経産省は31日、「極めて先端的な半導体製造装置」のうちの23品目を、新たに輸出管理の対象とすべく、省令・通達などの改正案を発表し、パブリック・コメントの募集を開始しました。さりげなく「り地域」に対し、「一般包括許可」の適用が認められていないというのも気になるところですが、それ以上に興味深いのは、「と地域③」の具体的な国名が明らかにされていないことでしょう。極端な話、この「と地域③」に思わぬ国が入る可能性もあるかもしれません。
目次
経産省がパブコメ募集を開始
経済産業省は31日、「極めて先端的な半導体製造装置」である23品目を、新たに輸出管理の対象にする方針を発表。これに関し、関連する省令、通達などの改正案を発表し、パブリック・コメントの募集を開始しました。
パブコメ募集ページ自体は、『e-gov』の『案件一覧』のページから確認することができます(『輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令の一部を改正する省令案等に対する意見募集について』参照)。
今回の改正の主眼はワッセナー・アレンジメントの補完措置
経産省は今回の措置を講じる理由について、「同盟国・同志国との意見交換を踏まえ、半導体技術保有国であるわが国として、『ワッセナー・アレンジメント』を補完するものとして、軍事転用防止のため厳しく管理する」としたうえで、次のように述べています。
「国際的な安全保障環境が厳しさを増すなか、軍事転用の防止を目的として、ワッセナー・アレンジメントを補完するとともに、半導体製造装置に関する関係国の最新の輸出管理動向なども総合的に勘案し、特定の貨物及び技術を輸出管理の対象に追加することとしました」。
「輸出管理」、「ワッセナー・アレンジメント」という単語を聞いて、勘の鋭い方ならすぐに思い出すと思いますが、これはまさに『韓国をホワイト国に戻してはならない輸出管理上の理由』でも詳述した、外為法に基づく輸出管理という論点そのものです。
韓国政府が日本政府に対し、輸出「規制」の撤回と「ホワイト国リスト」への韓国の編入を強く要求しているようであることは、ここ数日の韓国メディアの報道でも明らかです。しかし、そもそも日本政府が対韓輸出管理適正化措置を発動した原因――日韓の信頼が損なわれた状況で、韓国が輸出管理を巡って不適切な事例を発生させたうえ、WTO提訴をしたことなど――が除去されていない以上、日本政府は韓国側の要求に応じることはできませんし、応じてはなりません。無名の専門家がウェブ評論をする時代社会のインターネット化に伴い、興味深... 韓国をホワイト国に戻してはならない輸出管理上の理由 - 新宿会計士の政治経済評論 |
グループA~Dの輸出管理
現在の日本は、輸出管理を「リスト規制品」と「キャッチオール規制」の2つの観点から運営しており、また、外国を「グループA」から「グループD」までの4段階に分けて管理しています(図表1)。
図表1 輸出管理のグループ別の取扱い
グループ | キャッチオール規制 | リスト規制の包括許可 |
グループA | 適用されない | 品目によっては一般包括許可、特別一般包括許可などを受けることができる |
グループB | 適用される | 一般包括許可は使えない。品目によっては特別一般包括許可が使えるケースもある |
グループC | 適用される | 特別一般包括許可の対象はグループBよりも狭くなる |
グループD | 適用される | 特別一般包括許可などの優遇措置は一切使用できず、すべての品目が「個別許可」の対象 |
(【出所】経産省『リスト規制とキャッチオール規制の概要』をもとに著者作成)
このうち、「グループA」(昔の用語でいう「ホワイト国」)に対する輸出管理は最も緩く、「リスト規制品」であっても、品目によっては「一般包括許可」や「特別一般包括許可」などの特別な許可を受けることができるほか、そもそも「キャッチオール規制」自体が適用されないという優遇措置を受けています。
しかし、「グループB」以降の国に関しては、「キャッチオール規制」が適用されるほか、「リスト規制品」に関しても、「グループA」に認められている「一般包括許可」は認められません(ただし、グループBやCの国に対しては、グループAと同様に「特別一般包括許可」などの許可が認められる品目もあります)。
つまり、「グループA」と「グループB」の間には、非常に大きな差が存在しているのです。なにせ、「一般包括許可」という、非常に緩い許可を使うことができないわけですから、「グループB」以下の国への輸出は、「グループA」と比べて非常にハードルが高くなるのです。
