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インターネット時代で敗北する、ロシアの「権威主義」

BBCによると、今回のウクライナ戦争、ロシア国内では「事実ではないこと」を事実であるかのごとく報じているのだそうです。旧ソ連の崩壊に伴い、ロシアは見た目こそ共産主義・権威主義を脱し、自由・民主主義国家となったかに見えますが、実際にはウラジミル・プーチン大統領は事実上の独裁者であり、また、ロシアには報道の自由もなさそうです。ウクライナ戦争でロシアが苦戦している要因も、じつはこのあたりにあるのかもしれません。

ロシアのウクライナ侵攻は「先祖返り」?

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから、1週間以上経過しました。

さまざまな報道を信頼する限りは、「一部の都市をロシアが占領した」、「ザポリージャ原発などをロシアが攻撃した」などといった具合に、ウクライナがかなり不利な形成に立たされていると思しき情報もあるにせよ、総じてロシア軍の侵攻は、あまりうまく行っている形跡がありません。

とりわけロシア軍は当初、侵攻後48時間までにウクライナの全土を掌握する見込みだったとする分析もあるのですが(『ロシアのウクライナ侵攻の目的は「キエフ公国回復」?』等参照)、少なくとも本稿執筆時点において、ロシア軍は首都・キーウどころか、いまだにウクライナ全土の掌握に至ってないのです。

「プーチンは独裁者」=一般教書演説「ウクライナ戦争は自由主義国対独裁国家の戦いに」――。バイデン大統領の一般教書演説を眺めていると、米国側のそんな決意が見て取れます。その一方で、『クーリエ・ジャポン』によると、ロシアの国営メディアは誤って2月26日付で「勝利記事」を公表してしまい、あわてて削除したものの、その内容からは今回のウクライナ侵攻におけるロシアの「真の目的」が「キエフ公国の回復」にある、との指摘が出てきました。バイデン大統領の一般教書演説現地時間の3月1日(日本時間の本日)、ジョー・バイ...
ロシアのウクライナ侵攻の目的は「キエフ公国回復」? - 新宿会計士の政治経済評論

この点、現在のロシアは、法形式としては自由・民主主義国家を装ってはいます。しかし、敢えて個人的な主観を申し上げさせていただくならば、その実態は旧ソ連の権威主義的な共産圏の特徴が、かなり悪いかたちで受け継がれているとしか思えません。

すなわち、一種の「先祖返り」のようなものです。

そういえば、かつてのソ連は1979年のアフガン侵攻以外にも、「ハンガリー動乱」(1956年)や「プラハの春」(1968年)に代表されるように、周辺国に対して威圧的な軍事介入を繰り返したことを思い出します。

あるいはソ連崩壊後の1990年代以降、断続的に発生したチェチェン紛争への介入も、似たような文脈で位置づけられるのかもしれません。

BBC「ロシアの国営テレビが映す現実が現実ではない」

こうしたなか、米メディア『BBC』には昨日、こんな記事が掲載されていました。

ウクライナ侵攻をロシアのテレビで見る まったく別の話がそこに

―――2022/03/04付 BBC NEWS JAPANより

全文が4000文字近くに達する長文ですが、「ロシアの国営テレビが映し出す『現実』が、いかに現実と違うか」、という書き出しで始まる、なかなかに興味深い記事です。どうやら、ロシアでは「ウクライナの都市を攻撃しているのはウクライナだ」と伝えているらしいのです。

本稿ではその全文を取り上げるつもりはありません(ご興味がある方は直接リンク先記事をお読みください)。

ただ、ここで重要なことは、BBCの記事を読む限り、どうもロシア国内のメディアは、このウクライナ戦争を巡って、明らかに事実と異なる内容を伝えているらしい、という点でしょう(※ただし、BBCの記事では、ロシア国内メディアの報道に対し、「フェイク」、「虚偽」などという用語を使っているわけではありませんが…)。

この点、理屈の上ではもちろん、「BBCの記事自体が「フェイク」であり、ロシア国内の報道が『真実』である」、という可能性を完全に排除することはできません。それに、とくに日本のメディアの場合は、不適切な報道が大変に多いため、メディア報道を鵜呑みに信じるのは危険でもあります。

しかし、BBCを含めた西側諸国のメディアの報道と、ロシア国内のメディアの報道を見比べて、「どちらの方が信頼性が高いか」と問われれば、やはり圧倒的に多くの人は、「西側諸国のメディアの方が信頼できる」と答えるのではないでしょうか。

