大を急いでいますが、これが中国にとって良い影響を与えるとは限りません。スワップを引き出す国はたいていの場合、金融危機や通貨危機などの状況にあるからです。こうしたなか、アルゼンチンが中国とのスワップの規模拡大などを目指し、交渉中である、などとする報道が出てきました。
目次
中華スワップは33本・4兆元超も?
中国がスワップ外交を活発化させている、などとする話題は、かなり以前から聞こえてくるものです。ただ、これについて、中国が外国と締結している通貨・為替スワップの実態については、よくわからないのが実情でもあります。
当ウェブサイトでは以前の『【総論】中国・人民元スワップ一覧(22年8月時点)』において、中国人民銀行が公表しているレポート『人民幣国際化報告』をもとに、中国人民銀行が過去に外国通貨当局と締結したスワップを手入力したうえで、一覧表に取りまとめたことがあります。
2017年7月以降、2022年8月末までに締結されたスワップについて、重複を除外し、参考値としてのドル換算額を出すための為替レートをアップデートしたうえで再掲しておくと、図表1のとおりです。
図表1 中国人民銀行が外国通貨当局と締結している人民元建てのスワップの一覧(2022年8月末)
(【出所】中国人民銀行『人民幣国際化報告』をもとに著者作成。なお、米ドル換算額は国際決済銀行 “US dollar exchange rates (daily, vertical time axis)” の2023年5月23日時点のレートを使用。ただし、同データに収録がない通貨に関してはネットサイト等を参考に換算しているが、最新データではない可能性がある点には注意)
日本と比べると規模は大きい
この一覧に掲載されいてるスワップのすべてが現時点でも有効だという保証はありませんが、それでも合計33本、都合4兆元を超える金額のスワップが外国に提供されています。為替換算すると5818億ドル、1ドル=140円だと81兆420億円に相当する金額です。
日本の場合、外国と締結している通貨スワップの総額は、インドなど6ヵ国との間で合計1187.6億ドル(1ドル=140円だと16兆6264億円)ですが(図表2)、中国のスワップの規模は、換算上、この5倍程度ということでもあります。
図表2 日本の財務省が外国と締結している通貨スワップ
相手国 | 日本が提供する上限 | 相手国からの引出条件 |
インドネシア | 227.6億ドル | 米ドルか日本円 |
フィリピン | 120億ドル | 米ドルか日本円 |
シンガポール | 30億ドル | 米ドルか日本円 |
タイ | 30億ドル | 米ドルか日本円 |
マレーシア | 30億ドル | 米ドル |
インド | 750億ドル | 米ドル |
合計 | 1187.6億ドル | ― |
(【出所】財務省『アジア諸国との二国間通貨スワップ取極』)
ただし、日本の場合は上記通貨スワップ以外にも4ヵ国との間で上限6.9兆円相当の円建ての為替スワップ協定を締結しているほか、主要国中銀との間で期間・金額無制限の為替スワップも締結している(図表3)ため、日中双方のスワップ外交を「規模」という観点から単純比較することはできません。
図表3 日本銀行が現在、外国と締結している為替スワップ
スワップ相手 | 上限(日本円) | 上限(相手通貨) |
米FRB | 無制限 | 無制限 |
欧州中央銀行(ECB) | 無制限 | 無制限 |
イングランド銀行(BOE) | 無制限 | 無制限 |
カナダ銀行(BOC) | 無制限 | 無制限 |
スイス国民銀行(SNB) | 無制限 | 無制限 |
中国人民銀行(PBC) | 3.4兆円 | 2000億元 |
豪州準備銀行(RBA) | 1.6兆円 | 200億豪ドル |
タイ中央銀行 | 8000億円 | 2400億バーツ |
シンガポール通貨庁(MAS) | 1.1兆円 | 150億Sドル |
(【出所】日本銀行『海外中銀との協力』)
日中スワップの大きな違いは「使い勝手」と「透明性」
ただ、日中のスワップを比較すると、そこには明確な違いがあることがわかります。大きく「使い勝手」と「透明性」です。
- 中国…33ヵ国・地域との間で上限4兆1045億元(5818億ドル)
- 日本(通貨スワップ)…6ヵ国・地域、上限1187.6億ドル
- 日本(為替スワップ)…5ヵ国・地域、金額無制限スワップ/4ヵ国・地域、上限6.9兆円