包括許可の仕組みはいくつかあるが…
ちなみに「包括許可」にはいくつかの種類があるようですが、その代表的なものとしては、「一般包括許可」「特別一般包括許可」以外にも「特定包括許可」などの仕組みが設けられています(図表2。ただし、これら以外にも包括許可の仕組みは存在しますが、本稿では割愛します)。
図表2 輸出許可の種類
種類 | 特徴 | 備考 |
一般包括許可 | 個別許可の取得が不要となる仕組み。取得にあたって、輸出管理内部規定の整備なども必要ない | 適用できるのはグループAの26ヵ国に対して一定品目を輸出する場合に限定される |
特別一般包括許可 | 一般包括許可と同様、個別許可の取得が不要となる仕組みだが、一般包括許可と異なり「内部規定の整備」などが求められる | グループAだけでなく、グループBやグループCに対して輸出するときにも適用できる場合がある |
特定包括許可 | 継続的な取引関係を行っている同一の相手方に対する輸出を包括的に許可する制度 | グループAだけでなく、グループBやグループCに対して輸出するときにも適用される場合がある |
個別許可 | 輸出の都度、経産省が審査し、許可するという仕組み | 個別許可品目はグループAが最も少なく、B、Cになるにつれて増え、グループDは全品目が個別許可の対象 |
(【出所】経産省『リスト規制とキャッチオール規制の概要』、『包括許可の概要』などを参考に著者作成)
なお、グループBとグループCの明確な違いは、グループBに指定されるためには国際的な輸出管理レジームに参加していることなどが必要であることに加え、特別一般包括許可や特定包括許可を受けられる品目がグループCと比べて多い、という点にあります。
また、北朝鮮など「グループD(懸念国)」に指定されており、そもそも基本的に輸出許可が出ないようです(※余談ですが、北朝鮮に対しては通常の輸出管理だけでなく「輸出規制」も適用されているため、そもそも北朝鮮への財貨の輸出は極めて困難です)。
グループAから除外されている3ヵ国:韓国、トルコ、ウクライナ
ちなみに「グループA」(旧「ホワイト国」、あるいは「い地域①」)に指定されているのは、米国、英国、欧州諸国など合計26ヵ国であり、逆に「グループD」(いわゆる懸念国)に指定されているのは11ヵ国ですが、「ち地域」には最近、ロシアとベラルーシも追加されています。
「グループA」(い地域①)
アイルランド、アメリカ合衆国、アルゼンチン、イタリア、英国、オーストラリア、オーストリア、オランダ、カナダ、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、チェコ、デンマーク、ドイツ、ニュージーランド、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、ルクセンブルク
(【出所】経産省『(輸出管理上の)仕向地』)
「グループD」
アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、コンゴ民主共和国、スーダン、ソマリア、中央アフリカ、南スーダン、リビア、レバノン
(【出所】輸出貿易管理令別表第3の2)
「ち地域」
アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮、コンゴ民主共和国、スーダン、ソマリア、中央アフリカ、ベラルーシ、南スーダン、リビア、レバノン、ロシア
(【出所】経産省『(輸出管理上の)仕向地』)
このうち「グループA」「(旧)ホワイト国」「い地域①」の根拠規定は『輸出貿易管理令』という政令の別表第3に設けられているのですが、なぜこれら26カ国がグループAなのかといえば、これらの国々は輸出管理に関する国際的な4つの枠組みのすべてに参加しているからです。
その「4つの枠組み」が、原子力供給国グループ(NSG)、オーストラリア・グループ(AG)、ミサイル技術管理レジーム(MTCR)、ワッセナー・アレンジメント(WA)です。
なお、この4つの枠組みにすべて参加している国は、上記26ヵ国以外にも日本、韓国、トルコ、ウクライナがありますが(つまり全部で30ヵ国ある、ということです)、日本を除く3ヵ国(韓国、トルコ、ウクライナ)に関しては、グループAからは除外されています。
