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約束破りを「道徳的な優位性」で説明する韓国紙の記事

日韓諸懸案がいつまで経っても解決しない理由のひとつが、「約束」に対する重みの違い、そして「道徳的優位性」という概念にあるのではないでしょうか。同様の問題意識は、以前の『韓国メディア「約束破りは韓国の文化。日本は理解を」』でも提示したことがあるのですが、隣国で大統領が交代するというタイミングで、あらためてこの「約束」について考えてみましょう。

文在寅氏の演説

昨日の『韓国大統領、日本に「歴史を直視し謙虚になれ」と要求』では、もうすぐ退任する文在寅(ぶん・ざいいん)韓国大統領による「3・1演説」の内容のうち、日本に関する言及箇所の一部を抜粋して紹介しました。

文在寅・韓国大統領は本日、日本に対して「歴史を直視し、歴史の前で謙虚になれ」と要求しました。大変に残念です。むしろ本当の意味で謙虚に歴史を直視しなければならないのは、文在寅氏、そして国際法、条約、約束を破っている韓国の側だからです。文在寅氏の「3・1節」演説の日本に関する言及箇所メディアを眺めていて気付いたのですが、そういえば本日・3月1日は、韓国にとって数ある「独立記念日」のひとつである「3・1節」なのだそうです。これに関連し、韓国大統領府ウェブサイトには、文在寅氏の演説がアップロードされ...
韓国大統領、日本に「歴史を直視し謙虚になれ」と要求 - 新宿会計士の政治経済評論

端的にいえば、「日本は歴史を直視し、歴史の前で謙虚になれ」と要求するという、ある意味ではいかにも「文在寅氏らしい」発言だったのではないかと思いますし、最後の最後まで「文在寅節」は健在だった、ということなのかもしれません。

ただ、それと同時に、私たちが直視しなければならないことがあるとすれば、韓国もまぎれもない民主主義国家であり、韓国大統領も韓国国民の総意を受けて選ばれる、という点です。ということは、日韓間では、すでに国民世論レベルでの大きな齟齬が生じているのではないでしょうか。

独特的優位性と約束

こうした仮説において参考になる概念が、「道徳的優位性」と「約束」という2つの考え方です。

韓国メディアを読んでいると、しばしば、「道徳的優位性」という表現が出て来ます。どうやらこの「道徳的優位性」は、「日本は加害者であり、韓国は被害者だから、韓国の方が道徳的に勝っており、日本は道徳的に劣っている」などとする価値観に基づくものであるようです。

そして、こうした考えを突き詰めていくならば、「道徳的に優れている韓国は、道徳的に劣っている日本に対し、半永久的に謝罪を要求することができる」、「道徳的に劣っている日本との約束など破っても構わない」、といった態度に通じていくように思えてなりません。

あるいは、過去に『韓国メディア「約束破りは韓国の文化。日本は理解を」』でも紹介したとおり、日韓では「約束」という言葉の重みが、どうもまったく異なっているのではないか、といった疑問も払拭できません。

韓国メディア『中央日報』(日本語版)に昨日、ある意味で凄い記事が掲載されました。やや乱暴に要約すれば、「約束を破るのは韓国の文化みたいなものだから、日本はそれを容認しろ」、という議論です。正直、呆れて物も言えない低レベルな主張ですが、ただ、私たち日本人が対応せねばならないのは、「相手に約束を守らせること」ではありません。「相手が約束を破る国である」ことを前提としたうえで、関係を薄めて距離を置くことと、可能であれば適切な罰を与えることです。韓国はインチキ外交の国韓国と北朝鮮、5つのインチキ外交...
韓国メディア「約束破りは韓国の文化。日本は理解を」 - 新宿会計士の政治経済評論

こうしたなか、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に昨日、こんな記事が出ていました。

【時論】韓日関係、被害意識から脱して自信を持つ時だ

―――2022.03.01 10:15付 中央日報日本語版より

この記事で、こんな記述が出て来ます。

岸田文雄首相は『約束を破棄した韓国にボールがある』とし、韓国側の問題解決を促している。外相時代だった2015年に韓日慰安婦合意を主導した岸田首相が道徳的優位を主張するのは衝撃だ。攻守逆転を招いた文政権は困難な立場になった」。(※下線部は引用者による加工)