ネットの威力

これに加え、今回のウクライナ戦争でもうひとつ強く感じるのは、ネットの威力です。ゼレンスキー大統領クレバ外相、さらにはアンドリー・イェルマーク大統領府長官らがツイッターを通じて全世界に対しどんどんと情報を発信しています。

実際、ウクライナの『キーウ・インディペンデント』紙が先月26日から27日にかけて実施した調査によると、ゼレンスキー政権の支持率は91%に達しており、また、ウクライナ国民の70%が「ウクライナが勝利する」と信じている、とする結果が出ているのだとか。

さらには、一般市民によるものと思しきさまざまな動画、画像などがツイッター上でどんどんと投稿されており、それらが拡散されている、というのも興味深い現象でしょう。

もちろん、これらの一般人による投稿動画のなかには、事実関係がうまく確認できないものも多数含まれてはいるのですが、それと同時に、「どうもロシアの進軍が思ったほど順調でないらしい」という点がかなり早い段階で我々一般人にも共有されていた一因が、こうしたネット回線にあることは間違いないと思います。

もっといえば、ウクライナ政府幹部の連日のメッセージに加え、ロシア軍の現実を目撃した一般の人々の投稿の数々は、ウクライナの人々がロシアに立ち向かうという連帯感を強める効果をもたらしている可能性すらあるでしょう。

歴史にIFはありませんが、万が一、「ハンガリー動乱」や「プラハの春」の時点で、現在のようなインターネット環境が存在していて、多くの人々がスマートフォンを持っていたら、もしかすると、戦いの結果はまた違ったものになっていたのかもしれません。

ロシア軍「衝撃的な弱さ」

いずれにせよ、昨日までにウクライナ南部の都市・ヘルソンが陥落し、ザポリージャ原発などもロシア軍に占領された、などと伝えられていますが、ロシア軍の侵攻から1週間以上も経過していることを考えるならば、戦果としてはやはり乏しいと思わざるを得ません。

こうしたなか、少し古い記事ですが、『ニューズウィーク日本版』に3月3日付で、こんな記事が掲載されていました。

ロシア軍「衝撃の弱さ」と核使用の恐怖──戦略の練り直しを迫られるアメリカ

―――2022年3月3日(木)18時56分付 ニューズウィーク日本版より

執筆者は元米陸軍情報分析官でジャーナリストのウィリアム・アーキン氏です。

かなりの長文記事で読みごたえも十分ですが、わかりやすくいえば、この戦争ではロシア軍の「衝撃的な弱さ」が露呈した反面、核の実戦使用という恐怖もある、などとするものです。

すなわち、ロシア軍の作戦のなかでうまくいったものといえば、ロシア領内からの長距離攻撃くらいなものであり、ウクライナの防空網は破壊されず、飛行場は機能を続け、守備隊はその場を守り、予備役と民間防衛隊が素早く動員されるなど、「ロシア軍の侵攻作戦はほぼすべて失敗した」というのです。

なにより、「ウクライナの中心部に投入されたロシアの空挺部隊と特殊部隊は、ロシア地上軍の本隊から孤立し、基本的な物資、特に弾薬の補給を絶たれた」、「ウクライナでは電気も通っていたし、インターネットを含む通信インフラもフル稼働していた」のが大きな要因でしょう。

つまり、ロシア軍は電子攻撃、サイバー攻撃、宇宙攻撃といった近代戦の手法を取り入れるのに失敗した、ということです。

ほかにも論考ではプーチン政権の強圧的な姿勢が国内の作戦立案を委縮させた可能性などにも言及されているのですが、このあたりについては是非、原文を直接お読みください。

もちろん、ここからロシア軍が一気にキーウなど主要都市を制圧する可能性も残されてはいるのですが、万が一、ウクライナ全土を制圧し、傀儡政権を樹立したとして、いまさら一般のウクライナ人の反感を買いながらの軍政がうまく行くとも思えません。

さらには、ウクライナ侵攻の結果として、国際社会から大変に甚大な金融制裁(▼外貨準備の凍結、▼国際的な債券市場からの排除、▼国際的な決済システムからの排除…など)を受けているなか、通貨・証券暴落がロシア経済に破滅的な打撃を与えるおそれすらあります。

このように考えると、結局、ロシアは旧共産圏時代の権威主義から脱却できず、「ソフトパワー」でも大きく敗北した、という言い方もできるのではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (15)

  • BBCサイトはロシア国内ではほぼ読めなくなっているそうです。ニュースを報道するため近く短波ラジオ放送機器を復活させて運用を始めるとのよし。当初は一日4時間の放送を予定。