まず、中国の場合は通貨スワップと為替スワップの違いを明確に打ち出していません。中国人民銀行の情報開示自体は不十分ですが、漏れ伝わる報道等によれば、一般に「通貨スワップ」的な使われ方をする場合と、「為替スワップ」的な使われ方をする場合があるようです。
これに対し、日本の場合は通貨スワップ、為替スワップそれぞれに発動条件を明確に定めており、とくに日米英欧瑞加6ヵ国・地域の中銀の為替スワップ・ネットワークでは、お互いの通貨の流動性供給入札というかたちで、スワップが発動されます(※ただし、すべてのスワップが過去に引き出されたわけではありませんが)。
次に、相手国が引き出せる通貨は、日本の場合は米ドルか日本円であるのに対し、中国の場合は人民元に限られます。米ドルにせよ、日本円にせよ、どちらも国際的に広く通用する「ハード・カレンシー」ですが、人民元の場合、資本規制が厳しく、正直、国際的に広く通用する通貨とはいえません。
ただ、それと同時に、中国はこの中華スワップを、人民元の「国際的な金融支配力」を強化するための手段として位置付けているというフシがあります。そして、(あくまでも報道ベースではありますが)現実に中華スワップを引き出している国は、トルコ、アルゼンチンなど、「非常に困っている国」ばかりでもあります。
要するに、本来ならば国際的なハード・カレンシーが「喉から手が出るほど欲しい」という国が、やむを得ず中華スワップに手を出している、という構図です。
担保価値が下落する中華スワップ
ただし、それが中国にとって良い話とは限りません。「困っている相手国」が人民元を引き出すということは、相手国が人民元スワップを「踏み倒す」というリスクもあるからです。
これに関し、先週の『中華スワップ残高増から考察する中華金融のお寒い実態』でも取り上げたとおり、中国人民銀行が公表する『货币政策执行报告』という四半期レポートに基づけば、中華スワップの引出額は、直近の2023年3月時点で初めて1000億元の大台に乗りました。
中国人民銀行の報告書によると、外国中央銀行が引き出している人民元建てのスワップの総額が、2023年3月時点で1090.85億元に達したのだそうです。Bloombergの報道記事によると、残高が1000億元を超えるのは史上初だそうですが、ただ、中国が外国と締結しているスワップの残高が約4兆元であることを思い出しておくと、これを「巨額」と見るのは尚早です。なにより中国が担保として受け入れている外貨の価値は絶賛目減り中。これが中華金融のお寒い実態でしょうか。2023/05/19 06:45追記小見出しが抜けていた部分がありましたので訂正... 中華スワップ残高増から考察する中華金融のお寒い実態 - 新宿会計士の政治経済評論 |
いわば、中国のスワップ引出残高が順調に伸びている、というわけです。
しかし、その反面、中国が外国から担保として受け入れている外貨の価値(ドル換算額)は低迷していることがわかります。過去の同レポートから手入力した数値をもとに、グラフを再掲しておきましょう(図表4)。
図表4 中華スワップの引出額の状況
(【出所】中国人民銀行『货币政策执行报告』の過去レポートをもとに著者作成)
このグラフが意味することは、中国が外国に気前よく自国通貨を貸し出している一方、その担保として受け入れている相手国の通貨の価値が「目減り」している、という状況でしょう。
アルゼンチンが中華スワップの規模拡大を目指す
ちなみにこの1000億元という金額について、具体的にどの国がいくら引き出しているのかはよくわかりません。ただ、想像するに、これを引き出しているのは「相当マズい状況」に追い込まれている国であることは間違いなく、おそらくそのひとつは、アルゼンチンです。
これに関連し、ロイターに現地時間24日付(日本時間25日付)で、こんな記事が出ていました。
Argentina in talks to expand China currency swap line, source says
―――2023/05/25 12:55 GMT+9付 ロイターより
ロイターは「中央銀行筋」の情報として、アルゼンチンが中国とのスワップラインの更新と拡大を模索していると報じています。
記事では今年1月、上限1300億元のスワップ協定の一環として、アルゼンチンの通貨・ペソの安定を図るなどを目的に、約50億ドル分が「アクティベート」、つまり使用可能な状態にされた、などと指摘されていますが、これをさらに拡大することが検討されているようです。
ロイターが報じた「政府筋」の情報では、制限なく利用できる金額を増額する方向で、今年5月末までにスワップ協定を更新・署名することを目指して交渉が続けられているとしており、これに加えてアルゼンチンの経済担当相と中銀総裁が5月29日から6月4日のタイミングで訪中するのだそうです。