…。

いかがでしょうか。

この記述のなかにも「道徳的優位」という表現が出てきていることが確認できるでしょう。この場合は「韓国が被害者として加害者である日本に対し道徳的優位を持っていたのに、慰安婦合意破りによってむしろ日本の側が道徳的優位を持ってしまっているではないか」、といった主張が含まれています。

余談ですが、韓国が慰安婦合意を破ったのは、「道徳的優位/劣位」という話ではなく、「約束違反」です。日本が求めているのは「韓国に対し道徳的優位に立つこと」ではありません。約束の履行です。

約束に対する日韓の概念の違い

ただ、「約束」に対する日韓の概念の違いについては、この記事にも記述がありました。

韓日両国の葛藤はお互いの考えの違いによる。韓国は日本の戦後清算が不十分だとみている。日本の謝罪は誠意がなく、政治家は反省しないと主張する。日本は1951年に締結されたサンフランシスコ平和条約、1965年の韓日基本条約と請求権協定で過去の問題は清算されたと考える。慰安婦問題はアジア女性基金(1995年)、慰安婦合意と和解・癒やし財団設立を通じて解決したとみる」。

このあたり、以前にも「約束の概念の違い」という議論と同じ文脈に位置付けられる主張でしょう。あるいは、「約束破り」を「道徳的優位性」で説明しようとする試み、ともいえるでしょうか。

そして、仮にこの著者の言うとおり、韓国側が「1965年の請求権協定では過去の問題は解決されていない」と考えているのならば、そのこと自体、日韓間の諸懸案を韓国側が作り出していることの、一応の合理的な答えにはなっています。

つまり、国際法、条約、約束などに関する根本的な考え方が異なっている、というわけです。

もしそうだとすれば、日韓間の諸懸案は、永遠に解決しないとでもいうのでしょうか。

迷ったら国際社会に委ねてしまうのも一手

じつは、そういうときのための「国際社会」でもあります。

「日本と韓国の約束に対する理解が異なる」。

それならばそれで良いです。

なぜなら、「どちらの方が正しいか」を、国際社会の常識に照らして判断してしまえば良いからです。

国際法や国際慣習、国際常識などには、人類がこれまで育んできた国家間の争いの回避、解決のための知恵が詰まっています。そして、日本はじつによく、こうした国際法を守り、国際慣習を尊重し、国際常識に従って行動しようと努力します。

日本が韓国に対し、「請求権協定を守れ」、「慰安婦合意を守れ」、「国際法を守れ」、などと要求しているのも、結局は日本自身が国際法や条約、約束などをきちんと守る国である、ということの裏返しでもあるのかもしれません。

この点、「日本が正直に国際法を守ろうとしても、国際社会がそれを理解してくれない可能性はある」、「国際法だ、国際常識だといったものを過信しない方が良い」、などとアドバイスをくださる方もいらっしゃいます。

「国際社会に過度に期待するな」、という点は、そのとおりでしょう。

ですが、だからといって日本が国際法などを破って良い、という話ではありません。

それどころか、日本自身が国際法などをキッチリと守り、実績を積んでいることは、間違いなく日本の立場を強くしているのです。

韓国の特殊性

そして、「約束」に関する考え方の違いを巡って、日韓どちらの考え方を支持するか、国際社会に尋ねてみると良いかもしれません。この点、日本を代表する優れた韓国観察者である鈴置高史氏も、次のように指摘しています。

平気で約束を破り、堂々と他人を裏切る韓国と首脳会談を開こうとする国はまず出てこない。何を取りきめようが、すぐに反故にされるからです。日本と韓国がうまくいかない原因は『日韓関係の特殊性』ではなく『韓国の特殊性』にあるのです」。

この文章の出所は7月16日付『デイリー新潮』の『文在寅が菅首相をストーカーするのはなぜか 「北京五輪説」「米国圧力説」……やはり「監獄回避説」が有力』ですが、本当に至言と言わざるを得ません(『鈴置論考、「日韓の」ではなく「韓国の」特殊性に言及』等参照)。