  • BBCによると、今回のウクライナ戦争、ロシア国内では「事実ではないこと」を事実であるかのごとく報じているのだそうです。
    <中略>
    また、ロシアには報道の自由もなさそうです。

    一応民主主義国家の体裁を装っている某隣国の歴史問題関係報道についても同じ事が言えると思います。

    話は飛びますが、自由主義諸国を纏めるFOIPの一番目の信条としての
    《法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着》
    に『報道の自由と客観的正確さ』も含めて欲しいです。

  • プラハの春事件はワルシャワ条約機構軍に完全に取り囲まれた状態で、西側諸国の支援も望めるはずもなく、当時ドゥプチェク首相も完全に白旗を上げてしまった。
    今度のウクライナ侵略は西側諸国の後方支援があるし、当時とは状況が違う。
    あとテレビなんかでよく戦争が悪いなどという言葉をよく聞くが、それだと喧嘩両成敗的にウクライナも悪いとなってしまう。悪いのはロシアでありプーチンだ。

  • 〉とりわけロシア軍は当初、侵攻後48時間までにウクライナの全土を掌握する見込みだったとする分析もあるのですが(『ロシアのウクライナ侵攻の目的は「キエフ公国回復」?』等参照)、少なくとも本稿執筆時点において、ロシア軍は首都・キーウどころか、いまだにウクライナ全土の掌握に至ってないのです。

    僭越ながら、後段の順番が逆な気がします(;^_^A

    • 続けてのコメントご容赦ください。
      原発攻撃を受けて急遽開催された国連でロシア大使は「これはすべて、ロシアに対する前例のないうそと偽情報のキャンペーンの一部だ」。
      本当に信じているのでしょうか、脅されているのでしょうか。

  • 2014年のウクライナでは華麗にハイブリッド戦争と称して新しい形態の戦争を世界に先駆けて見せたロシアですが今回は北国の沼にはまったようですね。

    甚だ不謹慎ですがオデッサ降下作戦やミノフスキー粒子、黒いT34の三連星は見れないようだ。

    自衛隊は南方重視から冷戦時代に戻り第7師団の強化でも図るのか気になります。

  • 当局により活動停止を命ぜられたBBCロシアの最終放送が記事になっています。
    https://www.bbc.com/news/av/world-europe-60615753
    女性アナウンサーは口ごもっていますが、ワニ顔のロシア官憲たちがワニ目で睨みつけていると分かってますから、彼女の心情も伺いしれようというものです。
    「止めだ、止め止め」
    ぞろぞろと引き上げて行くスタッフたちに取り残された空っぽのスタジオをちゃんと映し出して任務完了 ...

    • Torを使うなど、同じ公共放送でも日本の公共放送と随分レベルが違いますね。
      日本の公共放送はネットなんて放送の敵か、受信料を増やす手段くらいにしか捉えていないような気がします。(主観)

    • 発言訂正します。
      放送停止されたのはTV RAIN局
      最終放送で発言しているのは職業アナウンサーではなくて CEO 職のナターリャさん

  • 冷戦時代も共産主義国のプロパガンダを信じる西側住民は少数派だった
    ネットを過大評価し過ぎでは?

  • 「プラハの春」「ハンガリー動乱」と並んで、一つの参考になるかもしれないのが1979年の中越戦争です。あれも「懲罰」と称して、人民解放軍が一方的にベトナムに侵攻したことによって起きた戦争でした。結果としては、ベトナム軍の果敢な抵抗と人民解放軍の「驚くべき弱さ」により、目的を果たすどころか、人民解放軍は大きな損害を堕した挙句、撤退する羽目になりました。
    一応、公式には中国側の評価としては「勝った」ことにしているようですが、カンボジアに干渉したベトナムの企図を挫くという目的は達成されておらず、まあ、「今日のところはこのくらいで勘弁したるわ」くらいのところと思ってよいと思います。つまりは、中国の「敗け」でした(*)。

    もちろん、ウクライナとベトナムとでは地勢その他で大きな違いがありますし、政治的な状況も違うので単純な比較はできませんが、人民解放軍も侵攻開始後1か月で撤退を始めました。ウクライナも1か月持ちこたえることができれば、あるいは。

    (*) 改革開放路線に舵を切った鄧小平氏が、肥大化しすぎた人民解放軍を整理するために
      戦争を仕掛けたという説もあります。鄧小平氏としては、数万人の兵隊を「処分」で
      きた上に、反ベトナム機運の強かった東南アジア諸国との関係改善を実現できたので、
      上記の説が正しいとしたら、戦略的には「勝利」と言えるのかもしれません。

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