これらの3ヵ国、おそらくは「グループB」でしょうか(※ちなみに経産省のウェブサイト上、「グループB」諸国の具体名は明らかにされておらず、2年前に出版した拙著『韓国がなくても日本経済はまったく心配はない』でも「グループBの具体的な一覧は不明」と記しています)。
5種類の地域別カテゴリー、「り地域」には一般包括許可不適用
さて、今回の経産省の措置は、半導体製造装置など23品目をリスト規制品に加えるということであり、ケースによっては「ホワイト国」に対して輸出する場合でも「一般包括許可」や「特別一般包括許可」が使えず、「特定包括許可」、「個別許可」などによらなければならなくなります。
そして、問題の23品目については、「い地域①」、「と地域②」、「と地域③」、「ち地域」、「り地域」の5つの地域に分けて、それぞれに地域に輸出する場合の許可のマトリックスが掲載されています。
たとえば「輸出令別表第1の7の項(16)又は(17)に掲げる貨物であって、貨物等省令第6条第17号ヘ(4)若しくはルからフまで又は第17号の2のいずれかに該当するもの(※)」に関する包括許可に関しては、こんな具合です。
- 「い地域①」には一般包括許可、特別一般包括許可がともに使用可能
- 「と地域②」には特別一般包括許可が使用可能
- 「と地域③」に対しては特定包括許可のみが使用可能
- 「ち地域」に対しては、いかなる包括許可も使用不可能
- 「り地域」には特別一般包括許可が使用可能
このうち、「い地域①」は旧ホワイト国、「ち地域」は懸念国11ヵ国にロシア、ベラルーシを加えた13ヵ国、「り地域」は韓国です。「ち地域」(ロシア、北朝鮮など13ヵ国)に対しては、半導体製造装置自体が事実上、禁輸される格好ですが、それ以外の国に対しては別に「禁輸措置」がとられるわけではありません。
さりげなく「り地域」(=韓国)に対しても輸出許可が課せられ、「一般包括許可」は許可されない、というあたりはちょっと興味深いところです。本来、この措置がターゲットとしているであろう国以外にも、結果的に「流れ弾」が韓国にも及んでいるからです。
韓国に対する輸出許可として「一般包括許可」が使用できないのは、韓国が現時点において「ホワイト国」ではない以上、当然のことではあります。
ただ、日本企業が韓国に輸出するに際し、輸出許可が必要なかった品目に対しても、輸出許可を受ける義務が課せられ、しかも「一般包括許可」が適用されないわけですから、韓国はまたしても「不当な輸出規制だ」、などと苦情を言ってくるのかが気になるところです。
「と地域③」っていったいどこですか?
ただ、今回の輸出管理厳格化のポイントは、基本的には「り地域」ではなく、むしろ「と地域③」にあります。これらの品目について、輸出相手が「継続的な取引関係を行っている同一の相手方」ではない場合には、いちいち個別許可を取らなければならなくなるからです。
もしも日本企業がこの「と地域③」に所在する相手先に対し、今回指定された半導体等製造装置を輸出しようとすれば、その相手先によってはいちいち個別許可を取らなければならなくなり、ケースによってはいつでも輸出を止められる、ということでもあります。
しかも、この「ち地域③」、具体的にどこの国を指しているのか、今回の改正案のどこを見ても、一切名指しされていません。すなわち、省令・通達の改正案を見ただけでは、どこの国に対する輸出管理が厳格化されるのかがよくわからない、というところにミソがあるのでしょう。
「ち地域③」に含まれる国が一体どこの中国なのか、本当に気になるところです。
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テレビでは韓国はすっかり信頼できるサイドの扱いだったりするけど、成程
>「ち地域③」に含まれる国が一体どこの中国なのか
最後の行なので、うっかり読み飛ばしてしまいそう…。
最後の二段落は、『ち』から始まる国名が頭にチラついて
『と』と『ち』をとちっているようですね。
更新ありがとうございます。詳細な説明にも感謝します。
これでずいぶんスッキリしました。
意見募集要領の中で「最終的な決定における参考とさせていただきます」という下りがあるのが気になるところですが、賛同意見が圧倒的多数なら多分問題がないと感じます。
逆に何もしないと、媚中勢力の意見の方が多くなりそうです。最近ヤフコメ等でもその手のコメントが増えている印象です。
オールド左翼、立憲信者、五毛の区別が付きにくいと思います。同じ人物が三つを兼ねている可能性もありますが。w