暴落続くアルゼンチンペソ
まさに、貧すればなんとやら、といったところでしょうか。
アルゼンチンといえば、今世紀初頭に外貨建ての国債のデフォルトを発生させ、債務再編を行いましたが、約10年前の2014年にはこの債務再編に納得がいかない投資家からの訴訟に敗訴し、ドル建て国債が再度デフォルトしてしまいました。
その後も同国の経済は安定しておらず、じっさい、国際決済銀行(BIS)のデータで見ても、アルゼンチンペソ(ARS)の対米ドル相場は急上昇(つまり通貨価値は暴落)する一方であることがわかります(図表5)。
図表5 USDARS
(【出所】BISウェブサイト “Download BIS statistics in a single file”, US dollar exchange rates (daily, vertical time axis) データを参考に著者作成)
先ほどのロイターの記事によれば、アルゼンチンは国際通貨基金(IMF)からの440億ドルの融資プログラムに基づき、貿易決済代金や将来債務償還に備えて外貨準備を蓄積する必要があるとされており、4月に中国からの輸入代金をドルではなく人民元で支払うと発表したのも、外貨準備を節約する措置だそうです。
外貨準備も枯渇が続く
なお、IMFのデータによれば、アルゼンチンの外貨準備はたしかに枯渇が続いています(図表6)。
図表6 アルゼンチンの外貨準備高
(【出所】International Monetary Fund, International Reserves and Foreign Currency Liquidity をもとに著者作成)
ロイターによると、アルゼンチンでは今年、大旱魃の影響で主力輸出商品であるトウモロコシや大豆の生産が大きな打撃を受け、年間109%(!)というインフレに加え、今年の選挙を控えた政情不安などに圧迫されておらい、こうした影響で外貨準備も急減している、などとしています。
いずれにせよ、人民元スワップがアルゼンチンに対する中国にとって自国の金融市場における影響力を高めるというポジティブな効果をもたらすものなのか、はたまた中国が巻き添えを喰らって大やけどをするのが関の山なのか。
個人的には後者ではないかと思う次第です。
View Comments (6)
定期的にデフォルトやってるアルゼンチンとか踏み倒す気満々なんじゃないですか? そこに中古を足すとどうなるのか、なかなか興味深いですねぇ
中国はアルゼンチンに対して
スリランカの99年租借地と同様な事を狙っているのでしょう
借金のカタに アルゼンチンから何を奪う気かは分かりませんが
アルゼンチンといえば、個人的、世代的にアニメ「母を訪ねて三千里」のマルコ(イタリア人)の
母の出稼ぎ先・・ですね。実際、19世紀から1920年代までは圧倒的な農業生産、豊かな国土で世界有数の富裕国、先進国だったのに、まさかデフォルトの常習犯になるとは100年前のご先祖様は
想像だにしなかったでしょうね。
今のオーストラリアのイメージに近いものがありますかね。100年後のオーストラリアはどうなっているんでしょう?
それにしても、上の方もおっしゃっていますが、デフォルト常習犯と中華の「対決」、不謹慎ながら「これは見もの」と楽し・‥いえ、興味深いところです。
旅物に外れ無しですね、
あの宇宙戦艦ヤマトも14万8千光年まで放射線除去装置を取りにいく
壮大な物語でしたね、
地球で一番遠方まで行った作品は?、
グレンラガン、トップをねらえ、
>ロイターによると、アルゼンチンでは今年、大旱魃の影響で主力輸出商品であるトウモロコシや大豆の生産が大きな打撃を受け、
穀物が無ければ肉を食べれば良いじゃない♪( ´ω`)
元々、金融については知識も無いし興味も無いです。
が、「門前の小僧、習わぬお経を読む」みたいに、時々こういう記事を読んでいると、何となくそうかな、という感覚みたいなものが生まれて来るようです。
通貨スワップにしても、為替スワップにしても、要は当座の立て替えみたいなものですね。そうでなければ、どちらかが結果的に損をすることになります。というか、ハードカレンシーの枠を与えている方が、損に対するリスクを負っているのでしょうが。
それに対して、当然と言えば当然なのですが、元や他の通貨でのスワップをすることは、立て替えよりも融通的な要素が強くなるような意味合いがあるように見えます。
そんなことを、この記事から感じました。