文在寅氏「ブラックスワン・ストーカー」説、いつにもまして辛辣な小気味よさ巷間「日韓関係の特殊性」に関して議論する人はいますが、じつは特殊なのは「日韓関係」ではなく「韓国」だったと指摘されれば、思わず目からウロコが落ちるという思いをすることができます。日本を代表する鈴置高史氏が昨日、『デイリー新潮』に寄稿した最新論考では、文在寅氏が日韓首脳会談に拘る理由――「ブラックスワン・ストーカー説」――について、あらためて丁寧に説明されています。どうなった?「文在寅氏の訪日」論文在寅氏は日本にやって来るの?...
鈴置論考、「日韓の」ではなく「韓国の」特殊性に言及 - 新宿会計士の政治経済評論

この「約束」に対する理解の違いについては、日本の理解が特殊なのか、それとも韓国の理解が特殊なのか、答えは明白でしょう。

というよりも、韓国が日韓諸懸案の「事実」を国際社会に知られることを望んでいないこと自体が、すべてを物語っているのではないかと思う次第です。

新宿会計士:

View Comments (19)

  • 本件の趣旨には全面的に賛成します。”道徳的優位”なる言葉は、韓国だけでしか通用しないことを、国際常識に照らして、理解させるべきでしょう。そして、日本としては、韓国が妙な勘違いを起こさぬように、「二度と謝ってはいけない」のであり、「韓国に忖度してはならない」のだと思います。たといユン・ソクヨルが勝っても、1998年の日韓共同宣言に戻るべきではありません。このままの日韓関係が続けば、双方にマイナスとなりますが、より大きく困るのは韓国です。日韓関係は、現状のままあるいはテーパリングで良いので、子や孫の世代に負の遺産を残さぬよう、踏ん張りましょう。それにしても韓国マスコミは相変わらずですね。沈揆先(シム・ギュソン)東亜日報元編集局長がいうとおり「日本が深く絡む問題で韓国内部を批判することはできない」のでしょうね。

  • 道徳は、社会集団毎に事なりますので韓国と似たような価値観を持つ社会では、似たような道徳が存在するでしょう。

    韓国の特殊性として、功なり遂げた身内が居ると、親族はそれに集るのが当たり前で、その面倒を見るのも当たり前という文化が有ります。
    集る(たかる)事は、悪い事では無いんですね。
    道徳性優位を主張して日本に集る事は、韓国人にとっては「善」な行為なのです。

    日本人は、日本人の価値観で「それは悪いこと」で済ませれば良いんです。
    価値観の違いを価値観の違いとして、受け入れる必要や合わせようとする必要は、有りません。

    • 道徳は尊重されるべきですが
      あくまで法の範囲内と考える国と
      そうでない国の違いですね
      道徳の厄介なところは
      道徳の正しさを担保する為に 上下関係が必要になりますから…
      だから韓国左派はアメリカにすら噛みつくんですよね

  • 「約束破り」という言葉から思い浮かぶのは19世紀にアフガン駐留のイギリス軍部隊1万6千人が全滅した第一次アフガン戦争。約束―裏切の連続。遂に目的地にたどり着いたのは軍医1名だけ。約束は守るだろうと信じていたイギリス人と「約束?何それ」力のある方は約束なんかいつでも反故にできると考えるアフガン人にやられた。
    いままで散々韓国に約束破りをされてきた。現在の日本側の「ボールは韓国側にある」という態度は正解だと思う。心配はアメリカの干渉。「鎖の強さは最も弱い輪で決まる」日米韓の最も弱い輪は日韓。ここを何とかしようとするアメリカと、それを利用したい韓国という状況は1965年時と変わっていない。

  • 文化が違うと言えばそこまでですが、約束は守るべきもの、という理念の存在は理解しているのではないかと思います。
    ただし、その上で自身に都合のいいかどうか、利益を自身に誘導するかを約束の隙間をつくのではなく違反になることをゴリ押しで行っているように感じました。是正させようとしても逃げ回って水掛け論になるだけだと思います(現在がそうだと感じます)。
    他国に対して悪評(事実)をばら撒くか、あとは約束時に罰則規定を事細かに決めておくくらいでしょうか。