2019年のときよりは反対意見が多そうです。個人的に賛同意見の記入はするつもりです。もう少し自分の理解を整理してから拡散の方法を考えてみます。
自己レスです。
取り敢えず以下の文面で提出しておきました。個人情報の記入欄は全て任意でした。
◆◆◆
半導体製品製造装置及びその関連技術は、昨今技術の進歩が著しいAI技術や兵器転用技術等に利用可能です。
それ故、米国、オランダ等と足並みを揃えることは、「力による現状変化を認めない」という日本の立場にも合致します。
また迂回経路をゼロにすることは困難ですが、上記の様な懸念国との貿易割合が多い国にも「特別一般包括許可」か、それより厳しい「特定包括許可」や「個別許可」のみにする必要を強く感じます。
また同様の理由により、グループAや「一般包括許可」の対象は現状維持が良いでしょう。抜け道を根絶するのは困難ですが、リスクは極力減らしてもらいたいところです。
以上の理由により、本改正案に賛成します。
今回の措置は、建付け上「”と”くてい」の国を狙い撃ちしたものとの難癖もつきにくそうですね。
なるほど、ち地域③は知性のない国、り地域は理性のない国、って意味ですか。
Yes, Japan !! 上げ潮にはよろしく乗っかれ。むんむん?ちょっと前なら憶えちゃいるが、それは一体いつの時代か。
独断と偏見かもしれないと、お断りしてコメントさせていただきます。
(というより、自分でも外れて欲しいので)
日本が半導体装置輸出規制を厳格化したことで、なぜか偶然にも、中国で日本人がスパイ容疑で拘束されることが増えるのではないでしょうか。(それを見て韓国でも、私的に拘束される日本人が増えるかもしれません)
駄文にて失礼しました。
毎度、ばかばかしいお話しを。
朝日新聞社長が、北京でスパイ容疑で拘束されました。
朝日新聞:「岸田総理は、釈放のために、ただちの半導体製造装置輸出管理の厳格化をやめるべきだ」
テレビ朝日:「朝日新聞社長が処刑されたら、視聴率がとれるかな。(北京に外注の取材班を派遣しよう)」
おあとが、よろしいようで。
「今回の輸出管理厳格化のポイントは、【と】地域③だ。これらの品目について、輸出相手が継続的な取引関係を行っている同一の相手方ではない場合には、いちいち個別許可を取らなければならなくなるからです」なるほど〜。半導体製品製造装置及びその関連技術移転、輸出について、よく考えられてますね。
何でこんな、いろは文字を与えたか、とても興味あります。「い地域①」=いいよ(笑)。
「と地域」=とにかく怪しい事はするな。
「り地域」=韓国、隣国だが信用無し。
「ち地域」=懸念国11ヵ国にロシア、ベラルーシ。近寄るナ!かな(爆笑)。役人さんは何を符牒にしてるんだろ。
>「り地域」=韓国、隣国だが信用無し。
私は「李地域」、或いは「痢地域」かなと邪推していました。
基本的には賛成だがまたも(米国の)外圧に屈した感は拭えません
参考
先端半導体製造装置 中国などへの輸出手続き厳格化 なぜ? NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230331/k10014025251000.html
情報BOX:半導体製造装置の輸出規制、対象品目と企業への影響 ロイター
https://jp.reuters.com/article/japan-chips-idJPKBN2VX049
詳しい解説をありがとうございます。
現役時代も苦労しましたが、近年ますます規制内容がややこしくなってます。
韓国が未だに「輸出規制」と言い続けているのは、プライドが傷き続けていることに加えて、日本の優秀すぎる役人が作り出した管理のこうした複雑さを理解できないのも一因だと思います。韓国の政治家や官吏は一応分かっているでしょうが(怪しいけれど)、韓国一般大衆にとっては更にチンプンカンプンであり、『「規制」と「管理強化」の何が違うんじゃい」』と言ったところでしょう。
韓国どころか欧米一般人もよく理解できないので、日韓のホワイト国紛争については日本が「規制」を行っていると思われていて、日本は損をしているかも知れません。
更には日本国民もついてゆけずに無関心になったり、一部の頭の悪い人達が「規制」と称して憚りません。
複雑にならざるを得ないのは分かりますが、例の難解な法令、省令、告示文はなんとかなりませんかねえ。大体外国人に説明するのに、”と”地域やら”り”地域って英語で何といえばいいのやら。