    • そういえばこういった合意は罰則規定を行わないものなのでしょうか。1965年の請求権協定も仲裁の規定以外がないようなので、関係悪化以外に破るデメリットがなく大穴が空いているように感じられました。

  •  韓国人が大好きな「道徳的優位性」。
     日本に対して「コレ」を振りかざすために歴史問題をコリエイトしていると思います。歴史問題があるから韓国に道徳的優位性があるのではなく、道徳的優位性を得るために歴史問題を作り出している、とでも言いいますか。これは韓国が甲であることを都度確認する行為で、問題解決は乙である日本がやらないと意味がありません。
     韓国側が「1965年の請求権協定では過去の問題は解決されていない」と考えるロジックは、韓国と日本の間の問題を「反人道的不法行為に対する慰謝料」と「財政的・民事的な債権・債務」に二分し、前者は請求権協定の対象外であるという解釈。つまり請求権協定では「不法な植民地支配」に触れられていないので、「不法な植民地支配に伴う被害(反人道的不法行為)の賠償や慰謝料の請求権」は解決していない、というものです。
     これが認められれば、全ての韓国人が未来永劫「日本の反人道的不法行為の被害者及びその遺族」として、謝罪と賠償を請求できるかもしれませんね!まさに日本を永久に土下座させ、その頭を踏みつけたい韓国人垂涎の甲乙関係です。
    「じゃあ不法な植民地支配であったという根拠は?」という話になりますが、根拠は韓国憲法です。…お話になりません。韓国とは対話や交渉した時点で負け確です。

  • 今後も日韓関係は「約束を守れ」「約束を破らせろ」の平行線議論が続きそうですね。
    そうなると、ただの我慢比べになります。

    どう考えても国家の”スタミナ”と言う点では日本が圧倒しているはずなので、
    ただただ「約束を守れ、それが出来ないなら話しかけるな」を繰り返していれば
    良いのは楽ですねぇ。気を付けるべきは韓国以外の日本に難癖をつけたい外国の介入と、
    日本が”普通の国”になったら困る日本国内の一部勢力の悪だくみと言った所でしょうか。

  •  韓国に詳しくない浅堀りのかたにとっては、この「道徳」の意味がわからないんですよね。彼らの言う「道徳の優位性」が、なんのこっちゃみたいな。
    「東方礼儀のくに」(よく貢ぎ物をする隷属国家)と呼ばれていたときも「ウリタチは道徳の高い国」とほざいていたんでしょうか。

  • 韓国での「道徳的優位性」なんて、
    韓国内でしか通用しないことくらいは、周知しないと、
    先進国には成れないのですが。

  • これはあまり意味がないかも。
    弱者の立場であれば弱者のロジックを使い、反対の強者の立場になれば、強者が強者の振る舞いをして何が悪い、弱いお前が悪い といってのけてしまう。

    結局、立場の数だけロジックが作られていき、そこに一貫性も整合性もみられない。
    ただのインスタントな言い訳。

  •  いかに国際法を無視し、国と国の約束を平気で破る歴代韓国大統領や閣僚達と言えども「国際法や国と国の約束は守らなければならない」という国際規範があることを知らないはずはありません。知っているからこそ、「第三国を含む国際仲裁」や「国際司法裁判所」での解決を拒否する(理由は負けるから)のだと思います。
     そして、国際規範があることを承知の上で、韓国政府が国際法や国と国の約束を破る理由を「韓国政府には『道徳的優位性』があるから日本政府との約束を破ることが許される」という「道徳的優位性」で説明することについては、ある程度納得できます。
     しかし、個人的には、韓国政府は「国際法や国と国の約束は守らなければならない」という国際規範があることは知っているが、「国際法や国と国の約束を国民に守らせる能力が無い」ために「道徳的優位性」という理屈を後付けしているだけではないかという気がしてなりません。
     文在寅大統領の「日本は歴史を直視し、歴史の前で謙虚でなければなりません」という言葉も、単に大統領が国民に対して国際法や国と国との約束を守らせる能力が無いことの言い訳に過ぎないとしか思えないのですが。

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